大出血
19日の月曜日は、F-5ビザ(永住)が取れた嬉しい日だったが、実はその後、とてもショッキングな出来事が起こった日でもあった。3歳になって間もない次男アイが頭を2針縫ったのだ。その日いつものように6時ごろオリニチプに迎えに行き、私は二人の担任の先生にそれぞれ7月日本に帰るため長期間休むことを話していた。 少しでも目を離すと二人ではしゃぎだす腕白息子どもはこの日も例外なく二人ではしゃぎだした。で、帰ろうといっても帰らないという。何とかおもちゃの車を片付けさせて、下駄箱まで連れてきたものの、ふざけて靴をはかない。「もう置いて行っちゃうよ!」と、行く振りをしたら、靴を履きかけていたが、私が振り向いたのに気づくとまた脱いで中に隠れてしまった。仕方ないので車に隠れて見守っていたら、出てきたのでやれやれ、と思っていたのに、玄関脇の小高い丘に登って一向にこちらに来る様子がない。仕方ないので恥をしのんで私もその丘に登って、二人にお尻ペンペンをお見舞いしてやったら降りるといってくれた。それも二人仲良く手をつないで。やれやれ、と思い、駆け下りていく二人の後についていったら、今度は二人、また登ってきた。どこ行くの?!というと、向こうから降りるといって上っていく。私は先に降りて、二人の降りるところで待っていた。高さ3~40センチくらいの岩の上から、お兄ちゃんのユウが、ピョン!と飛び降りた。あ!という間もなかった。手をつないでいたアイが、お兄ちゃんに引っ張られて頭からアスファルトにゴッ!っと音を立てて落ちてしまったのだ。すぐ近くにいたのに、もしかしたら手で受け止められたかもしれないくらい近くにいたのに、情けないことに私はとっさに動けなかった。ショックだったし自分が嫌だった。(もともと動作は鈍いが・・・)「痛い、痛い」と泣き叫ぶアイの倒れた頭の下に、見る見る血だまりができていく。怖かった。ユウに「先生を呼んできて!」といったが、連れて行ったほうが早いと考え直してすぐに抱き上げて、オリニチプの事務室に駆け込んだ。とても近い距離なのに、わたしの左袖は見る見る血を吸い込み、走るジーパンやサンダルの上に血しぶきが散った。ちょうど会議中で、先生たちが囲むテーブルの上にアイを載せて、「助けて下さい!アイが怪我で・・・頭から血が!救急車を呼んでください!」とだけいった。動転する私とは対照的に、先生方は全員でてきぱきと処置をしてくれ、アイのかばんや腕についた血まで拭いてくれた。救急車は割りとすぐに来た。あんなに大泣きしていたアイも、先生たちの優しい語り掛けで、泣き止んでいた。救急車の中にはオレンジの服のやさしそうな救急隊員らしい男の人と、白い服の女の人、そして私たち親子3人とユウの担任の先生もついてきてくれた。オリニチプで巻いてくれた包帯を、男の人が丁寧に取ってみる。もう血は止まっているようだった。担架の上で私の指をぎゅっと握って緊張した顔をしてはいたが泣いていないアイを「シッシッカネ(強い子だね)」と男の人がほめてくれ、いろいろアイに質問をした。めまいはしないか、吐き気はしないか、などなど。でも緊張でアイ、答えられない。言えたのは最後に一言、「アッポ(痛い)。」ついたのは4月にユウが入院していた病院。ユウ、おおはしゃぎ。「オンマ!オンマ!オンマ!ここユウが入院してた病院?!」「先生!先生!先生!ここね、ここね、ユウが前入院してた病院だって!!!」・・・5歳のガキにゃ、場の雰囲気を読めったって、無理よのう・・・。受付を済ませ、アイの近くで先生を待つ。待っている間に次の救急患者が隣に運ばれてくる。救急車は、これ以上ないくらい(かなり荒い運転で)飛ばして来てくれたのに、病院では「順番がありますので」と抜かし、のんびりしたもので、2,30分待って漸く医者らしき人が来た。軽く診て、「縫わなきゃいけませんね。まずレントゲンを取りましょう。CTまでは必要ないでしょう」といって出て行った。どのタイミングだったか定かではないが、「イバル(理髪)しましょう」と、男の人が来て、右耳斜め上の怪我と周りの腫れている部分の髪の毛を、ヨードチンキをつけたかみそりで剃っていった。アイは、歯を食いしばってとても不安そうな顔をしていたが、泣かなかった。で、レントゲン室へ。「写真撮るの?!ユウもいっしょに撮ろうね!」いや、あんたはだめよ。「怖がるのでお母さんはこれを着て、手を握っていてあげてください。」といわれ、重たくて青くて長い前掛けみたいなのを着た。頭正面、右、左、と3枚くらい撮ったかな。またもとの応急室へ戻って待つ。しばらく待つとさっきの先生が来て、「やっぱりCTも撮りましょう」という。なんでも、頭蓋骨右(怪我した方)からの写真は血の筋が見えるのに、反対には見えないから気になるんだそう。で、今度はCTの部屋へ。またしても青い前掛けを渡され、アイのそばについていて動かないようにあごを押さえておいて下さいと言われついている。手を握って「怖い」というアイ。そら、怖いわな。大きな丸い機械が動きながら迫ってきたら。「目をつぶって」といわれ、不安そうに目をつぶったが、まぶたがひくひくしている。「もっとぎゅっとつぶっちゃえ!」と私が言ったら、顔をくしゃっとして思い切りぎゅっとつぶった。こんな時だけど、その表情がなんとも可愛かった。またもとの応急室へ戻って待つ。ユウがおなかがすいたといいだした。そういえば、もう8時半。ついてきてくれたオリニチプの先生はその間ずっとおしゃべりで元気満々なユウの相手を引き受けてくれたり、早口な医者たちの話を噛み砕いて私に説明してくれたりして、いてくれてとてもありがたかった。アイもおなかがすいたと言い出した。おなかがすくのは健康な証拠!よしよし。でもわたしもおなかがすいたにゃあ。後で運ばれてきた救急患者はあまり待たされるので帰ってしまったらしい。大丈夫なんか??そうこうするうちまた別の人が運ばれてきていた。最初の医者が、助手2人を連れて入ってきた。CTの結果は異常なし。よかった。先生とユウは出ていてくれという。いよいよ手術だ。でも、お母さんはいてあげてくれという。おおう・・・ちょっちこわいが、アイのためだ。ま、まかせとき。傷と周りに消毒液をたっぷり塗ったあと、アイの頭に丸い穴の開いた白い消毒された布がかぶせられた。髪はすでにテープで抑えられてある。むき出しになった傷。ちいさなY字型だ。その傷の中心に、容赦なく透明な液体を注射した。多分、麻酔だろう。そのとたん、アイが泣き出した。と、同時に、傷から血がぶわっと噴出した。血をふき取りつつ、すぐに青い糸で縫い合わせてはピンセットでぎゅっと結んでいく。糸を皮膚に通すたび、鮮血が吹き出る。泣き叫ぶアイ。痛そう・・・。私も見なきゃいいのについ怖いもの見たさで見てしまった。縫合は、ものの数分で終わった。傷の上にガーゼを載せ、ピンセットで左右の髪を束にして20本くらいずつ乗せている。私には???だったが、その上にテープを張ったので漸く分かった。テープが髪の上に貼れないので、髪の束でガーゼを抑えるようにしていたのだ。ほほう、賢い!と感心し、先生にお礼を言って、会計へ行って驚いた。「12万いくらです」な、何~?保険利いててその値段?高い・・・ともらしたら、CTもレントゲンも撮られましたから、ですて。現金はないのでカードで。カードってこういうとき便利。薬を待っていると、ソウル出張だったアッパダンディからナイスタイミングな電話で、オリニチプに私が乗り捨てた車拾って今から迎えに行くと。もう9時だったので、遠慮する先生を誘って遅い夕飯を食べに行った。でも考えてみりゃ、目立つことこのうえない。なんたってアイは、頭はぐるぐる包帯巻いて、襟は血糊がべったり、肩も前身ごろもズボンも垂れた血の後がいっぱいというスプラッタな有様だもの。トルソッパプの食堂のダンナ、野次馬根性が押さえられなかったらしく、とうとう食事も終わりがけのときに話しかけてきた。軽く事情を説明すると、実は自分の息子も最近目のふちをけがして縫っただとか、知り合いの子はベランダから落ちて頭怪我しただとか、出るわ出るわ、痛そうな話オンパレード。そんな食堂を後にして、家につくと10時だった。注意一秒怪我一生。たぶんアイの傷跡からは髪が生えてこないだろう。私がついていながら、こんな怪我をさせてしまったことが悔しい。それでも、大事に至らなくて本当によかった。複雑な気持ちで床に就いた。なかなか寝付けなかった。