リフレーミング
神田先生の「成功者の告白」にあった、「リフレーミング」。(勝手に引用していいのかな?)(心理学でいう)リフレーミングとは、出来事のプラス面を見るように解釈を変えることなんだ。よく人は、幸福だ、不幸だというよね。でも、幸福な出来事と不幸な出来事があるわけではない。同じ出来事を、幸福と解釈する人と不幸と解釈する人がいるだけだ。 たとえばね、どしゃぶりの雨の後、道のぬかるみを見て、「俺はなんて不幸なんだろう」と思う人もいれば、空の虹を見て「俺はなんて幸福なんだろう」と思う人もいる。どちらも同じ状況にいるのに、解釈が全く違う。どんな出来事でも、プラス面とマイナス面がある。プラスに解釈するか、マイナスに解釈するかの違いだけなんだ。私は、この考え方を、小学校の低学年の頃から、知っていた。当時何度も読んでいた、図鑑百科の「こくご」の本に、植物の植えてあるかけた器の絵があって、その同じ器が、一つは「奥さんはいい人だ。僕を長く大切に使ってくれ、かけてしまった今でも植木鉢として役立ててくれている。僕は本当に幸せものだ。」と言っている。もう一つは、「奥さんはひどい人だ。僕をこき使ったあげくかけてしまった後でも汚い土を入れてまだ働かせている。僕は本当に不幸だ。」と言っている。子供心にも、「なるほど~!」と、人生の秘訣?生きるコツみたいな一つの真理が、わかった気がしたものだ。でも、「知っていること」と「実行していること(身についていること)」とは違う。私に、自己像についての大きなリフレーミングが起きたのは、21,2の頃だった。それまで、私は小さな頃から、親に愛されていないと思ってひがんでいた。父親の事は諦めていたが、母の愛情は欲しかった。でも、年のくっついた弟・妹に愛情と関心を取られ、自分は愛されていないとずっと思い込んでいた。それが、当時仲の良かった友人から、こう言われたのだ。「愛美は、お母さんから愛されてたと思うよ。でなきゃ、こういう性格に育つはずないもん。3歳で弟と妹がいて、そう思い込んじゃったのかもしれないけど、きっと、記憶のない3歳前、愛美は、すごくお母さんから愛されてたんだよ。」記憶のない頃、自分は愛されていた!!その考えは、衝撃的なくらい新鮮だった。ボロボロと涙がこぼれ落ち、私は、少しのためらいの後、それを、信じることにした。そう決めた。その解釈を受け入れた。「そうだったんだ!」と、素直に思うことを、私はその時、自分の意思を持って「選んだ」。私が、空の虹を見た瞬間の、その時の友人の声を、部屋の中の有様を、私は今でもありありと覚えている。出来事の渦中にある時は、感情で反応してしまい、冷静に「解釈」を与えることは難しくなるかもしれない。でも、私は、解釈をコントロールしていきたい。プラス面に、積極的に、ハッピーな方に、ツイてる方に!この心理の動きに「リフレーミング」と言う名前がある事を知って、この言葉で、スイッチが入りやすくなるような気がした。ちょうど、PCでショートカットを見つけたみたいに。======(読み聞かせ)・こぎつねコンチ・Magic tree house#1 'Dinosaurs before Dark' (↑これ、ノンタリクエスト。しかも、ちゃんと聞いてる!マジ~?とびっくり。)