レヴィット メンデルスゾーン 無言歌集
ピアニストのイゴール・レヴィットによる企画の無言歌集。先月半ばに配信のみリリースされていたが、いつも利用しているpresto musicでもやっとリリースされた。ブックレットは付いていないが、Appleのサイトに詳しい解説が載っていた。それによると、『2023年10月7日に起きたイスラエルのユダヤ人への攻撃と、世界的な反ユダヤ主義の台頭に対するレヴィットのパーソナルな思いを反映したものである。ドイツを拠点とするこのユダヤ人のピアニストは、同アルバムのレコーディングについて「純粋に心の決断であり、ある意味では感情的な決断でした。ピアノがあって、ピアノ弾きである私に何ができるだろう? と自問し、スタジオに入って美しい音楽を奏でることで人々を助けたいと思ったのです』とのこと。メンデルスゾーンを選んだのは彼がユダヤ人だったからと思うのは、穿ちすぎかもしれないが、無言歌集でも有名な曲は省かれ、基本的なトーンはOp. 102, No. 1 in E Minorに代表されるように、内向的な曲が選ばれていて、『これらの楽曲が持っているメランコリー、メロディ、トーン、ピュアな美しさ、喜びと悲しみ、それらのすべてことが私を癒やしてくれた』とのこと。筆者の期待とはまるで違っていたが、メンデルスゾーンの爽やかなイメージではなく、いたずらに華美にならず、内向的だが、暖かさに溢れている。メンデルスゾーンのピアノ曲はごく限られたピアニストにしか弾かれていない印象がある。アンコール・ピースで弾かれることはあっても、まとまって弾かれることはあまりないと思われる。曲自体が軽く、あまりアピールする曲ではないのかもかもしれない。それにしても、レヴィットのような派手目のピアニストからメンデルスゾーンの内面的な美しさを教えられるとは、思っていなかった。メンデルスゾーンは生の感情が出てくることはなく、あくまでも控えめなところが好ましい。注目したのは「第5巻』の「No. 3 in E Minor, MWV U 177 “Funeral March(葬送行進曲)”」曲の冒頭で3度繰り返される音型とそれに続く短3度の音が、マーラーによる『交響曲第5番』の第1楽章「葬送行進曲」のオープニングに酷似していることを彼レヴィットの指摘で初めて知った。レヴィットにとってこの曲は「残酷なほどにエモーショナルで悲痛な」ムードを作り出すものだという。最後にアルカンの「25 Préludes, Op. 31」から「No. 8, La chanson de la folle au bord de la mer(海辺の狂女の唄)」が演奏されている。当初予定されていなかった曲だが、この曲がアルバムの最後を飾るにふさわしいことに気付いたという。ひたすら暗い曲で、何ら救いがない。最近購入したいスティーヴン・ハフのフレンチ・アルバムにも収録されている。ハフの演奏は4分30秒ほど。レヴィットはなんと5分30秒程かかっていて、別な曲のように感じられる。テンポが極端に遅くなったことで、この曲のデモーニッシュな暗黒の闇が描かれているようだ。実に恐ろしい音楽だ。これに比べるとメンデルスゾーンの音楽は優しい作風で、暗くても癒される余地がある。ただ、暗くなると聴くのがつらくなってくるので、あまり暗くない第1巻の第1番のような曲のほうが好ましい。ジャケット写真は金属のアクセサリーを二つ組み合わせてユダヤの紋章であるダヴィデの星を表しているようだ。収益は反ユダヤ主義と戦う2つのドイツの組織、反ユダヤ主義暴力と差別のアドバイスセンター(OFEK)および反ユダヤ主義に対抗するクロイツベルク・イニシアチブに寄付されるそうだ。幾分政治的な意味合いのあるアルバムではあるが、そういうことを抜きにして楽しめる上質なアルバムだ。レヴィット メンデルスゾーン 無言歌集(Sony 19658878982)24bit 96kHz FlacMendelssohn: Songs without Words, Book 1 (6), Op. 19b:1.No. 1 in E Major. Andante con moto, MWV U 862.No. 2 in A Minor. Andante espressivo, MWV U 803.No. 4 in A Major. Moderato, MWV U 734.No. 6 in G Minor. Andante sostenuto, MWV U 78 "Venetian Gondola Song"Songs without Words, Book 2 (6), Op. 30:No. 1 in E-Flat Major. Andante espressivo, MWV U 103No. 3 in E Major. Adagio non troppo, MWV U 104No. 6 in F-Sharp Minor. Allegretto tranquillo, MWV U 110 "Venetian Gondola Song"Songs without Words, Book 3 (6), Op. 38No. 2 in C Minor. Allegro non troppo, MWV U 115No. 6 in A-Flat Major. Andante con moto, MWV U 119 "Duetto"Songs without Words, Book 4 (6), Op. 53No. 4 in F Major. Adagio, MWV U 114 "Sadness of Soul"No. 5 in A Minor. Allegro con fuoco, MWV U 153 "Folksong"Songs without Words, Book 5 (6), Op. 62No. 3 in E Minor. Andante maestoso, MWV U 117 "Funeral March"No. 5 in A Minor. Andante con moto, MWV U 151 "Venetian Gondola Song"Lieder ohne Worte, Op. 102, No. 1 in E Minor. Andante un poco agitato, MWV U 162Alkan: 25 Préludes, Op.31: No. 8, La chanson de la folle au bord de la merIgor Levit(p)