アレクサンドラ・クルジャク:ファルコン~オペラ・アリア集
黒メガネをかけた女性が絵画を背景にして映っているジャケットに惹かれて買ってしまった一枚。アレクサンドラ・クルジャク(1977-)というポーランド出身のソプラノ歌手のアルバムだった。ブックレットの写真を見ると割とふっくらとして柔和な表情の女性だったが、ジャケ写は顎のあたりが引き締まっていて、凄味のある顔になっている。車に乗っているときにロッシーニを聞いていてコロラトゥーラの超高音に唖然としてしまった。コロラトゥーラにしては声が太く強靭で、圧倒的な声量と安定感がある。この部分はフランスの歌手にはない、優れた能力だろう。何よりも透明感とビロードのような滑らかさが、何とも言えない魅力を放っている。wikiによると出産後に声の豊かさが増し、そのため『トゥーランドット』のリュー、『道化師』のネッダ、『オテロ』のデズデモナなどをリリコの役も歌うようになったという。ディストリビューターによると『このアルバムは19世紀フランスの歌姫として時代の寵児になるも短い期間で声を失ってしまったコルネリー・ファルコン(1814-1897)へのオマージュ』とのことだ。彼女は1820年代〜1850年代頃にパリで起こったグランドオペラの花形歌手。ところが18歳でデビュー後僅か5年で舞台から姿を消してしまった。理由は舞台で声が突然出なくなったからだという。何とも痛ましい出来事だ。ここら辺の事情はこちらに詳しい。ジャケ写のクルジャックの背景の肖像画は、どうやらファルコンの肖像画のようだ。クルジャックは表現過多にならず、すっきりとした表現で好感度大。コロラトゥーラの凄さを味わうのならロッシーニの『オリ伯爵(Le Comte Ory)』第2幕のオリ伯爵に追いつめられる女性の一人ラ・コンテスの心の苦しみと彼女の内面の変化を表すアリア「En proie à la tristesse(悲しみに支配されて)」が、素晴らしい。前半の悲痛な曲調から一転して、後半の超絶技巧コロラトゥーラが続く展開は圧巻。特にエンディングの超高音の持続力は圧倒的で、聴き手は口をあんぐり開けてしまうしかない。ベートーヴェンはコンサートアリア「Ah! Perfido(ああ、不実な人よ!)」が取り上げられている。この曲はソプラノ歌手にとって技術的にも表現的にも挑戦的な曲として知られているようだ。このアルバムでは3つのトラックに分かれていが、裏切り者に対する激しい感情と優しい感情が交差する劇的な歌唱が実に素晴らしい。アリア部分をバルトリが歌っている音源がSpotifyにあったので、参考までい聞いてみたが、声がか細く、まるで年を取った歌手がつぶやいているようにしか聞こえなかった。それもクルジャクの歌唱が素晴らしすぎるためなのかもしれない。ガスパーレ・スポンティーニ (Gaspare Spontini, 1774-1851) は、19世紀初頭のフランスとプロイセンの宮廷で活躍したイタリア出身のオペラ作曲家。彼のオペラは、華麗なオーケストレーションと壮大なドラマ性を持ち、ベルカントからロマン派音楽へと移行する時代の橋渡し的存在として知られているそうだ。《ヴェスタの巫女 (La Vestale)》(1807)はフランス時代に大ヒットした作品。「Toi que j’implore avec effroi(恐怖とともにあなたに懇願する)」は主人公のジュリアが歌う感情的で心を打つアリア。神々に赦しを請い、救済を懇願する心の叫びを表したアリアで、クルジャック劇的な表現はオペラの中に没入しているような気分になる名唱だ。フロマンタル・アレヴィ(1799-1862)の最高傑作《ラ・ジュイヴ》(「ユダヤの女」)(1835)のナンバー「Romance. ‘Il va venir’(彼は来る)」は第2幕で主人公のラシェルが恋人のレオポルドを待つ心境を歌う切ないロマンス。クルジャックはラシェルの感情を情感豊かに歌いあげている。ただ、個人的には曲の前後に入るホルンの二重奏がいまいち野暮ったく感じる。クルジャクは、ラシェルの純粋な想いを繊細に表現し、聴き手の心を捉えて離さない。ルイ・ニーダーメイヤー(Louis Niedermeyer)の代表作の一つ『ストラデッラ(Stradella)』(1857)はバロック期の作曲家アレッサンドロ・ストラデッラを題材にしたオペラ。「Ah! quel songe affreux(なんという恐ろしい夢)」では、レオノールの内面的な恐怖と不安が表現され、クルジャクの深みのある声がその情感をさらに高めている。ファルコンをzっさんしていたというベルリオーズの初期の作品「若いブルターニュの羊飼い」(1834)は穏やかな曲調で文字通り牧歌的な気分を味わえる。最近、演奏家に焦点を当てたアルバムが昔に比べて多くなってきたように感じる。そのようなアルバムの利点は、演奏家に関連する作品が取り上げられているため、聴き手がこれまで知らなかった作品を知るきっかけとなる点だ。今回のアルバムも、筆者にとって未知のオペラに出会う貴重な機会となり、非常に有難いと感じている。それを、現在が全盛期であると思われるクルジャクの名演で味わえるのだから、これ以上ない贅沢だろう。アレクサンドラ・クルジャク:ファルコン~オペラ・アリア集(Aparte AP353)24bit 96kHz Flac1. Mozart:Don Giovanni, K. 527, Act II : “Crudele ? Ah no, mio bene” (Donna Anna)2. Mozart:Don Giovanni, K. 527, Act II : “Non mi dir, bell’idol mio”3. Beethoven:Ah Perfido!, Op. 65 “Ah! Perfido”4. Beethoven:Ah Perfido!, Op. 65 :Aria. “Per pietà, non dirmi addio” 5. Beethoven:Ah Perfido!, Op. 65 :“Ah crudel! tu vuoi ch’io mora!”6. Spontini, La vestale, Act II :Air. “Toi que j’implore avec effroi” (Julia) 7. Spontini, La vestale, Act II :Halévy, La Juive, Act II :Récit et air. “Sur cet autel sacré que ma douleur assiège” FROMENTAL HALÉVY La Juive8. Romance. “Il va venir” (Rachel) 9. Meyerbeer, Les Huguenots, Act IV :Récitatif et air. “Je suis seule chez moi…Parmi les pleurs, mon rêve se ranime” (Valentine)10. Niedermeyer, Stradella :Récit et air. “Ah ! quel songe affreux” (Léonor)11. Rossini, Le comte Ory, Act I : “En proie à la tristesse” (La Comtesse) 12. Berlioz:Le jeune pâtre breton, H 65 5’27CARL MARIA VON WEBER Der Freischütz13.Von Weber Der Freischütz, J.277, Act II: “Wie nahte mir der Schlummer… Leise, leise, fromme Weise!” (Agathe) Aleksandra Kurzak(s)Morphing Chamber OrchestraBassem AkikiRecorded October 19 to 24, 2023, at the Lorely-Saal in Vienna, Austria