●死っていったいどういうこと?●
このところ、かなりアクティブなステージが続いています。そのため、この日記に向かう時間もほとんど取れてない状況です。でも、今やっと時間が取れました。久しぶりに少しエネルギーを注ぎたいと思います。さて、この月初めは、ご縁をいただいた同年代の友人の死に直面した。なんともやり切れない想いに浸っていた矢先、その同じ日に、また別に身内の死まで重なった。この世は錯覚で成り立っている、とある有名な学者が言っているのを聞いたことがある。昨日までこの世に存在したはずの人が、ある時、この世から消えてしまうというのは、まさにこの世が錯覚で成り立っているから、とも言えるかもしれない。ある時、突然この世に生まれて、ある時、急に消えていなくなる。眼の前に(確かに存在しているはずの)本箱やデスクも100年後にはおそらくどこにも存在しない。考えてみれば、本当に私たちの人生って短いものですよね。少し抹香くさくなるのかもしれないが、仏教用語の、色即是空、空即是色っていうのは、(独断と偏見で)直訳すると、あると想っていたものがなく、実体がないはずのものが今存在している、となる。要は、物質とは絶え間ない変化の中に漂っている存在なんですね。だから、本来は私もあなたもあるひとつの偉大なエネルギーが一時形を変えただけの存在なのかもしれない。まぁ、そう考えると、世間でよくよくいうところの、例えば、あいつはこうすべきだ!とか、こいつは気に食わん(笑)とか言うようなことは、あまり意味がないことかもしれません。身近な人の死に直面してインスパイア大澤は、こんな哲学的な、少しスピリチュアルで宗教的な考えを一人思い巡らしていました。でも、たまには、忙しく、恐ろしくテンポの速い現代社会の中で、こんな思索をすることも、大切なのではないかな!今という大切な瞬間をめいっぱい生き切るためにも・・・ネそんな氣がする今日この頃です!今日もここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。あなたとの素敵なご縁に心より感謝します♪