記憶の中の12月ー1
それは、まだ私が高校生の時。 時期はちょうど今頃。街がクリスマスムードに包まれて、誰もが忙しい12月の日々を過ごしていました。 私は、もう部活を引退してアルバイトに励んでいました。 その日も、いつものように仕事をしていると誰かの視線を感じて顔を上げました。そこには、若い男性が立っていてこちらを伺っていましたが、視線の先は私ではなくて隣にいた、パートさんでした。 パートの大沢さんは、仕事が忙しいのか気がついていないのか下を向いています。 (お客さんかな...?) 私は用件を聞こうと男性の元に行きました。 「あの、なにか御用でしょうか?」 一瞬、驚いたような表情をした男性でしたが、すぐに「大沢〇〇さんを呼んでいただけないでしょうか」と言いました。「少々お待ちください」(やっぱり大沢さんに用事だったんだ) 「大沢さん、あちらのお客様が呼んでますよ」 大沢さんは、返事もなく不機嫌そうに出て行きました。(......?) 気にはなったけど、立ち聞きするわけにも行かず平静を装って、仕事を片付けていると別のお客さんがこちらを見ながら、手招きをしていたので御用を伺いに行きました。 こちらの用件はすぐ終わって、戻ろうとしたとき、視界の隅で大沢さんと男性が話をしているのが見えました。 そして、少しだけ話の内容が聞こえました。 「もう2度と来ないで頂戴。分かったわね?」 男性の年齢は、20代前半ぐらい。大沢さんは、私の母ぐらい。 (親子、かな?)(お金をもらいにきたのかな?) 大沢さんは戻ってきて、すぐにタバコとライターをポケットに入れると「トイレに行って来る」といって出て行ってしまいました。 私は、もう一人の年配のパートさんに「さっきの人って大沢さんの息子さんですか?」そう聞いてみました。 「そんな訳ないじゃないの。馬鹿なのよ、大沢さんは。旦那もいるって言うのに」「あ...そ、そういう人なんですか」「昨日も来てたんだよ~。あんたが来る前にさ」「ストーカー...ですか?」「さあね、あんたも気をつけなよ」 大沢さんは、綺麗な人だけどすっごく面白いし、ズバズバ物をいう男性みたいな人でした。初対面の日に、「イカのゲソは女は食べんじゃないよ。足がくさくなるからね」変な豆知識を教えてくれました。そういえば、男性の口説き方も...男性にモテる方法も...タバコの煙を鼻から出しながら、だったけど。 あっちが痛いこっちが痛いといっては薬を飲んでるアルバイトの女の子に「あんた、薬を逆から言ってごらん」「リ、ス、ク...リスクです」「そう、薬には必ずリスクがあるんだよ。人間には自然治癒力って言うのがあるんだから何でも薬に頼っちゃいけないの。」 きっぱりした所が好きだったんだけどな...。 休憩から戻ると、大沢さんに「もう、あの人の用事は取り次がないで」といわれました。もちろん、はい、としか答えられませんでした。 次の日も、その次の日も男性は、窓越しに大沢さんをじっと見つめていました。 私も、気がついていないフリをしました。 けれども、大沢さんを見つめるその目にある記憶を重ねてたまらない気持ちになりました。 (つづく)