萬葉集古義
「萬葉集古義」…この本は数年前に入手したもの。ただ、その文章の美しさに惹かれる。そのままのことをそのままの言葉で(的確に)書き表しているところに魅力を感じる。これから少しずつ、この空間を使って萬葉集古義の文章をご紹介していきたいと思う 暁のかはたれ時に島蔭を 漕ぎ去し船のたづき知らずも 万葉集 巻20 阿加等伎乃 加波多例等枳爾 之麻加枳乎 己枳爾之布禰乃 他都枳之良受母 あかときの かはたれときに しまかぎを こぎにしふねの たづきしらずも阿加等伎は、暁なり、加波多例等枳は、彼は誰時にて、暁の未だほのぐらくて、人の面顔の其れと見え分き難きほどを云、契沖云、かはたれときは、たそがれ時といふに同じ、およそ夕へも暁もほのかなれば、人のかほもそれとみわきがたくて名のりをきけば、夕へをもかはたれ時といひ、暁をもたそがれ時といふべきをいつとなく、たそがれは夕へにいひならひて、暁にいはば、ことあたらしくなりぬべし、源氏物語初音に、花の香きそふ夕風の、のどかに打吹たるに、御前の梅やうやう紐解けて、あれはたれときなるに、とかけり、かはたれと云に同じ、之麻加枳は、島陰なり、歌の意、第四の句までは序にて、主用は第五の一句のみにあり、かくて序の意は、暁のほのぐらきに、冲つ島陰を遥に漕出(こぎゆき)し船は何方の浦に、湊(はつ)るとも知れねば、手著(たづき)知ずといひつづけたるにてさてかく妻子を置て、遠く西の海に赴くことなれば、行末おぼつかなく何處をよすがとたのまむ手著も、さても知れぬこと、と云なるべし 萬葉集古義 7