人の中で
病を得て、実に様々なことを学んだ。学んだ結果、自身の生き方は(ほんの少し)深まったのではないかと思う。それと同時に、これまたほんの少しではあるけれど人間不信にも陥った。人間不信、言い換えれば、人との距離をとるようになったということか。これからここに書くことは、もちろん、リアルにおいて誰にでも言えることではない。匿名性の高いこの空間だからこそ、書けることなのかもしれない。近所の方々からこの病について問われ、それに答えていると「人間、皆、いつかは死ぬんやから」「みんな一緒やねんで」「早いか遅いかだけの違いや」などとよく言われる。確かに、皆、いつかはこの世を去る。しかし、「いつかは死ぬ」ということと「自分の生のゴールがここから透けて見える」ということは絶対に違う。見たくもないゴールがここから見えてしまう悔しさが貴方に分かるのか、と言いたかった。これまた近所の方から「病気も大変やろうけど、腰痛も大変やねんで」などと言われると癌と腰痛、一緒くたやな、と何やら不思議な感覚に包まれる。「私、同居の方の大変さでほんま良かったわ。 癌なんか、たまったもんやないしな」という発言にはただ、微笑むだけにしている。・・・言葉の大切さが、殊に身にしみる昨今。鈍感な言葉にさらされ続けると、他者との距離をとりたくなりもう、誰とも言葉を交わしたくないとさえ思う。そしてもうひとつ、自身もまた、鈍感な言葉を発しているかもしれないことを思えば次第に、何を言ってよいか、書いてよいのか分からなくなり人との対話が怖くなってくる。・・・そんな中、過日の日記に書かせていただいた楽天の方々のお言葉、その優しさは本当に温かく、ともすれば人間不信に陥りそうな私を「大丈夫だよ」と引き上げてくださる。