要通訳事件はつらいよ
要通訳事件。日本語が話せない(話せるとしても片言レベル)外国人が逮捕された場合や、耳が聞こえず手話の通訳を連れてこなければならない件などがこれに当たるでしょう。 私には、外国人被疑者の依頼も何件か来ています。 東京やら千葉やらと異なり、不法滞在とかオーバーステイみたいな件とは今の所縁がないのですが、それでも何らかの原因で罪を犯してしまう、あるいはそうと疑われる人たちは少なくありません。 当然このような被疑者の場合、弁護活動は通訳なくして成り立たない訳ですが、日本位、通訳を真面目につける国はない、とも言われています。 国際条約では、刑事手続に当たっては、国の費用でもってきちんと通訳をつけなさい、としっかり書いてある(国際人権規約B規約14条3項f)のですが、郷に入れば郷に従えと言う発想が根強く、通訳が形ばかりという国も少なくないようです。 通訳事件になると弁護士サイドとして何が困るかと言えば、まず面会スケジュールの立て方に困ります。 弁護人が一人で活動している案件であるならば、スケジュールの調整も比較的たやすいです。とりあえず身一つと時間があれば会って話を聞いて、知識でアドバイスくらいはできます。 ところが、要通訳事件の場合、通訳の方とスケジュールを合わせないと、被疑者と会うことはできても、話ができません。 どうしても合わない時には、片言くらい知っていることを頼みに、自分が弁護人だということを知って貰ったり、あらかじめ用意されている外国語による手続解説の書類を渡すためだけに面会に行く、と言うこともありますが、当然これでは接見の実はなかなか上がらないのです。僅かな言葉のミスで意味が全く逆になってしまう、なんてことも普通に起こりえます(英語でnotがつくかどうかだけで180度違いますよね)から、片言なりに聞き取る、と言うのはリスクが小さくありません。 被疑者から接見要望が出ても、通訳の方と合わせられないと接見に行くことは難しいです。 また、要通訳事件の場合に困るのは、被疑者が弁護人・通訳以外となかなか実のある面会ができないということです。 被疑者が弁護士・通訳人以外の第三者と面会するのは日本人であっても接見禁止がつくことも少なくないのですが、例えそうでなくとも、一般の面会に当たっては警察官が立ち会います。 警察官は面会の内容を聞いて、不適切発言をしたら容赦なく面会を止めます。変な事を話して証拠隠滅や証人などを脅すことをされては困るからです。 そして、外国語で話すことも警察官に会話の内容が分からない以上禁止です。 つまり、被疑者にとってはせっかく知り合いと会っても母語で話せず、ただでさえ孤独極まりない異国での身柄拘束がさらにきついものになってしまうのです。 そして、弁護士サイドにも、関係者との打ち合わせに一々通訳を頼まなければならない可能性が出てきてしまいます。 さらに、通訳の費用は弁護士の自腹…では流石にないのですが、建て替えてもらうまでは弁護士が自腹を切ることになります。 また、通訳の方は法テラスetcから紹介を受けるのですが、紹介されてもこの人大丈夫なのかな…と言うこともあります。 そもそも通訳の方々は法廷通訳業を専門にやっている訳ではなく、兼業の方が圧倒的に多いのです。 ある程度慣れていて、あるいはかなり勉強していらっしゃるのか,すらすらとできる人ももちろんいますが、法律用語などについてはその場その場で調べていたり、私にも分かるような間違いを言っていて指摘したら直しているような人もいて、通訳の方の能力は千差万別です。 他にも、体験談として、共犯者と同じ通訳の人を紹介されてしまったなんてこともありました。 しかし、共犯者と同じ通訳ならまだいい方で、少数言語だと警察での取り調べの時の通訳と裁判での通訳が同じ人物である、なんてこともあります。裁判所的には、この言語の通訳なんて、今海外赴任中の商社マンの人が帰ってくるのを待って頼まないと・・・とか、東京外語大あたりの専門の先生に頼まないと分からないような少数言語だったりすることもあるので、裁判を進めようにも進められないということさえあると聞いたことがあります。 休日の当番弁護の場合はもっと悲惨で、通訳の方を紹介してもらおうにも通訳を紹介してくれる国際交流協会が休日に動いておらず、開いている平日に電話をかけ、更にそこからスケジュールを調整…これではいつになったら会いに行けるんだか全く分からないということになります。 また、当然被疑者は外国人になります。 外国人の場合、ものによっては犯罪をしたという認識がないこともあるので、自分は何も悪いことをしていないと言う感性で話されることも少なくありません。日本人でも、これって罪だったの!?みたいに構えられている人との意思疎通は難儀することが多いものですが、要通訳と言う問題も相まってそれ以上です。 私ではありませんが、「いくら賄賂を贈れば助かるのか?」なんておいおいな質問が出ることさえあります。日本ではとても考えられない話ですが(日本の司法制度は、賄賂と言う視点からすれば相当まともだと思います)、国によっては賄賂で助かる国もあるのですね。 そんな訳で、要通訳事件受けてくれませんか?と言われると、内心でえーということを考えてしまうのです。 幸い、過去に何件か要通訳事件を受けましたが、被疑者段階で軒並み不起訴になってくれた(さほど重い罪でないのなら、検察サイドとしてはどーせ強制送還だから送り返して終了というのもそれはそれで一策に違いない)からよかったのですが、公判に行って否認事件、更に裁判員裁判と合わさってくれば悲鳴ものと言えるでしょう。 これからの東京五輪に当たっては、当然海外の方が日本にたくさんやってくるでしょう。 外国の方を刑事裁判で使う場合、非常に苦心することがある、ということもぜひ知っておいてくださいな。 もし外国語、特に少数言語に詳しい方がいらっしゃるのであれば、ぜひ法廷通訳を志願してください。