月の欠片ー原油価格高騰その15Mobile
この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. 「ターハは、私のレバノンでのデビューを進めてくれています。彼はこれまでずっと私の才能を認めてくれていました。私がきっとブレイクすると、メジャー・レーベルを説得しているところです」 メジャー・レーベルとは、スルタンには、聞き慣れない言葉だったが、一流の大レコード会社のことだろうと、推測はついた。「そうか。それであれだけの費用が必要なのか」 緊縮財政を貫いて来た、スルタンにとって、気が遠くなるような、法外な金額だったが、シェイク家の当主として、取り乱したところを見せる分けにはいかない。 ヤシンは、ただ、俯いていた。「それで、お前は自分の才能を信じているのだな」 俯いたヤシンの心に、この言葉が深く突き刺さった。一度デビューに失敗しているヤシンには、辛い言葉だった。自分の才能は信じていたかったし、ターハは、常にそれを認めてくれていたが、現実は厳しいことは分かっていた。 ターハだって、どこまで本気でいるのか分かったものではない。それでも、その言葉に縋らざるを得ない。デビューすれば、何とかなる、と思うしかない。少なくとも、自分の音楽に感動した、救われたと、言ってくれる人がいる。「愚問だったかな。自分の才能を信じていなければ、デビューなど考えないものだ」 ヤシンの言葉を待たずに、スルタンは続けた。ヤシンは、俯いたままだ。「ヤシン」 スルタンは思い切ったように言った。「ベイルートに行くか」 その言葉に、ヤシンは、顔を上げてスルタンを見詰めた。思いもよらない言葉だった。デビューを諦めるよう説得され、二度とベイルートに行かないようにと言われるのだと、思っていた。「えっ」 スルタンは微笑んでいた。その瞳は優しさに溢れていた。「ベイルートに行くか、と言ったのだ」 ベイルートに行くには当主たるスルタンの了承は不可欠だ。断られた場合には、ターハに相談して、不法出国をしなければならないかと思っていたほどだ。それが、こんな展開になったのだから、ヤシンの驚きは尋常では無かった。「海外渡航に必要な書類などには、いつでも署名する。心配は不要だ」 ヤシンは驚いて目を見張っていた。そんなヤシンの姿を、スルタンは相変わらず穏やかな眼差しで見守っている。 イブラヒムは、高原油価格が続いているので、上機嫌だった。イエイツの言い草は気に食わなかったが、大儲け出来ているのだから、不満はどこかに吹き飛んでしまう。 アブドルアジズから直々に、礼などを言われると、もう、最高の気分だった。それは、いくら儲けても得られない気分だ。イブラヒムにとってアブドルアジズは絶対だからだ。 特に、二月中旬からは、原油価格が再度一〇〇ドルを超え、そのままの状態が続いている。それ以前は、年初に一〇〇ドルを超えたものの、一月中旬そして一月下旬から二月初めには、一〇〇ドル割れもあり心配だった。