月の欠片ーアラブの春その21Mobile
この作品はフィクションであり実在の人物団体等とは一切関係ありません。Copyright(C) 2008-2011 Kazuo KAWAHARA All rights reserved. スレイマンが殿下と呼ぶのはアブドルアジズしかいない。「お陰様にてリビア支部も助かりました。何とお礼を申し上げて良いか」 スレイマンはアメリカにいた時にもアブドルアジズの資金援助を受けていた。イブラヒムがタリータウン、ニューヨークと資金を手渡しに来たこともあった。スレイマンは、随分と助けられたものだ。「殿下には本当にお世話になりっぱなしで」 サードも電話の主がアブドルアジズであることには気が付いていた。サードは席を外そうとしたが、立ちかけたところをスレイマンが手で制した。サードはゆっくりと座りなおした。「そうですか。そろそろカサブランカをお立ちになりますか。お父上も病状が回復されたようですし、殿下の毛嫌いされていた、カダフィの最期を同じアフリカでお見届けになれて良かったですね。これでリビアの民も自由の身です。殿下のお助けを得て、リビア支部もいささかなりともリビア解放に貢献出来ました。有難うございました」 スレイマンは、リビアでの成功にホッとしていた。イラク、アフガンでは十分な成果が得られてはいなかったので尚更だ。特にイラクではスンニ派はシーア派に数で劣る。イラク支部の活動の成果は限定的だった。「それでは、いずれまた、リヤドで」 スレイマンは電話を切った。 そして、サードの方を向いて微笑んだ。サードも微笑んでいた。長く仕えていれば、スレイマンの気持ちが良く分かる。リビアでの成功に加えて、アブドルアジズと良好な関係を維持出来た。嬉しいことだ。 イブラヒムはようやくアブドルアジズと連絡が取れた。突然、アブドルアジズが上機嫌で電話を掛けて来たのだ。イブラヒムが聞くまでもなく、モロッコにいたことを自らあかした。他言無用の旅だったと弁解もしてくれた。イブラヒムが何度と無く連絡を取りたがっていたこともちゃんと知っていた。電話ではアブドルアジズが一方的に喋っていた。いつものことだが、先物取引のことなど話しに出す暇は無い。イブラヒムをアブドルアジズ邸に呼び付けるとそれで電話を切った。イブラヒムは先物取引の話をする暇が無かった。アブドルアジズ邸を訪問した時にする他は無い。 原油価格は一〇月二四日には九〇ドル台へと復帰した。一一月に入ると、上昇を続け、七日には九五ドルを超えた。この上昇も現下の石油需給を反映したものではなかった。経済指標の改善などを反映した株高、欧州の信用不安解消に伴うユーロ高ドル安を主因としたものだった。加えて、九五ドル超えについては、ジオポリティックス(地政学的)要因の中核となっているイランの核開発疑惑問題が大きく影響した。「おう。イブラヒムか。この間は有難う。殿下の協力が得られて幸いだった。大量の資金投入は本当に心強かった。お陰で原油価格も上昇した、と言いたいところだが、お前も知っての通り、殿下の協力が無くとも上昇しただろうがね。おっと、これは失言だった。殿下には言わないでくれよな。頼むよ」 イブラヒムはイエイツのこの物言いが気に障った。