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カテゴリ:文化
日本文学の源流を描く 「小説 小野小町 百夜」の著者 高樹 のぶ子さん
作家・高樹のぶ子さんが先頃、新著『小説 小野小町 百夜』(日経BP/日本経済新聞出版)を上梓した。前作『小説 伊勢物語 業平』に続いて、平安時代の歌人に題材を採った第2作。六歌仙の一人、小野小町の少女時代から晩年までを描いた。
絶え忍び赦し歌を輝かせる 〈小野小町は平安前期の歌人。紫式部や清少納言ら平安中期の女性文学者に先んじて、和歌という文芸の礎を築いた。歌の際も用紙も並外れて勝れていたとされ、伝説も多く残るが、出自や生涯は明らかではなく、生没年も分かっていない。高樹さんは、小町の実査苦と信じられる「古今和歌集」の18首を中心に構成。10歳の少女時代から晩年まで、物語を織り上げた〉
前作『業平』の在原業平を書いた時と同じく、今回も、小野の実作として残る歌をよりどころに、彼女の生涯をたどりました。文体も、それらの歌が地の文を読むだけで理解でき、同時に、平安という時代のみやびさを伝えられるように、前作で練り上げた平安雅文を用いています。 「平安」と「女性」というテーマは非常に相性が良く、同性ということもあってか、いつの間にか小町の中に自分が入り込んでしまうこともありました。客観的でいようとしながらも、「私は小町よ」というような感じになって(笑い)。「ちょっと待て」と自分を抑えることもありました。 小町の人生を貫いているのは、〝耐えて、忍んで、赦す〟こと。優雅に見える人生ですが、平安という時代の不自由さの中で、思うに任せぬことがたくさんあってことでしょう。『百夜』では母との別れや良岑宗貞(僧正遍昭)とのかなわなかった恋などを描きましたが、彼女は耐え、忍び、赦します。その中で鍛えられたのが歌の力でした。歌を志しとして歌を詠み続け、歌から力を得、歌の力を輝かせて、1100年後の今も人の心に響き、生き続ける作品を残したのです。
平安歌人の感性と生命力 「古今和歌集」の歌をよりどころに
時代に先駆けたトップランナー 人生にはままならぬことが多いもの。小町はそれを「宿世」として受け容れます。乗り越えるには力が必要ですが、彼女にとっての力とは、耐え、忍び、赦すこと。その人生を歌という目標が支えました。 耐えて、忍んで、赦すなんて、古くさくて、コンサバティブ(保守的)で、つまらない生き方に感じるかもしれません。ただ、「受け入れる」「赦す」といっても、諦めることとは違います。諦めず、何かを創っていこうとする人だけが、乗り越える力を得られるように思います。 現代の社会をみると、低劣な欲望や不平不満、いびつな自己意識や権利意識にとらわれているケースが少なくありません。そんな時代を生きる私たちが小町の人生から学べることは多いのではと思うのです。 少し前には「親ガチャ」などという言い方がありましたが、現代にも宿世を感じることはあるでしょう。そういう時、大きな目的や目標に生きることが、宿世を乗り越える力を沸かせるはずです。「わが子を一人前に育てる」とでもいい。今日、明日の目先の欲望のためでなく、高い志に生きることが大切ではないでしょうか。 今回のタイトル『百話』は、長い時間という意味でもあります。1100年前から続く平安文化に命を注ぎ、力を与えたのは小町をはじめとする女性達でした。良質な感性でリードした小町は、まさに〝平安女性のトップランナー〟と言えるでしょう。
日本人の美意識「あわれ」を定着 「花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに」という小町の歌がありますが、日本人は満開の桜を美しいと感じるとともに、はらはらと散る桜にも味わいを覚えます。移ろいに関心を持つ。これが「あわれ」です。 満月は、いつか欠ける。花は散り、命には最期の時が来る。でも、月は再び円く満ち、花は芽吹く。命はどこかで再生する。まんかいの花、満月に「あわれ」を感じるのが、四季の中で生きる日本人の美意識であり、日本の美のかたちです。 この感覚は「万葉集」の大伴家持が持っていましたが、「こういうもの」と定義し、定着させたのが小町でした。「源氏物語」には「あわれ」という言葉が繰り返し使われているそうですが、紫式部の頃には皆が受容し、定着していたということでしょう。小町の感性は、日本の文学や文化という大河の最初の一滴だといえると思います。 前作の「業平」は、古典作品への新しいアプローチとして、本年度から高校の教科書に取り上げられています。現代語訳ではなく、翻案として再構築し、作り替えた作品を読むことで古典を鑑賞する。つまり、そこに人間がいたことを味わうのです。今回の『百夜』も〝味わう古典〟の一つになることを願っています。 文体については、今回も「読みやすい」という感想をいただいています。読みやすさも一つの〝文芸〟だと思っていますので、これはうれしいこと。日本人の整理に適った五・七の組み合わせを基調として使っています。ルビも五・七を意識して振っていますので、リズムを刻むように読んでいただいているかもしれません。音楽的なものとして、越えにして味わっていただけるとうれしい。小町の物語を通して、言葉の力、文芸の力を感じていただけると幸いです。
たかぎ・のぶこ 山口県生まれ。1980年に『その細木道』でデビュー。84年『光抱く夜よ』で芥川賞。99年『透光の樹』で谷崎潤一郎賞、2010年『トモスイ』で川端康成文学賞。『小説 伊勢物語 業平』で20年に泉鏡花文学賞、21年に毎日芸術賞。日本芸術院会員、文化功労者。
【文化Culture】聖教新聞2023.6.29 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 20, 2024 06:11:31 AM
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