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カテゴリ:文化
ことわざで知るロシア ジャーナリスト 小林和男さん 暮らしや考えに深く関係 文学や音楽をはじめとする業績に魅了されてロシア語を学ぼうと入った大学の最初の授業。教授を務める佐藤勇先生からロシア文字の短文が並ぶプリントが配られた。すべてロシアの〝ことわざ〟だという。ロシア文字を読むのもおぼつかなかったが、先生は「声を出して覚えるように」とおっしゃる。懸命に覚えた。 この時に覚えたことわざが、放送局の記者になり、念願かなって赴任したロシアで偉大な力を発揮した。 現大統領のプーチン氏をはじめとする政府の要人、バレエのプリセッカヤら芸術・文化の関係者、市井の人々まで、数えきれないほどロシアの人々とあってきたが、誰もがこのことわざをよく口にするのだ。 ならばと、学生時代に覚えたことわざを私も使ってみた。とたんに相手の表情が緩む。仲の良い友人に接するような態度になるのだ。 言葉にして数秒。そこに人生の機微が詰まっている。佐藤先生はロシア人のメンタリティーを深く理解しておられたのだろう。 2022年、ウクライナ侵攻が始まった。ロシアの人々はどんなことわざを口にしているのだろう。モスクワの友人に尋ねると、多くの人が「頭じゃロシアはわからない」といっているという。19世紀末のロシア帝国の外交官で詩人だったフョードル・チュッチェフが作った4行詩「頭じゃロシアはわからない/並みの尺度じゃ測れない/その身の丈は特別で/信じることができるだけ」の冒頭だ。 「一人の言葉だけではことわざにならない」という。歳月を重ねて暮らしや考えに深くかかわっていることわざから考えれば、「頭じゃわからない」ロシアがいくらか身近になるのではないか。以前から思いを実現しようと去年の夏に書き始め、今年7月に上梓したのが、『頭じゃロシアはわからない 諺で知るロシア』(大修館書店)だ。 ロシアの人たちが親しむことわざを、できるだけ多く紹介した。例えば「歌あれば事はうまくいく」「語らいは道中を短くし、歌は仕事を短くする」「物語は作り事。歌は真実」は、いかにも〝歌の国〟ロシアらしい。 ロシアは〝弁舌の国〟だ。だれが話しても起承転結があり、文章になっている。詩人プーシキンの作品を子どものころから暗唱するのが国語教育の基本だ。対話の時も、目線を大切にすることが身についている。文書に目を落として読み上げるなど言語道断。失礼だけで収まらず、軽く見られてしまう。集会などでマイクの前に立つ時も、メモをポケットから取り出して棒読みするようなことはない。 ゴルバチョフ氏もそうだった。私が取材するときは常に膝詰めで丁々発止。「心から話し合いたい」という気持ちが伝わってきた。 ニューヨークでインタビューした時のことも印象深い。カメラスタッフが映像の効果を考えて氏と私の座席をセットしてくれていたのだが、その距離が遠いと感じたのだろう。部屋に入ってきた氏は夫人のライサさんに「手を貸して」と言い、自ら椅子を動かして距離を近づけ始めたのだ。 本書で紹介したのは全て私自身が体験したこと、感じたことだ。「目は遠くを見るが、知恵はもっと先を見る」という、ロシアの大地のようなスケールを感じさせることわざがあるが、本書が世界の未来を考える何かの手がかりになれば望外の喜びである。=談
こばやし・かずお 長野県生まれ。NHK入局後、モスクワとウィーンに14年にわたり駐在、特派員・支局長を務める。NHK解説主幹などを歴任。モスクワジャーナリスト同盟賞など。民間外交推進協会専門委員。『エルミタージュの緞帳』『1プードの塩』など著書多数。
【文化Culture】聖教新聞2023.8.31 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
October 12, 2024 07:26:01 PM
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