捨てるって難しい
ゴミの日、ゴミ箱に入っているゴミ以外に、3つのものを捨てると決めたこれが意外と難しいぬいぐるみを、一つ、また一つ、と捨ててみた誰も気がつかない博士くんが、誕生日か、クリスマスにプレゼントしてもらった、リモコンで動くロボット同士でサッカーをするゲーム故障しやすくて、数回遊んだだけで、放置されていたけれど、「捨てないで」と過去に言われた一言で、なかなか捨てられなかったごめんもう、ほこりも、かなり蓄積されてるし、捨てました工作くんが、一番盛り上がっていた、野球盤何かの懸賞か、夏祭りの射的か?で、ゲットした野球盤これは、家族でかなり楽しんだけれど、いつのまにか、駒もそろわなくなり、そのまま埃まみれ15年分くらいの埃は積もっている捨てました聞けば捨てないで、と言われるかもしれないし、もうさすがに、捨てていいよというかもしれない自分のもの以外を捨てることに、罪悪感がぬぐえないが、もう、時効だよということにしたいでも、明らかに、埃まみれではないものは、なかなか手が出せない・・・・と思って、家の中を見ると、ほぼ、私のものではないう~む思い出が詰まっている、もったいないそんな時は、「今までありがとう」と感謝の言葉を述べて捨てましょうという言葉を読んだ所有権が自分じゃない場合はどうしたらよいのだろうか思い出、まだ使える、いつか使う、こういうものは必要な時が来るものがたくさんある方が安心するこういう思いをもっている家族だから、家の中が物であふれるのは当たり前だよねその溢れているものをそれなりに整理整頓する私無意味かもしれないなという思いが頭をよぎるどこまで妥協するかいや、でも、もう少し、生活しやすくしたい自分の中の葛藤私以外の家族にはない葛藤家族はこの、ものであふれた状況が好きなんだから、、、、いまのままでいいじゃん?って思えれば・・・・「お金が貯まる家」とか「幸運を呼ぶ風水」とか「すっきり収納術」とかそれらを、魅力的な呪文として受け止める私は、夢や幻想を抱いて、心地よい気持ちになっているのかもしれないそれは、洗脳っていうんじゃないだろうかほんとうは、今の私以外の家族のように、ものがあふれている家の方が、幸せなのかもしれないじゃないかと、自分に言い聞かせるけれど、まあ、お金がたまるとかたまらないとか、幸運が舞い込むとか、舞い込まないとかそういうことは横に置いといて、掃除の行き届いた、すっきりした家というのは、住んでいて気持ちが良いと思うのだが・・・・ゴミの日、一回、3つ何かを捨てる継続していこうかと思います