両親初トルコ訪問 ボドルム編
アンカラで1日観光した次の日にボドルムへ。丁度直行便があったのでぴゅっと飛んでいきました。1時間くらいでつきました。父と祖母は夕方近くの海まで泳ぎに行き、私はそのお供についていきました。地中海の海水は塩分がもっと高いらしいけど、エーゲ海の塩分も十分濃く、目をしばしばさせながらもぷかぷか浮かんで楽しんでました。久しぶりに海で泳いで2人とも満足だったよう。:)その晩は歩いて10分くらいのところにあるおじさんのサマーハウスに行って夕食。ここでもキョフテをいただきました。:)思えばキョフテ尽くしだったかも、今回の旅。翌日は朝はのんびりして、時間をかけて朝食を食べ、しばらくまた休息。海からの風に吹かれてテラスでのんびり本を読んだりうとうとしたりする時間は最高です。祖母はお昼寝を涼しいお部屋でできて喜んでました。:)(彼女の住む長崎はとっても暑くてさらりさわやかにお昼寝っというわけにはいかないそう)。午後になって彼の家族が仲良くしているミラスの絨毯・キリム屋さんまで行きました。最初は見るだけのつもりが、やっぱり気に入ったのを見てしまうとどうしてもほしくなってしまうもの。結局シルクのキリムを両親が2枚、私と彼が半々の出費で1枚、シルクとウールの混ざったキリムを祖母が一枚購入。シルクのやつを先に見てしまうとあとからいくらウールのものを見てもやっぱりシルクのやつがよく見えてしまう。母は落ち着いた色の、私たちはいろんな動物の模様が沢山入った明るい色のキリムを買いました。今ロジマンのサロンにひいてますがかなりお気に入りです。その絨毯屋さんで。動かしているところを撮ったので半分は鮮明に見えませんが、なんとなく感じはわかるでしょうか。 家族の知り合いのところということで、かなり値引きしてくれてシルクのものでも400リラ(約3万8千円くらい?)で譲ってくれました。キリムを買ったあと両替をしにボドルムに。時間があまりなかったのでお城を少し見るくらいでしたが、行く予定がなかったボドルムダウンタウンに連れて行ってもらえラッキーでした。その日の夜は今度は親戚のおじさんたちを彼の家のほうに招いて夕食。たらふくおいしい料理をいただきました。脳梗塞で倒れた彼のお父さんも随分回復して、多少疲れやすいものの、もう車も運転できるまでに回復していました。本当によかった!元気そうな姿をみてとっても安心しました。***結局彼の説得も私の両親の訪問も彼のお母さんの気持ちに何の変化ももたらさず、家族・親戚みんなでの婚約式はできませんでした。彼女は婚約式をやるなら自分のいないところでやってくれ、と彼に言ったそう。イスラム教徒でない女性との結婚はなんとしても認められない、ということみたいです。私と彼の間では宗教の問題は解決して納得済みなのですがね。将来私がトルコに住むのを嫌になったら、子供をイスラム教徒として育てられなかったら、と今の時点ではなんともしようもないことをあげ、こちらのあらゆる説明にも耳を貸さず、一歩も歩み寄りの姿勢を見せません、彼女。おかげで一人息子のSoz,そして婚約式もせずじまい。本当に大事なことが見えていないのではないか、と私は思ってしまうのですが、どうなんでしょう。うちの両親がはるばるやってきたら少しは変わるのではないかと期待していたのですが、まあ甘かったですね。彼は両親になぜ婚約式ができなかったか、なぜ母親が反対しているのか、これからどうするつもりかをきちんと私の両親に話してくれました。親戚のおばさん、叔父さん、果ては親戚のおばさんのお母さんまで彼女を説得しようといろいろと話してくれたみたいですが全然効果はなく。でも、私の両親としてみれば心配だけれど、今回彼のとっても優しくってサポーティブでいい人たちな親戚を見て少しは安心したみたいです。彼のお母さんの態度も別にとてもフレンドリーではないけれど、意地悪ではないし、料理のレシピを聞けば親切に教えれくれたり、材料をくれたりと、どんな人であるかは見れて、まだ心配は残るけれど、彼にもその心配を伝えたし、少しはどんな状況なのかを自分たちの目で見て安心できたのではないかと思います。うちの家族は博多人形を大事に大事に持ってきたり、彼のお母さん、お父さん、そして親戚へとお土産を沢山持ってきたけれど、彼の両親からは特に何もなし。いろんな場面でストレスで心臓がきりきりと痛みましたが、1日半と滞在も短かったこともあり、まあ、なんとか過ぎていった感じです。もう私個人的には彼女の抵抗には何にも感じなくなりましたね、ここまでくると。結婚式も予定通りアレンジすることになりましたし、あとは彼女がどこかでこちらに歩み寄ってくるのを待つ感じでしょうか。とにかく彼がしっかり私の両親に話してくれたこと、そして親戚が応援してくれていることが心の支えです。