●●●日本の黒い夏[冤罪]
熊井啓監督作品。1994年に起こった松本サリン事件が題材である。カルト集団の幹部が松本の供述を始めるまで犯人と疑われた第一通報者、神部俊夫に焦点があてられる。長野県、松本市の二人の高校生が地元の放送局「テレビ信濃」に取材に訪れていた。彼らの目的は1年前の事件における冤罪の検証だった。多くのマスコミに断られた高校生を報道局長の笹野は快く迎えてくれた。レポーターや記者たちも同席して。熊井啓監督作品を映画館で鑑賞するのは「ひかりごけ」以来2度目である。「帝銀事件 死刑囚」「黒部の太陽」「日本の熱い日々 謀殺・下山事件」と社会派ドラマの代表とされている。「海と毒薬」「愛する」「天平の甍」「海は見ていた」監督作品には重厚な印象がある。だが「日本の黒い夏[冤罪]」には柔らかい印象さえある。最後のクライマックス。事件当日の再現を除いては。高校生によって振りかざされるのは正論。マスコミが神部俊夫を追い詰めたのは周知の事実。だがマスコミの側にも理由がある。大きな理由は視聴率だろう。そこで確たる理由もなく神部を裏取りもせず犯人扱いすることに良しとしない笹野の戦いも描き出される。サリンは素人には簡単に作れない学説を導きだし、神部の弁護士にも取材する。神部無罪報道とのレッテルを貼られる笹野。高校生の前では常に穏やかに状況を説明しているというのに。警察の内情も回想というカタチで描きだされる。「限りなく白に近い灰色」長野オリンピックが間近だ。早期解決に迫られていた。圧巻はサリン事件当日の再現。カルト集団が犯行の準備を始めている。回り出す送風機。暑い夏の日だから、皆、窓を開けている。神部俊夫の奥さんはマトモに被害を受けていた。直接的で有無を言わせない淡々とした圧倒的な映像の迫力はこの場面に集約されている。笹野を中井貴一が神部俊夫を寺尾聰が演じる。たった1年でも事件はあっというまに風化する。この映画が全体的に柔らかな印象なのは風化してからの状況を描いているせいだ。だがクライマックスの迫力は事件の本質を物語っている。当事者たちの苦しみは計り知れない。その事件の現場は地獄絵図だったのだ。熊井啓監督作品であることを思い知らされる。これは「標」なのだろう。同じ過ちを何度も何度も繰り返す私たちへの。