「マッサージ」そして「あの日」
あんまり自分のケアをすることにマメではない私が、ふろ上りにせっせと続けているのが、田中宥久子さんが考案した「造顔マッサージ」と「体整形マッサージ」。↓これらの本を参考にしてやってます。 どちらも簡単なのですぐ覚えられるし、全工程やっても5,6分で終わるところも続けられるポイントです。顔のマッサージには、ちふれのハイクラスブランド「綾花」のマッサージクリームを使っております。@cosmeで調べてみつけました。「マッサージクリーム」というものは、マッサージが終わった後ふき取ったり洗い流したりしないといけないらしいのですが、これはティッシュオフしたら、そのまま化粧水を塗ってもいい、という手軽さが気に入りました。体の方は、チョコレートの香りがするボディーローション。このおいしそうな香りのおかげで、マッサージがとっても楽しいです。そんなにしゃかりきになって取り組んでいるわけではないのですが、最近「痩せた?」と聞かれることが増えてきたような。妹にも、「ヒップがちょっとあがったんじゃない?」と言われました(^-^) 田中さんは「女はすぐに結果が出ないと続かない」と書いてらっしゃいましたが、全くその通り。ちょっとやっただけで、こんな風に言われるのだから、続こうというものです♪さて、マッサージクリームやらボディローションやらに触れながら、あることを思い出しました。今日は阪神淡路大震災の日。ちょうど干支が一回りしたんですね。そうか、あの時も亥年だったんだ。同級生のほとんどが亥年生まれなのですが、当時はそんなこと、全く意識していませんでした。一年留学したお陰で、卒業が同級生よりも一年遅れた私は、当日は東京の西部の市にいました。朝のニュースで震災を知り、すぐさま実家をはじめ、友人宅に次々に電話しましたが、既に全くつながりません。実家から電話が来たのが、2,3日経ってから。幸い、花瓶が割れただけ、という被害ですみましたが、当時マンションの12階に住んでいた為、尋常な揺れではなかったようです。地震の直後から、被災地に救援物資を、と団体や個人が様々な形で被災地に入っていったりものを送ったりしたわけですが、送られるもののほとんどは、食料だったり水だったり毛布だったり、と、サバイバルに必要なものになりますよね。そんな中、当時母が勤めていた会社が送ったのは、保湿用のクリームでした。母が勤めていたのは小さな化粧品会社で、通販での顧客名簿から、被災地の人達を探し、「お見舞い」として送ったそうです。すると、送った先の方から、後日、「毎日をどう乗り切るかに必死で、自分の身を構うことを忘れていた。送られてきたクリームを見て、はっとした。このクリームを塗っていると、自分らしさを取り戻したような気持ちになる。こんな気持ちを思い出させてくれてありがとう」という主旨のお礼状が届いた、とのこと。女性にとって、肌の手入れをすることは、自分との対話なのでしょうね。自分の肌にふれ、いつくしみながら、自分らしさを取り戻す、そういう一時なのかもしれません。今、自分自身が、生存を脅かされることもなく、化粧品の恩恵に与ることができる幸せを、忘れてはいけませんね。それとともに、大変な中で、ご自身をおそらく励ますような思いでクリームを塗り、厳しい現実に立ち向かっていかれたこの女性のような、たくさんの小さなドラマの数々を、語り継いでいかなければならないなあ、と改めて思いました。