凶悪犯罪と死の概念。
このところ日本での凶悪犯罪の低年齢化と言われているけど・・・。多分ね、ゲームとか映画(の暴力的表現)が悪いんじゃなくて、死に関わらないところに問題があると思うの。昔と違って高齢社会でおまけに兄弟が少なくなってるから、可愛がってくれた親戚が亡くなるっていうのもそうあることじゃなくなったし(そもそも人間関係希薄になってきてるから、亡くなって悲しいと思える人もいないのかもしれない)、住宅事情でペットを飼う機会も少なくなっただろうし。そりゃ不必要に殺戮のシーンを見せろってワケじゃないけどさぁ、なんかあまりにも意味不明な、理不尽な理論で子供を「死」から遠ざけすぎてると思うんですよ。あと思うのは、食べ物平気で残す子供と残させる親。あのさあ、あんたたち。あんんたたちの命はブタとか牛とか鶏とかの命の上に成り立ってるのよ。てめぇで養鶏所なり養豚所なり行って10日間くらい世話して、その世話した動物を絞め殺して食べてごらんよ。いかに命が重いものかわかるでしょ。(それでもわからないというなら人間おやめになった方がよいよ)前述したけど、不必要に殺戮を見せろってことじゃないよ。でも、自分の食料となる生物が殺されるところを見せるのは悪いことじゃないと思う。むしろそういうのを「残酷だから」「可哀想だから」で見せないで終わる方が、問題あるんじゃないかなあ。死ぬってどういうことよ? 生きるってどういうことよ?それが分かんないから人殺すこと(てか人や動物が死ぬこと)に興味持っちゃうわけでしょ。何か偽善で成り立ってる世界の方が、人としてよくなくなっていく気がするなあ・・・。人間は性善なのかね?