第52話 ~ kurumi(14) 詫 ~
◆小説のかなり大雑把なあらすじ・登場人物◆は、記事の下のコメント欄を。 最初から、または途中の回から続きを読まれる方は、◆ 一覧 ◆からどうぞ。 ※ 申し訳ありませんが、上記リンクは携帯では表示できません。 ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○ 紗英さんに会いに行く前、吾朗君は迷っていた。会って何を言えばいいのか分からないと。 でも私自身は会って伝えなければいけないことがあるような気がしていた。 ごめんねという、その一言。 でもどうして私が? 私が何かしただろうか。紗英さんを誤解していた事? でもあの時は仕方がなかった。私は私でただ必死なだけだった。だけど…。「お姉ちゃん、この前買ったダウンジャケット貸して」 何の前触れもなく唐突に私の部屋に入って来た妹に、私も何の前触れもなく訊いてみた。「あのさ、もしもね、今あなたが付き合ってる彼が自分と血の繋がった兄だって、後から分かったらどうする?」 妹はきょとんと目を丸くした。「何それ? ヨン様とかビョン様とかの韓国ドラマの話?」「いいから答えてよ」 思いの外きつくなった私の声に、妹はどうしてそんなことを訊くのかという顔をしていた。「そうだなぁ、とりあえず別れて新しいカレシ探すかな。でも今付き合ってるあいつはアニキって感じじゃないよ。アニキにはもうちょっと賢そうな人がいいな。知的だけどスポーツも万能な人。あいつはおバカなところが可愛いけど、兄としてはねぇ。弟の方がまだいいや」 何も考えずに妹はそう答えた。 そうだよね、そんな程度にしか考えられないことだよね。現実的にピンとくる話じゃない。 いきなり突き付けられたそんな現実を、紗英さんはどんな想いで乗り越えていったのだろう。 妹はもういいでしょ、と言わんばかりに私のクローゼットからダウンジャケットを引っ張り出して、鼻歌を歌いながら行ってしまった。 紗英さんに会いに行くことは、吾朗君には伝えていなかった。 病院へと向かうバスの中で、引き返したいという気持ちがなかったわけではない。けれど吾朗君のことは抜きで、二人で話さなくてはならない気がしていた。 病院に着いてからもためらう気持ちを残したまま、私はホスピスへの廊下を歩いていた。そこで向こうから歩いてくる紗英さんにばったりと出くわした。「あれ? くーちゃんじゃん」 彼女はどうしたのかという顔付をして、私を見た。 以前より頬がこけ、体もさらに細くなっていた。それでもベージュピンクのカーディガンをふんわりと羽織った姿には、相変わらず華があった。「元気にしてた?」 あの日、最後の別れ方は酷いものだったのに、紗英さんは何事もなかったかのようにそう言った。 そのまま廊下の真ん中で一言二言交わしていたら、凄いスピードでストレッチャーが運ばれてきたので、私たちは窓際に寄った。外からの陽射しで、そこはほんのりと温められていた。 外を眺めるように並んで立つと、ガラスを拭いた跡が光の加減で幾筋も光って見えた。「吾朗君から全部聞いたの。あなたの病気のことも、それから妹さんだったってことも」 紗英さんは穏やかな笑顔で頷いた。「私にだけでも、本当のことを話してくれれば良かったのに。だけど言えないか、言えないよね」 呟くようにしか話せないでいる私に、紗英さんは朗らかに笑いながら言った。「だって本当のこと話したら、くーちゃん、吾朗ちゃんの顔を見るたびに泣くんじゃないかと思って。そんなんじゃ、いつ吾朗ちゃんにバレちゃうかヒヤヒヤもんでしょ。でもそのせいで、くーちゃんと吾朗ちゃん、別れることになっちゃってごめんね。謝って済むことじゃないけどさ」 謝るより先に、謝られてしまった。それも何かのついでのようにとても軽く。 こっちの方が泣きそうだった。彼女はそれを分かっている。だからこんなふうに軽く笑うんだよね? 初めて紗英さんの温かさに触れた気がした。ううん、きっともっと前から、あなたはそうやって私にも気遣ってくれていた。だからあんなに吾朗君のことを信じろって…。 殻の中に閉じこもった私は、冬の窓辺にこんな温かい陽だまりがあるということにも気が付いていなかった。何も感じないようにただ逃げて、紗英さんの言うことはおろか、吾朗君が言ったことまでも、何もかもに耳を塞いでいた。 私自身の心の声にも。 被害を受けたのは私。でも自分を可哀想な被害者に仕立てあげてしまったのも、私自身だったのかもしれない。 いつか玲菜が言った言葉の意味が、今ようやく分かった気がした。「そんなふうに考えてたら辛いだけでしょ。辛くて心が疲れちゃったら、いざってときに頑張れない」 涙をこぼしてしまった私を見て、紗英さんが今度は心配そうな顔をして謝り続ける。 違うの、そうじゃないの。 あなたのアプローチの方法がもう少し違っていたら、私もこんなふうにはならなかったかもしれない。 でもね、あなたを責めるつもりはないの。謝って欲しい訳じゃないの。 謝りたいの、あなたや吾朗君の気持ちを疑ってばかりだったことを。知らなかったこととは言え、自分のことだけでも辛いあなたに、気を使わせていたことを。あんなふうにあなたと吾朗君の気持ちを、踏みにじってしまうことしかできなかったことを。 そして、あなたと吾朗君のせいにして、大切な恋を投げ出してしまった私自身にも。 ごめんね。ごめんね。ごめんね…。(つづく) ○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○.。.:・°○読んでくださり、ありがとうございました!良かったら、ランキングへの応援をお願いします 「poincare」やっと更新致しました。(^^;)今回の補足はこちらにて ・くるみと紗英の最後の酷い別れ方は、第42話 ・いつか玲菜が言った言葉は、第39話さて、今回は1冊の本をご紹介いたします。昨年末、リンクスのコミュニティで知り合い、ブログで交流させていただいているzero0923さん(大西隆博さん)が書かれた「太陽の欠片 月の雫」という小説です。「いじめで苦しむ子供が少しでも減りますように、優しさに包まれた世界が広がりますように」という思いが込められたこの1冊。zero0923さんは中学校の教師として、これまでのご経験や学ばれてきたことをもとに、子供たちの「いじめ」を、教師、子供、親、地域といった多方面からとらえ、小説の中でその構造を分かりやすく伝えられています。私も購入し、拝読させていただきました。お子さんがいらっしゃる方、また子供に関わるお仕事をされている方、その他、たくさんの方に読んでいただけたらと思います。 著者: 大西隆博 出版社: 文芸社 発行年月: 2008年11月 ISBN:9784286053776 本体価格 1,100円 (税込 1,155 円)zero0923さんのブログ「太陽の欠片 月の雫」から楽天ブックスでも購入できます。zero0923さんのブログも、良かったら読んでみてくださいね。(*^^)v今日もありがとうございました ブログ管理人・ぽあんかれ