冬来たりなば春遠からじ
ことわざデータバンクから解説をちょいと拝借してみますと、「冬来たりなば春遠からじ」に関しては、次のように書かれています。 ふゆきたりなばはるとおからじ ■解 説: ■出 典: イギリスの詩人シェリーの『西風に寄せる歌』の一節。 ■英 語: If winter comes, can spring be far behind? どうしてこんな話になったかといいますと、今日の当地のお天気はまた上々でありまして、結露除去機で窓の露を除く作業をしながら、つくづくいいお天気に感心しておりましたミヒャエルの目には、その光具合が、どうにも厳寒のものとは映らず、もうまがいのない春の光と思えました。「遠からじ」じゃなくて、「冬が来たりて春も来れり!」だと思えたからでした。上の解説によれば、日本人の発想ではなかったと分かりますこの表現、「冬来たりなば春遠からじ」ですが、誰が翻訳した一節なのでしょう?このシェリーの詩の全体像をミヒャエルは知りませんが、この一節を観賞する限り、ミヒャエルの思いも当たらずとも遠からずと思えて、ほくそ笑むのでありました。憶測はさらに進み、ある解釈では、冬を厳しい人生の試練の時期ととらえ、春をそこから脱出できたときの光ととらえるものもありますね。そんな見方からすれば、今苦しい日々の真っただ中にある人も、やがてそれも過ぎれば光に満ちた時間の到来が期待できるのだよ!そういっていることになりますね。そういう意味で、うがった解釈も、ありがたいだろうと思います。もっとも、厳しい状況も、心の置き方持ち方次第で、いかようにも受け止められるものでもあり、いかなる状況をもプラスの方向へと変換できるかどうか、遣ろうと思うか思わないかにかかっているともいえます。厳しい状況が、ありがたい状況だと思えるかどうか、それも心次第です。それをわかるかどうか、わかって実行できるかどうか?それも心次第です。どの顔を選ぶのか?それも心次第。言えることは、笑顔につなげるキーワードは、感謝・愛・忍耐・自然体・思い遣り・・・。酒に溺れていないで、昨晩はお酒を遠ざけたミヒャエル、午前様に足が掛かりましたが、いつもよりは早く就寝となりました。多チャンネルに付き合い過ぎたり、録音に時間をかけたりと、時間的には消費が多く深夜にまたがることも続きましたから、傾向としては上々です。90分1サイクルの眠りは、タイミングが訪れると目覚めが遣ってきます。でもそのタイミングで何時でも起きられるものでもありません。私の場合、シルビアへの気遣いがあるんです。自分が起きれるタイミングでも、シルビアがすやすやですと、起こすまいとまた無理に寝ます、その結果、おおむねシルビアが先に起きぬけて、ジューサーの音を立てることに相成ります。そこでミヒャエルは安心して、すぐには起き上がらずに、グリューミオー体操1分ののち起き上がります。お天気は、カーテンをしていても、光センサー電灯が点灯しているかいないかで、光量が予測できますから、消灯していればおおむねお天気はよろしいようで・・・。お天気が良ければ、床上げの後カーテンオープンです。さー、今日も頑張っていくぞ~っ!はいはい、あまり力むなっ!ってか?分かりましたです。力まないでゆるりと参りまするぞ!