風評被害を防ぐにはどうしたらよいか?(3.25.)
今日は勤務校である早稲田大学の卒業式の日でした。 この度の震災でやむなく中止となってしまいましたが,各所ごとの学位授与やゼミ毎の卒業祝いは行われており,晴れ着姿の学生達で溢れています。 我が研究室からもT君が旅立ちました。4月から自衛隊の幹部候補生として奈良へ赴任するのです。 思えば6年間の付き合いになるので感慨深いです。僕はT君は将来国の防衛を任される「人物」だと確信しています。彼も「日本の防災システムも洗い直します」と頼もしいことを言ってくれました。 最後に「健闘を」といって,がっちり握手をして旅立っていきました。 * 東京はこのような日常生活がふつうに営まれているのですが,海外からみると,日本は半分沈み,放射能に汚染されたかのように受け取られているむきもあるようです。ということで,今日は風評被害とその対策について考えてみたいと思います。 当たり前ですが,事実放射能の汚染が深刻な地域で取れた農作物に出荷制限がかかるといったことは,実質的な被害であって風評被害ではありません。 基準値から危険とみなされたものを危険というのは当然のことです。風評被害とは,実質的には大丈夫なのにもかかわらず,十把一絡げの漠然としたイメージや印象によって被害を受けること,といえるでしょう。 現在,大阪の某大手スーパーでは「大阪産」であることが仕切りにアピールされているそうです。西日本からすると,いまのところ放射能の影響を受けていない新潟や長野まで「東日本」としてひとくくりにされており,消費者にとって好ましくないと思われているようなのです。 また群馬の人が九州に郵送物(鉛筆)を送ったところ運送会社に受け取ってもらえず戻ってきたという話も耳にしました。 当然ながら,福島のすべてが一様に危険なわけではなく,東北といっても6県にわたる広いエリアからなりますし,東日本はさらに広大です。 漠然としたイメージからそれらをひとくくりにして,実質的な不買運動に荷担することは,震災で苦しむ東日本の人々にさらなる追い打ちをかけることにしかなりません。 * それは「東日本は危険」といったラベリングによるものなのです。しかし,そうしたイメージをもってしまうのもわかります。 僕も先日のニュージーランドの地震のときは,知人の安否を心配しました(連絡したところ全然違う地方だからまったく影響ないとおっしゃっていました)。 特に日本は,世界的にみれば狭い島国ですからひとくくりに考えやすいのだと思います。 これはつまり,被災地以外の人も決して他人事ではないことを意味します。 海外からみたら「日本」は「ひとつの島」としてみられているのです。 MBAは半分以上が海外の留学生であり,母国から帰ってこいといわれてやむなくという留学生が少なくありません。 ある学生は「これから帰らなきゃいけないのですが,母国に帰って原発については東京は安全なんだと誤解を解いてきます」といって帰国していきました。またある先生は海外の複数の知人から「深刻な提案なのだが,部屋を空けるからすぐにこっちに避難してくるように」というメールがきたとおっしゃっていました。このように海外からは「日本島は放射能で危険」とひとくくりにラベリングされているのです。* このままいったらどうなるでしょう。 「日本の製品や商品は放射能で汚染されている」というラベリングがされてしまったならば,輸出産業は大打撃を受けるでしょう。 日本経済を大きく停滞させることになり,復興の行方を阻む最大の障害になる可能性があります。それだけは避けなければなりません。 非被災地の人が,被災地に対する漠然としたイメージを広げるならば,それは他ならぬ自分自身に返ってくるのだということを,自覚しておく必要があります。 偏見により差別をした人が,同じ構造で差別されるというのが今の日本を取り巻く現状なのです。* しかしながら他方で,日本のものは安全です,東日本のものも安全ですと繰り返されたとしても,「じゃあ買おうか」とはならないでしょう。 安全だと思えない人に,安全だ安全だと言っても説得力はありません。むしろ必死になればなるほど怪しいと勘ぐってしまうものです。実際1%でも危険な物が混ざっている可能性があると思えば,そうした物を買う人はいないでしょう。 ですから,各人が自分の目で確かめた上で「なるほど,これなら安全だな」と検証し,納得できるようにすることが肝要です。 *風評被害を防ぐにはまず正確で明確な情報開示が不可欠です。今回の原発騒動も各地の放射線量が発表されるようになってから,全体的に落ち着いたように思います。 以下の首相官邸災害対策ページには「各地の放射能モニタリングデータ」が開示されています。http://www.kantei.go.jp.cache.yimg.jp/saigai/index.html「各地の放射能モニタリングデータ」→各県の詳細なデータも下の方に行くと載っています。http://www.kantei.go.jp.cache.yimg.jp/saigai/monitoring/index.htmlこのように国の定めた基準に照らして,どこまでが危険で,どこは大丈夫なのかを明確にすることで,人々は安心することができます。(なお一部のメディアが煽っているように,情報を伝える際には,通常の100倍というのではなく,人体に影響を与える値の1/10000とか,1年間浴び続けて人体に影響を与える値といった表現にする必要があります。 また意味を伝えずに何倍とか数値だけ一人歩きさせるのは混乱を招くことにしかなりません。 )* ですからまず,海外からなされる日本国全体に対する風評被害を抑制するためには,こうしたデータを各言語に翻訳して積極的に発信していく必要があります。 特に,まずは日本全国のどこのエリアがどれだけ危険で,それ以外のエリアはどの程度大丈夫なのか,誰の目にも明らかなようにするべきです。 現在のモニタリングデータをもとに,国のHPで,日本地図をベースとして各地の放射能濃度が一目でわかるようにするのです。そうすれば日本で危険なのはごく一部であることがわかるはずです。原発近隣の地域についてはクリックするとズームされて,それらの放射能濃度およびその累積値がグラフによってすぐにわかるようにすればよいと思います。 その英語版のみならず,その他の主要言語版も速やかに作成して海外に向けて積極的に発信するのです。 また違う観点からいえば,youtubeを活用して日本国内のニュースを,いくつかの言語に翻訳した字幕をつけて流せば,海外にも正確な情報を伝えることができるでしょう。 また海外で著名な人を集めて海外向けの会見を開いて情報発信していくといった試みも行っていくべきだと思いますが,それを意味あるものにするためにも,何よりも明確な情報の開示こそが本質的に重要です。 * また製品や商品の安全性を確認するために放射能測定を義務化して,安全認定をするといったシステムを作ることも有効だと思います。 特に食品については,安全を保証する検査システムを確立すべきです。国内の風評被害を最小化するためには国はこのことにも力を注ぐ必要があります。早急に風評被害最小化プロジェクトチームを編成し,あらゆる対策を講じていかなければなりません。それは国民の安心と安全を守る試みと軌を一にするはずです。*風評被害はデマと同じ人災です。 余震は防ぐことはできませんが,風評被害は防ぐことができます。 日本の中で偏見が渦巻いている状況で,海を隔てた海外の風評被害をなくすことはできません。しかしながら,本当に危険かなのか,単なるイメージに過ぎないのかがわからなければ,偏見かどうかを判断することもできません。当たり前ですが,偏った見方なのか,妥当な見方なのか判断することができなければ,風評被害なのかどうかも明らかにすることはできないのです。ですから,「大丈夫です」とか「かわいそうだから福島産のものも食べましょう」とか「風評被害を無くしましょう」と連呼しても根本的な解決にはならないでしょう。そのようなお上からのお達しは,安全を求める「気持ち」,家族を守りたいという「気持ち」を止めることはできません。人間の「こころ」をきちんと押さえた施策を打ち出していく必要があります。*過剰な恐れは自分たちの首を絞めることになります。過剰に怖れずに,妥当に怖れたいところです。しかし妥当に怖れるためには,結果として風評被害がなくなるようなシステムを確立していく必要があるのです。各自が検証可能な形で,きめ細やかで,正確で,明確で,わかりやすい情報を開示していくと同時に,安全を保証する検査システムを確立することが急務です。それが風評被害を最小化するための必要条件なのです。こうしたシステムを速やかに確立できるかどうかは風評被害を防ぎ,被災地の復興の鍵になってくるに違いありません。 今回の未曾有の震災を通じて,日本人は凄い力を発揮するということがよくわかりました。 僕はさらに多くの人が立ち上がりこの危機を打開すると信じています。 . . (早稲田大学大学院専任講師 西條剛央) ・ブログやTwitterなど転載ご自由にどうぞ。・またご意見,誤字脱字,お気づきの点などございましたらTwitter(saijotakeo)にてお気軽にコメントいただけるとありがたいです。・その他の大震災関係の記事はこちらを下に下がっていくとあります→ http://p.tl/XcQA