高尾山のふもとから

[今昔物語] カテゴリの記事

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  今昔物語

  　　　　姥捨て山の話今は昔、信濃の更科という所にある夫婦が住んでいた。夫の伯母にあたる老女を引き取り、本当の母親のように世話をしていた。しかし妻は、長年の同居生活に疲れきってしまい、何かにつけて、伯母の悪口を夫に告げるようになった。老醜をさらし、腰の曲がった伯母が、姑のような物言いをするのにうんざりしていた。気の良い夫も、はじめは聞き流していたが、次第に妻の言葉に耳を傾けるようになった。妻は、伯母が早く死んでくれたらよいのにと思い、夫に向かって、「鬼のような伯母さまを、どこか山の中にでも捨てて来て」と迫った。夫にしてみれば、いくら口うるさい伯母さんでも、可哀想でとても山に捨てる気にはならなかった。しかしあまりにも妻に責め立てられ、とうとう伯母を捨てる決心を固めた。十五夜の月が明るい夜、夫は伯母に、「伯母さま、お寺で法事がありますから、一緒に出かけましょう」と言った。伯母は喜んだ。夫は伯母を背負って、遠く離れた山の峰へ登り、伯母が一人では降りられそうもない所へ行くと、伯母を下ろして、そのまま置き去りにして駈け出した。伯母は驚いて、「おーい、おーい！」と叫んだが、夫は振り返りもせずに家まで帰った。そうはしてみたが、親のようにして長年一緒に暮らしてきたので、気になって辛くてたまらなかった。山の上に月があかあかとさし上ると、夫は一晩中まんじりともせず、伯母を恋しく思って悲しくてたまらず、歌を詠んだ。　わが心なぐさめかねつさらしなや　おばすて山に照る月を見て（伯母を捨てた山の峰を照らす月をみると、私の心はやりきれない）夫は再び山の峰へ登って、伯母を家へ連れて帰り、元通りに世話をすることにした。その山を、それ以来姥捨て山と呼ぶようになった。「心慰め難い」というたとえに、姥捨て山と言うのは、この伝説によっている。それ以前、この山は「冠山」と呼ばれていた。

  2010.02.22

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  今昔物語

  　　　見せびらかした罰今は昔、30歳ばかりの男盛りで女好きの大臣がいた。その伯父に80歳ほどの大納言がいた。ある日大臣は、その伯父に20歳ばかりの絶世の美女の若妻が居ると聞いた。女好きの大臣は早速、年賀の挨拶のふりをして若妻を見に行った。老人の大納言は、上司である甥の訪問を喜んで、宴会を開いて大はしゃぎで、美しい若妻を見せびらかした。しかも酔った勢いで、若妻を献上しようなどと口走ってしまった。大臣はその言質をとらえ、若妻を連れ帰ってしまった。大納言は酔いが覚め、言ってしまったことを取り消すことは、相手が大臣なので無理だと思ったが、もう遅かった。周囲の目もあるので、いかにも自分の意思で若妻を差し出したかのように装ってはみるが、内心では妻が恋しくて、悲しくて気が狂いそうだった。この、幸福を見せびらかした罰として、妻を取られてしまったという哀れな老人の話をもとにして、谷崎潤一郎は小説を書いた。幼い時に母に捨てられた主人公が、40年ぶりに母と再会する物語で、母は老大納言の妻である。「少将滋幹の母」というこの物語は、谷崎文学の中でも王朝美の最高傑作とされ、高い評価を得ている。

  2010.02.15

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  今昔物語

  イケメンを焦れ死にさせた美女の話　２平定文は、香が入れられた便器の水を少しすすってみた。丁子の香りが口いっぱいに広がった。平定文は頭の働きが良いので、すぐにピンときた。便器の中の水は丁子を煮た汁で、棒きれで突っついたものはトコロ（山芋）と香を練って、太い筆の軸から押し出したのだろう。こんなことをできる人は他にもいるかもしれないが、俺が便器を奪って覗くことを見通せる人はいないだろう。とてもこの世の人間とは思えない。何としてでもあの女を自分のものにせずにおくもんか。平定文は、侍従に恋い焦がれているうちに恋患いで病気になり、とうとう死んでしまった。平定文は、藤原業平と並ぶ好色風流人だった。業平の「伊勢物語」と同じように、平定文にも「平中物語」という恋愛小説がある。伊勢物語よりユーモアがある。当時は平中好色譚として、世間に人気があった。この話もその一つで、笑いと涙の中で焦れ死んでいく哀れなドンファンを演じている。平定文を死に追いやった、侍従という女の氷のような冷たい知性に拍手した人も多かったかもしれない。貴族たちに弄ばれて泣いていた当時の女性たちは、喝采を博したに違いない。侍従を「竹取物語」の、帝の求婚を拒否したかぐや姫と同一視する人もいたかもしれない。芥川龍之介の「好色」は、この物語をもとに書いたものだ。

  2010.02.10

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  今昔物語

  　　　　　イケメンを焦れ死にさせた美女の話今は昔、御所の警備をしている役人に、平定文という男がいた。この男は家柄も良く美男子で、その上人あたりも柔らかく会話のセンスも良かったので、役所一番の色事師だった。宮中の女性たちは、既婚未婚を問わず彼に言い寄られれば断る女など皆無なくらいだった。その頃、大臣の藤原時平という権力者の御殿に、侍従と呼ばれている若くて美人な女房が仕えていた。平定文はその御殿に出入りしていたので、素晴らしい女だという侍従の噂を聞きつけて、恋文を渡した。しかし侍従は返事もよこさないので、平定文は、「せめて手紙を『見た』とだけでも良いから返事をください」と、哀れっぽく書いて届けた。使いの者が侍従からの返事を持って帰ってくると、慌てふためいて外へ飛び出した。手紙を見ると、『見た』という２文字が、平定文の手紙から切り取って張り付けてあった。平定文は、ずいぶん軽くあしらわれたものよと、無念さを晴らすこともでき、このまま引き下がっては役所一番の色事師の名が廃ると思い、次の手段を考えた。雨が降り続く寂しい夜を選んで、こんな夜に訪ねたらきっと冷たい女心も我が熱意を受け入れてくれるだろうと勝手に想像して、平定文は侍従の家を訪ねた。暗い戸口で、二時間も待たされた。やっと中に入れてもらえると、何とも言えない芳香が部屋中に漂っていた。暗闇の中を手探りで近づき、侍従の身体に触れると、髪が氷のように冷たかったが、思い焦れた女をやっと抱けると思うと、柄にもなく興奮して身体が震えた。すると侍従は、戸口の鍵を掛け忘れたと言って寝床から出て行ったが、平定文は少しも不審に思わなかった。寝床でじっと待っていたが、いくらなんでも帰って来るのが遅かった。起きだして確かめに行くと、戸口の鍵はこちらではなく、向こう側から掛っていた。なんと侍従は、平定文を置き去りにして消えてしまったのだった。平定文は茫然と立ち尽くした。あまりの仕打ちにカッとなり、このことを世間にバラして恥をかかせてやろうと思った。夜が明け始めて、人が起き出る気配がしだすと、やっぱり体裁が悪いと諦めて、そっと逃げるように忍び帰った。平定文は諦めきれず、とんでもない最終手段を考えた。どんな美人だろうと、便器の中身は誰でも同じだろうし、彼女の便器を覗いたらきっと我ながら幻滅して恋の病も消え失せるに違いあるまい。こうして平定文は侍従の便器を盗むチャンスを狙っていた。便器洗いの下女から、侍従の便器をひったくった。便器は金漆の見事な装飾で、開けるのを躊躇するほど美しく、並みの女の所持品ではなさそうだった。中身を見て幻滅するのが気の毒な気がして、しばらく便器に見とれていたが、いつまでもこうしちゃいられないと思って、恐る恐る開けた。すると爽やかな良い香りがするので、不思議に思って中身を覗くと、やはりそれが入っていた。しかし、思い切り吸い込みたいような良い香りが漂っていた。近くに落ちていた木切れを取って突っついてみると、それはあれではなく、香を練り合わせたものだった。まったく想像もつかないやり方に、やはり並みの女ではなかったんだと納得したが、どうしてもあの女を自分のものにしたいという思いに取り憑かれ、狂ったようになってしまった。つづく

  2010.02.09

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  今昔物語

  極悪非道の上司の話今は昔、日向の国（宮崎）の長官は任期が終了し、書記たちに命じて事務引き継ぎの書類を整理させていた。書記の中でも事務能力に優れた人を呼んで、別室に閉じ込め、自分の不正がばれそうな書類の書き換えをさせていた。その書記は、こうして公文書を書き換えさせられるからには、この長官は新しく赴任してくる長官に事実を暴露されると自分を疑っているのだろう、元々冷酷非道な長官だから、きっと書類が書き上がった時点で、自分を殺す気に違いないと思った。なんとかして逃げ出そうと決意した書記だったが、昼も夜も強そうな男たちに監視されていたので、逃げ出す隙がなかった。書類の偽造には20日もかかり、やっと引き継ぎの文書が完成した。長官は、猫なで声で礼など言い、特別手当として沢山の絹織物を与えた。書記は恐怖で胸がドキドキしたが、褒美をもらって部屋を出ようとした。その時長官は腹心の部下を呼んで、何か内緒話をしていた。それを見ていた書記は、心臓が飛び出すほど恐ろしかった。密談を終えた部下は、書記に向かって内密の話があると、声をかけた。書記は嫌な予感がした。すると武装した二人の男が現れて、書記を取り押さえた。「いったいどうするともりだ？」「あなたには気の毒だが、長官の命令なので拒否できない」「なるほど、で、私をどこで殺すつもりだ？」「人目のない適当な場所で、こっそりとな」書記はもはやこれまでと諦めて、この人とは一緒に働いてきた仲間だから、最後の願いは聞き届けてくれるだろうと思った。この書記には年老いた母と、妻と子があった。書記の希望を受け入れた部下は、馬に病人を乗せたように装って書記を乗せ、書記の家に向かった。書記は自分の家の前に来ると、母親に事情を言伝てもらった。門の前に白髪でよぼよぼの老婆と、10歳ほどの子と妻が出てきた。「私は何一つ悪いことはしていません。しかし前世からの因縁で、命を取られることになりました。嘆かないでください。この子はどこかにもらわれても、ちゃんとやっていけるでしょうが、母さんのことを思うと、自分が殺されることより辛く悲しい。さあもう家に入ってください。一目だけ顔を見たくて来たのです」その言葉を聞いて、馬を引いている者たちも涙を流した。しかしいつまでもそうしているわけにもいかないので、書記を引き立てて行った。書記は栗林の中で殺され、首をはねられた。当時も、現在も公文書を偽造することは重罪である。しかし命じられて文書を作った書記には罪はないのに、長官はその書記を殺させた。この長官にはどんな罪が下るのだろう。なんでもかんでも秘書のせいにして、時には自殺に見せかけて殺してしまう上司、昔も今も変わっていない。

  2010.02.02

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  今昔物語

  妻を犯された夫京育ちの男が、妻の実家である丹波へ妻と二人で出掛けた。男は弓矢を持って、妻を乗せた馬を引いていた。大江山の近くまで来たところで、体格の良い若い男と出会い、道連れになった。歩きながら男たちは会話を交わし、若い男は自分の持っている名刀を自慢した。夫はその陸奥伝来の名刀に魅せられた。すると男は、自分の名刀と、夫の弓とを交換しないかと持ちかけた。夫は自分の弓は大した値打ちはないが、相手の名刀は逸品だから、これは儲けものだと思って、大喜びで交換した。そのうち男は、弓だけでは体裁が悪いので、矢を二本貸してほしい、どうせ一緒に旅をしているのだから、どちらが持っていても同じことだと言って矢を借りようとした。夫は名刀を手に入れた嬉しさ、男の言うままに矢を貸した。妻を乗せた馬を引いている夫は、名刀を帯び、矢8本入りの箙を背負ったが、弓は無い。若い男の方は、弓と二本の矢を持って、夫婦の後ろから歩いて来た。昼になったので、三人は道の脇の茂みに入った。若い男が、「道端だと人通りがあって落ち着かないから、もっと奥へ行こう」と言った。夫婦は、言われるままに茂みの奥深くへ入って行った。夫が妻を馬から抱き降ろした。若い男は、突然弓に矢をつがえ、夫に狙いをつけて引き絞り、「動くな、動くと射つ！」とすごんだ。夫は突然のことに茫然として立ち竦んだ。男は、「もっと奥へ入れ！」と脅し、夫婦は命が惜しいので奥へ入った。「刀を捨てろ！」と命じられ、夫は刀を投げ捨てた。男は夫を取り押さえ、手綱で立木に縛り付けた。男は女に近づいて、じっくり眺めまわした。女は二十歳くらいで、身分は低そうだが、艶やかな美人だった。男は頭に血が上り、女の着物を剥ぎ取りに掛った。女は抵抗もできず、されるままになっていた。男は着物を脱ぎ、女をかき抱いて交わった。夫は木に縛り付けられて、妻が若い男の言いなりになっているのを見ていた。やがて男は起き上がり、着物を着て弓と箙を背負い、刀を腰に帯びて、馬に乗った。「気の毒だが、お前は置いていくよ、だけど旦那さんは殺さない、馬は貰っていく」と言って去って行った。妻は夫の縄を解いたが、夫は魂を抜かれたような顔をしていた。「あなたって頼りないのね、こんなことではこの先ろくなことはないわ」と妻は怒りをぶつけた。夫は返す言葉もなく、黙って丹波へ向かった。

  2010.01.26

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  今昔物語

  羅生門今は昔、摂津（大阪・兵庫）あたりから泥棒が京の都へやってきた。まだ日が落ちていないので、朱雀大路はまだ人通りが多く、静かになるまで羅生門の下に隠れていることにした。南の方から大勢の人がやってくる声が聞こえたので、見つからないように門の二階へよじ登った。微かな明りが見えるので、何だろうと思って覗いてみると、若い女の死体が横たわっているのが見えた。死体の傍には、おそろしく年取った白髪の老婆が座って、明りをともし、死体から乱暴に髪の毛を抜きとっていた。泥棒の男は訳が判らず、もしかしてあれは鬼かもしれないと思って恐ろしくなったが、ひょっとして死体が生き返ったのかもしれない、ヨーシ、脅かして試してみようと思い、そっと戸を開け、刀を引き抜いて、「おのれ～！」と叫んだ。老婆は慌てふためいて、うろたえた。男は、「このクソババア、何者だ、何をしてるんだ」と怒鳴った。老婆は手を擦り合わせながら、「私の女主人がお亡くなりになったが、弔う人がいないので、ここに置こうと思ったのです。女主人の髪の毛は、背丈を越えるほど見事なので、カツラにしようと思って抜いていたのです。どうか助けてください」と命乞いをした。男は死体の着物と、ついでに老婆の着物を剥ぎ取り、老婆が抜いた髪の毛を奪い取って、夜の闇へ駈け出した。男が隠れていた羅生門の二階には、死骸や人骨がたくさん転がっていた。葬式をしてもらえない死人は、羅生門に放置されていたのだった。その状況は、後に逮捕された男の話によって世間に広まった。羅生門は平安京の南の正門で、平安京全体の正門であり、朱雀大路の南端に在った。現在は「らしょうもん」と読むが、当時は「らいせいもん」といった。羅生門の大きさは、南北約8メートル、東西約32メートル、二階建ての楼門で、楼上に外敵を退散させる毘沙門天像が安置されていた。早くから荒廃し、鬼が住むといわれていた。都の南端といっても、野原にぽつんと建っていたのだった。度々倒壊と再建が繰り返され、980年の台風で壊れてからはそのまま放置された。それが死体置き場と化していたのだった。当時の政治と人心の荒廃した状況を生々しく伝えている話だ。見捨てられた女主人の死骸から髪の毛をむしり取る使用人だった老婆と、その人から着物を剥ぎ取る泥棒の男。平安時代といえば優雅な王朝政治というイメージが強いが、その裏側の暗部が暴きだされることは、歴史書には決して書かれていない。芥川龍之介は、この話から名作羅生門を書いた。

  2010.01.19

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  今昔物語

  盗賊団の美人首領　２ある日、女がある所の蔵のカギを男に渡して、「欲しい物を好きなだけ運んでくるように」と言った。男が蔵のカギを開けると、膨大な盗品が山積みになっていた。男は驚いたが、言われた通りに欲しい物を好きなだけ車に積んで持ち帰った。そんなこんなで３年ほど過ぎた。ある時、女がさめざめと泣いていた。男は心配になって、どうしたのかと尋ねた。「人の世には心のままにならないことがあります。別れなければならないことがあると思うと、悲しくて・・・」男は、女のその言葉に深い意味があるとは、その時は思わなかった。そのまま、用事があって2日ほど家を空けた。明日は帰ろうという晩、馬も従者も姿を消してしまった。不思議に思ってあちこち捜しまわったが見つからなかった。家に帰ってみると、家も無くなっていたし、蔵も無くなっていた。男は頭が真っ白になって、女があの時言ったことを思い出した。やがて、男は自分で泥棒生活をするようになった。犯行を重ねるうち、とうとう逮捕され、尋問を受け、女との不思議な出来事をすべて自供した。男は、あの女は妖怪変化だったのだろうか、女ばかりか家も蔵も消えて無くなるなんて、あの盗品の山も、盗賊団もすべて消滅するなんて、どうしても理解できない。それに、従者や馬まで、まるで遠隔操作のように消してしまうなんて。不思議だ。男は、女と3年も暮らしていたのに、女の正体が盗賊団の首領だとは最後まで気付かなかったのだった。また、自分が盗賊の一味だった時も、集まっていた連中が何者なのかまったく判らずじまいだった。ところが、たった一度、集合場所から少し離れて立っていた人に、他の人間たちが恐れ敬う態度をとっていたことがあった。その人間を松明の光で照らして見ると、女のように色白で、美しかったことを思い出した。あの人は、目鼻立ちや顔の輪郭があの女にそっくりだったなあと思った。え、もしかしたら、あれはあの女だったのではないか？

  2010.01.13

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  今昔物語

  クリスマスローズ盗賊団の美人首領　１今は昔、30歳ぐらいのイケメンで赤ひげの男がいた。ある日の夕暮、男が歩いていた通りに面した家の窓から、口笛を吹いて手招きする女が見えた。「何か御用ですか？」と問うと、女は、「お話がありますから、門の戸を押し開けて中にお入りください」と誘った。男は事情が呑み込めなかったが、女の言う通り戸口から入って行った。女は、戸にはカギを掛けて男の傍へ寄った。座敷に上げられると、御簾の中まで招じ入れられた。女の部屋は奇麗に飾り付けられていた。女は20歳ぐらいで、とても色っぽい美人だった。座ってにっこり微笑んでいた。男は、女の傍に座り、これほど親しげにせまられた以上は、男として黙って引き下がれはしないと思った。その家には、女の他には誰もいなかった。男はどういう家なのかと不思議に思ったが、一度肌を合わせてからは、女の魅力にとりつかれてしまい、日が暮れてしまうのも忘れて二人は抱き合っていた。夜になると、誰かが戸を叩いた。使用人もいないので、仕方なく男が出て門を開けると、一人の男と、その妻らしい女が、下女を連れて入って来た。連中は雨戸を閉めて明りを点けると、銀の食器に美味そうな料理を盛って、男と女にふるまった。男は不思議でならなかった。この連中は何だろう、どこから来たのだろう、料理の材料が揃っていたのも不思議だなどとあれこれ疑ってみた。しかし男は、腹が減っていたので、出された食事を貪った。連中は後片づけをすると、帰って行った。男と女は再び寝床に入った。朝になると、昨夜とは別の連中が現れ、部屋の掃除をし、二人の食事を用意して帰った。それから2日ほど経って、男が外出すると言うと、女は素晴らしい馬と従者まで用意した上、男の着物まで立派に調えて送り出した。だが、男が家に戻ると、その馬や従者、着物はすぐにどこかへ持って行かれた。こうして何一つ不自由なく20日ほど暮らした。女は、「こうして二人で暮らせるのも、儚い前世からの縁でしょう。こうなりましたからには、生きるも死ぬも、私の言うことに反対はしませんね」と念を押した。男は、「生かすも殺すもあなたのお心次第」と答えた。女は喜んで、食事を済ますと「さあ、こちらへいらして」と、奥の別棟に男を連れて行った。そこで女は、男の髪に縄をつけ、張付け台に括りつけ、仰向けに縛り付けた。それから男装して片肌を脱ぎ、鞭をとると男を思いっきり80回も打った。「御気分はいかが？」「たいしたことはない」女は竈の灰を湯で溶いて男に飲ませて止血し、酢を飲ませ、傷の熱をとるために土間に寝かせた。二時間ほど経つと男を起こし、いつもより豪華な食事を運ばせた。3日ほど経つと男の傷は治った。するとまた、前と同じことをされた。やっと塞がった傷跡を打たれると、血はしたたり肉が裂けた。「我慢できた？」「大丈夫だ」前より褒め称えられた。そんなことが繰り返されたある日の夕方、女は男の身なりをきちんと調えた。そして弓矢で武装した男に向かって、合図のこと、集合場所、行動上の諸注意を事細かく指示した。男が指定された場所に行くと、大勢の盗賊団が集結していた。指揮しているのは色白の小男だった。やがて京の町に大盗賊団が現れた。男は女の期待通りに見事に活躍した。家に帰ると、風呂と食事を用意して、女が待っていた。女との甘い生活の中で、男から罪の意識が次第に消えていった。明日へつづく

  2010.01.12

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  今昔物語

  奇妙な戦法今は昔、真夏のこと、ある受領（地方長官）邸の門前に、中央官庁の公務員たちで構成されたデモ隊が押し掛けてきた。この受領が納税しないために、彼らの給料が未払いになっていたのだった。彼らは朝から昼過ぎまで座りこんでいたので、喉が渇くし、腹が減るしで、疲労困憊していた。その時彼らのところに、受領から酒を一献差し上げたいという伝言が届いた。デモ隊の人々が邸内に入ると、鯛や鯵の塩辛い魚がずらりと用意されていた。酒も持ってこられて、喉がカラカラな上に塩辛い魚を食べたので、全員が酒をがぶ飲みした。酒はちょっと酸っぱいような気がしたが、かまわず飲んだ。なぜ、酸っぱいかというと、下剤用の植物を混入させておいたのだった。ようやく受領が現れて、自分の窮状を涙ながらに訴えて、納税はしたいができないのだと大声をあげて泣き出した。デモ隊の人々は受領に同情しはじめたが、そのうち皆の腹がぐるぐる鳴り出した。ついに惨状を呈しながら我先に、尻を抱えて邸を逃げ出した。この受領は、日頃から洒落者と言われていたので、誰にも恨まれなかった。涙ながらの弁解も名演技だった。

  2010.01.05

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  今昔物語

  谷底に落ちてキノコ採りをする役人信濃の国の受領（長官）だった欲深の藤原陳忠（のぶただ）は、任期を終えて帰京することになった。在任中に溜めこんだ財宝の山を積んだ馬が行列をなし、御坂峠に差し掛かかった時、陳忠が乗った馬が橋を踏み外し、まっ逆さまに谷底へ転落してしまった。谷底は樹木の梢がやっと見えるくらいの深さで、家来たちもワイワイ騒ぐばかりだった。すると谷底から陳忠の声が聞こえた。「籠をつけた縄を降ろせぇ！」と叫んでいた。言われるままに縄の先に籠をつけて降ろした。陳忠を乗せた籠を家来が引き上げると、籠には平茸（きのこ）が満載されていた。「これはいったいどうなさいました？」「落ちた時、馬は一気に滑り落ちたが、私はふらふらと遅れて落ちた。木の枝がびっしり茂っていて、その上に運よくふわりと落ちた。枝にしがみついてぶら下がり、大きな二股の枝に抱きついていると、その木にこの平茸がたくさん生えていた。手が届く限り取りまくって、籠に入れた。取り切れなかったのが残念だ。損した気分だ」と言って、陳忠が嘆息するので、家来たちも声を揃えて、「大変な損害でございますな」と言った。陳忠は、「勘違いするな、宝の山から手ぶらで帰った気分だ。受領たつ者、地に倒れてもただでは起きるな、土握れという言葉があるではないか」と弁解した。聞いていた家来の代官は、腹の中では憎たらしいと思いながらも、「ごもっとも、手の届く物は誰だって取るでしょう、賢明な殿のことですから、たとえ生死の境にあっても、平常心で処理なさる、さぞ心静かに平茸を取られたことでしょう、だからこそ行政も何の落ち度もなく、納税も順調で、念願通り帰京なさるのですから、民も殿を親のように慕い、別れを惜しんでおります、殿の行く末は永遠にめでたくいらっしゃいます」などとお世辞を並べたてながら、裏では仲間同士で嘲笑っていた。おそらく欲深な陳忠は、在任中は民から取れるものは何でも取ったのかもしれない。当時はたばこ税はなかったが、もしあれば莫大なたばこ税を掛けたに違いない。無能な政治家でもこれだけは取りやすいからね。

  2009.12.27

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  長い鼻の話禅珍内供（ぜんちんないぐ）という僧は、戒律の厳しい修行に熱心だった。弟子も多く、寺は栄え、寺の周囲には民家が集まって賑やかな町を作っていた。内供の鼻は長く、下顎よりも下がって見えた。色は赤紫で、ミカンの皮のようなぶつぶつがあった。そのぶつぶつが酷く痒くてたまらないので、湯を沸かして鼻をゆでることにした。その後横になって、鼻を弟子に踏ませると、ぶつぶつの穴から煙のようなものが出てきた。さらに踏ませると、白いものが穴から顔を出した。それを毛抜きで引き抜くと、1センチほどの白い虫のようなものが出てきた。それが出た後に穴があいているので、もう一度湯気でゆでると、なんと鼻は縮んで小さくなった。人並みの鼻になったが、三日ほど経つとまた鼻が痒くなって、以前のような長い鼻になってしまった。またゆでて小さくし、また長くなりを何度も繰り返していたが、次第に鼻は長く大きく腫れている日数の方が多くなった。食事をする時は、一人の弟子を向こう側に座らせ、板を鼻の下に差し入れて持ち上げさせた。その弟子は食事が終わるまで、鼻を支え続けた。しかし他の弟子は鼻を支えるのが下手なので、内供は不機嫌になって食事をしないので、鼻を持ち上げる役は専門の弟子と決まってしまった。その弟子は、内供と向き合って正座し、ちょうど良い高さに鼻を持ち上げて、師が粥を食べやすいようにした。内供は、この者はとても上手だと言って、上機嫌で食事をした。ある時、その弟子が急に横を向いて、大きなくしゃみをした。鼻をも持ち上げていた板が外れ、鼻が椀の中へ墜落し、粥が飛び出して、内供と弟子の顔に飛び散った。内供は顔にかかった粥を拭き取りながら、「この間抜けなろくでなしめ、私だから良いが、もし高貴なお方の顔に粥をひっかけたら命が無いぞ、バカ者め、出てゆけ！」と怒鳴った。弟子は物陰に隠れて、「でも、こんな鼻のお方は他には居ません、ここ以外で鼻を持ち上げる役などありません、あほなお坊様だ」と、強烈な捨て台詞を放って出て行ったので、他の弟子たちも外へ飛び出して大笑いした。

  2009.12.22

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  今昔物語

  皇帝ダリア盗賊を笑わせて追い払った役人の話今は昔、一人の書記官がいました。彼は背が低くてぱっとしない男だったが、根性だけはしたたかで、西の京に住んでいました。ある日、仕事で宮中へ行き、深夜の帰宅になりました。東の門から出て、牛車に乗って大宮大路を南下している間に、着物を脱いでたたみ、車の敷物の下に隠し、冠をつけた下は足袋だけの丸裸で座っていました。二条大路で右折し車が西へ向かって走って行くと、盗賊が飛び出して来ました。牛車を取り囲み、牛飼いの童を殴りつけたので、童は逃げ出しました。車を護衛していた従者も皆逃げ出してしまうと、盗賊は車の簾を引き開けました。丸裸で座っている書記官を見て、盗賊は呆気にとられて、「何なんだ？」と言いました。すると書記官は、「大宮大路で盗賊に遭って、こんな様にされてしまいました」と、まるで上司に話すような言い方をしました。それを聞いた盗賊たちは大笑いして、何も盗らずに行ってしまいました。家に帰って、その話を妻にすると、妻は、「あなたは盗賊以上にしたたかなのですね」と笑いました。当時の平安京は決して治安が良くはなかった。まして深夜ともなれば、強盗などが横行する無法地帯となった。この国家公務員も、深夜には強盗が出没することは知っていた。強盗にまともに立ち向かっては、殺害されることも有りうると思って、この奇策を考案した。盗賊にしたら、牛車の中に丸裸の男が神妙な顔をして座っているとは思いもしなかったので、さぞ驚いたことだろう。当時は衣服は高価であり、また現在と異なって公務員の給料は安かったので、この男は恥も外聞もなく、着物を敷物の下に隠したのだった。この中に「牛飼いの童」という言葉があるが、童とはいっても子供ではなく、一人前として扱われていない身分の低い者で、冠もかぶっていないので、童と呼ばれていた。

  2009.12.15

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  今昔物語

  ミイラと愛し合った侍の話今は昔、京に若くて貧しい侍夫婦がいました。失業中の侍は生活が苦しかったが、夫婦は仲良く暮らしていました。ある時思いがけず、地方の長官のお供として、一緒に任国へ下ることになりました。長年の貧乏生活から抜け出せるチャンスではあるが、それなりの準備が必要であり、夫は仕方なく最愛の妻を捨てて、旅支度を整えるために裕福な女に乗り換えてしまいました。新しい妻を連れて任国へ下ったものの、心安らぐ日は一日もなく、最愛の女を貧しさゆえに捨てた罪悪感に苛まれていました。やがて任期を終了した長官とともに帰京した夫は、旅姿のまま前妻の許へ駆けつけました。荒れ果てた家には、人の気配もなく、ただ晩秋の月ばかりが明るく冷え冷えとしていて、胸が潰れるような哀愁が漂っていました。家の中へ入ると、前妻は昔いつもいた場所に一人で座っていました。夫を見て、嬉しそうに、「これはまた、どうしておいでになったのですか、いつ帰京なさったのですか」と、捨てられたことを恨むようすもなく言いました。夫は任国でいつも心に掛けていたことを、あれこれ語り、「これからまた一緒に暮らそう、任国から持ち帰った荷物は明日にでも取り寄せよう、昔の使用人も呼び戻そう、今夜はそれだけを言うために来たのだよ」と言いました。妻は心底嬉しそうに、長年積っていた思いを語り、そのうち夜が更けてしまったので、話の続きは明日にして、もう寝ようということになり、二人は固く抱きしめ合いました。「ところで、使用人は一人もいないのか？」「こんな酷い暮らしですから、仕える人などおりませんよ」長い秋の夜を語り合い、昔以上に心が通い合い、やがて明け方になってようやく眠りにつきました。日が高くなって、朝の光がキラキラと部屋の中まで射し込んできました。男がはっと目を覚まし、自分の隣に寝ている妻を見ると、抱きしめて寝ていた妻は、すっかり干からびて骨になった死体だったのです。どうしたことかと驚いて、言葉にならない恐怖に襲われ、跳ね起きて庭に跳び下りました。そして、見間違いではないかと思って振り返って見たが、やはり確かにミイラになった前妻でした。大急ぎで着物を着て隣家へ駆け込み、隣の住人はどうしているかと尋ねてみました。隣家の人の話では、夫に捨てられた女は悲しみのあまり病気になり、とうとう死んでしまったが、遺体を葬る人もなく放置され、廃屋となった家には近付く者さえ居なかったのだと話しました。

  2009.12.08

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  応天門放火事件　

  応天門放火事件　清和天皇の時代の3月10日、応天門が全焼するという事件があった。放火とみられた。すると、伴善男（とものよしお）という大納言が、左大臣の源信（みなもとのまこと）が放火犯だと訴え出た。帝は、伴大納言の申し立てを信じて、左大臣を罰するように命令した。太政大臣藤原良房は、その頃、政治のことを弟の右大臣に任せて、白河に隠居していたが、これを聞いて驚き、普段着のまま馬を駆って御所へ駆けつけた。帝の御前へまかり出て、「左大臣が犯人などと、そんなことは信じられません、誰かの讒言かもしれませんから、左大臣を罰するのは良く調べてからになさってください」と申し上げた。帝も、左大臣と大納言はライバルなので、陥れようと考えることも無きにしも非ずと思った。　一方、身に覚えのない罪を着せられた左大臣は、正装して庭に降り、筵（むしろ）を敷いて座り、天道に無実を訴えた。左大臣の家族や女房達は泣き騒いでいた。そこへ、頭中将藤原基経が、馬に乗ったまま門の中へ駆け込んで来た。さては、刑を申し渡しに来たものと思った人々は、なお大騒ぎで泣き喚いたが、中将が、「帝のお許しがありました」と言うので、嘆き悲しんで泣いていた家族や女房達は、今度はその涙を嬉し涙に変えた。しかし源左大臣は、「朝廷に仕えていても、いつまた濡れ衣を着せられるか分かったもんじゃない、もうやーめた！」と言って、左大臣職を辞してしまった。遡ることその秋、東の七条に住む右衛門府の舎人（とねり＝下級役人）が、役所（右衛門府）から夜更けに帰る時、応天門の前を通りかかると、人の気配がした。何だろうと思って、楼の脇に隠れて見ていると、応天門の柱を降りてくる者が居た。怪しんで良く見ると、それは伴大納言だった。また、次に降りてくる者が居て、それは大納言の息子だった。さらにもう一人、大納言家の雑役の男が降りてきた。舎人は、なんで応天門に登ったのだろうと不思議に思った。三人の男達は、降りると朱雀門の方へ走って逃げ去った。舎人が、どうして大納言たちが応天門に登ったのかと考えながら、二条堀川の辺りまで歩いて来ると、「大内裏の方が燃えているぞう！」と、人々が騒いでいたので、振り返ると、今来た応天門の方角から火の手が上っていた。大急ぎで引き返すと、すでに門は半分ほど焼け落ちていた。舎人は、さてはあの三人が放火したに違いないと思ったが、身分の高い人のことでもあり、我が身にも災難が降りかからないとも限らない、こんな大事を軽々しく口にしてはいけないと思って、黙っていることにした。その後、伴大納言が「放火したのは源信左大臣だ」と言い、左大臣に罪が着せられた。舎人は、本当は左大臣が犯人ではないのに、気の毒だとは思ったが、言い出すことが出来ずに悩んでいた。しかし、すぐに左大臣が無罪放免になったので、ああ良かったと安心した。舎人が住んでいたのは、応天門放火事件の真犯人である伴大納言に仕える出納（しゅつのう＝雑役に従事する男）の家の隣だった。九月のある日、出納の息子と、舎人の息子が道路で大喧嘩を始めた。舎人が飛び出して、出納の息子を大声で罵れば、出納も飛び出して来て二人を引き離し、出納の妻が我が子を家に入れた。出納は、舎人の子の髪の毛を掴んで引き倒し、死ぬほど蹴っ飛ばした。舎人は、我が子も出納の子も幼い子供なのに、子供の喧嘩に親が出て、我が子を情け容赦なく踏みつけるとは、許せんと腹が立って、「おい、お前、こんな小さい子を蹴っ飛ばすとは何事か！」と言うと、出納は、「何言ってやがる、こっぱ役人が、我が君は大納言様だぞ、何があったって、大納言様がついてるんだ、寝言を言うな、馬鹿め！」と言ったので、舎人はもう我慢が出来なくなって、「何が大納言様だ、大納言様が権勢を振るっていられるのは、俺が黙っててやってるからだ、俺が見たことを一言でもしゃべれば、お前のご主人なんか一巻の終わりだぞ」と言った。「何のことだ？」「応天門に火を付けたのがどこの誰だか、俺は見たんだ・・・」この諍いを隣近所の人々、通り掛かりの人々が面白がって見ていた。通り掛かりの人の中には、現在で言う刑事のような役人が注意深く見聞きしていた。人々は耳にしたことを、家族や友人や仲間の人に言いふらし、噂はたちまち都中に広がり、やがて朝廷にまで届いた。朝廷では、この舎人を呼び出して、詳細を尋問した。舎人は、どさくさ紛れについうっかり口を滑らしてしまったことを後悔していたので、初めは「存じません」と言っていたが、「真実を話さないと、お前も罪人になるんだぞ」と脅かされて、とうとう本当のことを全てしゃべってしまった。その後、伴大納言も尋問され、「応天門に放火して、罪を左大臣に被せれば、自分が次の大臣に出世できると思ってやりました」と白状したため、伴大納言は流刑に処せられた。おわり

  2009.12.07

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• 今昔物語

  伴大納言の夢　今は昔、伴大納言善男という男が居た。　善男がまだ佐渡の地方官の従者だった頃、平安京の東寺と西寺を股に架けて立っている夢を見た。　このことを妻に話すと、「あなたの股は、そのうち裂けてしまうでしょう」と言ったので、善男は驚いて、つまらぬことを話してしまったと思った。　主の地方官の家へ行き、その話をすると、この地方官は人相見や夢解きをする人だったので、話を聞いたとたんに善男を座敷に上げ、座布団まで勧めるので、善男は驚いて、妻が言ったように、私の股を裂く気ではないかと思った。　地方官は、「お前、末は高い身分の人になる夢を見たが、それを妻に語ってしまったので、高貴な地位についても、事件が起こって無実の罪を蒙るかもしれない」と言った。　善男はその後、縁があって都へ上り、大納言にまで出世したが、政治的ライバルによって、応天門放火の罪を被せられた。夢２　夢を盗んだ人　備中の国の豪族の息子に、吉備真備（きびのまきび）という若い人が居た。　ある時、夢を見たので夢解きの女の所へ行った。　夢を解いてもらった所へ、国司の長男の太郎が、お供を引き連れてやって来た。太郎は17歳ぐらいで、気性は分からないが見かけの良い男だった。「ここが夢解きの女の家か？」「はい、左様でございます」　真備は隣の部屋に隠れて、太郎の話を聞いていた。　太郎の夢の内容を聞いた夢解きの女は、「素晴しい夢でございますよ、将来は大臣にまでなれるでしょう、おめでとうございます」と言った。　太郎が嬉しそうに帰ってしまうと、真備は女に、「夢は盗ったり売ったりできるそうだな、あの太郎の君の夢を私に盗らせてくれませんか、国司は四年の任期が過ぎれば都へ帰ってしまうが、私はこの地の豪族だから、いつまでも長くここに住み続ける、私の方がお前にとっては大事な者だ」と言った。女は、「仰る通りです、では太郎の君がしたのと同じ事をして、同じ話を少しも異わずに話してください」と言うので、真備はさっき太郎が来た時と同じように家に入り、同じ話をした。　その後真備は、都へ上り勉強して目覚しく上達し、学識のある立派な人になった。　帝は真備の噂を聞いて呼び、まことに才深くあると思い、「唐へ行って、様々なことを勉強して来なさい」と言って、官職を昇級させ、唐へ留学させた。　真備は、後に大臣になった。　夢を盗られた太郎は、大臣どころか官職さえなかった。おわり

  2009.12.05

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  今昔物語

  女の生霊が男をとり殺した話今は昔、身分の低い男が京から美濃（岐阜）、尾張（愛知）を目指して、夜明けに出発しようとしていました。真夜中に目が覚めたので、京を出発し、ある辻に差し掛かると、大通りに青い着物の女が一人で立っていました。男はこんな時刻に女が一人の筈はないので、きっと男が一緒なのだろうと思いました。通り過ぎようとした時、女が声を掛けて来ました。「どちらへお出かけですか？」「美濃と尾張へ参ります」「お急ぎでしょうが、相談にのっていただきたいんです。少しお時間を下さいませんか？」「え、どのようなご用ですか？」「この辺に住んでいる民部の大夫（民部省の高官）のお邸はどちらでしょうか。道に迷ってしまいました。連れて行っていただけませんか？」「その方のお邸ならあちらですよ、私は急ぎますので、そこまでお送りするのは困ります」「そうでしょうが、大事な用なので、是非そのお邸へ連れて行ってください」女が懇願するので、断りきれなくなって邸まで案内することにしました。女は大喜びで、男の後についてきました。男は、この女が妙に薄気味悪かったが、気のせいだろうと気を取り直していました。「こちらが民部の大夫のお屋敷です」「ありがとうございました。お急ぎだったのにわざわざ回り道してくださって、本当に感謝します。私は近江（滋賀）の何某の娘です。街道沿いに住んでいますので、東へおいでならお立ち寄りください。色々と訳がありますので」と言うと、急に女の姿が消えてしまいました。門は閉まっているのに、一体どうなっているのかと男は髪の毛を逆立てて立ち竦んでしまいました。その時、邸の中から泣きわめく声が聞こえました。何事かと耳を澄ましてみると、どうやら誰かが死んだような気配がしました。男はその場を立ち去り難く、しばらくそこらをうろついていました。男はどうしても訳が知りたくなって、この邸に顔見知りが居たので、それを呼んで事情を訊きました。「実は近江の国においでになる奥方が、生霊となって御主人にとり憑いて、この数日間患っていらっしゃいましたが、夜明け前にまた生霊が現れて、急にお亡くなりになってしまいました。生霊というのはこのように確実に人を殺してしまうのですね」聞いていると、急に頭痛がしてきました。あの女が生霊だったのか、女の妖気に当てられて頭痛がするのだろう。ぞっとしてその日は旅に出るのを止めてしまいました。その三日後、改めて東国へ出発した男は、途中であの女が教えた家の辺りを通りました。そうだ、あれが本当かどうか確かめようと、好奇心を掻き立てられ、女が言っていた家を探すと、確かにそのような家がありました。事の次第を話すと、女は記憶を取り戻し、男を家の中へ通しました。「あの時の御親切の嬉しさは一生忘れません」と感謝し、御馳走をふるまって、立派な贈り物をくれました。男は、女が生霊だったと思うと内心は恐怖で震えていましたが、顔ではにこやかに振舞ってお礼の品を頂いて旅を続けました。男は、考えてみると生霊というものは魂が人に乗り移って祟ることだと思っていたが、生霊になった当人は自分が生霊だと自覚していたのかと思いました。民部の大夫が妻を捨てたため、妻は恨んで生霊となり、夫をとり殺したのです。男は、女心とは恐ろしいものだと思いました。

  2009.12.01

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  今昔物語

  源頼信と頼義の父子が盗人を射殺した話今は昔、武将の父子がいました。ある時父の源頼信の許に、東国に名馬がいるという情報が入り、馬主に譲渡を申し入れました。馬主は、天下の猛将頼信の要望なので断ることはできません。その馬は、東国から京の邸まで頼信の家来たちによって連れてこられることになりました。馬が連れて来られるというニュースは、すぐに馬盗人の耳にも入りました。彼らは、護送中の馬を途中で横取りしようとチャンスを狙っていました。しかし警護は厳重で、手も足も出せず、とうとう京へ無事着いてしまいました。頼信の息子の頼義は、父が名馬を手に入れたと知り、その名馬を父が自分以外の誰かに与えるようなことになったら、たいへん不名誉なことになると考えました。その日は夕方から土砂降りだったが、頼義は父の所を訪れました。父は、日頃は寄り付きもしない息子が突然やって来たので、その意図を見抜き、「東国から名馬が届いた。実はまだ見ていないのだが、今夜はもう遅いから明日の朝見て、気に入ったら持って行くが良い」と言いました。頼義は、息子の下心をすぐに見抜いた父に感心しました。その夜は、父子の会話を楽しんだ後、息子は父の警護をすると行って、着物も着替えずに仮眠しました。雨は絶え間なく降り続いていました。真夜中、大雨に乗じて馬盗人が忍び込み、名馬を盗み出して逃走してしまいました。異変に気付いた家来たちが、厩の方で大騒ぎを始めました。頼信は目を覚ますと、眠っている息子には声を掛けず、武具を持って厩へ駆けつけました。自分で馬に鞍を置いて、一人で関所のある逢坂山へ走らせました。馬を走らせながら、馬盗人は東国の者で、あの馬の価値を知って奪い取ろうとして、護送の途中を狙ったが、隙がなかったので京まで来てしまったのだろうと考えました。息子の頼義は、父と同じような行動をとって、馬で父の後を追いました。父は息子が必ず後から来るだろうと信じていました。息子の自分の前には父がいると信じて、遅れまいと馬を飛ばしました。やがて賀茂の河原を過ぎると、雨が止んで空が晴れてきたので、馬は速度を増して、逢坂山に到着しました。馬盗人は、逃げ切ったものと思って安心し、盗んだ名馬に跨って山の近くの水溜りをパチャパチャと音をたててのんびり進んでいました。その水音を頼信が耳にしたが、暗くて息子の頼義がいるかどうか判らないまま、「弓を射よ！」と叫びました。その声が終わらないうち、矢を放つ音がして、命中した音と同時に、馬上に人のいない馬のカラカラという鐙の音が聞こえました。「馬盗人は射落した、馬を取り戻して来い！」と、頼信は叫び、息子が戻るのを待たずにその場を離れました。頼義が馬を取り戻して、邸へ戻る途中、家来たちが駆けつけて来ました。頼信は京の邸へ帰り着くと、まだ夜が明けきっていなかったので、寝室へ入って寝てしまいました。朝になって頼義を呼ぶと、よくぞ馬を取り戻したとか、見事な腕前だったなどとは一言も言わず、家来にあの名馬を引いて来いと命じました。頼義は、思った通りの名馬だと思い、「気に入りました、頂戴いたします」と言いました。その名馬には、立派な鞍が置いてありました。深夜に馬盗人を射落した御褒美のつもりなのか。武人の心構えは凡人には理解できない。

  2009.11.24

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  今昔物語

  紫式部の父今は昔、藤原為時という人がいた。一条天皇の時代に、式部の丞（文科省高官）を務め、功績によって受領（地方長官）の地位を望んだが、人事閣議から欠員がないと却下された。為時は失望したが、その翌年官僚人事の修正があり、内侍（ないし＝天皇の女性秘書官）を通じて、任官申請の書類を天皇に差し出した。為時は文章博士（人文科の学長クラス）ではなかったが、文才に優れた漢学者だった。内侍は彼の優れた漢詩を天皇に見せたかったが、天皇が休んでいたので見せられなかった。当時、藤原道長は関白（天皇の補佐官）だったので、人事の修正を行うために宮中へ参内し、天皇に為時の件を伝えたが、天皇は彼の詩を見ていなかったので反応しなかった。道長は不審に思って内侍に尋ねると、「帝がお休みだったのでまだご覧になっていません」と答えた。すぐに文書を取り寄せて見せると、天皇は深く心を動かされた。道長は、藤原国盛が任命されることになっていた越前守の地位を、為時に変更した。紫式部は、道長の娘（天皇の妻）の教育係の女房だった。女房とは、部屋を与えられた女性使用人で、父が式部の丞なので藤式部と呼ばれていたが、後に源氏物語がベストセラーになったことから紫式部と呼ばれるようになった。紫式部のライバルである清少納言は、父または兄が少納言だった。

  2009.11.18

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  今昔物語

  ヒイラギ阿倍清明　２ある時、清明が広沢の寛朝僧正の家に行って、あれこれ相談していると、若い貴族や僧たちが清明に尋ねました。「あなたは識神をお使いになるそうですが、それで人を殺すこともできるのですか？」清明は「陰陽道の秘事をあけすけにお尋ねになりますね」と言って苦笑しました。「簡単に人を殺すことはできませんが、念力を込めれば必ず殺せます。人ではなく虫などでしたら、一捻りで殺せます、しかし生き返らす方法を知りませんから、殺生の罪を犯すことになり、無益なことです」その時、庭先の池で蛙が飛び跳ねていました。それを見た貴族が、「では、あれであなたの力を試してみてください」と頼みました。「罪作りなお方ですね。でも是非にと仰るなら」清明は草の葉を摘み、呪文を唱え蛙の方へ投げました。投げられた葉が蛙の上に乗ると、なんと蛙はぺちゃんこに潰れてしまいました。それを見た貴族や僧たちは驚いて真っ青になって震えてしまいました。清明は、家人が留守の時には識神を使っていて、雨戸や門がひとりでに開閉するなど、常識では説明がつかない不思議な現象がありました。清明の子孫は朝廷に仕えていて、重用されていました。

  2009.11.10

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• 今昔物語

  今昔物語阿倍清明の呪術　１今は昔、天文博士の清明という超一流の陰陽師がいました。幼い頃から賀茂忠行という大家の下で熱心に学んだので、完璧な陰陽師になりました。清明がまだ若いころのある夜のこと、師の忠行が外出するのでお供をしました。師の牛車の後を、清明は徒歩で従って行くと、師は車の中で眠っていました。清明が車の前方を見ると、恐ろしい形相の鬼たちがこちらへ向かってやって来ました。清明は驚いて、急いで車の中の忠行に告げました。目を覚ました忠行は、隠形の術を使って我が身も牛車や従者も隠してしまい、鬼の目には入らず無事にその場を切り抜けました。それからは、師はいつも清明を傍から放さなくなり、陰陽道の奥義を余すことなく伝授しました。こうして清明は、ついに陰陽道の世界では公私にわたり重用されるようになりました。忠行亡き後のこと、ある日一人の年老いた僧形の陰陽師が清明の家を訪れました。「何方ですか？」と清明が尋ねると、「播磨（兵庫県）国の者で、陰陽道を志す者です。この道では先生が最高の権威者と伺いましたので、ご指導いただきたいと存じまして参上いたしました」と言いました。清明は、その法師は陰陽道の相当な腕前だろうと直感し、きっと自分を試しにやって来たに違いないと思いました。試される前に、こちらからちょっと試してみようかと思って、法師のお供をしていた二人の少年の正体は、陰陽師に仕える精霊であろう、それならすぐに隠してしまえと念じて、袖に両手を入れ、指を組んで呪力を生む印を結び、呪文を唱えました。それから素知らぬ顔で、法師に向って、「承知いたしました。ただ今日は時間が取れませんのでお引き取り願って、後日改めておいでください。何でも教えて差し上げましょう」と言いました。法師は、ありがたがって手を合わせて額につけて拝み、立ち上がると走り去ってしまいました。少し行ったところで、法師は立ち止まり、戻って来ました。人が隠れていそうな所を捜しながら、清明の家まで戻って来ると、「供をしてきた二人の子供が居なくなってしまいました。返してください」と言いました。「不思議なことを仰る、この清明がどうして他人の従者を隠す必要がありましょう」「ごもっともでございます。失礼を申し上げました」「御坊がこの私を試そうと、識神を従えて来たのが気に入らなかったのじゃ、他の陰陽師には通じても、この清明は騙されない」清明が袖の中で呪文を唱えると、二人の少年が走って来て、法師の前に立ちました。「実は大先生を試してみようと思って参りました。識神を使うのはたやすいことですが、人の使う識神を隠すのは不可能なこと。それを簡単にしてしまうとはお見事。ぜひ弟子にしていただきとう存じます」と法師は告白し、その場で弟子が師に送る名符を書いて清明に差し出しました。

  2009.11.03

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• 今昔物語

  名人の勝負今は昔、百済の川成という絵画の名人がいました。ある日、川成の使用人の少年が逃亡し、あちこち捜したが見つかりません。そこである男に探索を依頼すると、男は少年の顔を知らないので探せないと言いました。川成は少年の似顔絵を描き、男はそれを持って人が大勢いる市場にでかけ、似顔絵を見せて少年を捜すと、あっさり見つかりました。似顔絵が少年にそっくりだったからです。その一件は大評判になりました。同じ頃、飛騨に工芸の名人がいて、両者は互いにライバル意識を燃やしていました。ある時、川成の許に飛騨の匠から招待状が届き、匠が建てた堂を見てほしい、そして其の壁に絵を描いてほしいと言いました。同じ芸術家なので、川成は何の疑いもなく招待に応じました。出かけて見ると、しゃれた小さな堂が建っていました。匠は、「中を見てください」と言いました。川成が南側の戸から中に入ろうとすると、急に戸が閉まって、同時に西側の戸が開きました。その戸から入ろうとすると、また戸が閉まり、また南側の戸が開きました。今度は北側から入ろうとすると、また戸が閉まり、また西の戸が開きました。それならと、東の戸から入ろうとすると、また閉まって北側の戸が開きました。ぐるぐる回って何度も中に入ろうとしましたが、入れず疲れてしまいました。飛騨の匠はそれを見て腹を抱えて大笑いしていました。川成は悔しがって帰りました。数日後、匠の許へ川成から招待状が届き、見ていただきたい物があるので来てくださいと言いました。匠は仕返しをするつもりだろうと思って、誘いを断りました。しかし誘いが度重なると断りきれず、警戒心を持ちながら川成の家へ行きました。匠が廊下の引き戸を開けると、次の瞬間、部屋の中に見たものは、腐って黒ずみ膨れあがった大きな体の人間でした。酷い腐臭が鼻をついて、匠は悲鳴をあげて飛退きました。すると、その部屋の中に座っていた川成が腹を抱えて大笑いしました。逃げ出して地面に立ち竦んでいた匠を見て、川成は「どうしてそんな所にいるのですか、こちらへ来て良くごらんなさい」と言いました。怖々近づいてよく見ると、死体は襖に描かれた絵だったのです。

  2009.10.27

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• 今昔物語　怪力美女

  怪力美女今は昔、甲斐の国に大井光遠という力士がいました。光遠は背は低いががっしりしたあんこ型で、足技に優れた強い人気力士でした。光遠には、２７歳くらいの美しい妹がいて、彼とは別棟に住んでいました。ある日、強盗が逃げ込んで来ました。強盗は抜き身の刀を引っさげ、彼女の家へ飛び込み、彼女を人質にしました。彼女の家来は、姫君が刀を突き付けられているのを見て仰天し、これは一大事と慌てて兄の光遠に報せました。それを聞いた光遠は少しも驚かないので、家来は不思議に思い、急いで現場へ戻り、中を覗いて見ると、強盗は姫君を後ろから抱きすくめ、片手で姫君の口を覆い、もう片方は姫君の腹に刀を突きつけていました。姫君は、右手で強盗の手を握るようにして、左手で顔を隠し、しくしく泣いているようにも見えましたが、その左手で荒削りの矢竹を取り、板の間に押し当てると、硬い矢竹がまるで枯れ木のようにバリバリと砕けてしまいました。見ていた家来は腰が抜けるほど驚きましたが、強盗はそれ以上驚きました。家来は、兄の光遠が慌てなかった理由が解りました。あの怪力の力士でも、矢竹は金槌を使わなければ砕けないほど硬いのに、それを指で砕いてしまうなんて、この姫君はどれほどの力持ちなんだろう、強盗も間もなく捻り潰されてしまうだろうと、わくわくしながら見ていました。強盗の方でも、この怖ろしい力を見せつけられ、全身から力が抜けてしまい、これは刀で突いても突けない女であろう、反対に腕をへし折られてしまう、手足もバラバラにされてしまうであろう、お手上げだ、逃げようと観念しました。隙を窺って、姫君を放り出し、宙を飛ぶように走って逃げて行きました。それを大勢の家来たちが追いかけ、捕まえて縛りあげ、光遠の許へ連行しました。光遠は、強盗に妹の怪力自慢をし、力士の自分でさえ妹には勝てないと言いました。強盗は真っ青になって、もう少しで死ぬところだったと思いました。光遠は強盗に、本来ならお前を成敗してしまうところだが、妹に怪我はなかったし、お前がこうして生きていられるのは運が強いからであろうと言い、妹自慢をしたり、脅したり、からかったりした後で追放しました。光遠は、平安時代の書物に、名力士としてその名が記録されています。しかし、その妹のことは何も書かれていないので、この話の真偽は不明です。

  2009.10.24

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• 今昔物語　清少納言の夫

  今昔物語清少納言の夫、強盗を斬る今は昔、陸奥の長官で橘則光（清少納言の夫）という人がいました。橘は武人ではなく、学問の家柄でしたが、剛胆無比、強力無双の強者で、しかもイケメンで評判の人でした。一条天皇の時代、まだ若かった橘は、天皇付きの武官を務めていました。ある夜、こっそり宮中の宿所を抜け出して、彼女の家へ出かけました。夜が更けてからの帰り道、少年一人を従えて、大宮大路を南へ下って行くと、宮城の大垣の辺りに、何人かの人が立っているのが見えました。月の光の影になっているので、人影ははっきり見えませんでした。恐る恐る通り過ぎようとした時、暗がりから声が聞こえました。「おい、そこを通る人、止まれ、貴人がお通りになる、そのまま行くことはできぬぞ」橘は、やはりそうかと思ったのですが、引き返すわけにもいかないので、足早に通り過ぎようとしました。「このまま行く気か！」と叫んで、一人が走り寄って来ました。橘は素早く身をかがめて、様子をうかがうと、弓はないらしく、太刀だけがキラリと光りました。弓が見えないので安心し、前かがみの体勢で逃げ出しましたが、追いかけて来ました。斬りつけられそうになった瞬間、ヒラリと体をひねって身を反らすと、敵は勢い余ってつんのめり、そのまま橘の前に飛び出してきました。それをやり過ごし、太刀を振りかぶって敵の頭を打つと、敵は仰向けにぶっ倒れました。すぐに別の人間が叫びながら走って来ました。橘は太刀を納める暇もなく、小脇にかかえて逃げ出しました。敵は喚きながら走っていて、最初の者より速そうなので、とっさに判断して立ち止まり、しゃがみこむと、敵は橘の体にけつまずいて倒れてしまいました。さっと立ち上がって、敵が体勢を立て直す前に、太刀を振りおろしました。一息つくと、もう一人喚きながら走って来たので、今度はだめかと思って、神仏に祈りながら、太刀を突き出して身構えると、勢いよく走ってきた敵に対して突然正面を向くと、敵はそのまま真っ向から太刀に腹をぶつけるように突っ込んでしまいました。橘の太刀は、敵の体を腹から背中まで突き抜け、それを引き抜くと敵は仰向けにひっくりかえってしまいました。耳をすますと、しんと静まりかえって、他に敵はいないようなので、血なまぐさい修羅場を走り抜けて、一目散に走って、中の門へ駆け込みました。ところで、お供の少年はどうしたかと心配していると、泣きながら歩いて来る姿が見えたので、声をかけると、少年は駆け寄って来ました。橘は、着物に血がついていたので、少年に着替えをとってくるように命じ、この事件を口外しないように言い含めました。太刀の汚れを洗い流し、新しい着物に着替えて、何事もなかったように宿所に戻り、横になりました。しかし３人も人を斬ったことがばれたらどうしようと、心配で眠れませんでした。朝になると、事件現場は黒山の人だかりで、役所にも通報があり、橘もいやいやながら現場に出向いて行きました。すると、大勢の野次馬に向って、自分がこの三人の強盗を退治したのだと、ひげ面の男が口から泡を飛ばして身振り手振りで自慢していました。内心では可笑しくて仕方がなかったが、殺人罪をその男が引き受けてくれるのかと喜びました。

  2009.10.20

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• 今昔物語　天狗の失敗談

  天狗の失敗談今は昔、中国から自信満々の大天狗がやってきました。比叡山に行き、日本の天狗に向って、偉そうにこう言いました。「中国には悪徳高僧が多いが、私の自由にならないものはいない。今回は日本の修行僧と力比べをしようと思う」日本の天狗は、中国の天狗に調子を合わせ、懲らしめたい者が居るから教えようとおだてて、比叡山の頂へ連れて行きました。日本の天狗は、自分は顔を知られているので、隠れているから、あなたがやっつけてくれと言い、中国の天狗は老法師に化けて待っていました。そこへ大勢の弟子を引き連れた名高い高僧が、輿に乗って山から降りて来ました。日本の天狗は、わくわくしながら見守っていました。すると老法師の姿が消えて、高僧の一行は何事もなく行き過ぎて行きました。日本の天狗は不思議に思って、老法師を探すと、谷間に尻を逆さにして隠れていました。どうしたのかと尋ねると、高僧の輿の上に高く炎が燃え上がったので、焼かれると思って逃げ出したと言いました。日本の天狗は呆れて、あの程度の者をやれないのは情けない、次は何が何でもやれとけしかけました。中国の天狗は今度こそ失敗はできないと焦りました。再び、高僧の一行が山から降りて来ましたが、中国の天狗は、お供の童に打ちのめされてしまいました。日本の天狗は、このままでは中国へ帰れまいと責めました。今度は比叡山でも最高位の僧が降りて来ました。３０人ほどのお供の童たちが、木の鞭をふるいながら藪をかき分け、隠れていた老法師を見つけ出してしまいました。童たちから殴る蹴るの暴行を受け、老法師は悲鳴をあげて、これまでのいきさつを白状しました。許されたものの、全員から踏んづけられて、腰の骨が折れてしまいました。日本の天狗が顔を出すと、中国の天狗は愚痴をこぼしながら、あんな生き仏のような高僧たちに立ち向かわせるなんて、あんまりだと泣き出しました。日本の天狗は、大国の天狗だから、小国の修験者なんか簡単にやっつけるのだろうと思っていたことを詫びて、温泉で腰を治してから中国へ送り帰しました。

  2009.10.16

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• 今昔物語

  今昔物語「今は昔」で始まる今昔物語は、１２世紀の初めに成立しました。お話の数は千数十という超巨大な説話集で、天竺（インド）中国、本朝（日本）という三重層構成になっています。説話は、現在のようにテレビもインターネットもない時代に、仏教を宣伝し、教義を広めるために、お坊さんたちが出かけて行って、面白可笑しい話を民衆に聞かせたことから始まったといわれています。その説話の中から、いくつかのお話を紹介します。法力を使ってライバルを祈り殺した話今は昔、嵯峨天皇の時代に空海（弘法大師）という高僧がいました。弘法大師は天皇を守護する護持僧を務めていましたが、同じ護持僧に修円という僧都（偉い坊さん）がいました。二人とも優劣つけがたい法力の持ち主で、天皇は差別なく二人とも優遇していました。ある時、天皇の御前で、修円が法力によって栗を茹でて見せました。栗は美味しく茹であがっていました。その話を天皇から聞かされた空海は、「敬服に値しますが、でしたら私の目の前で栗を茹でさせてみてください。彼の法力の程度を試してみましょう」と言いました。修円僧都が呼ばれて、この前と同じように栗を茹でさせられたのですが、いくら祈っても栗は茹であがりません。修円僧都は、どうしたことかと不思議に思っていると、物陰に隠れていた空海が姿を現しました。僧都は、さては彼が自分の法力を邪魔したのだろうと思いました。憎悪の念が燃え上がり、二人の仲は険悪になり、互いに相手を呪うようになりました。呪いは、相手の息の根を止めようとするまで強くなってしまいました。空海は、あることを思いつき、弟子たちを大勢集めて、市場へ行かせました。そして、彼らは葬式の道具を買いに来ているという噂を流しました。実は空海が亡くなって、その葬式に必要なものを買いに来たのだと弟子たちは言いました。修円僧都の弟子たちはその噂を聞くと、喜んで走り帰り、僧都に告げました。僧都も大喜びで、自分の呪いが利いたのだと確信し、呪いの祈祷を終わらせました。空海は、修円僧都の許へ密かに使者を送り、あちらの祈祷が終わっているかどうか確かめました。帰って来た使者は、「修円は、自分の祈祷が利いたと大喜びで、今朝は祈祷を終了しています」と報告しました。それを聞いた空海は、精魂こめて呪いの祈祷を行いました。その後、修円僧都は間もなく死んでしまいました。空海は、死んだ修円の正体を知りたいと思って、霊を呼び降ろしてみました。すると、グンダリ明王が現れました。優劣つけがたいライバルは、やはりただ者ではなかったと空海は納得しました。

  2009.10.13

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