ジェーン・オースティンの「エマ」
イギリスの10ポンド紙幣の柄がリニューアルして、イギリスを代表する女流作家ジェーン・オースティンになったのをご存知ですか。ジェーン・オースティンは6篇の小説を残していてすべて秀作です。お話の舞台はイギリスの田舎。交際範囲も限られた世界で、テーマはひとつ、若い女性が生涯を共にする男性と出会い紆余曲折を経て結ばれるというハッピーエンドも同じなのですが、どれも非常に面白いのです。なぜかというと、主人公の女性がみな知的で男性と対等なのでいろんなことが活発に起こるからです。女性が男性の中で都合よく作られた幻想でもマスコットでもないので、物語にリアリティーがあって面白いのです。当時、社会制度としては男女で不平等はまだまだあったのですが、異性と対等でいると人間として尊い体験ができるので(その延長が結婚)、男女が対等でいることは18世紀のイギリスの良心のひとつであった、というのは興味深いですよね。中流階級以上の人々の話ですが。ところで、6作品のなかで私が一番好きなのでは「エマ」です。活発でおせっかい焼きで失敗もする主人公エマが私に似ていると感じてしまうのもありますが、「エマ」の中で一番好きなところは、神経質で常に体の不調を訴えているエマのお父さんのことを、誰もじゃけんにしないところです。核家族が進んだ現代社会だったら、こういう面倒くさい年寄は押し付け合うか、ひとりで住むことになるでしょう。「エマ」でも、面倒くさい人は面倒くさい人という認識なのですが、面倒くさいけど可哀そう、気の毒、と思って捨てておきません。周りの人はお父さんのことを常に気にかけてあげなくてはと思っていて、そして、毎日訪問して話し相手になってあげているのは、なんと、娘婿のお兄さんです。お父さんにとって娘婿のお兄さん、って直接血がつながっていない遠い親族ですよね。結局、その人がお父さんも引き受けます。もうひとり、立場の弱い中年の女性が出てきますがみなでいたわります。(いたわりを忘れたエマが将来の旦那さんにたしなめられるのはとても印象的なシーンです)。こういう当時の人々の人間力を見せつけらるのが「エマ」です。お互い毎日のように訪問しあって、困っている人を捨てておかない、そういう社会で楽しまれたのが、小説の中で素敵な出来事として盛り込まれているカントリー・ダンスです。そういうことを踏まえて見ると、ただのイベントではない、人としての温かい付き合いの中で生まれた人間力の結晶に思えます。