「さようなら」が言えなくて
初恋・・それは過去の甘い恋物語であり、どれだけ年月を重ねても忘れることができない酸っぱい思い出。*********当方が幼稚園に通っていたころ、「ぱんだ組」のよう子ちゃんを見るたびに自分の心の中でそれまで感じたことの無いような「熱さ」を感じていた。とろけるような笑顔を見るたびに高鳴る心臓の鼓動、喋りたくて喋りたくてしょうがないんだけど、恥ずかしくて口が利けなかったあの頃。しかし、暫くしてよう子ちゃんは引っ越した。「さようなら」の一言すら言えなかった、あの時の少年M君(当方)の無念さと言ったら言葉では言い表せないくらいだった。後にこれが自分の初恋だった、ということを知る。それから幾年が経ち、中学生になった当方。時間は止め処なく流れ、いつの間にかチンコにもモッサリと毛が生えた。大人への階段を着々と登りながら少しでも一人間として背伸びをしたがっていたあの頃。事件はそんなほのぼのとした何の変わりも無いある日、起こった。「今日は新しい転校生の紹介です。それじゃ島田さん、こっちに来て」先生が朝のHRの時に言った。よだれを垂らしながらボケーッっとコンパスの針で机に穴を開けながら一人遊びに終始していた当方。先生の発した「転校生」というキーワードに反応し、顔を黒板方向に上げると当方の両眼に写ったその転校生は、数年の月日を経てほんの少しの色気を身にまとい、更に輝きを増した「よう子ちゃん」その人だった。なんたる偶然か、なんのドラマか。少年だったあの頃、「引越し」で、もう2度と会うことも無いだろうと思っていても、解っていても「さようなら」の一言すら言えなくて、それからずっと後悔の念に駆られていた当方。しかも同じクラスという、これ以上無いくらいの気運なめぐり合わせ。とにかくもう後悔はしたくない。あの時の臆病な自分から抜け出したかった。よう子ちゃんと日を追って少しづつ会話も増えていき、毎日毎日学校へ行くのが楽しくて楽しくて仕方が無かった。土曜の半日授業や日曜の休みなんかクソ食らえだ!とにかく学校へ行かせろ!よう子に会わせろ!と毎日考えることと言えばよう子ちゃんの事ばかり。当方の中で、確実によう子ちゃんに対する気持ちが大きくなっていくのを自分でも感じていた。そんなある日、放課後の係の居残り作業でよう子ちゃんと2人になった当方はここぞとばかりに奮起し、週末日曜日に映画を一緒に見に行く約束を取り付ける。そこから週末までの時間の長いことこの上ない。授業も頭に入らず、日課にしていた近所の本屋での月刊BOM(エロ本)の立ち読みすら怠る始末。この週に行われたテストの現代国語15点は、それから先の学生生活ワースト点数をぶっちぎりで樹立した。ようやく待ちに待った週末が来たんだけど何の映画を見たのか、何を喋ったのか、舞い上がってしまった当方はこのときの記憶が一切無い。なので詳細は割合するけど、とにかく手は握ったのだけは覚えている。幾月が経ち、週末には必ず2人でどこかに出かけるという暗黙の了解もできるような間柄になった。でもまだ手を握るのが限界。接吻なんかしたら心臓が破けてしまいそうだ。チョメチョメなんか絶対無理。それから更に幾月が経ち、手を握るのもそんなに恥ずかしくなくなった。そんなある日、日常の何気ない会話でよう子ちゃんがこんな事を言ってきた。「今日、親が居ないから家に遊びにきなよ☆ 6時に家に来て・・」大量の鼻血が出た。つーか、この言葉だけでヤバイ。よう子、よく言った、よく言ってくれた。俺にはココゾというときの勇気が無いのは自分でもよく解っている。痺れを切らしていたんだろう、女の子のほうからアクションを、いや、切欠を作ってもらうなんて、本当に情けない。でもね、このチャンス、君の期待には必ず答えて見せるよ!「手をつなぐだけじゃ駄目なのかい?」「だって・・・Mのこともっと知りたいんだもん・・」「俺もさ」「ねぇ、キスして・・・」「あぁ・・・」 プチュ・・・ハァハァ・・・ウフフンというシチュエーションが待っているに違いない。皿もナイフもフォークも用意してくれた。あとは自分で、自分の手で料理を頂くまでだ。頭のどこかでは早く待ち合わせの6時になれ!でも、チキンな当方はやっぱりどこかで6時来るな!という複雑な心境。無論そんな考えに時間は待ってはくれない。とうとう待ち合わせの午後6時がやってきた。よう子ちゃんの住むマンションの大口正面玄関前に佇む。もう後には引き返せない。恥ずかしくて「さようなら」を言えなかったあの頃の俺とは違うんだ!と気合を入れたのも束の間、大事なものを忘れてた。ラッキーなことにマンションの一階に薬局のテナントが入ってた。こんなものを買うなんてこのとき初めてだったのでちょっとドキドキしたけど、薬局にはその時他のお客さんも居なく、売り場のオッチャン一人だったから話が早い。運まで当方に見方してくれているようだった。物を持ってレジに行くと、オッチャンがニヤニヤしながら「元気だねぇ!これからかい??」とシャガれた声で話しかけてきた。気が立っていた当方は「うるせぇジジィ。こっちはそれ所じゃねーんだ。今日初なんだよ!」と捨て台詞を吐き、薬局を後にする。震える足でマンションのエレベーターに乗り、階上に上がる。よう子ちゃんの家の前まで行き、一呼吸置き、意を決してチャイムを鳴らす。数秒後「はーい♪」という元気な声でインターホンから声がした。緊張で心臓が口から出てしまいそうだった。ヴィーナスのような笑顔で「いらっしゃい♪」とドアが開く。しかし、「ごめぇんM・・今日ね、急に親の仕事が早めに終わることになっちゃったみたいで・・もうすぐ帰って来ることになったんだ。。でもね、友達呼ぶこと言ってあるから、夕飯一緒に食べて行ってよ、良いでしょ?」がっかりした反面、ちょっと安心した当方は2つ返事で快諾した。暫くして「ただいまー」と言いながらお父さんのほうが帰ってきた。さっきの薬局のオッチャンだった。その後、学校で口を利いてくれなくなった「よう子ちゃん」に当方は最後の最後まで「さようなら」の一言が言えなかった。できる事ならフィクションにしたい甘酸っぱい青春の初恋の話。