[中国という国]の記事一覧 | 北京五彩繽紛～Colors of Beijing

生き残さない風情

時刻は夕方5時少し前。場所は西直門の地下鉄のそば。歩道に商品を入れた風呂敷を広げずらりとならんでいた露天商たちが、顔色変えて一斉に路上の荷物をまとめはじめた。「工商が来た？」私がそう思うが早いか、ほんの数秒前まで風呂敷が置いてあったまさにその位置を貫くように、猛スピードで公安の白バイが突進してくる。客と値段交渉中だった女二人組の露天商は、一呼吸撤収が遅れたせいですんでのところで引かれかけ、商品のゴムぞうり何足かはタイヤに押しつぶされてしまった。歩道の上を、それも人の鼻先を掠めるほどの距離を、白バイが走る。呆気にとられて、しばらく公安が通り過ぎた場所から丸くした目を外せないでいたが、視線を前方にやると、もう一台の白バイが露天商たちの様子を伺っている。北京では路上での商売はご法度である。「景観を損ねる」「非衛生的」などの理由で政府は取締りを強化しているが、一向になくならないのが現状のようで、いたちごっこが続く。私は、ロバに引かれた荷車がスイカを売っていたり、道端でまるでおでんのように串刺しの具を麻辣湯で煮込んだ屋台に人が群がっているのを見たりすると、北京らしい情緒や季節を感じるし、一人の消費者として便利さも感じる。お上のお達しは、一般人が感じる“味わい”とは合致しないようである。バイクの件に限らず、取り締まりは容赦がない。逃げ遅れた露天商の品物や道具はその場でひっくり返して壊されたり、そのまま否応なくトラックに積み込まれたりする。多分どこかで抜け道があって、また品物が戻ってくるようなこともある気がしなくもないが、外から見ると、四の五の言わせぬ圧制に映る。日暮れ前の大学前。荷台に果物を満載したトラックに人が群がる脇を通り過ぎる。深夜。静まり返った闇の中、砕けたスイカやりんごが散乱する光景が広がる。そんな晩、北京の空気が少し切なく感じる。

泥酔天国

例えば。酔いつぶれた人間を脇に抱えてタクシーを止め、後部座席に酩酊状態の友人を放り込んだあと自分が助手席に座ったとする。行き先を告げ、金さえ払えれば、タクシーは目的地まで連れて行ってくれる。それが北京という街。地下鉄などの公共交通機関が不十分なこの都市に暮らす人間にとって、タクシーは移動の頼みの綱であり、最も頻繁に使用する脚の一つとも言える。実際非常にリーズナブル。10分ほど乗っても15元（1元＝13円）程度、渋滞に巻き込まれなければ30分以上乗ってたって50元はかからない。だから先日の“白酒乾杯！”なんていうのも、タクシーの存在がないとあり得ないお話。東京では絶対にここまで豪快な飲み会は開けない。これまた例えば。新宿で飲み、酔いつぶれた同僚を支え、駅までたどり着いたとする。しかしこの先、仲間たちの行く先はいくつにも分かれるはずである。ある者は山の手線で渋谷、そこから東横線に乗り換え。ある者は中央線で武蔵境まで。ある者は小田急線で下北経由井の頭線乗り換え。じゃあ、泥酔しているのが西武新宿線沿線居住者だったとしたら…？？？終電に合わせてサイクルする東京の夜は案外早い。同僚を自宅まで送り届けたりなんかすると確実に自分が帰り着けなくなる。“配達可能”なのは、そのままその家にやっかいになる覚悟があるときくらいだろう。じゃあタクシーは？となると、人件費の高い大都市のこと、もうそれは言わずもがな。下手すると人間関係にも軋みを生じかねない。結局、酔っ払いの精神力だけが、彼の家路に繋がる一筋の道だ。そんなこんなで、北京では、店で吐いている人間は見たことがあっても、路上で吐いている人間を見たことがない。ひとしきり落ち着いたら、車に乗せて輸送である。ついでに同僚が一緒なら、会社が手配している同じアパートに住んでいたりするから、車から引き摺り下ろすマンパワーもある。つまり北京は、“豪快に飲んで、潔く玉砕したい人間にやさしい街”…である(笑)。その意味でのタクシーの貢献度はかなり高い。が。相変わらずレベルは低いんだよなあ、運転手の。今日も「三里屯」と言っているのに、お前の言っている場所を知らないと言われ、「太平洋百貨店」「雅秀市場」「工人体育場」と次々と目印を挙げても「ちゃんと具体的に言ってくれ」でかわされ、思わず声が大きくなってしまった。心地よいほろ酔い気分もぶっ壊しなんだよね、こういう運転手がいると。この攻防は一体いつまで続くんだ？

我が家の水資源問題（？）

昨日の夜から私の部屋は水不足に襲われた。そして、それは一部現在も継続中。理由は以下の通り。理由その１：断水。昨夜突如断水した。だいたいそういうお知らせはここの街では頻繁にエマージェンシーで起こったりする。多分、アパートの玄関口の黒板に通知が書かれたのだろうが、昨日のように日中最高気温38度、ならば一日中部屋に篭ってインドアの作業を…なんてなってしまうと、簡単にこういう掲示は見逃す。私とルームメイトのあずかり知らぬところで夜中突如水は止まり、私は結局シャワーも浴びず、顔も洗わず寝ることになった。今朝、この水は回復したので昨日の汗と垢をようやく洗い流し、体が軽くなったが、トイレで水を流すと、なんだか黄色い…。理由その２：飲み水。北京の水道水はアルカリが強く、一度沸かさず飲むとおなかを壊しやすい。さらに水に砂利などが混ざっている場合があって、多くの家庭は大きなタンクに入ったミネラルウォーターを購入している。私のところもシンガポーリアンのルームメイトと共同でお金を払って、ミネラルウォーター屋からの配達と空のタンクの交換のサービスを受けているのだが、昨日の晩から水が空になってしまった。おとといの晩既に水がなくなる見当がついていたので、翌朝ルームメイトが配達をお願いしたのだが、夜になっても届かない。いぶかしく思ってもう一度電話すると、ミスがあったらしく、今日の朝の配達に回されてしまった。そして現在、まだ届かない…。よって私は未だに大好きなお湯で溶かして飲む豆乳も、蜂蜜入りの紅茶も飲んでない。実は今ルームメイトのママが香港からやってきているので（彼女、国籍はシンガポールだけど、現在実家は香港）、水の消費量がいつもの1.5倍。水道水の黄色い水を沸かして飲む気にもなれないし、おーい！早く水、届いてくれ。

去年よりマシになったもの

砂埃で目もあけられないくらいの風が吹いたと思ったら、にわかに北の方角から雷の轟が聞こえてくる。中国語では気味の悪い様子を、“黄色くて灰色”と表現するのだそうだけれど、まさにそういう雲が空を覆いつくす。今年に入って北京は雨が多い。数えていないので確かな数字は分からないが、今月に入ってから二日に一日、夕暮れ時はこんな空模様な気がする。とうの昔に真夏の気候に突入した大都市に暮らす人間としては、この一雨はありがたい。ところが、本来北京はこんなにうまく雨が降るはずの場所ではない。北京人によれば夏は年に２、３度降水を観測するのが普通。雨の理由は、北京に住んでいれば誰もが知っている、“人工雨”である。飛行機を飛ばして（中には真顔で「あれはミサイルを撃ち込んで」なんて言う人もいる）雨雲を刺激し、水不足と緑化対策を一挙解決！という政府側の算段らしい。この雨のおかげで、気がつくと北京の今年の空は、去年よりマシになった。青空が覗くようになったのである。つまり雨のない分、空気中の塵に視界が阻まれてきたわけだ。北京に来る前、茅野裕城子が小説『韓素音の月』の中で“北京の月はとても大きい”と書いていたからどんなに大きな月が仰げるだろうと思っていたのに、見上げてみれば、ぼんやりと輪郭のにじむ物体が浮かんでいるだけ。新宿のビル群の頂に立つ月の清冽な姿が心に焼きついていた私にとって、空気の濁りにかすむ宵の空は、シンガポールのマーライオン以上の世界的がっかりだった。そして今日も夕立の後に月が顔を出した。まだまだ私の中の月のある記憶には及ばないとはいえ、“去年に比べれば”格段に、どうにか許せるレベルに近づいてはいる。実はもう一つ“去年に比べれば”格段に進歩しているものがある。それは通りを歩く女性のファッションだ。着こなし、という点ではまだ首をかしげたくなるものの、一つ一つを見ると、おや？と振り返りたくなるデザインのものを着た人とすれ違う確率が高くなった。特にスカートは、格段のレベルアップ！である。「シャツとズボンは買えても、スカートは買えない。」これが去年までの私の評価だった。ともかく色が強烈すぎ、スパンコール付きすぎ、リボンとレース大きすぎetc。チープなパーティー仕様風だらけ、おまけにどの店も品揃えがほとんど変わらない。日本のシンプル＆ベーシック派には酷なファッション環境であった。が、今年になって事態は激変。そこいらの中国人が値段交渉して買う洋服屋でも、おぉ！という意外な感動が起こるようになったのである。テキスタイルのデザインがいい。形もシンプル。仕事でも着まわせる実用性。思うに、今まで上海近辺や南で止まっていた輸出向け製品の流通経路が北京まで確立されたのではないか。まあ、これは私の勝手な憶測だけれど。ただモノの選択肢の幅が広がっているのは事実だ。来年はもっと私好みのものが簡単ゲットできるようになり、おねえさんたちの少し着こなしも、もう少し垢抜けてくれるのでは？と、ファッションによる目の保養効果を実感する身として、心から期待している。十年ひと昔。いや、３年たったら大昔。去年ここに着たばかりの私が１年の変化を実感できるのだから、過去を知り、加速度的に変貌する社会と風景を眺めている中国人の感慨はいかばかりか。翻弄されず、きちんと時流を捉え、吸収し、適切に対応できていたとすれば、やはり尊敬せざるを得ない。しかしそれは…中国人でなくても実際かなり難しそうだなあ。

中国語教材を眺めてみれば

現在のクラスの口語のテキストは、先生のお手製である。とは言っても彼女が自分で作ったのではない。既成のテキスト何冊かの中からふさわしいと思われる課文を彼女がチョイスして製本したものだ。ということなら、“準お手製”と言うべきかな。実は今日勉強した課は、以前使ったことがあるテキストからの抜粋、それも去年冬、北京に来たばかりの頃最初に教わった、記念すべき、かつまた“衝撃的な”セクションだった。それにまた今日めぐり会った。なんと全編、“罵りあい”なのである。浪費癖のある今どきな娘を、文革も乗り越えてきた世代の母親が諌めようとするストーリーなのだが、そりゃもう会話は、不満と批判のてんこ盛り。どの行を読んだって耳障りのいい表現は見受けられない。テキストを代読する先生の口調は、心なし私を叱っているように聞こえてくる…。ほぼ聴けてません、話せません、中国もよくわかりませんという到着ほやほやの当時の私にとって、最初に教えられた教科書の内容がこんなんだとは、もう受け入れがたい衝撃だった。（＾-＾;）思い余って先生に、こんな不満と批判だらけの授業は勉強したくないとカタコトの中国語で話したら、「日本人は人を批判しないの？」と返された。批判は確かにしますよ、でもね、テキスト使って教えることないでしょ？それも来たばっかりの外国人にいきなり教えるなんて…。これを編集したのが、外国人への中国語教育の元締めとも言える、北京語言大学っていうにもまた閉口。中国って、とんでもないとこだと思った。とある日中関係研究のオーソリティーとお話した際、ふとおっしゃったことがある。「中国語ってのは、喧嘩するのに適当な言葉だよね。」それは本当に私も同感だ。例えば何か納得できないことが発生して相手にエクスキューズしようとした際、それが日本語なら“質問”になるのだけれど、中国語だと“文句”に聞こえてしまう。怖いことには自らもまた文句のつもりで話している。これじゃあ道端で喧嘩してる中国人が多いのも仕方がない。となれば、外国人もまず罵倒の仕方から言葉を学べってことになるのか？確かに中国文化理解の第一歩には…なるね。話はまたテキストに戻る。ほかにもテキストの中からは、ドキッとするような中国の社会とセンスが垣間見える。以下はテキスト内の解説や、練習問題として掲載された文章である。当然原文は中国語。“アメリカ軍がその都市に攻撃を開始した”“私の子供の頃のあだ名は「おねしょ大王」。これを知られたら私の面子は丸つぶれ”“お金のために血を売ったことが知れたらと思うと、子供の将来が気が気でならない”そのほか、HSK（漢語水平考試＝中国文部省による外国人の中国語能力検定）の問題集辺りにも結構すごい文章が混ざっていたりする。これを一つ一つ集めて、本にでもしたら結構おもしろいなと思った時期があった。例文から、この国が外国人に何を教えようとしているのかが覗けるような気がしたから。多分、探すとすごい問題文が出てくるはず。あり得ないことがありだったりする、それがこの国のダイナミズム。

西と東に引き裂かれる私…。

私は市の西側に生息しているにもかかわらず、比較的市内東側、建国門、国貿辺りに出没することが多い。車に乗れば約３０分、バスや地下鉄を乗り継げば１時間近くかかる。実はこの移動の道程、知らぬ間に、私は見えない“経済”の壁を潜り抜けている。現在の北京は、かたや一人２０元も払えばおなかいっぱい、かたや卵１パック３０元（１元＝約１３円）という急勾配経済格差の両世界が、切符一枚３元払えば乗れる地下鉄で繋がっているのである。確かに東側は大使館街やビジネス街が連なり、物の品揃えに関してはほぼ海外とも引けをとらない。しかし別に西側が貧民区というわけではなく、中関村などのIT集積基地もあり、文化レベルは決して低いとは言い切れない。にもかかわらずこの有様。自分の頭の中に時々よじれを感じる。いや、もう実際よじれちゃってる。そしてこの市内東西の段差は、言い換えるなら“社会人と留学生の格差”とも呼べる。私の身分は今学生とはいえ、仕事を持っている人たちは誰も学生扱いしない。一人の社会人として接してくれる。本来これはありがたいことであり、考えれば当然のことでもあるのだが、おかげで反面ちょくちょく両者の“板ばさみ”、いや、“股裂き”に遭う。象徴的なのが、初めて日本大使館御用達の「飯屋橋場」の暖簾をくぐったときだった。東京時代、先輩方がいいお店に連れて行ってくださったおかげで、臆するものはなかったけれど、学生の世界に埋没していた当時の私にとって、街の東側は遠かった。連れて行ってくださった方はお店のご常連で、素直にここを知らなかったと言ったら、そりゃモグリだぞ、と真に受けてもらえなかった。ところが、帰宅すると雰囲気はまた１８０度回転する。帰りに穴子寿司を持たせてくださったので、寮の同じフロアの日本人学生におすそ分けしたところ、「橋場」の雰囲気はぶっ飛んでしまった。「え～、なんなんですか！？この穴子寿司！マジうまー。こんなん食べたことない」「ちょっと、何でそんな高いとこ行けるんですか？何で連れてってくれる人いるんですか？」…私はこの二つの世界を今も行き来しているのである。よって、この街でまったく今までにないサービスを提供する際、価格設定が難しい。学生の経済基準は１回の食事、社会人の基準は日本の価格の何分の一。どうしても捩れる。私は今、その荒波の真っ只中である。そして今日突然、どこかの企業と一緒に仕事をするとなると、日本から派遣され、月３万元以上の収入がある人と、現在３千元もあれば暮らしていける私との、妙ちくりんなコラボレートが成立する、ということになる。中国で暮らす駐在員と、現地採用者と、留学生。日本以上の経済落差が、どこかしらよそよそしい日本人社会を作っている気がする。