『ぼくと1ルピーの神様』 ヴィカス・スワラップ著 感想
目の疲れ→肩こり→頭痛になりがちな私。最近はめったに見られない小さな活字にたじろぎましたが、読んで良かったです。クイズ番組で全問正解して十億ルピーの賞金を勝ち取ったラム。しかし孤児で教養のない少年がクイズに答えられるのはおかしいと、インチキを疑われて警察に逮捕される。拷問により、供述書にサインしそうになるその時、女性弁護士により助け出される。ラムが答えを知っていたのは、生きてきた経験から。弁護士は、十三の質問の答えを得た、ラムの人生を聞く。現代の御伽噺(と言っても魔法が出てくるわけではありませんが)のような話なのですが、ただの夢物語と一線を画しているのは、インドが抱える問題を活写しているから。ラムの名前はラム・ムハマンド・トーマス。順にヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教にちなんだ名前が付けられているのですが、この名前がラムの十八歳までの生活の混沌さを象徴しているようです。さて、冒頭はラムが警察に連れて行かれるシーン。実はクイズ番組の放映権を持つ会社は賞金の支払い能力がない、高額の賞金はセンセーショナルに視聴者を煽るためだったのです。そこでオーナーは警察に、ラムをペテン師とするべく依頼した。警察総監はそれで10パーセントの賄賂を受け取る約束になっています。ラムは凄まじい拷問に会います。“不正をした”と言う供述書にサインする直前、ラムを救ったのは女性弁護士のスミタ。スミタはラムを救いたいと言う。しかしラムは、今まで生きてきた経験から、彼女を信じることが出来ない。そこで占い師からもらった“幸運の一ルピー”をコイントスして、決めるのです。十三の質問の答えを得たラムの経験は、行きつ戻りつして語られます。その中で語られるインドが抱える問題。凄まじい経済格差、最底辺で生きる人たち。虐待、売春、宗教の対立・・・。“清貧”などと言うのは、地球規模になれば、裕福な人たちが使える言葉なのだとつくづく思いました。ラムは特別な才能を持っているわけではありません。私はこの小説の紹介あらすじを読んだとき、『レインマン』に出てきた“一度見ただけで記憶してしまう”ような能力を持っているのかな、と想像していたのですが、そんな能力もありません。ただ経験を知識として蓄積する能力にたけ、また逆境にも負けず、決して心を卑しくさせることなく生きていくラムは、魅力的な少年です。一億ルピーの質問の話には、泣きました。涙をボロボロ流しながら本を読んだのは久しぶりでした。ラムの生活が語られて、最後の質問へと進んでいき、そこで集約される結末。クイズに参加した本当の理由。コイントスで人生を決めてきたかのようなラムの、真の心。ひどい生活の中に身をおきながらも、決して堕ちた人間とならず、また自分の意志を選択してきたラムに拍手したいです。。ただラムはほんのちょっぴりの“幸運”をお願いしたかっただけなのです。さて、インドと言うとカースト制と言う身分制度が有名ですが、この小説の中で語られることはありません。もちろん背景にそれがあることは想像できますが、ラムが見聞きした貧富の差はもっぱら経済的な成功者と、それを望めない者、と言う理由です。この小説がインドの問題を描きながら、同時にインドと言う国に限らず、経済格差がひどくなれば、それらの問題はどこの国にでも起こりえることだと思わせました。大変読みやすい文章です。そしてラムが女の子にときめいたり、本当の恋をしたり、また友達と夢を語るシーンなども入っています。悲惨なだけの物語ではないところが好きです。子供にも読んで欲しい本だと思いました。