3.11 2015
母の3回目の月命日がすぎ 百か日がすぎ今年に入って なんとなく日常が戻ってきた。手続きやら実際の行事やらで母の死を否応なくぐいぐいと押し付けられるそんな山場が過ぎて 母は普通に福島で生活している電話が無いだけ メールが来ないだけ 錯覚してもおかしくないようなそんな感覚の日々。思い出したように 余震が続いたけれど震源地は?と飛び起きなくなった。テレビにもかじりつかなくなった。ぼんやりしてる自分に驚いた。母を一人にさせてることから解放されたってことだけは実感した自分。震災後 ずっと福島で過ごしてきた 3.11をどうするか一人ではあの家で過ごせないし 夫は海外だし 猫も困るしでなんなく東京残留は決まった。4年の月日 は歳月といっていい長さになって いろんなことが変わった。振り返っても思い出せないことも出てくる。何にも変わってないこともある。ちょっとHi!だった今日の自分。今年も福島のあの家で過ごしたかった。切に。