中小航空機とLCCがけん引する最高峰のものづくり 次世代小型ジェット
格安航空会社(LCC)の成功と、中小型航空機の需要増が新しい「空の旅」を実現しようとしている。将来は120席ほどの小型ジェット機で、格安に太平洋を横断することが可能になるかもしれない。航空機の開発・製造では、高度な材料技術や加工技術、性能と安全性を兼ね備えたシステム技術など、最高峰のものづくり技術が求められる。部品点数が多いことから産業全体に与える波及効果も大きい。業界構造の変化を機に、日本では国産旅客機への挑戦が本格化している。市場を起点にしたロードマップを体系的にまとめた技術予測レポート「テクノロジー・ロードマップ 2014-2023」の著者の一人で、航空業界の動向に詳しい日本大学 生産工学部 講師の杉沼浩司氏は、LCCのニーズをとらえた中小型機が航空機技術のけん引役になっていくとみる。航空業界は、LCCの勃興と成功で転機を迎えている。この動きは、航空機の開発で求められる技術の大きな変曲点になりそうだ。比較的近い距離の路線では、座席数が100席以下の「リージョナルジェット」をはじめとする中小型旅客機が主役になっていく。搭乗できる人数は少ないながらも、乗り換えなしで安価にさまざまな目的地に直行できる、新しい「空の旅」を楽しむ時代が本格的に幕を開けることになるだろう。従来の航空業界では、いくつかのハブ空港に航空便を集め、そこから各地の空港に路線網を広げる「ハブ&スポークシステム」による運用が主流だった。航空機材や人材などのリソースをハブ空港に集めることで、運用効率を高めやすくなるからである。ただ、ハブ空港での経由を前提にしたこのシステムは目的地によっては乗り替えが煩雑となり、乗客の利便性は低下する。そこに目を付けて直行便がなかった都市間を結ぶ路線に力を入れ、格安チケットで急成長したのがLCCだ。乗り替えなしに目的地に直行する便を就航するには、運航コストが低い機体が望ましい。これに加え、競争が激しいLCCは、機体を極力、満席にして効率よく運航する必要がある。中小型旅客機は、この条件を満たす格好の手段として注目されている。特に日本では、機体は小型の方が有利である。LCCが就航する地方では、人口や産業の規模が小さいからだ。現在、リージョナルジェットでは、カナダのBombardier AerospaceとブラジルのEmbraerが市場を先導している。ターボプロップエンジンを採用したプロペラ機では、これらの2社に加えてフランスAirbus Group(旧EADS)の子会社ATR、スウェーデンのSAABが目立っていた。しかし、ジェット機に対するターボプロップ機の優位性が薄れた結果、ATRはリージョナルジェット機の開発を計画中と報道され、SAABは旅客機市場から撤退している。このリージョナルジェット市場への参入を目指す日本メーカーが、三菱航空機である。70~90席のリージョナルジェット「MRJ(Mitsubishi Regional Jet)」の開発を進めており、2017年の初号機納入を目指している。同じクラスの機体では、Bombardierの「CRJ NextGenシリーズ」や、Embraerの「E-JETS E2シリーズ」と競合しそうだ。1500機以上の受注を目指す三菱航空機は、ライバル企業と激しい受注合戦を繰り広げることになる。米Boeingが2013年6月に発表した航空機の需要予測によれば、2032年までの航空機の総需要(新造機)は3万5280機になる見込みだ。同社は総需要の7割に当たる2万4670機が単通路型の狭胴機(90~230席)と見ている。この分野では、同社の「B737シリーズ」とAirbus Groupが開発する「Airbus A320シリーズ(320neo)」が市場を分け合うことになりそうだ。ここにBombardierの「Cシリーズ」が一定数食い込むだろう。Boeingは、2032年までのリージョナルジェットの需要が総需要の5.7%に当たる2020機と予測している。中小型航空機の需要が増えるという予測の背景には、LCCを中心に航空業界の機材への着目点が変化していることがある。国際線の運航を主体とする大手航空会社では、路線ごとに顧客モデルを組み、それに合った機体を発注することが一般的だった。これに対してLCCは、運航効率の高さと整備のしやすさを特に重視する。加えて、同一タイプの機体を大量発注する傾向もある。航空会社が旅客機を選択する際に最も重要視する性能は、いずれのカテゴリーでも燃費だ。航空会社の運航コストで最も比率が高い項目は燃油費だからである。燃油費は過去10年で倍増しており、現在は狭胴機の場合で運航コストの30%、広胴機で同じく50%を占める。このため、航空機メーカー各社は、低燃費の実現に力を入れている。低燃費を前面に押し出した航空機の代表例は、Boeingの「B787」やAirbusの「A350XWB」だ。リージョナルジェットでは、三菱航空機がMRJの発表時に20%の燃費改善を打ち出していた。燃費以外の航空会社の大きな関心は、輸送量にある。広胴型の中型機ではエコノミークラスの座席配置が横9席になるか、10席になるかで輸送量が大きく異なる。リージョナルジェットでは、空港での整備や貨物室へのアクセス性が高いことなど、滞留時間を短縮し飛行に回せる時間を増やす工夫が強く求められる。このほか、搭乗ブリッジがない、もしくは使えない空港でも乗降可能なタラップを内蔵するといった要求もある。種々の要求にどこまで対応できるかということにも、航空機メーカーの技量が求められる。燃費に最も大きな影響を与えるのはエンジンである。最も注目を集めているエンジン技術は「GTF(geared turbofan engine)」である。多くの空気を取り込むことができ、燃費を大幅に改善するとの見方が強い。これまで小型ジェットエンジンでの採用例はあったが、直径1.4m以上の大型エンジンでも技術開発が進んでいる。利用開始は2014年ころからと見られる。米Pratt & Whitney(P&W)の「PW1000Gシリーズ」が代表例だ。GTF技術は、次世代のリージョナルジェット機では標準採用となる可能性が高い。三菱航空機がMRJに採用するエンジンは、同技術を用いたP&Wの「PW1200G」である。当初は、これがPW1000Gシリーズでは最初の実用例になるとされていた。しかし、MRJの開発遅延のため、最初の採用はAirbusのA320neoが搭載する「PW1100G-JM」やBombardierのCシリーズが搭載する「PW1500G」になる見込みだ。MRJと競合するEmbraerのE-Jets E2も、P&WのGTFエンジン「PW1700G」を採用した。エンジン単体での燃費改善は、12~15%と言われている。全く異なるエンジン技術も検討されている。英Rolls-Royceと川崎重工業はプロペラ状のファンを持った「オープンローター」技術の研究を進めている。エンジン単体で20%以上の燃費向上が期待できるという。米General Electric(GE)も、この技術をNASA(米航空宇宙局)と共同で研究中である。オープンローター技術は「超高バイパス(ultra high bypass)」もしくは「ATP(advanced turbo prop)」とも呼ばれ、1980年代に研究が盛んだった。しかし、当時は騒音を抑制できなかったこと、航空会社の燃費への要求が低かったこともあって発展しなかった。新世代のオープンローターエンジンでは、燃費を30%改善できるとの報道もある。これが実現すれば、120席級の小型機で太平洋を横断することが夢ではなくなる。これまで、LCCは短距離航路での運航に限られていたが、いずれは長距離LCCが本格的に登場することになるだろう。LCCビジネスのあり方はもちろんこと、大手航空会社とのビジネスのすみ分けが大きく変化する要因になりそうだ。燃費を決める大きな要因は、エンジン技術のほかにもある。空力設計と機体の軽量化だ。空力設計は、コンピューターによるシミュレーション技術が進化した現在でもなお誤差を含む。このため、実機では設計上の燃費を達成できない事例が生じている。機体軽量化の実現手法では複合材料の採用が一般的で、炭素繊維強化樹脂が多用されている。ただし、MRJでは当初、炭素繊維強化樹脂を大量に導入する予定だったが、計画よりも少ない使用量で計画通りの燃費を達成できるとしている。航空機では高価な材料を多用する傾向がある中で、この判断は注目に値する。今後、航空機の増加や、民間用の無人航空機(UAV)の登場などで航空交通の安全確保はこれまで以上に厳重に求められるようになる。輸送量の増大に対応できる新たな管制方式や、操縦の省力化、パイロット免許の制度改善などが必要となる。そのためには、航空機のみならず、運用を含めたシステム的なアプローチが重要となる。(日本経済新聞より)------------------------------非常に興味深い記事。航空機いかに経済性や効率性が重視される乗り物なのかがよく分かる。そうした部分を集約したのがLCCであり、LCCの普及が開発競争を左右するファクターになっている。それまでのハブ空港での乗り継ぎありきだったネットワークからローカル都市を結ぶ直行便へとシフトすることで、航空機は他の公共交通に対しても脅威になっている。国内線にとっては特に顕著で、さらに経済性が高まることで重要と供給のバランスがとれるようになれば、国鉄分割民営化以降交通の利便性で不利な状況にあった地方都市が巻き返すための切り札にもなり得る。また、今後LCCの長距離化が進めば、ハブ空港を介さない形で海外のローカル都市との関係が促進されることで、地方都市にとって新たなチャンスを生み出す可能性もあある。LCCを前提とした航空技術の進化は経済的にも新しいステージを生みだすことになるのだろうか。少なくともグローバリズムが地方にまで行きわたることになることは間違いなさそうだ。