闇にうごめく影
心配された「猛烈な台風」の接近もなく,文字通り爽やかな秋晴れの日が続く。日が短くなってとっぷりと暮れた帰宅時,すっかり舗装された歩道の上に,街路樹のためにわずかに顔を覗かせている地面には,いろいろな草が生い茂り,その中からは集く虫の音が,か細いながらもしっかりと耳に届く。そんな如何にも秋の夜長らしい雰囲気に浸っていると,バス停脇の草むらが突然ガサゴソと何やら大きな生き物の気配に激しく揺れ動く。さすがにギョッとして後ずさりながら見ると,這い蹲るように屈み込み,手のひらでそうっと地面を探っている高齢の男性が姿を現した。作業服姿の彼の,ゴム手袋で武装された左手には,近所のコンビニのレジ袋が握られている。そこで初めて彼の目的に気づく。そう,もちろんギンナンである。大型車両も多く行き交う4車線の道路脇に並ぶ街路樹は,確かに東京都の木,イチョウである。その根元に転がる,わずかに薄茶色を帯びた小さな鈴のような丸い実は,人や車に踏みつぶされて独特のにおいを発して,その存在を知らせていることに私も気づいていなかった訳ではないし,早朝には実際に拾っている人の姿を見ることも多い。が,時間が変わるとこんなにも不気味な所業になるものかと,そのことに少なからず驚かされた。