悲しき音色
「ご近所運動公園」には、散歩やジョギング以外にも、実にいろんな人がさまざまな目的で訪れる。公園ってのは、そもそもそういう場所なんだろうと思うんだけど、ちょっと注意深く見てみると、そのバリエーションは実に多種多様なのだ。草野球とかバーベキュー、ピクニック、スケートボードなんてのは、まあ通常の利用者、って感じですけど、あとは音楽ですネ。とりわけ珍しい楽器を練習している人というのが目を引く。ある50代前半ぐらいの男性は早朝、公園の屋根つきベンチにやってきてはバグパイプの練習をしている。結構よく見かけるので、ああまたこの人だ、という感じなのである。なかなかいい演奏なのだが、なぜか悲しい音にも聞こえる。バグパイプって、「キャンディ・キャンディ」のアンソニーを思い出す(少女マンガだけど何故か周りの人たち皆見てたなー)んだけど、見るからに複雑な構造だし値段も高そうだし、注文してから手に入るまですげー時間かかりそうだし手入れも大変そうだから、持ってる人なんて日本でもごくわずかだろうなあ、と小市民的な目で見てしまう。だからこの男性もまた、このバグパイプによって人生を大きく左右されてしまったのかもしれない。バグパイプはいわば、オノレのサラリーマン人生の縮図なのかもしれない。それほどのものかどうかは、彼に話を聞いたわけじゃないからまったく知らないけど。というわけで、よく知らないけど以下勝手な想像(笑)。彼は、職場では経理畑の中間管理職なのだが、このところストレスで夜もあまり眠れず、仕事にもいまひとつ精細を欠いているところを会社からも指摘されていた。そんなある日、部長から、「何か君だけの、『これだけは負けない』という趣味を見つけて取り組んでみたらいい気分転換になって仕事にも張り合いが出てくるんじゃないか?」というアドバイスを受け、自分なりに考えてはみたたものの、なかなかそういうものが見つからなかった。そんなある日ふと、TVドラマのBGMに使われていたバグパイプの音色に耳を奪われ、「そうだバグパイプだ!」と思い立って入手経路を入念に調べ、次のボーナス時に、新しい車を欲しがっていた奥さんの猛反対を押し切って、思い切って購入したのだ。待望の楽器も手に入り、さっそく練習しようと思ったのだが、教本がなければ教えてくれそうな人もまったく心当たりがない。会社のインターネットで昼休みに調べてみたところ、山梨県のナントカ町という町の山小屋に住む、某さんという73歳の男性の名前にヒットし、連絡先を突きとめて電話で話したところ、相手はなかなかのヘンクツ爺いで、自分の家に3ヶ月ほど逗留して、寝食の面倒を見てくれるならば教えてやってもいい、という難儀な条件を提示してくるのだった。悩みに悩んだ挙句、妻にそのことを打ち明けたのだが、当初から念願のマイカー購入が叶わなかったばかりか、それに加え、進学を目前に控えた長男をほったらかしにしてバグパイプを習おうかどうかで悩んでいる彼に、奥さんは激しく逆上し、「家族とバグパイプとどっちが大事なのよ!?」と叫ぶや、翌日から長男を連れて都内の実家へ帰ってしまったのだ。一人残された彼は、それでも何かにとり憑かれたかのように、長年真面目に勤めてきた会社から「リフレッシュ長期休暇」をもらって山梨へと向かい、3ヶ月の「修行」を経て戻ってきたのだが、ここで初めて、大切なものをまとめて失ってしまったことに気づいたのだ。食卓には、妻が自分の記入欄だけ記入して置いていった離婚届が、そのまま置かれている。アドバイスをくれた部長を恨んでも仕方ないことである。彼はむしろサバサバして、復帰した仕事にも精力的に取り組むようになったのだが、ある日、心の中にポッカリと開いた穴に気づく。気づいたけどもうそれは遅すぎた。心に開いた穴を埋めようと、あるいは忘れようと、彼は今日もバグパイプを吹く。だから彼のバグパイプは悲しい音色を奏でる。・・・って、何もそこまで想像する必要はないんだけど、まあいつもの癖なのだ。実際はバグパイプの同好会ぐらい、もっと近場のあちこちにあるんだろうけど、話をドラマチックにするため、わざわざ敷居を高くしちゃってみただけなのねん。