オーパーツ
人生には、時にはとても不思議なことが起こるもので、今日も僕は「嘘みたい」と思うことが起こった。 先日、福岡・佐賀地区を襲った地震で、父が住んでいる実家の方も、2階の書斎や倉庫の棚から、色々なものが落ちてきたと聞いていたものだから、父は以前から腰を痛めていることもあって、今日、僕が片付けることにしていた。 書斎は作り付けられている棚から、本類が大量に床に落ちただけであったが、倉庫の方は置いあった棚そのものが倒れて足の踏み場もない状況だった。 仕様がないので、少しずつ手前の方から片付け始めた訳だけど、その途中で、なんと全て燃やしてしまった筈の、若い頃に自作した詩を書き記したノートを発見したのだ。 僕は小説だけではなく詩の方も、原稿用紙に書いていたので、もうこの世には、全て存在していないと思っていたから本当に驚いた。 そのノートは、自作の詩を推敲した時に、後で手直しした部分が分かるように、原文に赤鉛筆で修正箇所を記したものだった。 おまけに、その詩の作成年月日まで書き込まれていた。 若い頃は、結構、こまめだったと妙に感心してしまったが、すっかりそんなことは忘れていて、思わず片付けの手を休めて読み耽ってしまった。 30年の時が過ぎて、その頃の感情が戻ってきて、読み終わる頃には涙がこぼれていた。 涙を流したのは一体いつの頃以来だろう? 僕は小説の方は。油汗をかきながら、断末魔のような呻き声も発しながら、時間をかけてしか書けないのだが、詩の方は、2~3時間で書きあがる「即興詩人」なのだ。だた書けない時は、一行たりとも書けないのだが。 従って、詩を推敲する発想がなっかたから、自分でも驚いたのだが、そのノートは推敲時までに書き上げた100編ほどのうち、推敲を要する28編について書き写していた。 従って、1975年と1976年の作品は含まれていないので、病床の彼女に向けて綴った詩なども、そのなかには入っていなかった。 実は、僕は若い頃、最愛の恋人を、血液の癌でなくした経験があって、彼女が亡くなった時に僕がそれまで4年間ほどで書き記した全ての作品を、彼女の棺と一緒に灰にしたのだ。 僕の所有物のなかで、それしか彼女にあげれるものがなかったから。 たしか、灰にしたのが、小説で1500枚程度、詩が150編くらいだったろうか。 それからというものは、もう何も書けなくなったというか、書きたいと思わなくなってしまって長い時間が過ぎてしまいました。 そして、最近になって、ふとしたことから書きはじめた途端に、もう灰にした筈の詩が出てきたので、そのタイミングの良さと、地震がそのきっかけになったことから、自分でもセンチメンタルなオカルトだとは分かっていても、これは天国の彼女からのプレゼントだと解釈することにしました。 そして、たまたま出てきた28編で、詩集として選定したわけではないけど、この詩をnetで少しでも多くの方に読んでもらえたら、彼女に対する供養にもなると思って、「オンライン詩集」として纏めることにしました。 今日は2編しかUPできませんでしたが、2~3日中に全編をUPするつもりです。 そして、詩集のタイトルを「オーパーツ」としました。 オーパーツというのは、ご存知のとおり、「場違いな工芸品」と訳され、それが製作された時代にあるはずがないほどの、高度な知識や技術が施された工芸品や遺跡のことをいいますが、この詩集では、その本来の意味ではなく、天から授けられた彼女の「形見」という意味で「オーパーツ」という言葉を使用しました。 彼女にその思いはきっと届くと思っています。 ↑「詩集 オーパーツです! 読んでやってください」