友人の訃報を受けて感じること。
高校時代の友人 「I.T」が昨年8月亡くなっていたことがわかった。胃がんで、全摘の手術を、3年ほど前に受けたという話は本人から、電話で聞いていた。昨年、僕の上京の際に、「I.T」にケータイをしてもつながらなかった。会いたいと思って何回かは電話していたのだ。「?」とおもいながら、一方で、再入院などしていないだろうかとふと心配の気持を持っていた。高校時代は水球の選手で、胸板が厚くワイシャツの首であわせると胸のボタンが留まらないという奴だった。精密機械の「Y」という会社に就職した。これからシステム制御は伸びると思うと1970年時点で言って当時あまり僕らは関心を持たなかったメーカーへ入ったのだ。その後人事部長、取締役になって、順調なサラリーマン人生だったとおもう。年賀状をいつものように出していたのだそれを見た、ご長男から、「父は昨年8月に亡くなりました。61歳でした。」というハガキが来て、わかった。すぐ、当時同じクラスで、ずっと2,3年に一度は3人で会っていた、友人の「O.S」に連絡した。今週から来週にかけて上京するので、会わないか、そして、「I.T」のお参りをしたいなと話し合った。その「I.T」は、結婚早かったが、先に奥さんを亡くし、男の子兄弟が二人は当時、まだハイティーンだった。男手ひとつで、その後父子の家庭を営んでいた。3人で会うたびに、オレ再婚したいよお、と笑っていた。ご一家の皆さんにわれわれは会うことはなく、「I.T」が話す内容から自由にのびのび育て、明るい一家のようだ感じていた。今、息子が女の子を連れてきていて一緒に家に住んでいるんだよ、結婚もすぐだ。などといっていた。お参りができるものか差出人にあるご長男に電話をしてみた。今週上京するので、お参りできるかたずねたところ、家に位牌と祭壇はなく、実家だが、誰もいま住んでいないままで、原宿のお寺にもうお骨はおさめられておりそこへ参っていただけたらと思う、とのことだった。おいくつになられたの?とたずねると34歳ですとのことだった。昨年、もう1人中学時代の友人「T.E」を亡くした。このときは、たまたま東京でセミナーを開始し、僕は在京時だったので夜、お通夜へ駆けつけることが出来た。2,3年に一回くらい、数人で集う仲間だったが、「T.E」とはこのところじっくり話す時間を持っていなかったW大時代に合気道に没頭し、それをやるために警視庁に入ろうという奴だった。当時のわれわれの仲間が、全共闘側にいて、機動隊でいったら、向こうから火炎瓶が投げられて驚いたなどという話があった。SPになって活躍し、その後転職していた。話したいことが残っていた。昨年は、高校と中学の友人、二人を亡くしてしまった。高校時代の友人「I.T」とも、話たいことが、まだまだあったのだ。僕は、コミュニケーションの基本は二人で話すことが基本だとおもう。いくら仲が、それぞれによい相手でも3人で会うとなると、微妙に話題や、話の発展が違ってしまう気がするのだ。もう1人への配慮やバランスを考えて、言わない、言えないままで過ぎてしまう時間がある。それは、タイミングを逃すともう戻ってこない。コミュニケーションを考えるとき、もし本音でする話は、やはり、絶対に二人っきりでの環境が必要だと思っている。今年、何回かは上京の機会がある。なるべく旧友たちに連絡して、時間ある?とどんどん言って、会う機会を作りたいと、改めて思う今回の訃報連絡だった。来週、もう1人の友人「O.S」と二人で「I.T」の墓前を訪ねたいと思う。