煙に巻かれる
そして、当日がやってきた。「きゃりおきぃ~デー」だ。2時の予約だから、11時に愛車「ちゃと号」で出かければ、余裕でロンドンの中心に着くし、車を止めるところを探した後は、前に心を惹かれながらも食べるのを断念したさしみラーメンを食してから現場へ急行しようという予定だった。11時ちょっと過ぎ。この週末ははちょっと夏が逆戻りで、今日も最高気温は28度とのこと。かつて、テレビの「サインはV」で立木大和の面々が来ていたユニフォームのような形のTシャツを引っ張り出して着込み、この間、日本で買った2980円のグレーのパーカーを着て車に乗る。当然こうなればHall & Oatesを聴いて「歌いたい気持ち」を昂揚させながら行くべきだ。天気もいいし、久しぶりのドライブ気分でロンドンの中心に向かって20分ほど走った時だった。Oh, SH●---T!たぶん、英語で思わずそう口走ってしまった気がする・・・お下品。メガネ忘れたっ・・・前からしつこいくらい繰り返しているが、私は日常生活は裸眼だが、空港に人を迎えに行く時と、会社での会議の時と、カラオケの時のこの3つのポイントではメガネが不可欠なのだ。しかし、そこから家に戻るには少々遠く、全体の走る距離で言えば3/7はすでに来てしまっている。「このアホちゃとめ」と心の中で自分で悪態をつくしかなかったが、ダンナは「今からだったら、まだ間に合うから戻ろうよ」とあっさり言う。必要な時にメガネがないことの苛立ちがわかるからと言って、ダンナは車をUターンさせて、家に向かって走ってくれた。家に戻ってメガネをつかみ、また車に乗って再度ロンドンに乗り込もうとして、10分ほど走った時だ。クサっ!イヤな臭いが車に流れ込んできたと思った瞬間、私が座っている助手席の真ん前のボンネットのすきまから煙がもうもうと立ち上ってきたのだ。路肩を歩いていた人も指を差している。まずいと思った我々はメインの道路から、細い横道に左折し、車を止める。ダンナがボンネットを開けると、煙がもわーっ。怖がりの私は「爆発する?爆発する?」と聞くが、ダンナは「しないと思うけど」と言いながら、煙が出る部分に顔を近づける。冷却液を入れた丸いタンクがなぜか空になっているようで、そのためにヒートアップして煙が出てきたようだ。しかし、そこから家までは普通に走って10分はかかるし、そこまで車が持つかどうかはわからない。かと言って、そこからもしもロードアシスタンスを呼んだとしても、きっと1時間やそこらは軽く待たされるに決まっている。焦りながらもなんとか家に辿り着いて、車を早く休ませないと、カラオケどころではない。ともかくそろそろと走り出したところで、ガソリンスタンドがあった。車の中に置いておいたマニュアルを初めて熟読したら、冷却液は専用のものを使わないといけないようだが、手に入らない場合は水でもいいらしい。しばらく車の温度を下げるために待った後でタンクを開け、水を補給する。「これで大丈夫なん?家までくらいは行けそう?」と車の知識は何もない私が聞く。それまで、ある程度の時間で冷却液が全部漏れてしまい、今、水を補給したところなのだから大丈夫だろうと思ったのだが、ダンナは「わからないよ」と心配なことを言う。結局、10分くらいの道のりなのに、途中で休憩してエンジンを休め、20分以上かけて家のある道を曲がった時にまたボンネットから煙が上がったかと思うと、今度はきゅるきゅるという音までついてきた。フラットの敷地に着いて車を置く。ダンナが「今の音だけど、これはきっとファンベルトが切れて、冷却液のタンクが壊れたんだと思う」と言う。とりあえず修理に来てもらうしかないが、今日は日曜でいつもの業者も休んでいて、車はしばらくお預けだ。メガネを取りに帰るなんてバカみたいと最初は思っていたが、そのハプニングのおかげで、家に比較的近いところでの車のトラブルだったからマシだったと思うしかない。あれがロンドンのど真ん中近くなって勃発していたらと思うと・・・本当に何が幸いするかわからないものだ。あらためて出直して、国鉄の駅に向かう。ずいぶん余分な時間を食ってしまったもので、お目当てのさしみラーメンには不戦敗。かろうじてマクドでフィレ・オ・フィッシュにありつけただけだ。出だしでつまずくと、なんとなく調子が上がらない上に、ここしばらくはあまり声を出していないツケが来て、カラオケ自体はあんなに楽しみにしていたわりには、歌っていてもあんまりいつものように自分の中で何かが沸騰するという感じではなかった。やっぱり、ダンナ以外の人がいると、いくら親しくても知らない間に気を遣ってしまっていたかも知れない。こうなれば、とりあえず車を直し、来月に再度リターンマッチだ。その時にはカラオケとともにさしみラーメンも首洗って待っとけよ、なのだ。