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人間仁科のブログ・八重山見聞録外伝

[nobel] カテゴリの記事

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GO GO 八重山　【ウミンチュ・パート】1

島へなんか来るんじゃなかった。嗚呼、阿呆か俺は。それが最初に親方の家に連れて行かれて最初に思ったことだけれど、後悔が先に立つならば世の中の誰も苦労はしないし、後悔から学ぶべきものが幾多とあるのは人類の歴史を振り返ればわかるのか否かもよくわからないが、とにかく俺は開き直るより他に術がなかった。だってポケットの中には20円しか入ってないのだから逃げようもない。此処は島なのだ。離島だ。どこでもいいから隣の島まで逃げようにも数キロメートルは隔てられている。遠泳よろしく島から島へと波掻き分けて泳ぐなんざ俺には叶わぬ芸当であるし、船で逃げるには船賃が掛かるとなれば、当世、20円なんかじゃ親戚のおじさんに肩車すらしてもらえないである。否々、親戚のおじさんは肩車に乗車賃など求めぬだろうが、此処は八重山、泣く子も黙る日本列島の南の果てなのだから親戚のおじさんなど影も形も見えないじゃないか。ちくしょう。どうしてくれる。責任者出てこいよ。なんで俺がこんなところまで来なくちゃいけないんだ。一体全体どういう流れなんだよ。自分のことを親方と呼べなんぞと俺にぬかす島のオヤジはどう見てもヤバイ奴じゃねぇか。こいつが寝泊りしろとぬかす小屋はどう見ても倉庫か物置だ。いやいや、この相当の悪臭からして家畜でも飼っていやがったのかも知れない。ま、物置でも家畜小屋でもまだしも片付いているなら話もわかるが、どの角度から見ようとも、100歩は譲ろうとも、これまでの人生で他人にしたとのないくらいのbiggestな譲歩をしようともゴミとしか断じられぬ正体不明・用途不肖の物品の断片破片が堆(うずたか)くも散乱放置されていて寝床はおろか立つ場所すらない有様である。よく見りゃ鳥の羽なんかも宙を舞っていて俺はここが鶏小屋だったことを確信し、親方に尋ねてみたのである。「ここ、ブロイラー飼っていたでしょ。ね。そうですよね」親方は無言の上にこちらを振り返ろうともしないから俺は激しかける。ちくしょうめっ。まったくツイてないったらありゃしない。まじで鶏小屋で寝泊りかよ。いくら丁稚まがいとは言え21世紀の世の中に、それも日本国の領土内において鶏小屋に寝泊りしなけりゃならない境遇にあるのは田舎暮らしのうえに親から虐待受けてる子供か俺ぐらいのものだろう。まったくもって不遇である。南の島々の貧乏神も悪鬼悪霊も全部この身に引き受けてしまったかの如き苛烈なまでの落胆が去来し、俺は今にも崩れ落ちんばかりの態となる。

2009.04.29

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狂った腹　～トウキビは全てを覆い隠す～

あれは三十年も前のことです。私は中学一年生でした。秋、弟が通ってる小学校の運動会が開催されました。無論、その年の春まで私が通っていた母校でもあります。私の家と母校は直線距離にして１００ｍほどしか離れてないのですが間にはトウキビ畑があり、私も弟も通学路は畑の周囲にある道を通ってコの字に行かねばなりませんでした。畑に入ると、いつもお百姓さんからどやしつけられるのです。「こらぁ！くそがきども！畑に入るんじゃない！ぶっ殺すよ」みたいにして。運動会当日は快晴でした。雲ひとつないすがすがしいまでの秋空です。まさに運動会日和。北海道の秋にしては珍しく少々汗ばむほどです。弟の応援には祖父と祖母もかけつけ、父上と母上。それに私を合わせた五名で声をかぎりに精一杯応援したのです。ま、もっぱら私は遊んでおりました。春まで同級生だった連中の多くも弟や妹がいるので、小学校のグランドは友達だらけだからです。ましてや、祖父と祖母が傍にいるとなれば懐具合も万全です。食べたいものを食べたいだけ食べ、飲みたい物を飲みたいだけ飲めるのです。午前中だけでコーラファンタスプライトラムネ類を計五本にアイスクリームを三個、それにソフトクリームも一ついきました。そして昼食タイム。祖父祖母がいるので当然豪華版です。ちらし寿司から唐揚からソーセージからチーズ包揚げ、タマゴサラダ、海老フライと小中学生垂涎の的みたいな料理がござの上に食い切れないほどに並んでいます。すでに食べ盛りであった私は死ぬほど食べました。米の量にしておそらく三合。唐揚一キロ分、チーズ包み揚げとソーセージとエビフライを各五本。タマゴサラダの量は不明ですが、ともかく動けなくなるまで食べたのは確かです。やがて午後の部が始まって辺りで旧クラスメートらが騒ぎ出すと動けなかった筈の私はやおら起き上がり、祖母から又も小遣いをせしめて友の群れへと合流し、そこで、また冷え切ったコーラやサイダーをがぶ飲みしたのです。それから三十年の歳月が経った今思えば、まさに狂った腹としか言いようがないのですが、それはさておき、運動会午後の部も半ばとなりグランドが最後の盛り上がりをみせ始めた最中、私の腹はごろごろと鳴り出したのです。『やべぇな』と私は思いました。あきらかに下していたからです。中学一年生の私に学校で大便をする勇気はまだありませんでした。よそじゃどうか知りませんが、私が通っていた小学校も中学校も、学校で大便などした日には、もう学校中の生徒から後指をさされウンコマン呼ばわりされることとなるのです。卒業するまでのあいだ間違いなくその蔑称は付いて回ります。どうしてもそれだけは避けなければなりませんでした。だが、下痢なのです。焦らないわけがありませんでした。一瞬脳裏に自宅へ戻るという選択肢が浮かぶのですが、私はそれを打ち消しました。だって今帰ったりしたらウンコをしに帰ると言ってる様なものだからです。だが下痢です。五分と経たぬうちに私の両足は震え始めました。やばい。まじ、やばい。そう思った私は、遊んでいた友の群れから足音も立てずにそうっと外れ、小学校の便所へと向いました。今なら皆グランド方面に注目してるから便所の警備は手薄になっている筈だから誰にも大便を悟られまいと読んだからです。だが、便所へ着いて愕然としました。男子便所と女子便所の間の壁にもたれかかって旧クラスメートの女子２名がお喋りに興じているではありませんか。それも強力な女子です。口から生まれたという比喩は彼女らの為にあるとでも言うべき口達者なやかましい女子２名なのです。私は何食わぬふうを装って彼女らに挨拶しました。「よ、グランドで綱引き始まってるよ。行かないの」と。でも彼女らは愛想笑いを返すだけでした。そうです。彼女らにとって運動会など端っからどうだっていいのです。ただ喋るために彼女らは生きているそんな生き物なのです。ガッデム！サノバビッチ！まさにそんな感じのセリフを私は日本語で吐きました。勿論、女子二名に面と向ってではなく、男子便所の壁に向って。もしこのまま大便に及べば所用時間や臭いなどから私が大便をしたのはすぐに彼女らの知るところとなり、口から生まれた彼女らは即刻グランドへとひた走り、ウンコマン事件として同級生らに噂して回るに決まっているのです。だから私は震える足で小便器の前に立ち尽くすだけで、小便ひとつ出来ぬまま三十秒で便所から出たのです。壁にもたれかかった女子二名に別れを告げ、校舎の外へと出た私はいよいよ追い込まれたのです。脊髄に震えが走り、意識が遠のいていきます。やがて喋ることも困難になり、このまま校門前で力尽きるのではないかと絶望しかけたその時でした。道の向こうから宮田君が婦人用自転車で走ってくるではありませんか。私には宮田君が神の使いにしか見えなかったのは言うまでもありません。宮田君も又、旧クラスメートです。宮田君がこちらへ近づいてくる間、幸いにも排泄衝動の波が少し引いて喋る程度のことは可能となっていました。私は宮田君を逃しませんでした。「あ！み、み、宮、宮田君、いいところへ来てくれたね。ちょっと自宅へ忘れ物を取りに行きたいのだが、きみのその自転車を少しの間ぼくに貸してはくれまいか。快諾してくれるならお礼は後ほど充分にさせてもらうよ」宮田君はとても信に厚い人なので勿論快諾してくれました。私は謝辞もそこそこ婦人用自転車へゆっくりとまたがり、のろのろと走り出しました。下腹部に余計な衝撃を与えぬよう慎重に走らねばならなかったのです。凸凹なんてもってのほかです。凸で突き上げられて気を失いそうになり、凹に落ちた次の瞬間私は間違いなく力尽き果てるであろうからです。家までは畑を迂回してコの字に１００ｍ、また１００ｍ、もう１００ｍと行けばいいだけなので、普段なら三分と掛からずに走行できる距離でしたが、直腸付近に爆弾を抱えゆっくりとしかペダルを漕げない身にはとても長く感じられるのでした。気分はまるで苦行僧です。計ったわけではありませんが、おそらく時速にして７～８キロというフラつかないで済むぎりぎりの速度で私は走っていたことでしょう。まったくむごいことです。そうして一本目の直線１００ｍをなんとか走り切り最初の角を曲がろうとした時に過去最大の衝撃波が下腹部を襲ったのです。「はうっ！」そんな意味のない声が思わず口を突いて出ましたし、臀部が少しばかりサドルから浮きました。腹部のみに留まらずハンドルを握る手さえが震えました。いいえ。震えというよりは最早それは痙攣に近く、私はそれ以上婦人用自転車を漕ぐこともままならず、宮田君の自転車を路上へ投げ出し、一つ目の曲がり角にある見知らぬ他人様のお宅へとよろけながら侵入したのです。私は震える手でドアを叩きました。「すい、すいません。べ、べ、便所をお借りしたいの…ですがあ」呼び鈴も鳴らしました。何度も何度も鳴らしました。でも誰も出てきません。私はよろける足でそのお宅の庭へ回りこみベランダの窓へ顔を貼り付けてもう一度、蚊のなくような声で叫びました。「すい、すいません。べ、べ、便所をお借りしたいの…ですがあ」蚊の鳴くような叫び声とは矛盾しているように思われる方も読者の中にはいるかと存じますが、心情的には叫べども声量が気持ちに伴わないだけだとご理解ください。でも室内に人の気配はなく、家人不在であることが苦境の私にも知れました。そうです。見知らぬ他人様から便所をお借りする希望は絶たれたのです。私は絶望しかけました。嗚呼、私はここで力尽き、他人様の家の軒先で脱糞の憂き目にあうのだろうか。なんて恥さらしなんだ。これまで１３年間がんばって生きてきたのに。どうして僕だけが…しかし運はまだ私を見捨ててはいませんでした。突然、波が引いて行ったのです。私はまだよろけてはいましたが、宮田君の自転車を起こし、もう一度跨りました。硬直した肛門がサドルに当たってえもいわれぬ悪寒が走りましたが、あとたったの２００ｍです。１００ｍ行って、最後の角を曲がってもう１００ｍ走れば希望の我が家なのです。私は走り出しました。やはり慎重に漕ぎ出しましたが、意外なまでに下腹部の痙攣が収まってくるではありませんか！私は確信したのです。絶対に！大丈夫だ！と。二本目の直線を抜け、最後の角を回った私の目についに自宅が映りこみました。あと９０ｍです。やった。俺は勝った。あと７０ｍ。どうだ！この野郎、思い知ったか！ガハハハハハ、ウシャシャシャシャシャシャと心の中で笑った時でした。前触れのないままに肛門括約筋が突如緩み、ドボドボと音を立てて軟らかすぎる大便が流れ落ちたのです。臀部から太腿にかけて生暖かい汁が伝います。私はもうそれ以上宮田君の自転車を漕げませんでした。惰性だけで自転車は２０ｍほどを走り、そこで止まりました。我が家まであと３０ｍのところです。私はゆっくりと自転車を降り、辺りを見回しました。近所の人は皆、運動会へ行ってるのか誰の姿もありませんでした。畑へ入るといつも私たちをどやしつける恐いお百姓さんも今はいません。私はトウキビ畑の中へと分け入りました。収穫間際のトウキビは私の背より高く、私は誰にも見られずにズボンとパンツを下ろすことが出来ました。残りなんてほとんどありませんでしたが、私はすべてを出し尽くしたのです。深くうなだれました私の頭の上を秋風が吹きすぎて遠くでキリギリスが鳴いておりました。それから専門学校を出て私が実家を出て行くまでの間、母上は私と口論をするたびにこう罵声を投げつけました。「なにさ偉そうに。ウンコもらしたくせにさ！」あれは三十年も前のことです。

2008.03.14

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オポジットワールド～実録・島の日常～その３

でも俺は島に住んでみることにした。賃貸アパートを探そうと不動産屋に相談すると、家賃格安日照良好だと太鼓判をおす物件を紹介してくれた。家賃三万五千円はいいのだが、築三十年という古さが気に入らず、俺は当該物件を保留とさせてもらい別の不動産屋も見て回った。だが島の不動産屋はどいつもこいつもバカ高い家賃のアパートしか紹介しやがらない。六万だ七万だ七万五千円だとぬかすのだ。俺は部屋探しと同時に職探しもしたのだが、島で探した職場はどこも月給十二万だの手取り十万二千円だのとにかく薄給だ。十万円の給料でどうやって家賃七万円のところに住めばよいのか。ふざけるな。とは思ったが、不動産屋にそれを訴えるでもなく、俺は飽くまで謙虚なる姿勢でもって部屋探しを遂行。で、丸一日悩んだ俺はもう一度三万五千円の保留物件を見せてもらうべく最初の不動産屋を再訪した。「どう？決めなさいよ」と不動産屋。「はい…。そうですねぇ。三万五千円ですよねぇ。どうしようかなぁ」「ん？いやいや三万六千円だね。こんな格安物件もうないから。ホントに」「え？あれ？三万五千円…ですよね。昨日、確かそう言いましたよね」「いやいや、言ってませんよ。兄さんの聞き間違いじゃないかな。ハハハハハ。三万と六千円だよ。六千円」「あれ、そう…でしたっけ。三万六千円…ですか。そうですか…」そんな釈然としない気分も手伝ってか元来が優柔不断な俺は結局その日も部屋を決められなかった。一晩寝ないで悩んだ。苦悶の末、明け方になってやっと腹が決まった。よし。借りよう。朝一で不動産屋を訪ねた。「おはようございます。昨日も見せてもらった物件ですが、俺、貸してもらうことに決めました。よろしくお願いします」「ああ、そうかい。あれは良い物件だからね。はい、じゃあ契約書を書くからね。兄さん、ちょっと椅子に腰掛けて待ってなさい」それで差し出された契約書に目を通して驚いた。家賃三万七千円と記されていたからだ。訪れるたびに家賃が上がっていくんじゃ堪らない。元来がおとなしい俺だったがこれにはさすがに抗議せずにはいられなかった。いい加減にしてくれ。昨日は三万六千円だったじゃないか。一昨日はそれより千円安かったし、いったいぜんたいどういうつもりなんだ。貸す気がないのか。それとも―――そこまで言い掛けた時、不動産屋が大き声で俺を遮った。「三万七千円で不満なら止めたらいい！な、兄さん」ちっ。逆ギレかよ。「四万円でもこの部屋を借りたいってナイチャーはいくらでも居るんだ。兄さんは汚い身なりで貧乏そうだから少しでも安く貸してやろうと思って好意で言ってやったのに。ごちゃごちゃと面倒なことを言うのならああどうぞ止めてくれ。わしは構わんから、勝手に別の不動産屋でも何処でも当たったらいいだろ。好きなだけ探したらいいさ。どこだってこんな安い物件はもうないんだからな」交渉決裂。売り手市場っちゅうのかなんちゅうのか、なんだかこっちの懐具合まで見透かして貸すの貸さないの言ってくるとは不動産屋の風上にもおけないと憤慨した俺だったが、それから数件の不動産屋を当たって感触はどこも同じで、皆、言うことは一様だった。『嫌なら止めれば。客は他にいくらでもいるから』どうもおかしい。ここに及んで俺はやっと気が付いたのである。本土での暮らしでは大抵の場合は売る側の姿勢は、買ってください。借りてください。食べて下さい。である。だがこの島では、売ってやってもいいけど。貸してやってもいいけど、どうしようかな。食べさせてやるけど作るの忘れてもごちゃごちゃ言うなよ。なのだ。つまりポジションが逆転しているわけだ。島ではカスタマーに商品を選ぶ立場は与えられず、あくまでも店主から選ばれる立場に甘んじるより他ないのである。う～ん、おそるべし島。それに気付いて独り俺は唸った。俺はどうしたらよいのか。このまま島で暮らす術を探るべきなのか。それとも住み慣れた本土へ戻るのが身の為か。それとも…長いこと唸った。日が昇り、日が沈み、赤子は少女となり、少女は女になりやがて老婆となる。それでもうんうん唸って、唸りすぎて高血圧が身を滅ぼすのではないかと予感がしたその刹那、島の神様が降りてきて俺にそうっと耳打ちしたのである。神様がなんと言ったかって？それは秘密だから言えないが、俺は今も島に住み、石垣島ラーメンって店を出している。流行ってるかって？いいや、そうでもない。ぼちぼちなんである。なんでかなぁ。　　　　　　　　　【了】

2007.12.13

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オポジットワールド～実録・島の日常～その２

昼飯時を少々回っていたので食堂は空いており、俺の腹もたいへん空いていて、俺は若干勇み気味に八重山ソバ大盛とゴーヤチャンプルとカツカレーを注文した。しかし俺の威勢とは裏腹に厨房に立つオバチャンはトリプルオーダーにちょっと引き気味な表情を見せただけで、注文を復唱するでもなく、愛想笑いを返すでもなく、ただせわしなげな風情でほんの少し頷いてみせただけだった。アゴがちょっと動いたような動かなかったような…。大丈夫かなオバチャン…オバチャンがちゃんと注文を記憶してくれたか少し心配だったのだが、心配してる暇もなく八重山ソバが運ばれきたから俺は驚愕する。注文から目の前に置かれるまで所要時間およそ五十秒。これは速い。あまりに速い。速すぎるくらいだ。駅の立ち食いそば屋と比較しても遜色ないほどのスピード感である。本来は『早い』なのだろうが、ここでは賞賛の意も含ませ敢えて『速い』の字を当てておきたい。で、ゴーヤチャンプルも間もなく出てきたし、俺はソバもチャンプルも一気に食べ終えてしまい、カツカレーを待った。今や遅しと待った。五分が経ち、九分、十分、十二分と時を刻み、あまりに遅い現実から目を背けるために、つい読み耽ってしまった週刊誌から顔を上げると最早二十分待ちになろうかとしているではないか。黒い予感。苦い汁が口の中に広がり始める。でも今さっき食べたゴーヤではない。まさか、忘れている…なんて…ことは、ないよね。…ね。そうだよね。だって店がこんなに閑そうなのに…。お客さん、俺を含めて三名しかいないのに、注文、忘れたりしないよね。密かに恐れていた展開が現実のものになるのだろうか。俺は思わずオバチャンに声を掛けた。「あのぉ、俺のカツカレーって作ってますよ…ね」〈俺のカツカレー〉って幼児的フレーズに少々恥ずかしさを覚えるも、体裁や面子などは捨て置き、ここでオバチャンに食い下がらんでいつ食い下がるとばかりに俺は好戦的な気分にもなっていた。そして三秒の沈黙の後、オバチャンの顔は半笑い。でも声には少々怒気をこめて言うのである。「あんた、なんで早く言わんか！困った兄さんだね。ほんとに、もう！」えっ、悪いの…俺なん…ですか…。途端に気持ちが萎えるのがわかり、それから五分と掛からずに出てきたカツカレーを俺は申し訳なさそうに食べ終え、お金を払って店を出ようとしたその刹那オバチャンが俺の目を覗き込み更に言うのである。「兄さん、今度からちゃんと言わんといかんよ。頼んでから随分と時間が経つなぁと思ったら、それは大抵は注文を忘れられてるんだから。わかるでしょ？自分から言わんとそういう時は。兄さん、人生なんでも同じよ。食堂だけじゃなくて、仕事でもビジネスでもみんな同じ。自分からモノ言わんと誰も聞いてはくれんよ。わかるでしょう、兄さん。私の長男も、子供の頃は自分からモノの言えん子だったよ。だけどよ、大学出てから長男は東京に就職したさ。それから随分もまれたんだろうね。大変な思いもした筈よ、あの子も。就職してから一年して島に帰ってきたら、もう！私もビックリするくらい積極的にモノを言える子になっててよ、ホント、後にも先にもあんなビックリしたことはないね、私も。自分の子ながら驚いたよ。あれー、どうしたらこんなにモノが言えるようになるのかね～と思ってよ。次男と三男は子供の頃から、もう二人ともはきはきした子で、小学校の五年生の頃だったかねそうして三十分。俺は延々とオバチャンの三人の息子の話を聞かされ、積極的にモノを言えることの大切さを諭された。黙って聞より他に術はなかった。話が一区切りして店を出るときオバチャンは何度も頷きながら俺を見送ってくれた。俺は食堂で何か間違ったことをしたのだろうか？いいや。してぬ。食堂を出て独りとぼとぼと歩きながらそう自問自答するより他に俺に道はなかった。　　　　　　　　【続く】

2007.12.10

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オポジットワールド～実録・島の日常～

その島へはフェリーでやってきた。初めて訪れる島だった。南国の観光地らしくＴシャツ屋が一杯ある。俺はかっちょいいのをすぐに見付けた。値段も2500円と手頃であるし、ラスト一枚だったので即決。いやぁ、こんな良いデザインのＴシャツを、こんなちっぽけな南の島で見つけられるとは思わなかったよ。なんだか着いたそうそうラッキーだぜ。と、うかれた心持ちにてレジカウンターへとシャツを持っていったのであるが、キャッシャーの姉ちゃんが妙なことを訊いてきた。「これ、買いたいんですか？」「え…あの…え！ダメなんですか買っちゃ」と俺は激しくも戸惑った。「はぁ、そうですか。どうしても買いたいのですね。今回はキャンセルしようかな、なんて選択肢は考えてはいないんですよね。そうなんですね？」などと姉ちゃんは早口でまくし立てる。「いや、だから、あのぉダメなんですか？ダメならダメって言ってもらえれば俺もどうしても、ってわけでもないんで諦めますけど。はい」そんな物分りのよさを装いつつも俺には事態がまるで飲み込めていなかった。「じゃ、やめるんですね。購入しないんですね。それでよろしいですね。後からクレームとか一切受け付けませんのであしからず」「いや待ってくださいよ。誰も止めるとは言ってないじゃないですか」「止めるのを止めるってことですか」「いや、だから、そういうことじゃなくて。う～ん、なんて言ったらいいのかな…」「どちらなんですか？買うんですか止めるんですか？はっきりしていただけますか」「え？はい。買いますよ。買っていいのなら俺は買いますよ。あなたが買っちゃいけないみたいなニュアンスのことを言うから…」「いいえ私はお客様の購入の意志を尋ねただけです。買っちゃいけないなんて私がいつ言いました？言ってませんよ。変なこと言わないで下さい」「あ、そうなんですか。わかりました。じゃ買わせてもらいます。俺、買いますから。たいへん気に入ったんで買いたいんです。で、お幾らですか？値札通りでいいんですよね。はい、２５００円っ」と、釣銭なしジャスト２５００円を手渡そうとしたがレジの姉ちゃんは何を考えてかそれを受け取ろうとはせず、十メートルばかり離れたところにいる従業員の男を呼びつけた。「店長！店長！今ちょっとよろしいですか。実は、このお客さんがですね、どうしてもこのＴシャツを欲しいとおっしゃるんですが、お売りしてもいいですか？」バカか、こいつ。敬語の使い方は支離滅裂だし、Ｔシャツ屋が客にＴシャツ売らないで他に何を売るんだよ。そんなこと一々店長とやらに尋ねることか？おかしいんじゃねぇの、この女。と俺はそう思ったが勿論言葉にはせずに事の成り行きを静観したのである。そう。事を荒立てなければ俺は無事にＴシャツを買えるのだ。レジ姉ちゃんには腹が立つが、ま、それは相手がバカ。こっちが大人の対応してやろうじゃないか。俺はそう思っていた。店長と呼ばれる男は腰も軽く、さっと立ち上がると揉み手のひとつもやりそうな勢いで俺らの前にやって来た。その風情に俺は少し安堵した。レジの姉ちゃんみたいな居丈高なおかしな店員ではなさそうだ。「はいはい。こちらのＴシャツを御購入されたいと？そうですよね」男の問に俺は笑顔で頷いて見せた。店長は俺に営業スマイルを返し、それから少し照れたように笑いなおすと言う。「お客様、これね、残念ですがお売りできないんですよ～、はい」え……なんで。どうして。「あのですね、このTシャツ、ぼくが買おうと思ってまして、最後の一枚なんで予約しておいたんですよ。もうしわけないんですが、明日もこのTシャツ印刷しますので、明日の夕方にでも来ていただければ買えると思いますからよろしくお願いします。じゃ、ぼく、まだ棚卸しの途中なんで、失礼します」レジカウンターの上に置かれたＴシャツを黙ってたたみ始めたレジの姉ちゃんは殊更に無表情を装っている。きっと内心勝ち誇っていやがるのだ。『遠回しに、やめときなって言ってやってんのに、人の言うことちゃんと聞かねぇから。バカだねぇホント』そのような繰言で俺を見下してやがるのだ。畜生、はらたつ。だいたい店の人間が売り物を押さえちゃうって、そんなのありかよ。押さえて売らないってなんなんだよ。売らないものを陳列しておくなっつうの。それに明日印刷するって言うのならオマエがそれを買えよ。で、予約してるってやつを俺に売れよ。おまえは店の人間なんだからいつでも好きな時に買えるじゃねぇか。こっちは明日又ここに来れるかどうかなんてわからないんだから。それが道理ってもんじゃねえのか。違うのか。俺のほうが間違ってんのか。畜生、はらたつ。あんまり腹が立つので俺は店長って奴のところへ行き、今一度食い下がった。「いや、あのね、あなたが予約してるほうを私に回してもらえませんか？明日また印刷するならそれを店長さんが明日それを買われては如何ですか？私は又明日この店に来れるかどうかもわからないし。ね、お願いしますよ店長さん。あれ、俺に売ってください」「アハハ。いやいや無理ですよ、それは。だって僕がもう予約しちゃってるんで。もうしわけないけど又明日来てください」「いや、だからさ、明日来れるかどうかがわからないって言ってるんじゃないですか。俺の言ってる意味わかる？」「あのですね、明日来れるかどうかわからないのはお客様の都合で、僕はどうしてあげることもできないでしょ。しつこい人だな。どう言えばわかってもらえるのかな…」そう言って溜息などつかれた日には、俺もそれ以上食い下がる気がすっかり失せてしまった。なんなんだよ、この店。もう二度と来ねえよ。畜生、はらたつ。俺はＴシャツを買うのを止め、くさくさした気分を変えるのにまずは昼飯を食うことにした。で、通りを歩きながらつらつらと眺めるに八重山そば。よし、それを食ってみようとテキトーに選んだ食堂の汚い暖簾をくぐったのである。　　　　　　　　　　【続く】

2007.12.08

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YAEYAMAN ～ヘンシンする者～ vol.5

それが二ヶ月前、業原拓哉がヤエヤマンになったそもそもの経緯であるし、斯様にも変身解除のために彼は苦悩したわけであるが、実際に変身を解くのは意外なまでに容易だった。ただ眠れば…。最初に変身した日。落胆と絶望に打ちひしがれていつの間にやら眠ってしまい、起きてみたら変身が解けていて業原は最初ありきたりに夢なのだと思い込もうとした。悪夢だ。全くもって妙ちくりんな夢を見たものだ。なにがヤエヤマンだ。阿呆か。まったくよ、いるわけねえだろヤエヤマンなんてよ。変身ってなんなんだよ。ったくよ、あるわけねぇだろ変身なんて。バカがっ。とか苦々しくも思った起き掛け。ふと我が手に握り締められたものを目にして業原は訝った。それはクバの葉の団扇だったのである。なんじゃこれは。なんで俺はクバの葉の団扇なんて持って寝てるんだ。わけわからん。まさかぁ、ヤエヤマンか？ヤエヤマンの変身グッズか、この団扇は？…アホか。んなわけねぇっつうの。なっ。そのように呟きながら業原はどこか躊躇しつつも何故か自らの内側に歴然としてあるヤエヤマンへの奇妙な恐れや不安を打ち消すように思わずして叫んでみた。叫んでしまった。ヤエヤマンっ！と。手にしたクバの団扇を大仰に仰ぎ振り、変身できるものなら変身してみやがれとやけくそ気味に悪態もついた。ほら、みろ。変身なんてするわけねぇよ、ガハハハハハと笑いとばさんと鏡を覗き込んだ業原は、そして戦慄する。嗚呼。ヤエヤマンだ。間違いない。俺はヤエヤマンになって…夢じゃなかったのか。ああ。もう駄目だ。生きていけない。これ以上、生きてはいけない。ヤエヤマンとして生きるわけにはいかないだろ。あああ何故なんだ。なんで俺がこんな目に…それからその日はヤエヤマンの姿のまま誰とも逢わず自宅に篭り、終日悶々として悩み苦しみ落胆し絶望して夜を迎えて業原は「もしや」と思った。変身解除は睡眠によって為されるのではないかと推論したのである。けだし翌朝、業原の読みは正しく、爽やかな朝の光のなかで覚醒した己が人の姿を確認した業原は思わずもイエスっ！などと叫び、小さくもガッツポーズなどしてみせた。ヤエヤマン変身解除の方法を見つけたからには業原最大の憂いはここに払拭されたのである。変身さえちゃんと解けるならどんな姿になろうとも恐れるものではないのだ。異形の怪物だろうと、妖怪悪鬼の類だろうと、パンクバンドのボーカルだろうと望むところだ。その容貌容姿に相応しい己を演じ切ってみせようぞ。ま、確かに睡眠を経なければ変身解除が為されないのは簡便な方法とは言えないものの、やはり自らの意思による変身と変身解除の方法があるのとないのとではストレスの度合、精神的負担の度合がまるで違う。狼男みたいに自分の意思とは関係なく満月の光に晒されただけで変身するなんて堪ったもんじゃないし、変身中の人格を制御できないようなら変身する意味がない。それじゃ変身の面白みもない。そんなのはただのばけものだ。俺はヤエヤマンを乗り切ってみせる。ヤエヤマンの肉体を制御し、その肉体に業原拓哉の精神を吹き込んでやる。負け組みのしょぼいパンク野郎と俺を蔑んだ連中を見返してやる。クソっ。やってやる。見とれよ一般ピーピル。俺はやってやるぜ。と、そのように少々興奮気味の朝を過ごし、昼食を取ろうと言う段になってやっとこさ多少の落ち着きなんかを取り戻し、夜の帳も下りて場末の食堂にて八重山ソバで夕飯を頂いたのちに業原は確信をもって三たびヤエヤマンに変身した。勿論、翌朝ちゃんと変身は解けており業原は自信を深めたのである。よし、どうだ、これで俺はヤエヤマンだと。　　　　　　　　【続く】

2007.09.09

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YAEYAMAN ～ヘンシンする者～ vol.4

　　「この先、どうしたもんかなぁ」と、そんな独り言をつい口にして業原は戦慄した。声が自分の声ではなかったのである。業原は恐る恐る同じフレーズを声にしてみた。「この先、どうしたもん…」裏声だった。確かに裏声だった。咳払いを入れ、三度言い直そうとして又も戦慄した。咳払いすら裏声でしか出ないのだ。中学生時の声変わり以来、低音を持ち味としてきた業原の声は見事な裏声、ファルセットボイスに転じていたのだ。何故。どうして。なんで裏声なんかに…。次の瞬間、業原の脳裏に先週見たばかりの旧盆アンガマの光景が思い返される。そう。ウシュマイもンミーも裏声だっ！やばい。本家アンガマに倣ってヤエヤマンは裏声なんだ。なんてこった。最悪じゃねえか。風貌は珍妙だわ、声は裏声だわ、倒すべき敵は居ないわじゃ誰にも相手にしてもらえないじゃないか。少なくとも一般社会から離脱するより他に道がないのは明白だ。そうでなくともパンクバンドなんてやってりゃそれだけで一般社会に生きる人々からひどく軽んじられてきたのに、挙句ヤエヤマンじゃ軽んじられるどころか完全にシャットアウトだ。間違いない、シャットアウトだ。嗚呼、もうダメだ。裏声のパンクなんて…そのように業原は落胆と絶望の度合を更に深め、半泣きのままに行き詰まり彷徨し又落胆し、いつしか眠ってしまったのである。勿論ヤエヤマンの恰好のままに。その眠りの中で見た夢は悪夢なんかではなく、とても楽しい夢だった。満ち足りた思いで業原は夢の野を駆け、花の上で寝転び、うふふなどと笑ってみせた。不覚にもヤエヤマンになってしまったことを忘れんが為のひと時の楽しい夢。そのような楽しげな夢には理想の女性がしばしば登場するし、夢の野に寝転ぶ業原の隣にもいつしか髪の長い女が座り、花を摘み、微笑み、何事かを話し掛けようとする。でも業原にはその声が聞き取れない。否、声は聞こえるのだが意味がわからなかった。女は業原が意味を解さぬことを悟ったが怒るでもなく苛立つでもなく、優しげな笑みをうかべるばかりだった。そして何かを突然思い付いたように目を見開き、急に顔を背けると長い髪を頭の上で束ね始めた。業原には事の次第がわからない。でも、髪を束ねた女がこちらを振り返った時に彼はすべてを解した。髪を束ねたその女は、まさしくも彼の相棒であるところのンミーだった。　　　　　　　　【続く】

2007.08.28

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YAEYAMAN ～ヘンシンする者～ vol.3

やはりダメか。この先、俺は長き人生を斯くも珍妙ないでたちのまま生きていかねばならぬのか。バンド活動を続けることも、人並みに恋愛などにうつつを抜かすことも、おそらくはセックスするのも結婚するのも儘ならぬ世にも奇態な風体で生きてくなんてそんなのありか。ありえねぇよ。そんなの絶対にありえない。そうだ。しかしだよ。ウルトラマンが地球上で活動できる時間に制約があるようにヤエヤマンにも又時間的制約があって然るべきなのではなかろうか。と、そのような変身解除の可能性に思い当たった業原は幾ばくか気を静め、黙して三分間という時をやり過ごしたのである。ヤエヤマン業原の胸の中央部には青白い光を点灯させた半球体があった。これがウルトラマンでいうところのカラータイマーでなければ一体なんだと言うのか。業原はそう断じたのである。が、しかし。待てど暮らせどヤエヤマン業原に身体的変化は一向に生じなかった。LEDライトを思わせる白い光はずうっと白いままで、赤くなったり、黄色くなったり、ましてや明滅を繰り返すなどの素振りも兆候もないままに、やがて小一時間にもなろうという頃になってヤエヤマン業原は時間切れという形での変身解除の道を諦め、断念した。篭る自室に再び満ちる絶望の観。業原はそれでも変身解除の方法を探らんとそれなりに苦悶もしたが、なにせ前例も類似も周囲周辺には見当たらず、参考が為の資料もなければ苦悶の甲斐もまるでなく、ヤエヤマン業原に残された展望は絶望。もしくは発狂より他になかった。それでも足掻く業原が唯一思い出したのはカフカ　の「変身」だった。ある朝、目覚めると青虫に変身していた男の話であるが、なんだか救いのない話であり、ヤエヤマンへと突然変身し慌てふためき激しくも救いを求める業原の参考にはなり得なかった。いっそ怪獣でも現れてくれたなら。業原はそう思ったし、切にそう願った。怪獣とかモンスターとか、そういう類の邪悪なるものなんかが現れてくれたならヤエヤマンにも存在意義というべきものが発生する。存在しても許されるのならそうたいして悩まずにも済む筈だ。邪悪なる者を打ち負かすなんて行為は、これまさにハレの行為なれば勢い世間も世論もハレの男・ヤエヤマンである自分を認めぬわけにはいかぬし、単純明快なヒロイズムの蔓延する現代日本にあってはヤエヤマンは希代の英雄にだってなれる筈なのだ。しかし八重山に怪獣はいない。現れない。そんな話、冗談でも聞いたことがない。じゃあ俺は、ヤエヤマンは、誰をやっつければいい？怪獣がいないなら打ち負かすべき奴とは一体誰なんだ？ぼこぼこにタコ殴りにして足蹴にして頭突きを喰らわせ抹殺すべき相手とは何処にいる？この平和な南の島にそのような者はいないのか。威張りちらす島のオヤジなんかはどうだ。賃貸物件の情報を問い合わせるたびに何ゆえか家賃が千円ずつ上がっていく出鱈目な島の不動産屋や、信号機がある交差点に駐車しやがる無法な島のドライバーは？労働基準法も人材育成もへったくれもない守銭奴みたいな島の経営者は？否、彼らは無知な馬鹿者かもしれないがけっして邪悪なんかではない。彼らはむしろ愛すべき人柄を併せ持っている場合だってあるのだ。では誰だ。ヤエヤマンである俺が攻撃すべき相手とは誰なんだ。景観を無視した大きな建造物を造らんと企む本土企業の連中か。オマエが家を建てたせいでうちの庭から海が見えなくなったじゃねぇか、一体どうしてくれるといがみ合ってばかりいる移住者どもか。はたまた、台風で足止めを喰らうたびに航空会社やホテルに「どうしてくれる！」とクレームをつけて嬉々としている傲慢な観光客か。半年も一年も住んでいながら住民票も移さず石垣市や竹富町に一円の税金も払わないくせに八重山の島々をオレの島わたしの島よばわりする訳知り顔の若造どもか。否。やはり連中には連中の理があって、けっして邪悪なるものに突き動かされての振舞いや行いではない。真の極悪人など世の中にそう大勢いるわけがない。どいつもこいつも無意識と無知と無関心を持て余しているに過ぎないのだ。じゃあ邪悪なるものが此処にいないのならば俺はただ無駄にヤエヤマンになったと言うのだろうか。この変身は無意味で無益な変身でしかないと言うのか。嗚呼。絶望する為にヤエヤマンになった男。それが俺か。なんてこった。嗚呼。ああ。業原はそのよう嘆いてもみたが変身が解けることはなかった。我が身の不幸を安易に嘆くような奴はヤエヤマンに変身する資格なし、価値なしという事になり、もしかしたら変身が解けるのではないかと閃いたのであるが、それも所詮は短絡的思い付きに過ぎず、業原は変身解除が為の新たなる方策を見つけ出さねばならなかった。　　　　　　　　　【続く】

2007.08.27

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YAEYAMAN ～ヘンシンする者～ vol.2

　　　　　　まいったよなぁ。本土出身者との正体を明かすことの出来ぬ業原は、そのように思わぬ日はなかった。『なんでヤエヤマンになんて変身できるようになっちまったのかなぁ。わかんねぇよなぁ。うん、わかんない。全然わかんない。あああわかんない』思い起こせば二ヶ月前。業原は数週間後に予定されている次のライブステージで着るべくお馬鹿なＴシャツを探していた。なるべくバカバカしいデザイン。東京のライブハウスに集まるクソガキどもがまだ見た事もないナンセンスを極めた阿呆な絵柄や文言文句などがプリントされたＴシャツを此処石垣島で物色していた折のこと。とあるＴシャツ屋でチョーくだらない絵柄を見つけてしまったのである。それがヤエヤマンだった。初代ウルトラマンの変身シーンをパロったアンガマ顔のヤエヤマンが胸にプリントされ、背中にはスペシューム光線を放つヤエヤマンが小さめにプリントされているＴシャツを見つけた時、業原は店内で人目も憚らず爆笑し、歓び勇んで購買したのであった。こりゃあウケるわ。絶対ウケるね。間違いない。そうだ。ついでにヤエヤマンって曲も作っちゃおー。などと浮かれるがままにワンルームアパートへと帰宅した業原は浮かれついでに、つい、姿見の前でやってしまったのである。　　　　　　やえやまんっ！と。するとどうだ。唐突に視界の高さが変わったのである。三段ステップの脚立の上にでも立っているかの如き高みから茶の間を見下ろしている自分に気付き、業原はあわてて鏡を覗き込もうとした。でも姿見もやはり視界の遥か下方にあるし、上を見れば頭スレスレのところに天井があるのである。そして我が手足、身体は銀と赤の二色使いのひどくぴっちりとしたボディスーツに包まれている。とりあえず業原は姿見に全身が映るところまでしゃがみ込んでみた。そこにヤエヤマンがいた。ヤエヤマンも又しゃがみ込んでいたので業原は意味がわからず考え込んでしまう。って、これはつまり俺がヤエヤマンってことだよな。ヤエヤマンって本当にいるんだ。実在なんだ。へー、そうなんだ。すっげー。びっくりだよな。じゃなくて、俺がヤエヤマンでどうすんだよ。なんだよ、それ。俺がヤエヤマンってオカシイだろ、変だろ、異常だろ絶対。ヤバイよ。これじゃヤバイ奴だよ。人前に出られんだろ、この恰好で。俺これからどうするわけ。戻れるのか。素の俺に戻れんのか。それとも一生このままの恰好かあ。銀と赤に彩られたボディスーツにアンガマのマスクつけて生きていかにゃならんのか。そらヤバイって。彼女も出来ないって。絶対警察に捕まるって。で、病院送りだよ。精神科あたりに強制入院だよ。監禁されて、拘束衣なんか無理矢理に着せられて、面会謝絶されて、薬漬けにされた挙句に本当におかしくなって、それでも尚ヤエヤマンであり続けたりしたら俺、どうすりゃいいんだ。あああ。短くて淋しい人生だったよなぁ。黙って東京でパンクバンドやってりゃ良かったンだよ。なんで八重山になんか来たんだろ。なあ、なんでだよ俺。バカだよ俺。ホント馬鹿。嗚呼馬鹿。どうすりゃいいンだよこの先。考えられない。何も考えられない。いや。待てよ。Ｔシャツどころか、ヤエヤマンの恰好でステージに立ちゃあいいンじゃないのか。なあ、そうだよ。それこそ大ウケだろ。それでヤエヤマン業原は気を取り直して立ち上がり、頭を天井にぶつけぬよう注意などしつつ茶の間をステージに見立てるとスタンドマイクに寄りかかり、ゼイゼイと肩で息をし、だらりと伸ばした手で斜め後方を指差しながら声に出して言ってみたのである。「ギター、山田輔蔵」拍手、怒声。「ベース、チャーリー虎山」ブーイング、足踏み「ドラムス、ええっと誰だっけ。あのー、ま、いっか」爆笑。「で、俺。ボーカル、ヤエヤマンっ！」そこンところで嬌声と絶叫が湧き上がり入り混じり、会場が異様な昂奮の坩堝と化すやいなやドラムソロが突っ走り、曲のエンディングへと向かう筈であったが、ボーカル、ヤエヤマンっ！の後に訪れたものは困惑でしかなかった。そう。会場は静まり返り、あるものはあからさまなまでに嘲笑し、又あるものは理解不能といった風情を隠そうともしなかったし、見切りをつけたように会場の出口へと向かうものも少なからずいたのである。斯くもボーカル・ヤエヤマンは完全に失敗だった。救いようがなかった。目論みが外れた業原には再び落胆と絶望が去来し、今度の落胆と絶望はヤエヤマンボーカル案を発想する前よりも大きかった。

2007.08.21

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YAEYAMAN ～ヘンシンする者～ vol.1

　　　　　　　やえやまんッ！そのように叫びつつ、クバの葉で出来た団扇を大袈裟に打ち振ると彼は変身するのである。何に変身するって、勿論ヤエヤマンにだ。ヤエヤマンとは大変にふざけた名前であり、名は体を表わすとも言うようにその風貌も結構ふざけている。どのようにふざけているかと言うに肉体的にはウルトラマン、顔はアンガマの面と言った有様なのである。アンガマのどちらかって、やっぱりマン(man)であるからンミーではなくウシュマイのほうであり、無論ウシュマイは爺さまであるからヤエヤマンの顔は老人にしてその身体は躍動感みなぎるみなぎるボディスーツ着用と言うなんとも珍妙な相貌と成り果てるわけで、なればこそウルトラマンではなくもヤエヤマンであるわけだが、実際問題、相貌は珍妙だともその身体能力は変身前と変身後とで格段の向上が認められるのだから彼としてもヤエヤマンへの変身は愉悦の極みなのであった。愉悦の極みとまで言うのだから実際のところ身体能力は格段の向上どころではなく、ヤエヤマンに変身した彼であるところの業原拓哉と、変身しないタダの業原拓哉とはまったくの別ものと言って差し支えなかった。なんなれば、かたや身長2メートル50センチ、かたや175ｃｍであるからしてもうそれだけで身体能力の差は歴然であるし、かたや垂直飛びで五十メートル、かたや六十センチであったし、かたや透視能力を備え、かたや視力0.6の上に最近ではすっかり霞み目がひどいのであるが、そのような体格や筋力、回復力や免疫力などといった身体的能力ばかりではなく、ヤエヤマンに変身した業原はソーロン光線なる必殺の致死の技を意のままに操ることが出来たのだ。ソーロン光線とはなんぞや。ウルトラマンのスペシューム光線と同様両手を十文字を組んだ後、「逝っちまいな」などと無情なる声を発するに両手より眩いばかりの七色のソーロン光線が放たれ、その光に包まれたものはすべからずあの世へと送られてしまうと言う文字通りの必殺の技なのである。ただし、如何に超人的なモノに変身しようとも使い手の業原にしてソーロン光線の威力甚だ恐ろしく、未だ人間に向かって使用したことはなかった。であるから何事にも慎重な業原はもっぱらカエルやハブ、ムカデ、ゴキブリなどの小動物や昆虫を相手に動物実験を繰り返すばかりであったが、その威力は怖るに足るもの、いつか何者かに向けて必殺致死のソーロン光線を発射せねならぬ日が来るのであろうかと漠然と想像するだけで業原は戦慄したのである。ソーロン光線の威力以外に、もひとつ怖いことがヤエヤマン業原にはあった。それは自らの出自である。なんなれば業原は埼玉は草加市出身の若干二十六歳の若造、若輩者、屁理屈ばかりの青二才、東京近郊で時折の演奏活動を続けているパンクバンドのフロントマンであって、此処石垣島へは移住してきてまだ半年足らずという経歴来歴に起因していたのである。つまり、どっからどう見ても彼は余所者以外の何物でもなかったのだ。それがである。よりによって地域名を冠したる『ヤエヤマン』へと変身してしまうのであるから地元の人間の反発反感を買わぬ筈がなかった。　　　　　　　　【続く】

2007.08.19

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その9

次に地鳴りが辺りに響いたがそれはヤエゴンが喉を鳴らし、その巨体を共鳴させた野太い音だった。眠れる怪獣ヤエゴンの周囲に散会し、それぞれ都合よくもヤエゴンを様々な神に見立て、奉り、勝手な教義や説話をたれる各種宗教団体やショウコらニューサイエンス系、オカルト系の人々のあいだに緊張が走った。『ほら見なさい。やっぱりグブロフは私の守護　なのよ。ほら、私の心の声に反応したもの。　ほら。ほら。ほら、ほらほらほらほらららら　ららら』マリちゃんは激しく昂奮し我を忘れ、ショウコの背を叩き、高らかに勝利を宣言した。『見なさい、見なさい。グブロフは私のものよ。　私の守護神よ。ワハハハハ。私の勝ちね。あ　んたの負けよ。わはははは。グブロフは私の　ものよ。ギャハハハハハハハ。ゲハハハハハ』そう叫んだのを残響にして泡を吹きマリちゃんが倒れるのと同時にヤエゴンが突如として屹立し、その巨大な足を下ろしたあとに土煙が舞い上がった。三十メートルの高みより周囲を見渡し、ヤエゴンは唸った。あきらかに不機嫌な声だった。芥子粒のごとき小さな見知らぬ他人が知らぬ間に幾重にも周りを取り囲み、線香を焚いたり、鐘を鳴らしたり、呪文を唱えたり、説法を垂れたり、掌を合わせたり、世界平和を説いたり、守護神に奉りあげたりしているのだから大変に気分が悪い。「なんなんだよオマエらは。散れ、散れ散れ。さっさと消え失ろよ、この野郎」とでも言いたげにヤエゴンは咆哮を三発。緊張を走らせながらもヤエゴンを取り囲み、線香を焚いたり、鐘を鳴らしたり、呪文を唱えたり、説法を垂れたり、掌を合わせたり、世界平和を説いたり、守護神に奉りあげたりしていた者たちが咆哮に吹っ飛んだ。腰が抜けた者、泡を吹いて失神したもの、失禁だけで済んだ者、鼓膜が破けた者と様々ではあったがヤエゴンの激しい怒気が籠められた咆哮を聞かされて皆逃げるに逃げられず、もはや観念したように平伏すしか手がなかった。　　どうか私だけは殺さないで。私だけは。皆の頭の中にあった願いは一つだった。私だけは。その言葉のあとに続くものは人それぞれだったが、願いの主体はひとつである。親でも兄弟でも友だちでも家族でも同胞同志なく、私。ヤエゴンは、その多くの私を踏み潰し、蹴散らし、樹齢千年の大木のごとき太い尻尾で撥ね飛ばした。皆が土に還った。大地になった。その大地に育ったサトウキビを食べてヤエゴンはそれからもしばらく生き続けた。　　　　　　　　　　【了】

2007.08.03

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その8

「オルティス、あなたは怪獣グブロフを守護とす　ることで聖戦士を統率する役割を担っている　のでしょうか。つまり、あの、僕はあなたの部　下なのですか。ならば、あの、僕は使い捨て　の兵隊ですか。所詮は鉄砲玉かよ。畜生め。　死んで来いってか！玉砕万歳ってか！僕は絶　対にそんなの嫌だ。そんなのは…絶対に」次第と逆上しそうになるものの海路がそのようにして極めて直接的な質問をぶつけたところオルティスことショウコの回答は意外なものだった。曰く。皆それぞれに守護を持っていることを忘れてしまったのか。確かに、前世からの記憶をすべて維持するのは非常に難しく、魂のステイタスが高くなければ出来ないことであれば、ま、記憶に削除項目が発生しても致しかたない。ならば教えよう。示唆してあげよう。ウミミチことウミロッチェよ。あなたの守護はザンバディーゴ。体長三十メートルにも及ぶ巨大海蛇だ。あなたは近いうちにこの石垣島の海でザンバディーゴと再会することになる。覚えておくように。そしてガミル、あなたの守護は百二十本の毒針を持った巨大スズメバチ。そしてユージン、あなたの守護は七色の襟巻きを回転させ敵を真っ二つにしてしまう巨大エリマキトカゲ。で、あなたの守護は、と言う具合にして十二名全員の守護がショウコより告げられ誰もが衝撃と感銘、そして歓喜に包まれたのであるが、何故か各員ともウミロッチェだのザンバディーゴだのガミルだの妙なカタカナ名で、誰の守護も変な巨大生物であるあたりに頭の痛いものを感じつつも聖戦士諸氏は動じるものではない。守護を告げられた聖戦士は誰も皆誇らしげに胸を張り、根拠のない自信を深め、まだ見ぬ敵への闘志をむやみに掻き立てたのである。「そうかぁ、僕にも守護がいたんだあ。やっぱり　なあ。うんうん。ザンバディーゴか。巨大海蛇　ね。近いうちに会えるんだな。楽しみだなあ。　あれ、でも僕、泳げないけど巨大海蛇とどう　やって出会えるのかな。あ、やっぱ船だろうな。　もしかしたら僕らはこれから船に乗ることに　なるのかなぁ。そうだよ。きっとそうだよ。そ　こで僕はザンゴバーディと再…あれ、ザンディ　バじゃない、ディンゴザーバだっけ。ま、とに　かく僕は僕の守護ともうすぐ会えるんだよな。　うんうん。楽しみだなぁ」そのようにして海路などがまだ見ぬ我が守護巨大海蛇との再会への期待感に胸ふくらませてしまうからショウコなどはまんまと聖戦士筆頭の座を得ることとなったのであるが、忘却の守護をショウコより示唆されても一人だけ浮かぬ顔、合点のいかぬ風情のものがいた。今度は海路ではない。マリちゃんである。マリちゃんに明かされた守護の正体は巨大蜘蛛だった。両脚を広げた全長が三メートルにも及ぶタランチュラ系らしいのだが、マリちゃんは蜘蛛が大の苦手なのだ。苦手と言うより嫌い。大嫌い。見るのも嫌。同じ空気を吸ってるだけでも許せない。あんな生き物世の中にいなけりゃいいのにぐらいに日頃より思っていたのに嗚呼それなのに、よりによってそんな奴が三メートルの巨躯となり果てて前世の昔より自分の守護であったとは嗚呼情けなや。そんな不条理なことがあっていいものか。それもよりによって巨大蜘蛛の名前はアホランテなどという阿呆な名前なのだ。ふざけんのもたいがいにせえ。マリちゃんはそう思った。なれば蜘蛛嫌いのマリちゃんが我と我が身を護らんとすれば彼女の思案が行きつく先はひとつであり、つまり蜘蛛なんぞを守護に指名してきやがったショウコの否定である。無論「前世が聖戦士」という部分は互いにとって存在の核であるからそこを否定してしまうと下手をすれば自己否定にもつながりかねないのでそこんところは踏み込める筈もなく、なればマリちゃんが否定の矛先を向けるのはただひとつ、ショウコが主張する各人の守護指名の部分だ。つまり、各聖戦士と各守護のつなぎ方に誤りがあるのではと疑ったのだ。　　ショウコ―グブロフ（ヤエゴン）　　ウミミチ―ザンバディーゴ（巨大海蛇）　　マリちゃん―アホランテ（巨大蜘蛛）と言う図式ではなく、本当は　　マリちゃん―グブロフ（ヤエゴン）　　ショウコ―アホランテ（巨大蜘蛛）　　ウミミチ―ザンバディーゴなのではないかとマリちゃんは案じ、すぐにそう断じた。されば眠れる巨神グブロフことヤエゴンはもう我が手に落ちたのも同然だった。『さあ、起きるのよグブロフ。私と共に聖戦に立ち上がるのよ。さあ起きなさい。グブロフよ、起きるのよ』マリちゃんは大声でそう叫びたかったが、ショウコやショウコシンパの手前もあり、仕方なく心の中だけでそう叫んだ。ヤエゴンが声に反応するかのようにその四肢をわずかに震わせた。　　　　　　　　　【つづく】

2007.08.02

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その7

「悪事が蔓延り、怠惰と傲慢が人民の心を支配　する。風は怒り狂い、水は腐り果て、大地は　今や乾き切らんとする。最早それは自然の営　みなどではない。断じてないのだ。そう。それ　は策謀であり陰謀だ。地球そのものを乗っ取　らんとする悪の秘密結社、サダルバッティの　謀略なのだ。連中はこの星の民ではない故に、　この星に生きとし生ける物の一切に愛を持た　ず、慈しみを覚えず、連中が望んでいるのは　只一つ、母なる地球を我々の手から奪うこと　だけなのだ。故に、私は立ち上がった。悪の　宇宙秘密結社サダルバッティの魔の手から地　球と、地球に住む者たちのすべてを護るため　に立ち上がったのだ。だからあなたがた皆に　も時空を超えて結集してもらった。私の魂の　呼びかけに応えてくれた皆に感謝している。　ありがとう。本当に、みんなありがとう」そう言って浅沼ショウコは同志たちに頭を下げる代わりに瞼をゆっくりと閉じてみせ、それからまた再びヤエゴンに向き直った。「でも、強大な悪の帝国サダルバッティと闘う　には我々聖戦士の力だけでは不十分なの。だ　から私はずっと待っていたの。そう。凶暴極　まりないパワーと、強靭な肉体を併せ持ち、　我々聖戦士に付き従い、これを命がけで護る　従順にして類稀なる知性をも併せ持った怪獣　グブロフが、再び、私の前に現れるのを私は　ずっと待っていたの。ずっと、ずっとね」そう言ってからショウコはグブロフことヤエゴンの間近に歩み寄ると、その如何にも硬質な、まるで焼け爛れた鉄のごときゴツゴツとした体表にそうっと手を伸ばし、微笑んだ。「やっと会えたわね、グブロフ、あなたが来るのを私は待ってたんだよ」ショウコに同行した自称聖戦士は十二名。皆は一様にショウコとヤエゴンの時空を超えた再会に涙し、自分のことのように喜んで見せたのであるが、一人だけその光景に疑念を抱え込み、皆に同調するに躊躇する青年がいた。名前を海路（かいじ）と言った。でも彼の周囲のものは申し合わせでもしたかのように誰一人として海路のことをカイジとは呼ばずして、ウミミチとその名を呼び習わし、そのせいか海路は幼少の時分より自分の名にプライドが持てないと言うか、自分の名にアイデンティティが確立できずに、誰か知らない大人に「お名前は？」とか尋ねられても口篭るばかりであったのだが、そうこうしているうちに自分の名が嫌いになり、そう名付けた両親、とくに父親のほうを嫌悪するようになって、いつしか海路と言う名は仮称であり、本当の名前は別にあるのだ。今はわけあって隠されているが実は真の名が僕にはあるのだ。などと戯れの過ぎたことを思い込むようになり、長じて「今生の己とは仮の姿である。本当の、真の、誠の、僕はこんなもんじゃない。だって僕は、ぼくは、ボクは、僕の正体は、せ、せい、聖戦士なんだぜ。あ、言っちゃった」ってな事の次第から海路はショウコのブログにあった『聖戦士、覚醒せよ。戦いの時は遂に来たれり』との聖戦士召集記事に応じ、その後メールでのやりとりを数度重ね、同胞との感激の面会を経たのちに石垣島へとやってきたのであるが、ショウコの主張する『怪獣グブロフは私の守護』って部分がどうしても腑に落ちなかったのだ。だってそうだろう。と海路は思う。巨大怪獣ヤエゴン、否、グブロフを守護とする聖戦士がショウコだと言うならそれはまるでショウコが、私が聖戦士の大将って言ってるのと同義であり、百歩譲って同義とまで言わなくとも「私は怪獣を守護と出来る身。あんたらは身ひとつで精々頑張るのね」なんて言われてるように聞こえるのは僕だけなのか。それは僕の聞きとり方が悪いのだろうか。僕の勝手なひがみなのだろうか。皆には、そうは聞こえないのか。海路はそのような疑念を抱え込み、信頼すべき同胞であればこそとショウコに直接それを問い質すことにした。　　　　　　　　【つづく】

2007.07.29

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その6

次第と遊びをエスカレートさせてく子供たち。その時、突如としてヤエゴンが目を覚ます！ってな事は起きない。起きなかった。過失であれ故意であれ事故であれ、ヤエゴンは子供たちを殺さなかった。だからと言ってヤエゴンが殊更に子供好きであるとか、小児愛に目覚めているとか、そう言うわけではない。ただ単にヤエゴンは目を覚まさなかったのだ。サトウキビ畑の真ん中で惰眠を貪り続けたのだ。なぜに起きないのか。その理由は不明である。冬眠ならぬ夏眠に入ったのかも知れないし、ここんところずっと寝不足が続いていて、その反動として長時間の睡眠に及んでいるのかも知れないし、いやいやそんな俗な理由なんかでは全然なくて、何かもっと高尚な訳があるのかも知れないが、ま、とにかくずっと、それからしばらくのあいだヤエゴンが果てどもない睡眠から目覚めることはなかった。確かに、目覚めなかった。起きなかった。しかしながら、警察や公安庁などは勿論のこと、日米の軍部をして眠り続ける怪獣への対応対策には苦慮するばかりで、ただただ手を拱くのであって、なんだか手をこまねいてばかりのようだが、実際のところ軍部ばかりでなく政府も閣僚各位も与党野党も経済界のお歴々などをしても真正面からヤエゴン対策に取り組もうというものは皆無であり、と言うのも何か具体的な対策方策を案じ、それを実際に作戦遂行の運びとなって実際に効果的で有効的な結果を出せれば申し分ないわけであるが、もしも万が一にでも作戦失敗なんてことになり眠れる怪獣を逆ギレ凶暴化させた挙句に被害拡大なんて事にでもなれば斯様な愚策を企画立案した主謀者などは各種マスメディアから叩かれるにいいだけ叩かれ、ただ叩かれるだけならまだしも大抵は、「極悪人扱い」「無能者よばわり」「恥知らずのレッテルを貼られ」「我が子が学校で虐めに遭う」という末路を辿らねばならないのだから誰しも具体的対策を案じたりはしなかった。だからヤエゴンは八重山は石垣島のキビ畑の真ん中でしばらくのあいだ放置されることとなり、そのようにして対応すべき方々が対応できないと、対応を求められていない方々が、と言うより、元来本来対応すべきでない方々が俄然と身を乗り出してくるのは世の常、世の流れ。ましてや問題の主格たるヤエゴンは正体も素性も知れない怪獣なんかであれば神秘主義者やら各種新興宗教団体やらニューサイエンス関係者、自称エスパー、オカルティスト、スピリチュアルヒーラーなどの神がかりな面々の恰好の餌食になるのは自明であり、彼らをして続々と次々と無遠慮なまでに石垣島へと上陸を果たしたのである。十日とかからず石垣島はまさに神の島・カムイの島の様相を呈することになった。神がかりな面々のうちの一人、浅沼ショウコは前世が聖戦士だったと自覚自認している。ただし、彼女の言う聖戦士とはイスラムのジハードを戦う者を指しているわけでもなんでもなく、言うなれば相当に実存性を無視した、あくまで妄想の産物としての聖戦士である。どのあたりが妄想かと言うと、例えばショウコが聖戦士だったのは宇宙暦499-8001-5411年とか言う携帯電話の番号のごとき年号を用いている時代だったらしいのだが、それが果たして地球上のものか、はたまた別の惑星、別の次元、別の宇宙のことなのかは不明なのである。更に言えば、前世のショウコは名前をオルティスなどと言う少女マンガの登場人物のごとき名を戴き、そのオルティスが仕えていた国がアクロクセス王国などと言う猪口才な国名で、その国はこれまた猪口才臭たち込める善の皇帝アルテバッハ三世が治めていたと言うのであるからたいへんに質の悪いＳＦ漫画さながらの設定にしてオルティスこと浅沼ショウコが聖戦士として活躍していたわけだ。少なくとも浅沼自身はそう自覚自認している。その前世において彼女は聖戦士として悪と闘い、影の軍団を薙ぎ倒し、善の皇帝アルテバッハ三世に服わぬ者どもを抹殺してきたのだが、その折、怪獣ヤエゴンとも彼女は戦い、これを屈服させ以後ヤエゴンを自分の守護とし、共に数多くの聖戦を戦ったのである。少なくとも浅沼自身はそう認定し確定している。「グブロフ、おまえ…」浅沼ショウコはヤエゴンの間近、祈るように地に膝を折り曲げ、眠り続ける怪獣へと語りかけた。そして人目も憚らず号泣する。グブロフとは前世時のヤエゴンの名前らしいのだが詳細は不明である。時間にして五分ほど、ひとしきり泣いた彼女は同行のものたちを振り返り、舞台女優のように話し始めた。　　　　　　　　【つづく】

2007.07.25

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その5

さんざ殺気殺意を撒き散らした挙句に、呆気なくも撃墜、海中へと没した早坂に少々拍子抜けの感も拭えぬヤエゴンであったが、取りあえず一息いれようと生い茂ったサトウキビ畑に腰を下ろす。纏わり付いていた殺気は霧消し、早坂機と共にやかましく辺りを飛び回っていた多種多数の機影も一斉と消えうせ、ヤエゴンは落ち着いた時間を取り戻せる筈だった。石垣島の畑作耕地にいつもの静寂が戻ったかに思えた。しかし何かがおかしかった。ヤエゴンはあたりをもう一度見回し、遠景を見渡した。鋭く動くものも、生存を脅かすような巨大なものも、炎や光線を放つものも怪しげなるものの一切は何処とも見当たらず、やっぱりヤエゴンは首を傾げる。ならば落ち着かないのは何故か。早坂機から発せられた射抜くが如き殺気殺意ではないが、今も我が身に張りつき再び纏わり付かんとする澱み切ったものは一体なんであるのか。それがヤエゴンには判らなかった。でも、まあ、いい。なるようになるさ。言葉は持たぬヤエゴンはそのように思い、判らぬことをいつまでも考えるのは止したのである。で、また喰った。腹がいっぱいになった頃には島は酷暑に包まれて、動きまわる気もすっかり失せたヤエゴンは午睡をきめこむ。そうして市街地外れの畑の真ん中で、横倒しに動かなくなったヤエゴンを間近かに見ようと再び人の群れが押し寄せた。その群れを形成しているのは大半が地元住民である。つまり島の人間だ。観光客の姿もあるにはあるが、ほとんどの観光者は航空機や船舶によって既に島から脱出していた。で、あるから怪獣見物ツアーに参加しているのは未だ帰りの便が取れなくて半ばやけくそ、半ば怖いもの見たさの野次馬風情のヤマトンチュをちらほら見掛ける程度であれば、やはり、好き好んで怪獣を取り巻き、普通に宴会が出来るのは一億二千万の日本人の中にあって八重山の者たちだけかも知れない。ヤエゴン警戒網を敷いた八重山警察は勿論のこと怪獣見物自粛を呼びかけ、取り締まったが左程の効果ともならず、少年少女に若造青年オヤジ酔っ払い無宿者なんかがぞくぞくと集結し、ほとんどお祭り縁日のごとき賑やかなる宴が始められたのである。そのうち見るだけに飽き足らなくなった幼稚園児小中学生なんかが眠っているヤエゴンにそうっと近づき、その岩石のごとき身体に触っては逃げ戻り、はしゃいでは又触りに行き、逃げ戻っては又はしゃいぎ始めた。一般的には相当あぶない遊びだと思うのだが、特に強く注意する親、大人もなく子供らは次第とエスカレートしていく。　　　　　　　　　【つづく】

2007.07.03

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その4

正午を過ぎたあたりで日米合同戦闘機チームが再び現れた。今度はスクランブル対応の戦闘機だけではなく哨戒機や空中警戒管制機まで厚木基地や岩国基地、百里基地などから大挙して飛んできたのであるが、やっぱりヤエゴンの周囲を飛び回るだけで特にこれといった対策対応を講じる様子はなかった。で、実際のところどうだったのかと言うと、見た目通りそのままであり、つまり実際上もこれといった対策や対応を日米双方とも打ち出せずじまいだった。ま、それもいたしかたないと言えばいたしかたない。ヤエゴンなんて巨躯のモンスター出現のシュミレーションなど世界中何処の軍隊も持ってなかったし、ちょっと考えればわかるようにヤエゴンなんてありえない話であるから、何処の国の軍隊だってまともに相手にしていないと言うか、ざけんなよ。いるわけねぇだろ、ヤエゴンなんてよ。おまえら、ちょっと行って様子だけ見てこいよ。ったくよ。こちとら、そんなバカ話に付き合ってるほど暇じゃねぇっつうの。ってな次第だった。でもヤエゴン、いるんだからしょうがない。空軍の連中も己の目でヤエゴンを確認し、驚いたと言うか、でもやっぱりまだ信じられないと言うか、それでも実際に居るんだから否定しても始まらないと言う感じの半信半疑、でもちょっと笑っちゃうンですよねぇ。マジに。そんなひどく輪郭のぼやけた妙な報告を上げるから各部隊の司令部も困っちゃうと言うか、正直大変混乱したのであり、結局のところ、取り合えずはあのクソがきの様子でも見とこうや。な。ヤエゴンのクソぼけ、テキトーなとこで引き揚げるかも知らんし。ま、なにはともあれ敵さんの出方みとこッ。な。でも自衛隊機に一人、そのような煮え切らない指令に対策に対応に忸怩たる思いを抱くものがいた。早坂宏、二十七歳。大日本帝国の暁の大空にデビューしてまだ半年の新米パイロットである。早坂にとってヤエゴンは完全に悪だった。小さな南の島に脈絡もなく現れ、幾人もの人を殺傷し、建物や道路を破壊する悪の権化。悪の化身。悪の帝王。悪逆非道。クソ外道。鬼畜米英。早坂にとってまさにそのような存在であり、それ以外の何物でもなく、仮に両親や学生時代の恩師なんかが「いやいや、ああ見えてヤエゴンにだって良いところあるンだよ。怪獣には怪獣の生き方ってもんがあるンだよ。我々と同じ物差しで量れないンだよ」などと諭しても早坂は絶対に認めない。翻意などしない。する気などさらさらない。早坂は一貫してそういう男だった。航空自衛隊入隊の動機にも確固たるものがあり、曰く、悪の侵略者から祖国を守らんが為である。間違っても「パイロットに憧れて」とか「自衛隊に入って各種免許を取得するため」とか「適当な就職先が見つからなかったので取り合えず」みたいな出鱈目で意志薄弱なものではない。そこへ持って来てのヤエゴン騒動であるから勧善懲悪の人・早坂がいきり立たぬ筈はない。加地久美子と脇田を遠投した後、ヤエゴンは再び心安らかにサトウキビを頬張っていたのであるが、何処からともなく現れては、しきりと上空を飛び回る、旋回する、くるくる回る等して挑発行為を繰り返す早坂機に尋常ならぬ殺気を感じ取った。実はヤエゴン、精神感応が出来るのである。殊更にネガティビティ溢れる負の感情情動への感応はその感度も高く、ましてやこれが殺気殺意呪いの類なんかだと生存欲求の障害障壁として鋭敏極まりなく反応捕捉をする。ま、つまり、己の敵はすぐに判っちゃうわけだ。くそっ、やられる前にやる！言葉を持たぬ身の怪獣ヤエゴンは胸のうち、思念にてそのような叫び声を上げるか早いか早坂機に攻撃を仕掛ける。喰らい尽くし露出したサトウキビ畑の土をひとくれ握り締め、近づいてきた早坂機向かって投げつけたのである。近代科学の粋とも言うべき最新鋭戦闘機であったが、怪獣が行った土くれ攻撃にその脆弱さをいとも容易く露呈してしまった。珊瑚片を多分に含んだ石垣島の硬い土はジェットエンジンに吸い込まれるとタービン等エンジン内部を破壊し、推力を失った早坂機は呆気もなく東シナ海へと墜落していったのである。錐もみなどしながら。自らが悪と断じる者にしてやられた早坂の無念はいかばかりであっただろうか。遠く三沢基地から八重山は石垣島まで飛んできて志半ばで海の藻屑と消ゆる勧善懲悪の人・早坂の消息はその後、杳として知れない。それは文字通り、闇の中なのだろうか。　　　　　　　　【つづく】

2007.06.29

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その3

唐突に、突然に、一切の前振りも予告もなく目の前に飛び出てきた人間に驚き、反射的にそれを叩き潰してしまったヤエゴンだったが、今度はその手の臭いを嗅がなかった。学習したのである。もしかしたらまた酒臭いのではないか。人間とは酒臭い生き物であると。それに今は海岸線からも離れ、酒臭くともそれを洗い流せる海も水も近くに見当たらないし、ならばいっそ最初から臭いなど嗅がないほうが精神衛生的にも良好であろうと。でも一応は、その岩石の如きごつごつとした手のあちこちにこびりついた血と肉は公園の芝生で入念にぬぐってはおいた。袴田の非業の死に学んだかその日ヤエゴンの前に飛び出す莫迦はそれ以上いなかった。しかし目の前に居ないだけで、日が暮れて代謝レベルが低下し動きを止め公園の傍らで眠りに付こうとするヤエゴンを取り囲むように莫迦の輪が出来上がっていたのである。で、空にも莫迦の輪はあった。沖縄本島から自衛隊機と米軍機が日米合同演習よろしく編隊を組んで飛んできて、特に何をするでもなくヤエゴンの頭の上あたりをぐるぐるとやったのであるが埒もなく深夜には基地に戻ったりした。で、静寂の夜が訪れたのかというと全然そんなことはなかった。だって地上の莫迦の輪はヤエゴンが眠りこけてからも周囲百メートルをぐるりと取り囲み、そこでは見物客やら観光客やら地元の無職者や宿なし、暴走族まがいやラッパーまがいなんかが野次馬となって押しあいへしあい、朝まで乱痴気騒ぎをやらかしたのである。石垣島で夜に人が集まると必ずバカ騒ぎや口喧嘩、暴力沙汰や宴会、楽器の演奏、それに不倫やらレイプ未遂などなどがすぐに始まるのであるし、そこへもってきて混雑と混乱が席巻したこの日の石垣島では当然のごとく興奮してハイになって自己制御がまったく利かなくなった人たちが阿鼻叫喚の絵図を描いた。その騒ぎぶりはそうとう煩く喧しいもので、嘘か真か三十キロも海の向こうの多良間島まで喧騒が届いたと後日語られたのであるが、多分それは作り話だと思う。聴覚神経の制御により音声や振動の遮断が随意に出来るヤエゴンは自らがつくりだした静寂の中で夜明けまで昏々と眠り続け、その寝姿は公共放送ＮＨＫを始めてとして民放各社もオールナイトで放映されたのであるが、ヤエゴンは眠ると微動だにしないのでライブ中継される映像としてはなんら面白みも躍動感も興奮もなく、オールナイトでテレビをつけていた人の大半は午前二時にはつぶれてしまった。でも一人、眠ることもなく、つぶれることもなく、ただひたすらに苛烈なる眼差しをライブ中継のヤエゴンに向ける女がいた。沖縄本島の不動産業者・加地久美子五一歳である。「絶対このままじゃ済ませないよ覚えておけよ。　この腐れ怪獣野郎あああもう腹立つ煮えくり　返るイライラする許せない絶対許せない殺す　死なしてけちょんけちょんにして動物園に売　り飛ばして見世物にして損害賠償させる絶対　にさせる」などと句読点もなく喋り続けたり歯噛みしながら五十インチの大画面液晶テレビに向かって毒づく加地久美子の横では情夫の脇田茂助が怯えていた。彼が怯えているのはヤエゴンではない。無論、加地久美子に怯えていた。その才覚と運だけを頼りに人生半ばで財を成した者にありがちなように久美子もまたその気性激しく、自らを切れ者と自覚する故か他者を見下す性癖があり、殊に会社規模や財産において格下と断ずる男などは格好の攻撃対象なのだ。ましてや三流タレントで情夫の脇田などはほとんどペットと同格であれば、ヤエゴンが石垣島において行ったホテル破壊により大きな商談を潰された加地時久美子は今や怒りの権化と成れば小物脇田は叶うものならば権化の行動半径五キロ以内からただちに逃げ出したかったのであるが、飼い主様はそれを絶対に許さなかった。加地久美子は翌朝一番機で石垣島へと向かった。もちろんペットの脇田を引き連れて。ヤエゴンは日の出と共に目を覚ますと、激しい空腹感に突き動かされてサトウキビ畑へと移動し、正午すぎまでひたすらサトウキビを貪り続けていた。そこに久美子と脇田が登場したのである。久美子らはヤエゴンを取り巻いた警察官の制止を振り切り、ヤエゴンの眼前で大見得を切った。「あんた、いったいどういうつもりか知らないけどね、私の商売の邪魔をしたからにはただじゃ済ませないからね。わかってんの。こっちの損失額は億なんだからね億。億よ。それも一億や二億のはした金じゃないんだよ。ま、少なく見積もっても十億の商談だったのよ。わかってんの。十億よ十億。わかる？十億って。あんたはただ壊してりゃ気分いいかも知れないけど、今回の件でこっちが不渡りでも出したらどう責任とってくれんのよ。ええ何とか言ったらどうなのよ。この薄ら馬鹿のぼんくら怪獣が。聞いてんのかよ。喰ってばかりいないで人の話きけよ。聞けこの野郎。畜生め。こうなったからにはあんたの身体で償ってもらうわ。取りあえずは、どっかのサファリパークにでも行ってもらうから。あんたみたいのは相当珍しいから、まぁどう低く見積もっても十億やそこらにはなるから今回の損失は埋められるでしょうよ。だからおとなしく私に捕まりなさい。捕まれば許してやるから。それで今回の件は水に流そうじゃないの。いい？これは取引よ。わかる？　　　　　　と・り・ひ・き。ね、とりひきよ。とりひき。取引で世の中回っての。そのボンクラな頭でも取引ぐらい意味わかるだろう。ね。今からこの男、脇田をそっちにやるからおとなしくしてんのよ。わかった？｣そう言うと加地久美子は脇田に船の係留用ロープを持たせ、ヤエゴンの方へと背中を押しやった。昨夜から怯え続けた脇田の目から尋常なる光がその瞬間こと切れた。背中を押されたその力で、これまで三十五年間に渡って外界と脇田とを繋いでいたものの全てが断ち切れたのである。三流タレントであれなんであれ一般社会の構成員として成立させていたものを失った脇田は文字通り別人、別の人格となった。背を押され二三歩よろめいた後に脇田は猛獣の如くその痩身を翻し、問答無用と飼い主様に襲いかかったのである。みぞおちに一発食らわせ、彼女の動きの自由を奪うが早いかあっという間に係留ロープで簀巻きにし、めちゃくちゃに顔面を蹴りつけて言葉の自由をも奪った後にごろごろと転がしてヤエゴンの前へと運んでいった。ヤエゴンは畑のまんなかに座り込んで気分よくサトウキビを喰らい続けていたのに無遠慮に近づいてくる脇田と簀巻きにたいそう気分を害された。二人ともかなり酒臭かったのだ。握ろうとすると人間は容易につぶれてしまうことを既に学習していたヤエゴンは二人を慎重につまみあげるとよっこらしょと立ち上がり、苛烈にアルコール臭を放つ二つの物体を可能な限り遠ざけるべく思い切り投げ飛ばした。リリース時の衝撃で二人の首の骨が折れ、共にほぼ即死であったが五百メートルの距離を飛んでいくあいだ脇田の意識は至福に包まれていた。南の島の空に輝くおおきな太陽と、絵の具を溶かしたみたいな青い海が万華鏡のようにぐるぐると交錯し、それは到底この世のものとは思えないほど美しい色彩を放って脇田の最期を彩った。放物線を描いて短い飛翔をとげた脇田は幸せだった。で、幸せなままに自動車整備工場の壁に激突し、全身の骨が砕け、太い骨の一部は筋肉をつきやぶって身体の外へ飛び出したが、もはや脇田にはその自覚も痛みもない。一方、簀巻きの久美子は港へ下る長い坂の途中に落下着地し、簀巻きであるがゆえに坂道をゴロゴロと転がり落ちるとそのまままっすぐ港まで運ばれ、勢いあまって桟橋からダイブし港湾の底へと沈んで見えなくなった。幾人もの人たちがそれを見ていたのだが、唐突に転がってきたかと思うが早いかそのまま港湾の底へと沈んでいった簀巻きが一体なんであったのか進んで調べようと言う者は皆無であり、今後もし簀巻きが海底から浮き上がってくることがあろうともヤエゴン騒動に乗じて誰もそんなものに構っている暇はなく、簀巻きの正体はこれからもずっと未来永劫闇の中なのである。　　　　　　　　　【つづく】

2007.06.24

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～　その2

ヤエゴン港湾出現に際してはもう一名の死者がいた。港に停泊、休憩していた小型高速船の船長である。名前を是城善吉と言った。善吉はヤエゴンが港湾内で立ち上がったその刹那、ヤエゴンの横を船ですり抜けようと高速船を急発進させたのである。でも急発進とは言え、所詮は船であれば怪獣の隙を突き、その傍らを瞬時に通り抜けられるほどの速度をいきなり出せるわけではない。それでも善吉の判断は俊敏だった。ヤエゴンが完全に直立した姿勢をとる前に善吉はフルスロットルに入れていたのだ。判断が俊敏だったというよりも、もしかしたらただ単に死ぬほど焦って判断を間違っただけなのかも知れないが、今となってはその真相は誰にもわからない。しかして善吉は操船を誤まり、ヤエゴンの太腿あたりに激突し無惨にも爆発炎上した。マスメディア各種は彼の死を『港にいた多くの人々を助ける為に怪獣に打撃を与えるべく突撃していった勇気ある死』として讃えまくり、その論調はまるで大政翼賛政権時のそれの如くあったが、地元の新聞は本土マスコミのそれとはちょっと距離を置き『島の男。海の男。その見上げた男気』というタイトルで社説を掲載、地元の人々の共感を得たのである。ま、でも、多分、実際は我先に逃げようとした挙句の操船ミスだったのである。ま、どっちでもいいんだけど。そうしてともかくも観光客の団体八名と地元の船長一人の命を奪うも首尾よく酔っ払いの怨念を水にながし気を取り直したヤエゴンではあったが、その周囲では色々と死んだり壊れたりしたせいで港湾を取り囲む連中があまりに騒ぎ立てたりしたせいで、やっぱり気分を害してしまった。そういうときは喰うしかない。ストレスが溜まるとヤエゴンは喰いに走った。喰って憂さを忘れるのである。ヤエゴンは港湾から再上陸し、逃げ惑う人々を襲撃するのかと思えばさにあらん。ヤエゴンは草食なので人々を襲って喰らったりは基本的にしなかった。では何故最初に酔漢が襲われたのかというと、ただ単に目障りだったからである。喰おうとした植物の繁みの中にあろうことか大の字に寝ていて非常に邪魔だから、どこかそのへんにポイッとやろうと手に持ったところ誤って握り潰してしまったのである。だからヤエゴンは畑へと向かった。とりあえずまとまった量がある植物ならなんでもよかったので市街地周辺に広がるサトウキビ畑あたりがてきとうかなと考え、市街地を最短コースで突き進もうとしたのであるが、今度は身長三〇メートルが仇となり巨躯が禍してなかなか突き進めない。そりゃそうだろう。だって十階建てのアパートメントが歩くようなもんなんだから各種建築物で込み入った市街地を突き進むのは障害物の中を突き進むのと同義である。ヤエゴンは苛ついた。ムカついた。誰だよこんなところにホテルなんか建てるのは。畜生め。またホテルだよ。アパートだよ。マンションだよ。一体いくつあんのよ。うそだろ。なんでこんな狭い島にホテルやアパマンばっか何十軒も建ってんだよ。畜生め。どうせ拝金主義にまみれた本土企業の連中と、地元の手下企業の奴らの仕業だろ。ろくなことしやがらねぇよな連中ときたらよ。邪魔で歩くとこねぇじぇんか。ええい、こうなりゃ片端からぶっ倒す。というわけでヤエゴンは自分と同サイズのホテルやらアパートやらマンションやら室内練習場などに体当たりをかまし始めのであるが、その光景を見つめ、独りほくそ笑む者がいた。リゾート開発反対運動のリーダー袴田万亀男である。破壊神ヤエゴンをリゾート開発反対運動の象徴として旗頭として担ぎ出せば世間からおおきな注目を集められる筈、とふんだのである。袴田はそう考えて狂喜した。おれはまさしく天才だ。カリスマリーダーだ。こんな天才的なことを思いつくのは石垣島狭しと言えども俺をおいて他にはないだろうな。うんうんそうだとも。かなり天才だろ、俺ってさ。いやぁ我ながら驚くわ、自分の才能に。こんな才能が溢れる男が石垣島になんて埋もれていて良いわけないわな。うん。それは罪悪だろ。というわけで袴田は大建造物破壊に忙しいヤエゴンの前へとまろび出て行ったのである。「おおおおい、ヤエゴン。俺の話を聞いてくれ。　頼むよ。ちょっとあいだ手を止めて俺の言う　ことに耳を傾けてくれないか。頼むよヤエゴン」そう叫んだ袴田は自分の言葉に自分で感嘆する。ホテルを破壊する怪獣に向かって『ちょっとあいだ手を止めて俺の言うことに耳を傾けてくれないか』なんて二一世紀に残る名台詞だぜ、おいっ。やっぱ天才だろ、俺。しかし己の才を見誤るものは他人の才をも見誤る。袴田はヤエゴンの前にまろび出るなり叩き潰されてしまった。ヤエゴンには本土系土木建築企業の営業マンも、リゾート開発反対運動のリーダーも無関係であり無頓着だった。だってヤエゴンは怪獣なのだ。象徴でもなければ旗頭でもない。腹を空かし、楽しんだり苛ついたりするただの怪獣である。袴田はそんな簡単なことに考えが及ばなかったのであろうか。それとも…。怪獣の前に勇んでまろび出て行った袴田の謎の行動。その真意は今も闇の中である。　　　　　　　　【つづく】

2007.06.20

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その1

最初にそいつの姿を認めたのは植え込みの中で朝まで勝手に行き倒れていた酔っ払いだった。すがすがしいと言うには少々暑苦しく感ぜられる南島の陽光を背に仁王立ちのそいつが落とし逆光の影のただ中で意識をば取り戻した行き倒れの青年は、寝惚け混濁した視界に映る異形の影姿が何を意味しているものかさっぱりわからず、はたまた、それは夢か悪夢かまぼろしか、もしくは昨夜から摂取過多となり果てたアルコールとニコチン、あと少量のアルカロイド系薬物によるバットトリップの類だろうかと自他共に認める酒癖薬癖の悪さゆえ己のまなこに映ったものの判読判別すら放棄し、再び夢魔の手の中へと落ちていったのであるが、それが彼の人生最期の時だった。つまり泥酔あけの彼が二度と現に戻ってくる事はなかったのだから。そう。その酔漢めは無残なまでに握り潰された。肉がむにゅっと裂け、骨がバキバキっと折れまくり、行き場を失った未消化食物と空気で膨らんだ各種内臓が「ボンッ」と破裂した。誰に握り潰されたって、その異形なるモノにである。人一人を握れるほどにその手はでかく、そんなでかい手を持った異形なるモノの本体サイズは当然ながら驚愕のでかさだった。どれくらい驚愕かと言うと、あまりにでかすぎて述懐するのが困難なほどでかいのであるが、島のオヤジどもはそんなバカでかい本体を指さして「あれは三〇メーターはある。ああ間違いない。絶対あるから、三〇メーター。ああ間違いない。三〇だ。絶対の絶対だ」などとかなり強い口調で断定するくらいのワイドスケールであり、つまりそれは一般に怪獣などと呼称されているものの身長サイズであり、実際のところ世間も各種マスメディアもそれを怪獣と呼びならわす事となった。怪獣ヤエゴンである。多少とも気の利いた人ならばいくら八重山に現れた怪獣だからって「ヤエゴン｣はないだろう。それはあまりにイージーなんじゃないか。もうちょっと他にさ、やっぱネーミングの作法とかってあるでしょう、ねぇ。ヤエゴンは恥ずかしいよ。うん格好わるなぁヤエゴン。などと憂慮したのは言うまでもないが、結局ヤエゴンで一般に定着することになった。確かにセンスの良いネーミングとは思えないが、世間一般がそう呼び習わし、そう決まったからには仕方なく、これ以後もヤエゴンでの記述が続くことをご了承いただきたい。肉片骨片となった酔漢の成れの果てを顔に近づけその臭いをかいだヤエゴンは厭々をするように巨大な頭を打ち振るわせた。ふるふると震えて見せたのである。自らの手に握り締められていたモノが何か途轍もなくおぞましきモノ、もしくはこの世のものとは思えないほどに汚らわしきモノであるかの如くその無骨なる手と腕とを打ち払い、わ、わ、変なもの触っちゃったよ。わ、わ、みたいな仕草で酔漢の成れの果てを地面へと叩きつけようと試みたのであるがヤエゴンはすっかり取り乱し慌てふためいたせいでアルコール漬の肉塊をあやまって自分の足の甲へと投げつけてしまい、それは「べちゃ」という湿ったノイズを立て、まるで巨大なユッケの刺身が盛り付けられたみたいにヤエゴンの足に貼りついたのである。うそウソ嘘、いやだイヤだ嫌だ、だめダメ駄目、ちょっと勘弁してよ、みたいにしてヤエゴンは肉片が貼りついた片足をあげ振り払おうとした。しかし肉片に宿った酔っ払いの怨念か八本もあるヤエゴンの足の指にがっちりと食い込んだ肉片はそう簡単には飛び散らず、なかなか取れなくてヤエゴンはパニックをおこしかけ、更に足を激しく振ろうとした挙句に身体バランスを崩し、おっとっとっとっとっと、とケンケンの格好のまま百メートルほど横に流れていき勢い余って岸壁から足を踏み外すと巨大な水柱を立て港湾の中へと横倒しに沈んでいった。しかしさすがは身長三〇メートル。海に落ちたおかげで我を取り戻すとやおら立ち上がり、海中で少し持ち上げた己の足を見つめ八本の足指をばらばらと動かして肉片がきれいに取れたのを満足げに確認したのである。しかし、今度はそのように脈絡もなく突如として現れた怪獣ヤエゴンの姿に港湾に集う人々がパニックに陥ったのは当然といえば当然であった。港にいたのは地元観光産業に就労する業者の方々と本土からの観光客だった。で、その多くはヤエゴンの立てた水柱の飛沫を全身に被りズブ濡れとなったが、誰一人文句を言う者も、怒り出す者もいなかった。海中に立っているにも関わらずその頭頂部がはるか上方に位置する怪獣ヤエゴンの姿をば全員が無言のまま見上げたのである。誰しも白痴のような御尊顔と成り果てたままにしばし見上げ続け、やがて堪えきれなくなった一人の中年女性観光客がお湯の沸いた笛吹きケトルみたいな叫び声を張り上げた途端に港に集った白痴全員が走り出した。あ、あ、あ、そうだよね。そうだよね。逃げなきゃね。だって怪獣だもんね、あれ。やばいよ。絶対やばいって。かかかかか怪獣でしょ、あれ。ねねねねねね、そそそそそそそうだよね、嫌だなぁ。参ったなぁ。うん。困った。とても困ったよ僕は。とか言いながらぶつかり合い、押したり押し倒したりしながら逃げ惑う人々で溢れたが、なんだかんだ言ってもその多くは首尾よく港湾から避難できたのであるが、なにゆえか自らの意思で海に飛び込んだ中年の観光客が八名ほどいて全員が溺死した。彼らは只単にパニくっただけなのか。それとも覚悟の自殺だったのか。八名の死の真相は今も闇の中である。　　　　　　　　　　【つづく】

2007.06.19

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．12

　聞かされた朝要のほうは途端に暗い気分だ。新規事業を肴に酒と明るい展望でほろ酔いヘラヘラと喋っていたのに、大麻だハッシシだと脅かされて元来が気の小さい朝要は途端に素面（しらふ）に戻りそうになった。学生の頃より決して優良でも模範的でもなかったが、犯罪と呼べるものはショボい万引きぐらいしかやったことがない朝要にとって覚醒剤もシンナーも大麻もハッシシも同列に凶悪な犯罪アイテムであり、まだしもシンナーは多少身近と言えなくもないのだが、覚醒剤やコカインや大麻、ハッシシなどの薬物キーワードともなると朝要にとってそれらは暴力団とほぼ同義なのである。　ボックス席でサユリと戯れるハッシーをまじまじと振り返った朝要は然るべくしてハッシーが暴力団の若き幹部である可能性を探り始めてしまう。ひところはオレオレ詐欺の興隆で全国いずこの暴力団もその下部組織あたりじゃ稼ぎ放題、この世の春を謳歌せしめ高笑いに馬鹿笑いとどまるところを知らず遂にはオレオレ詐欺養成学校の設立にまで至ったのだが昨今じゃ同詐欺の世間的認知度もすっかり上がってしまって騙される輩の数は皆無ではないものの往時とは比ぶべくもない分の悪い仕事でしかない。週に何百万も稼げた頃なら事務所を頻繁に変えても警察なんかの捜査網をするりするりと交せはしても、稼ぎが芳しくないとついつい万事に見切りが悪くなるからサツのお世話になりっぱなしだ。ならばと、各暴力団が共に回帰を図ったのが古典的詐欺の数々だ。大口の不動産詐欺を筆頭にリフォーム詐欺に訪問販売詐欺、当たり屋に美人局（つつもたせ）などなどであるわけだが、無論朝要がその実働部隊たるチンピラと言うわけでは決してない。過日、沖縄本島は那覇・松山界隈で地回りのヤクザ稼業に勤しんでいる叔父などと酒席を囲んだ折に斯様な事情を聞かされたのである。愚痴とも自慢ともつかぬ叔父の業界裏事情を思い出した朝要の目に映っているハッシーはもはや立派なチンピラだった。起業を餌に、保証金やら手付金やら騙し取られて、こちらが被害に気付いたころに奴の姿は島になく、フィリピンあたりを目指してとうの昔に機上の人って寸法だろうがそうはさせまじ。さあ困ったぞ。どうしたものかと朝要は堅く腕組み、半泣き堪えて蝶子ママを見詰めたのである。　　　　　　　　　[ to be continued ] ブログランキングへ

2006.06.07

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．11

「あれと一緒に事業起こすからよ。蝶子ネーネー、あれな、見た目はちょっと冴えないけどよ、金は持ってるらしい。うん。持ってるって本人は言ってるから。うん。金は出すって。うん。いい奴だろ。見た目はあんなんだけど、あの、なんて言うの、あの、人を見る目があるって言うのか。うん。オレと源太で考えてる事業計画に出資するって言ってくれたわけよ。うん。な、いい奴だろ。悪い奴じゃないから。うん。だから蝶子ネーネー、いじめんでよ、あいつ。いい奴だから。うん」　そう答える朝要の呂律は『蝶の館』が本日の二軒目であるだけに既にあやしかったが、事業への出資者たるＴシャツ君を見る蝶子ママの眼差しに大いなる疑念の色が混じっているのは酔っ払いの朝要とて見逃さなかった。「蝶子ネーネー。あれの名前、橋田雄一。忘れんでよ。橋田じゃ覚えづらいからよ。うん。ハッシーって呼ぶか。な、蝶子ネーネー。そうしよう。ハッシー。うん。ハッシーか。いいだろう。うん。うん」　汚濁の極みの如き恐ろしきＴシャツを平然と着こなし、店の女の子に少々いじられただけで簡単にいじけるような男をハッシーなんて可愛げなニックネームで呼ぶなんて蝶子ママにとって断固拒絶すべきものではあるのだが、蝶子ママはこの道２５年、そのへんの半端な水商売の姉さん方とは格が違う謂わばプロ中のプロであればこそ平然と、まるで旧知の友の名を呼ぶがごとく「ハッシーね。随分と可愛い名前じゃないか」などと穏やかなる笑みのひとつも浮かべて見せるのだ。でも蝶子ママを蝶子ママたらしめているものは、ガラムマサラなんかの乾いた芳香漂うインドカレーの如き辛辣さであればこそ「でも彼、ハッシーって言うよりはハッシシのほうがお似合いかねぇ。ほら、最近は石垣島や西表島なんかにも多いけど、大麻だのハッシシだの好きな連中って彼みたいなの多いだろう。あんた、最後に風呂入ったのいつ？みたいな連中だよ」などと、蝶子ママ独自の見解を最後に添えることを決して忘れはしないのだ。 [ to be continued ] 　　ブログランキング・沖縄へ

2006.06.04

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．10

　　確かに蝶子ママは気付いた。朝要の言動に喚起し、自らそこに思い当たり、憶測であっても少なからず確信めいてはいた。それは確かだ。間違いない。でもサユリなどを相手に軽薄なまでに、はしゃぐ当人を値踏みすればするほどそんな確信は揺らいでしまうのだ。この道２５年、蝶の館には多くの客が訪れたわけで、貧相な外見とは裏腹に財産やら預貯金やらたいそう貯めこんだ連中など別段珍しくもなかったが、Ｔシャツくんはこれまで見てきたどのタイプとも様子が違うのだ。隠れて貯めこむ輩というのは大抵の場合少々偏屈だったり、意地がきつかったりと良くも悪くも芯が通っているものだが、Ｔシャツくんときたらその容姿意志薄弱このうえなく、言動は極めて軽佻浮薄。そして、廃棄しないことが疑問に思えるほど汚れたＴシャツを着ているから蝶子ママは理解に苦しんだのだ。　金を貯め込む為にはず何より働かねばならず、節約し、節制し、ストイックな生活信条を掲げてそれに沿って日々を送らねばならない。本土からやって来たこの若年の軽薄漢に続けられる仕事なんてあるのだろうか。それに、Ｔシャツがこうも盛大に汚いまま着用を続けられる精神性とストイックなる生きざまとは根本的に違う話であり、蝶子ママは考えれば考えるほど働いて貯め込んだという選択肢を捨てねばならなかった。ならば残された選択肢は三つしかない。宝くじなどを含めたギャンブルによるものか、親や祖父などが遺産でも残して死んだか、窃盗や詐欺といった犯罪によるものの三つだ。蝶子ママが第一候補に挙げたのは勿論三番目の窃盗や詐欺などの犯罪による金品の収奪だった。彼が本当にそれ相当の預貯金を持っているとしたらそれしか考えられないだろうとも思った。「朝要、スポンサーってなんだい？仕事かい？それとも今夜の飲み代でも出してくれるスポンサ－なのかい？」トイレから出てきた朝要をつかまえて蝶子ママは笑顔でそう尋ねた。　　　　　　　　　　[ to be continued ]　　不忘押事(偽中国語）→ブログランキングへ

2006.06.02

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．９

　次いで朝要らがサユリの不穏当な発言に厳重注意をしてみせるとＴシャツくんは幾らか機嫌を直したのかソファーに深く座りなおすと歪んだ笑顔をみせた。　ハハハ。まぁね、オレもガキじゃないからさ。Ｔシャツのことぐらいで本当に帰ったりはしないさ。ハハハ。朝要くんも源太くんもオレが本当に帰ると思ったでしょう。やめてよ、帰らないよぉ。ギャグだよ、ギャグ。ハハハ。でも、なに、オレのＴシャツ汚いのとは違うよねぇ。違うでしょう。そうだよ違うよぉ。やっぱＴシャツは着古した感じと言うか、ビンテージ感が欲しいじゃない？でしょ。でしょ。そうなんだよぉ。この子は若いからそういうのがわかんないだろうね。ね。ね。え？この子、サユリって言うの。あっそう。サユリちゃんは幾つ？スリーサイズじゃねぇぞ。年齢だよ年齢。え？２１？めっちゃ若いじゃない。２１って微妙な年齢だよね。オレなんかも２１の頃って微妙だったもん。え？なにが微妙かって？いや、あの、やっぱ微妙じゃない。ね。ね、微妙だよね源太くん。え？なに、サユリちゃん？オレの歳？２５。え？２５は微妙じゃないのかって？そうね。２５はある意味、微妙なところは脱してるよね。だって25ってさぁ...　そのようにあまり意味のない話で唐突にも饒舌の徒となったＴシャツくんに蝶子ママはカウンターの中から怪訝なる視線をぶつけ、それに気づいた朝要がトイレへ行きがてら蝶子ママに近づいて小声で言った。「蝶子ネーネーごめんね。あれ、俺らのスポンサーだからよ」そう言って朝要は下手くそなウインクなどしてみせるから勘のいい蝶子ママはすぐに気がついたのである。目の前のボックス席で軽薄なる言動に走る内地の青年は、臭い立つほどに汚れたＴシャツに身を包んではいても預貯金だけは一杯あるのだ。あれが先ほど噂に上ったその人なのだ。　　　　　　　　　　　[ to be continued ]　　不忘押事(偽中国語）→ブログランキングへ

2006.05.31

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．８

「味ってどういう意味？汚いのと味は違うでしょう。お客さんのＴシャツ、汚いだけだよ～。もー、それ絶対きたないィ。それ、洗ってるゥ？それとも２０年くらい着てるゥ？」などと不遜にも言い放っては微笑んでみせるホステス・サユリにＴシャツくんは不覚にも返す言葉を失ってしまう。雑巾より汚いＴシャツを着ているとはいえ彼は飲屋に酒を飲みに来た立派な客であるし、店側からみるなら彼はこれから大切に育てねばならぬ善良なる新規顧客であるし、何よりも彼は蝶子ママの親族が連れてきたのであるから言うなれば店の関係者なのである。それら様々な立場を自覚すればこそＴシャツくんは店の若いホステスに唐突なる毒舌でからまれるとか、脈絡もなくコケにされるなどの状況をこれっぽっちも予期していなかったが故に容易くも平常心喪失の危機に直面していた。　そうでなくとも元来が貧相で脆弱であるのが彼の平常心だ。それに女性からの口撃にも滅法弱い。Ｔシャツくんは辛辣でひどく口の悪い母親のもとに育ち、そして長男である彼は程度の差はあれ大抵の長男がそうであるように烈母からしっかりとマザーコンプレックスを植え付けられていたのである。だから女性から口撃されると簡単に反論不能に陥った。言うべき言葉をなかなか見つけられず、例え見つかってもそれを言葉に変換できないまま口ごもり、弱り果て、そして最後は「オレ、帰る」とやってしまう。それはサユリ相手でも変わることはなかった。　オレ、帰る！　そのこれみよがしの発語にもサユリは反応しなかった。盛吉や貞吉が見送ったのは当然のこと、蝶子ママすら唖然とするからＴシャツくんを引き留める者は誰もないかと思われたその時、源太と朝要が席を蹴って立ち上がった。二人はタッグチームのプロレスラーよろしく背後から飛びつくと二人がかりでＴシャツくんの腕を抱えてソファーに引きずり倒して言った。「はい、まず飲もう。な。な。な。飲むよ。な。帰らんよ」　　　　　　　　[ to be continued ]人気ブログランキングへ

2006.05.29

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．７

　　でもサユリは間違っても大物なんかではなく、単なる　肥満体であることに気がついた蝶子ママは改めて怒り　を掻き立てる。これで話し中だったら一体どうしてくれ　ようかとサディスティックな気分で携帯電話を取り出し、　サユリに電話をいれてみると、着信音が耳元で聞こえ　たのと同時に入口のドアが乱暴に開かれ、大音量の　着メロと共にサユリの巨躯が店内へと滑りこんできた。　蝶子ママがこと切れる寸前、サユリはぎりぎり間に合っ　たのだ。　　だが蝶子ママの期待と危惧を決して裏切らぬサユリ　は唇の周りをチキンの油で汚してもいた。閉店後のサ　ユリの処遇がこれで決まった。蝶子ママは決して客の　前でサユリを叱ったりはしない。あくまで閉店後なんで　ある。帰宅はおそらく明け方だ。蝶子ママの表情から　すべてを悟ったサユリはうなだれつつ蝶子ママに目で促されて客のボックスへと付く。汚いＴシャツを着た青　年の席である。　　そのＴシャツの汚れ方は、けっして明るいとは言えな　い『蝶の館』の店内であっても尋常ならざるものとサユ　リの目には映り、乾杯で簡単にお愛想を振るやいなや　不遜にもサユリは言い放った。　「お客さん、あんたのＴシャツ汚くない？」　　サユリの対面に座った源太と朝要は言ったサユリを　思わず見上げ、その次に汚いＴシャツの青年を顔をの　ぞき込む。二人もサユリと同様の思いだった。いや。　源太や朝要に限らず誰が見ても、おそらくは本人が見　ても汚いものは汚いのであるが当の本人はサユリにこ　う言い返した。「汚い？違うね。味だよ、味。わかる？」　　サユリは鼻で笑った。　　　　　　　　　　[ to be continued ]　　不忘押事(偽中国語）→ブログランキングへ

2006.05.22

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．６

　　蝶子ママがそう嘆いている頃、サユリはフライドチ　キンに噛り付いていた。買物などは最初から店を抜　け出す口実に過ぎず、彼女の外出の主たる目的は　買い食いなのだ。サユリは暇さえあればコンビニへと　　行く。醤油やらマヨネーズやら何か調味料が切れた　　と言ってはコンビニへ。タバコが切れそうだと言って　　はコンビニへ。指を切ったから判創膏を買ってくると　言ってはコンビニへ。そして、それら如何なる用件で　コンビニへ行こうともコンビニから出てきたサユリの　　手には必ずやフライドチキンが握り締められていた。　最初のうちこそ店へ戻ってきてからそれを食すサユ　リだったが、あまりの頻繁さをもってチキンを買い食　いするので遂には蝶子ママも業を煮やし、二度と私　の目の前でその脂ぎった肉の塊を喰うんじゃないよ、　などと怒鳴りつけられてからと言うものサユリは買って　きたチキンを、スナック蝶の館があるテナントビルの　非常階段であるところの外階段に座り込んでそれを　食べるようになった。食べながらケータイでベチャベ　チャと長話にも及ぶ。当然のことながらサユリはホス　テス業に就くものであるから主にスーツなどを身に付　けているわけであり、サユリの好みはダークな色合い　だったりするから階段に座り込んだスカートの尻あた　りをいつも白く煤けさせ、それはそれで身だしなみには　何かとうるさい蝶子ママの叱責をかうに充分な行為な　のではあるが、客足が途絶えた夜なんかは蝶子ママも　堪えられるものなら堪えてみせようとサユリの買い食い　行為を黙認もしていた。だが、チキン買い食いにコンビ　ニへと走るサユリにはこれと言った行動基準がないよう　で、客が少なかろうと多かろうと団体さんが入っていよう　と、はたまた貸切の宴会が宴も酣であったとしてもやは　りサユリは何かと口実を繕ってはコンビニへと向かうか　ら蝶子ママは許せなくなる。そうでなくとも肉厚の下唇を　脂でテカらせ、巨大な尻にいっぱいに階段の埃を付着さ　せて満席の蝶の館へと戻ってきた日のラストはいつも蝶　子ママの説教で終わることになるのだ。　　サユリが勤め始めてから一年近くになるが何度説教　のラストを超えてきたか誰にもわからなかった。何度咎　められようとも、幾度罵られようとも一向に改める素振り　のないサユリに対して最近では蝶子ママも怒りも諦めも　とうに通り越し、ついには畏敬の念すら覚えるようになっ　ていた。この子、もしかしたら将来大物になるかも知れな　いよ。　　　　　　　　　　[ to be continued ]不忘押事(偽中国語）→ブログランキングへ

2006.05.16

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．５

　しばし混乱する蝶子ママだったが、朝要ご機嫌の理由などは考えるまでもなかった。「朝要、今夜はずいぶんと絶好調じゃないか。巨人が大勝かい？それとも逆転サヨナラかねぇ？いやいや、原監督がホームランでも打ったかなぁ」　蝶子ママのそのようなひねくれたお愛想にも待ってましたとばかりに馬鹿のつくほどの大声を張り上げ今夜の巨人ー中日戦において終盤まで劣勢だった原監督率いる読売巨人軍が如何にして逆転勝ちをおさめたのかを朝要は嬉々として語り始めるから蝶子ママはすっかり不機嫌になる。　蝶子ママの贔屓は中日ドラゴンズなのだ。それも落合監督の大ファンだ。いつどこで手に入れたのか彼のサインボールやサインバットまで持っているし、更に言えば落合監督が選手時代に述べた個性的で少しばかりひねくれたコメントの数々に心酔してきたなかなか年季の入ったファンなんである。蝶子ママ本人はあまり認めたがらないのだが蝶子ママと落合監督が顔面相似形をなしているのは本人以外の多くの人が認めるところであり、蝶子ママのドラゴンズ贔屓は落合監督との近親感ゆえに違いないと貞吉ら親族はいつも噂していたのだ。　巨人の勝利を一人報告し続ける朝要は放っておかれ、汚れたＴシャツ君と源太はボックス席へと腰をおろして泡盛の三号瓶と水割りセットの注文をした。それで蝶子ママはサユリがなかなか戻ってこない事に気付いて更なる不機嫌を募らせたのである。忌々しいったらありゃしない。あのデブ、またケータイでペチャクチャペチャクチャとやってやがるな。仕事中は電源切っとけ、って何十回言ったらわかるんだろうねデブは。今度みつけたら携帯電話へし折ってやる。あのデブが帰ってこないおかげで私が席につかなきゃいけないじゃないか。いやだよ私は。なにが悲しくてこんな汚いＴシャツ着た野郎に水割り作らなきゃならないのさ。あら、嫌だよ。近くで見たら汚いのは服だけじゃなくて顔も相当汚いじゃないか。鼻毛が伸びてるよ。許せないね。女性の店に飲みにくる時は鼻毛ぐらい切ってくるもんだよ。まったく。　　　　　　　　　[ to be continued ]不忘押事(偽中国語）→ブログランキングへ

2006.05.01

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蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～

　蝶子ママと盛吉は思わず顔を見合わせギクリとするが、貞吉は汚れたＴシャツの青年が入って来たことに気付かず、「そうだよな。蝶子ネーネーはやっぱりいいこと言うよ。１００万円の貯金なんて屁みたいもんだろ。俺なら一晩で使ってみせるな。那覇で、まず高級ソープ行くだろ。それから高級割烹で飯食って、それからもう一軒ソープ行くだろ。それも三輪車だな。３Ｐだ３Ｐ。な、どうだよ。それでもう三十万円くらい使ったんじゃないか。まだ三十万いってないか。いやいや、お姉ちゃんにチップでもはずめば三十万は堅いだろ。な、すぐだろ。使い始めて三時間くらいでもう三十万だよ。な、１００万円なんてすぐだってすぐ。あっと言う間になくなるだろ。なくなるんだよ。すぐによ」などと貯金１００万円が自分にとって如何に端金であるかの証明をすべく、一人勝手に暴走を始めるから従兄弟の盛吉に力任せの肘打ちなど喰らって貞吉はしばし言葉を失ったのであるが、彼はまだソー　プランドという処へ行ったことはない。風俗情報誌　等のアダルト系で頭が膨れているだけである。　噂をすれば云々と、汚Ｔ青年登場のタイミングにも驚いた蝶子ママだったが汚Ｔ青年の連れの顔ぶれを見て蝶子ママはもう一度驚いた。従兄弟の朝要とその同級生の源太が汚Ｔ青年の背中を押すようにどやどやと雪崩れ込んできたのだ。ナイチャーとは無縁であると断じていた無愛想極まりない島人の朝要がよりによって雑巾よりも汚い穴だらけのＴシャツを身に着けた本土の青年と蝶の館へ飲みに来るとは思いもよらず、蝶子ママや盛吉らはちょっとばかり混乱したのであるが、混乱したのもナイチャーとは無縁であると断じたのも蝶子ママの勝手と独断でしかないわけで、何ゆえか口籠っている蝶子ママをよそに当の本人は飽くまでも軽快だった。「はい、蝶子ネーネー。今日は新顔連れてきたさぁ。あんまりイジメんでよ」などと口も滑らかなうえに高らかなる笑い声など上げてみせるほどに朝要はご機嫌だった。　　　　　　　　　　　　　[ to be continued ]やばいですね。５０位以内も怪しくなってきたようです。少し更新ペースが落ちるだけで簡単に落ちるという事はブログ自体の力のなさの証明でもあります。ま、もとからコンテンツもなく、エッセイか連載小説のみなので更新ペースだけがランキング維持の命綱でした。ま、昨年１０月から少々ハイペースでとばしてきたので、ここらで一息つかせていただきます。更新ペースとランキングは少々落ちるかと思いますがそれなりのペースは守りますので、皆様、今後ともよろしくお願いします。忘れない程度でかまいませんのでクリックよろしくお願い致します。 →ブログランキングへ

2006.04.28

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じい様のような生活です。

蝶子ママの第三回目の掲載完了いたしました。更新ペースが遅いですね。転職したら立ち仕事が多くなり、船の仕事以来の立ち仕事は意外に肉体への疲労が大きく、夜の９時とか１０時とかに寝てしまいます。情けないです。で、五時とかに起きて今日は更新してみました。なんだか爺様のような生活です。新規連載『蝶の館へようこそ』はフリーページで掲載してますが、もしフリーページの行き方が不明なら下記をクリックして飛んでください。よろしくお願いいたします。　　　　　蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～

2006.04.26

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蝶の館　第二回の掲載完了

蝶の館　二回目の掲載しておきましたので続きをどうぞ。しかしどんなでしょうか？これまでのように日記に書き込んでしまったほうが一手間少ないぶん簡単に読めるかなとも思うのでもしかしたらこれまでのスタイルに戻すかも知れません。もし意見があれば掲示板にでもお願いします。よろしくどうぞ。

2006.04.22

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蝶の館へようこそ　掲載のご案内

やっとフリーページに蝶の館（第一回）を掲載しました。アップの作業中、電話は来るは、友人が遊びに来るは、長男が39度の熱を出すは、もう障壁だらけでなかなか作業が捗らなかったことを言い訳にしておきましょう。今回の蝶の館へようこそ～石垣島の夜の話～はこれまでより長めの話になると思うので一回ごとの掲載量も増やそうと思っています（ホントかな）。当然、前新城朝要も妻の美也子も、三名の子供らも出てくることと思います。でも今回は育児とは無関係な、八重山的所行無常な話なので御安心ください。何を御安心するのかはよくわかりませんが瑣末なところにはどうぞ拘らず単純に面白がっていただけたら幸いです。あっ。あと、桜子ＶＳ蝶子という展開も予定されています。よろしくどうぞ。　下記の文字列をクリックしていただけますとブログランキングへ投票となりますのでそちらも宜しくお願い申し上げます。　　　　　　　　　人気ブログランキングへ

2006.04.20

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『蝶の館』へようこそ　朝のアップ間に合いませんでした。

フリーページの構成が間に合わず、本日スタートの八重山的小説『蝶の館へようこそ』の出勤前アップができませんでした。今夜にはフリーページのほうでアップさせていただきますので何卒よろしくお願い申し上げます。ではまた夜に。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　仁科たかし

2006.04.20

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八重山の夜は更けていく。蝶の館へようこそ。次回作のお知らせ

　　リンクしてある八重山見聞録～驚愕の日々　～第二部掲載の『短編小説による八重山的　育児論考』の中に前新城家の者たちが巣食う　スナックが登場する。本文中に記載はないが、　店名を『蝶の館』と言う。当然、ママの名前は　蝶子である。次回からの連載は彼女が主人公　のお話で、タイトルはそのまま『蝶の館』である。　　前述の八重山的育児論考を書いた際にママ　のキャラクターが一人歩きを始めてしまい、夜な　夜な私の枕もとに立っては「私の話を書いてくれぇ　書いてくれぇ」とママがしつこく言うので、その際に　少しだけお情けで彼女の話を書いてあげたの　だが今回その原稿が見つかり、それを大幅に　加筆しアップする運びとなりました。よかったら　前述『八重山的育児論考』のほうも事前に読み　合わせていただけると幸いかと存じます。　　では皆様、明日からの掲載になりますので何卒　よろしくお願い申し上げます。　ブログのスタイルを変更してみようと考えております。小説を中心に据え、日記はやはり日記として雑記を扱い、フリーページにて小説の連載をやるつもりでおります。今後も皆様に読んでいただけるものを書くべく尽力する所存にございますので皆様ひとつよろしくお願い申し上げます。下記の文字列をクリックしていただけますとブログランキングへ投票となりますのでそちらも宜しくお願い申し上げます。　　　　　　　　　人気ブログランキングへ

2006.04.19

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あとがき・ボクは島の男になる

　則安くんは完全に失敗しました。筆者自身がまっ　たく感情移入できない酷くしょうもないキャラクター　にしてしまったようです。だから筆が全然進まなくて　毎回困りました。なんでこんな人の話を書こうと思っ　たのか自分でわからず、予定の半分くらいのところ　で強引に終わらせた次第です。本当はもっと救いの　ない話を続けようと画策していました。これでもか、　これでもかとやっかいな人たちに責めさせようとして　いましたが、則安をあまりにも責め甲斐のない人に　してしまったのです。すいません。　　彼はもしかしたら筆者の畏れを投影したキャラクター　なのかも知れません。認めたくない部分というのでしょ　うか。もしかしたら筆者は密かに合意の上での痴漢を　やりたいと思っているのかも知れないし、掃除道具を　　探して３０分あまりも店内外をうろついたことがあった　ようななかったような。そして何よりも、島の方々に認　められたいという思惑が筆者の中にもあるのでしょう。　ま、なんであれ、筆者自身がもうちょっと入れ込める　人物をつくらないと駄目ですね。じゃないと全然書けな　いのだと今回初めて知った気がします。誰のことでも　書けるほど器用ではなかったんです。すいませんでし　た。次回から気をつけます。あとがきと言うより反省文　になってしまいましたね。皆様、どうぞこれに懲りず今後　ともよろしくお願い致しますよ。ではまた次回。　ランキングベスト１０への道は遥かに遠そうですが日々書き続けるばかりでございます。皆様のお力添えもあればこそ。ひとつよろしくお願い申し上げます。下記の文字列をクリックしていただけますとぶろぐらんきんぐへの投票完了となります　　　　　　　　人気ブログランキングへ

2006.04.11

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ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～第６話

　だからその証拠に動かぬ証拠はいとも簡単に否定されたのである。知らん。こんなメモ知らん。わしの字でもないし、こんなもん知らん。でもそう来られると則安も引けなくなるのは道理であり、あんたのメモだ。いいや知らん。あんたのだ。いいや知らん。あんたのだ。いいや知らんと無益な応酬が果てしなく続くかと思われたその時、紳士の斜め後方から甲高い怒声が店内に響き渡った。　　この内地の兄ちゃんは何わけのわからん事をいつ　までも言ってるのかね。うちの夫が知らんって言って　るんだから知らないの当たり前だろ。やかましい！　このボンクラは！いいかげんにしろ！　　紳士の妻からもボンクラ呼ばわりされ則安は言葉を失うしかなかった。知らないものは知らない。それ以上の否定はない。メモだって指紋の押収でもできない限りは何の証拠にもならないのだ。則安は店長に促されて憤怒の夫婦に謝るしかなかった。このたびはご迷惑をお掛けしてたいへん申し訳ありません。二度とこのような不手際がないよう業務に細心の注意を払うことをお約束いたします。本当に申し訳ございませんでした。今日のところはどうぞお引取りください。　それでも夫婦は帰ろうとはしなかった。配達から引き取った二箱分の黒糖１００袋を半額にせよと今度は店長相手にごね出したのだ。　こいつらは最初からディスカウントが目的だったのだろうかと則安は思ったが栓もないことだった。夫婦は当然のごとく店長攻略にも成功し、黒糖１００袋の代金を半分だけ支払い意気揚揚と引き揚げていったのだ。　そのあとには然るべき展開が待っていた。店の倉庫に連れて行かれ一時間あまり店長から叱咤中傷されて脂汗をかきつづけ、駄目ないちゃーだの使えないちゃーだの散々馬鹿にされた挙句にすっかり具合を悪くして仕事を早退した則安はそのまま帰宅したのだが、家に帰れば帰ったで今度は自分の妻から乱暴な言葉を投げつけられ、時給の身分のくせに簡単に早退なんかするな。汗臭いから近寄るな。おまえワキガだろ。病院行って手術してもらってこいだのと罵倒されて更に調子を悪くした則安はふらふらと家を出ていくと夜の繁華街へと流れ着く。酒におぼれ、隣席した地元の青年三名におまえら島の人間はもっと一生懸命仕事しろ。二日酔いで仕事さぼってんじゃねえよ。本土の人間をちゃんと見習うんだぞ。いいな。わかったな。などと偉そうにやってしまったから店の外へと引きずり出されてボコボコにされ、気がついた時にはどこか路地裏の軒下で倒れていた。視界の傍らで空が白み始めていた。重い重い頭をあげてみると辺りには御同輩らが死屍累々、酔いつぶれた青年らがごろごろと行き倒れになっていた。　思わずして則安の顔に笑みがこぼれる。ボクもこれで立派なシマンチュだな…。うん。そうだな。　　　　　　　　ボクは島の男になる【了】　　　ランキングベスト１０への道は遥かに遠そうですが日々書き続けるばかりでございます。皆様のお力添えもあればこそ。ひとつよろしくお願い申し上げます。下記の文字列をクリックしていただけますとぶろぐらんきんぐへの投票完了となります。　　　　　　　　人気ブログランキングへ

2006.04.10

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ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第５話

　昼一番の配達に行った青年が店へ戻ってくるなり則安の前で何やら苦しげな人相などつくりながら言うのである。９８箱、返品されたぞ。お客さん、ずいぶん怒ってたぞ。おまえ、どんな注文の受け方してるわけ？しっかししてくれよ。頼むよマジに。　則安には配達の青年が喋ったその文章の意味がわからない。さて返品とは果たしてどういう状況をさして使う言葉だっただろうか。確か～、え～と、あの～、そう。品物を返すから返品だよね。そうだよね。うんうん。返品ね。え？返品がどうかしたの？誰が何を返品したって？黒糖？え？黒糖ってあの黒い砂糖のこと？黒糖を配達させたのって朝の、あのお客さんでしょ。いやあ、だったらそれはあり得ないって。だってあのお客さん、島人だよ。わけのわからない観光客じゃないよ。マジに。　則安は思い出した。あわててズボンのポケットを探るとメモが出てきた。黒糖の数量を記してあるメモだ。　何度見直しても透かしてもそこには間違いなく”１００箱”とあった。則安は一瞬安堵しそうになったが、ならば何故大量返品されねばならぬのかと疑念と不信感が沸き起こる。そして配達係の青年から大量返品の報告を受けた店長がこれまた苦しげな人相で現れ、則安の前に立ちはだかった。　そして店長に遅れること数十秒、問題の地元紳士が再び現れたのである。彼の顔もまた深く苦渋に満ち満ちた険しき人相だった。今度は何ゆえか奥方まで引き連れており、彼女を斜め後方に従えた紳士は則安の顔を見るなり咆哮する。　　あんたはボンクラか。１００箱も持ってきてどうする　んだ。店でもやらせる気か？バカか？あんたは。　わしが注文したのは１００袋だぞ。わかるか？箱　じゃなくて袋だぞ。トラックの荷台に１００箱積んだ　時におかしいと思わんのか。誰が個人で１００箱も　買うか。このボンクラ。　　店内にいた数名の観光客が驚いて振り向くほどの怒声を張り上げる地元紳士の斜め後方では般若の如き悪い人相の奥方が則安を睨みつけていた。夫への堅い忠誠を誓うよう夫の吐き出す一言一句に蒼き海よりも深く頷きつつ、ひたすらに同調してみせる彼女は健気(けなげ)ですらあったが、無論そんなことを慮（おもんばか）る心の余裕が今の則安にあろう筈がない。則安は、連なる責め句を止めようと例のメモを紳士の顔の前に差し出し、そして大声でやり返したのである。これが動かぬ証拠ですと。　それは宣戦布告にも似ていて、則安らサービス業に携わるものが決して拠るべきではない浅知恵だった。　　　　　　　　　(to be continued)　ランキングベスト１０への道は遥かに遠そうですが皆様のご尽力ひとつよろしくお願い申し上げます。みどころがあるようでございましたら下記の文字列をクリックしていただけませんでしょうか。合掌。　　　　　　　　人気ブログランキングへ

2006.04.09

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ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第４話

　歓迎会の翌日、地元の壮健なる紳士がお客様としてやってきた。土産物屋だけあって顧客のほとんどは観光筋であるからこれはたいへん珍しい、如何いたしましたでしょうか御客様、何か御探しですかと則安が接客にあたったところ壮健なる紳士は上着の胸ポケットよりメモなどを取り出して恭(うやうや)しくも言うのである。　あ～きみきみ、きみは内地の青年だな。何処　だい？山形か。そうか。山形はいいところだな。　うんうん。山などがとても美しくて、確か湖など　もあったな。それに大きな河が流れていた。う　んうん。わしは行った事はないが、写真で見た　ことがある。うん、たいへんなもんだよ山形は。　あ～きみきみ、ところで黒糖を１００箱ばかり　用意してもらえんか。そうか。大丈夫か。いや～　ありがとう。うん。ありがとう。ほかのところでも　訊いてみたんだがな、どこの店でも１００箱は　無理などとふざけた事をぬかすから、あ～もう　おまえらには頼まん！お客様が欲しいと言っと　るのに無理だの無いだのとは何事かと怒って　やったわい。まったくふざけとる。そうだろ。な。　もし在庫が無いのなら島中を探してでも１００箱　用意するのが商売だろ。そうだろ。うん。あ～　きみきみ、きみは内地の青年だな。何処だった　か？山形か。そうか。いいところだな山口は。　え？山形？いやいや、山形も山口もいいところ　だろう。そういう話をわしはしてるんだ。な。　少々意味不明ながらも地元紳士が取り出したメモには黒糖１００箱などと確かに走り書きされていたから則安はメモを受け取ると店舗奥の倉庫へとただちに走ると、本土へと送る予定だった黒糖１００箱の発送停止を係の者に命じ、緊急大量注文分としてそれを確保することに成功し、紳士の要望に見事応えてみせたのである。　数量が数量だけに配達させて頂きます。お支払いもその際で結構ですよ。このたびは誠にありがとうございました。こちらに配達先のご住所とお名前、それに電話番号をご記入ください。などと則安はいつになく接客トークに力を入れ、島の紳士もたいそうお喜びになられたのである。　島のオジーのそのあまりの笑顔に則安はすっかり気を良くした。出会い系サイトで知り合った女と会うためだけに石垣島へ来て、考えもなしにその女と結婚して、それで果たして島でやっていけるのかどうか不安もあったが、則安はこの仕事の成功をもって島の人間に成れた気がした。　　ボクは完全に受け入れられた。これでボクも立　派な島人（シマンチュ）さ。方言こそまだ喋れな　いが、それだってすぐに覚えてみせるさ。嗚呼、　今日は最高の日だ。今夜はお祝いだな。そうだ。　麻美にごちそう作るように連絡しとかなきゃ。　うん。今日はいい日だ。　　則安は初めての大口の顧客を扱った充実感みたいなものに浸ってたいそう良い気分だった。そう。少なくともその日の午後が来るまでは。　　　　　　　　　(to be continued)　ランキングベスト10までは遠い道程ですが頑張って書きますよ。皆様、よろしくお願いいたします。下記の文字列をクリックしていただければブログランキングへの投票完了です。　　　　　　　　人気ブログランキングへ

2006.04.08

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ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第３話

　自覚はなくとも則安の周りには嗜虐的な性向の者たちが集まってくる。例えば則安が勤めることになった島の土産物屋の店長は自他ともに認める”ナイチャー嫌い”だった。ましてやどこかしらボンヤリとした雰囲気がある則安には男っぽさなんぞ一欠けらもなかったから嗜虐性向の店長にはたまらない獲物だったのである。　ただし彼は営業時間中、則安に対してほとんど口もきかない。必要な業務指示をするだけで、あとは目を合わせようとすらしないのだ。その必要な業務指示というのも「手は前で組め」だの「返事はハイを一回だけ」だの「掃除しとけな」みたいな必要最小限な言葉で構成されていたから則安は戸惑った。手を前で組めと言われて則安は偉そうに腕組みをしてお客様の前に立ってしまったし、掃除しとけとは言われたが掃除道具のある場所までは聞いてなかったので彼は３０分あまりも掃除道具を探して店内外をうろつく羽目になったのだ。　無論のこと、その度に店長は激怒した。そしてそのまま入店三日目の夜に居酒屋にて催された則安の歓迎会へと流れ込み、店長の身体をアルコールが一巡りした頃から歓迎会はいつしか説教の場と化す。　まだ二十代後半の店長から男とは何かを説かれ、男として生まれてきたからにはどう生きるべきかを説かれ、そして五十円玉一枚を握らされて指定銘柄の煙草を買いにコンビニまで走らされた。走り出す前に五十円では煙草代に足りない旨を申し伝えたが「足りない分は出しておけ」と言われた。煙草を握り締めて走って帰る途中、ケータイに妻から電話が掛かってきたので歓迎会をやってもらっているので帰宅は少々遅くなる旨告げると妻は不機嫌になり一方的に電話を切ってしまった。則安は妻をとりなそうと何度も掛けなおしたが、妻はケータイの電源を切ってしまった。急いで居酒屋に戻ると、帰りが遅いと言って店長から又説教された。そうこうするうちにいよいよ泥酔の観を呈し始めた店長は本土の人間が如何に駄目な連中であるかとの持論を説き出し、従業員八名で執り行われている歓迎会の席にて唯一の本土出身者である則安はその悪意に満ち満ちた本土の人間批判の矢を一身に受けねばならなかったのである。　今夜は誰の歓迎会だっけ。まったく、踏んだり蹴ったりだ。説教を聞きながら則安は酔いの回る頭の片隅でそう思った。　　　　　　　　　(to be continued)次なる目標はブログランキングベスト１０入りへ。皆様ひとつよろしくお願いいたします。面白くなければそれまでですが、みどころがあるようなら下記の文字列をクリックしてやってください。ではまた明日（かな？）人気blogランキングへ

2006.04.07

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ボクは島の男になる第二話の全面訂正のお知らせ

失礼しました。大変失礼しました。第二話を全面的に差し替えさせていただきました。昨夜時間を満足に作れないまま無理矢理書いてみたものの、アップしてから読み返してみるに公開にたえうるものではないことが判明いたしましたのでここに全面的に訂正させていただく運びとなりましたので何卒ご了承のほどよろしくお願い申し上げまする。ではまた自戒。じゃなかった。また次回。

2006.04.05

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ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第２話

　おい。　おい。ノリヤス。　おい。　おいっ。ノリヤスって言ってるだろ。　玉子、ないさ。　なんで無いって、　無いから無いだろ。バカか。訊くな。　だから。　買ってこいな。　ワタシじゃない。オマエがさ。　いいから。早く行け。　結婚してまもなく妻の麻美はこのように喋るから則安は少々面食らった。まがりなりにも新婚で、それも共に溌剌とした二十代であるのに「おいっ」はないだろう。それじゃまるで冷め切った四十代後半の夫婦か何かみたいじゃないか。だから則安が頼むからその「おいっ」で人を呼ぶのはやめてくれないか。なんか態度悪くないか、それ？と新妻に申し入れること数知れず、でも麻美はそう言われると決まって無言になり、反駁とした目つきで家の中をうろつき始めたりするから結局は則安のほうが譲るよりほかに着陸地点を見出す術がなかったのである。　でもはっきり言えば「バカか。訊くな」にも腹が立つし、玉子を切らした経緯を尋ねているのに「無いから無いだろ」の思考停止型の発言にも呆れるし、買って来いとの命令形もどうかと思い悩む則安だった。あの頃。メールの中の麻美はこんな女じゃなかった。優しく知的でありながらも痴女のごとき淫猥な言葉を操る、まさしく理想の女性であった筈だ。それがどうだ。このていたらくは何事なのか。命令され、投げやりにされ、馬鹿にされるなんてどうにかしてるよ。ボクはＳＭスナイパーじゃないんだ。Ｍ男じゃないんだよ。目指すべきはあくまで合意の上での痴漢であるのだ。糞。こんなの間違ってるよ。くそ。クソ。　そのように憤りつつも則安は扶養家族を持つ身となったからには一家の大黒柱とならねばならぬと勤めに出ることにした。でもやっぱりそこでも彼を待っていたのは、島の職場に巣食うサド公爵たちだったのである。そう。則安はいじめられやすい性質（たち）なのだ。それは幼稚園に通い始めてすぐに発覚していたものの小中高の学生期より今日に至るまで一貫して彼自身にその自覚はない。　　　　　　　　　(to be continued)次なる目標はブログランキングベスト１０入りへ。皆様ひとつよろしくお願いいたします。面白くなければそれまでですが、みどころがあるようなら下記の文字列をクリックしてやってください。ではまた明日（かな？）。人気blogランキングへ

2006.04.05

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ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第１話

　二人の馴れ初め。出逢い。それはそもそもが出会い系サイトだった。キーワードは【合意の上での痴漢】。　二人は初っ端から意気投合した。合意の上での痴漢がどれほどスリリングで、どれほど抑圧的で、と同時に他の方法ではまず得られないであろう大きなリピドー（性的興奮）を喚起させてくれるのかについてメールで語り合った。やがてそれは只のメールではなくなり、卑猥で破廉恥な言葉の交歓を続けるうちに二人はかつて覚えたことのない歓喜と興奮に包まれた。そして、互いの手の写真を送り合いっこしたところで二人は共に我が意を得たとばかりに勢い込み、のめり気味にもなった。どれくらい前方向にのめったかと言うと、出逢った翌々日の晩に交わしたメールにてセックスまで始めてしまうほど二人は熱くのぼせ上がったのだ。　テレフォン・セックスならぬメールセックス。携帯世代のみ、それもその世代の一部にのみ理解可能な言語的セックスであり、その際の使用ツールは言うまでもなく携帯電話に限られねばならない。ＰＣでは駄目なのだ。ファックスなんかは論外である。あくまでも携帯電話なのだ。理由は簡単だ。携帯電話にはバイブレーション機能がついているからである。　そうやって見事に極短期間のうちに激しく求め合う二人とあいなったわけであるが、二人が実際に互いの顔を見るまでに二ヶ月あまりの時間が必要だった。なぜなら二人が住んでいるところは遠く離れていたのだ。　男は富山県在住。女は海を隔てた沖縄県は石垣島の住人だった。共に定職に就き、休暇の取得もままならなかったし、何よりも二人とも借金はあっても預金はこれっぽっちもなかったのである。　しかし二ヶ月あまり続いたじれったい時の流れは、二人の激しくも少しばかり歪んだ恋をじっくりと熟成させるのに適正な期間だったのである。二人が盛夏の石垣島にて遂に出会い、その膨らみきった妄想を初めて現実のものとした夜、二人は既に結婚をも決めていたのだから。　　　　　　　　(to be continued)次なる目標はブログランキングベスト１０入りへ。皆様ひとつよろしくお願いいたします。面白くなければそれまでですが、みどころがあるようなら下記の文字列をクリックしてやってください。ではまた明日（かな？）。人気blogランキングへ

2006.04.04

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東京から来た島嫁～桜子の場合～あとがき

　八重山ネガティブ・ノベル・キャンペーン第二弾いかがでしたか。流し読みしてしまうとまるで嫁と姑の話に思えるかも知れませんがそうではありません。あくまで嫁と八重山社会の話なんです。特に男性社会としての八重山です。　嫁だからこそ体感できるダイレクトな八重山を当ブログの読者の皆々様にも疑似体験していただきたく桜子の台詞多めにして、桜子への感情移入をしやすくしてみたつもりなのですが、本懐は見事遂げられましたでしょうか。それとも「げっ。こいつ嫌な女」って感じしか与えられなかったでしょうか。ま、そう思っていただけましたらそれもありでしょう。　なんだかんだ言っても島嫁のみなさまには頭が下がります。だって、家族として島社会や部族社会参入するとなると想像しただけでも俺なんぞは完全に腰が引けてしまうわけで、彼女らの身の上に降りかかる艱難辛苦を思えば単なる島ナイチャーとしての苦悩なんて如何ほどのものでもありません。本土の人間がこちらへ移住してきて驚愕しただの理解に苦しんだの初体験しただの言っても、どれもこれも何処かで読んだような聞いたようなものしかないけれど、島嫁たちはそれぞれの家族ごとに別世界を体験しているのだから各自のストレス度は想像に余ります。つまり現実感を伴うような想像は俺にはできません。　ただ、ストレスと一口に言ってもネガティブな変化ばかりがストレスではなくて、ポジティブなこともストレスになりうるし、単なる変化もそうだし、ビフォアーとアフターの差異の大きさもやっぱりストレスでありますから、ホント、島嫁の皆様には頭が下がるばかりなんです。別に茶化しているのではなく本当にそう思います。　肉を食べさせないから熱が出るとの発言も、早朝から息子のことで説教の電話がはいるのも、自分の寄りかかっているベランダの戸を嫁に開けさせようとするのも、全てこの地で起きている事実であり、それぞれ別の島嫁の身におきたことを一つに繋ぎ合わせて桜子の身に降りかからせてみたわけです。もし俺自身の身にこのようなことが相次いで起きたらやっぱり引越しを考えるかな。でも多分引っ越しません。それらネガティブな事柄を補って余りあるものがこの地にはあるみたいだから。　で、ネガティブ・ノベル・キャンペーン第三弾は昨日の告知のとおり島婿です。三部作をもちましてキャンペーンはひとまずの区切りとさせていただく予定にございます。皆様の日々の御愛読お待ちしております。では。　ついでにブログランキングへの投票クリックもお待ちしております。目指せベスト１０みたいな感じでやっております。ベスト１０に入ったから何かあるわけでもないのですが、なんとなくそういうものを指針にすると気を入れやすいかなっと思って。なので、ひとつよろしくおねがい致します。人気blogランキングへ

2006.04.03

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島婿 * 次回作告知 * 八重山残酷物語

　桜子の場合。またしても中篇でしたね。微妙なところなのでしょうが中篇ですね。短編だと第6話か7話あたりで終わっておかないといけませんが、ま、短い中篇というあたりでご理解いただけると幸いです。　で、次回作ですが当ブログでは初めてとなる本土の男性を主人公としたお話です。島婿です。島へ婿さんにくるから島婿です。そのまんまです。　男だから島嫁に比べると気楽に生きていけそうなもんですが、八重山はそう甘くありません。沖縄の他の地域に比べても保守階層に厚みがある此処八重山では男性社会であるうえに独身男性が余ってるわけですから、そうでなくとも数少ない島の独身女性をゲットした彼に対する風当たりは決して弱くないのです。いや。強いのです。台風並みかもしれません。はたして彼は絶えてしまうのでしょうか。いや、耐えられるのでしょうか。いや、堪えていけるのか否かどうぞお楽しみに。他人の不幸を楽しみにするなんて皆さんもつくづく残酷な方々ですよね。はい。ぼくも結構残酷だったりします。子供のころ爆竹で昆虫を撃破してたりしましたし。以上、次回作の予告でした。ブログランキングベスト１０入りへ。皆様ひとつよろしくお願いいたします。面白くなければそれまでですが、みどころがあるようなら下記の文字列をクリックしてやってください。ではまた明日（かな？）。人気blogランキングへ

2006.04.02

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東京から来た島嫁～桜子の場合～その１１

　それでも島の若い女性だけの四人グループから桜子にささやかな拍手など送られ、桜子も泣きながらそれに応えつつ、源太に抱きかかえられつつ、その夜の居酒屋を退場したのである。　島に真夏が来て、そして三ヶ月が経った。桜子は息も絶え絶えだったが、どうにかこうにか９０日間を乗りきっていた。説教魔どもの歯牙に掛かること数知れず、しきたりやら慣習やら伝統やら煩わしきものにブンブン振り回されながらも夫との約束の日を無事に迎え、その日、新妻は安堵のオーラに優しく包まれていた。　東京に帰ろう。やはり帰るしか道はないのだ。　うん。がんばってみたけど何も変わらなかった。　何ひとつ好転しなかったではないか。やっぱり　神様は東京へ戻りなさいと言ってくれてるのだ。　うん。そうだ。ね、源太。そうしようね。約束した　よね。三ヶ月間がんばってみてそれで駄目なら　東京へ帰るって約束したもんね。ね、源太。　だが、何故か夫は俯いたまま顔を上げようとはしない。新妻は訝(いぶか)った。どうしたの。なんで俯いてるの？足元に何かあるの？え？聞こえないよ。声が小さくて聞きづらいの。え？なに？もう三ヶ月間がんばってみようってなに？どういう意味？もう三ヶ月間って、今からまた三ヶ月間ってこと？え、うそ…。何それ、うそでしょ。今からまた三ヶ月経つと夏が終わって秋になっちゃうよね。もしかしてだましたの？私のこと騙したわけ？三ヶ月間努力してみて馴染めなかったら東京へ戻ろうって約束は単なる言い逃れだったわけ？ひっどいよね！それって。この出鱈目男。嘘つき野郎。長電話キチガイ。もう二度とアンタの言葉なんて信じないから。さよなら、私一人でも帰るから。帰るって言ったら変えるから。じゃあねバイバイ。　半泣きの鬼といった難しい形相で又も家を飛び出て行こうとする新妻の前に源太は立ちふさがり、そのまま玄関で土下座をした。それから夫は直ちに嫁をなだめすかし、又時折怒ったり笑ったり涙を流したりしながらありとあらゆる懐柔策を用い、そしてその甲斐あって嫁はあと三ヶ月、石垣島で頑張ってみるということにあいなったのである。どこかで読んだような文章であるが、ともかくそうなったのである。　で、それから桜子がどうなったかと言うと、今も三ヶ月間契約は延々と続いていて、この春で都合１２回目の契約更新をしたばかりである。泣いたり怒ったり喚いたり、時に家を飛び出たりを繰り返しながらも桜子は既に三年の月日を石垣島で過ごしている。実は源太、東京の女を言いくるめる天才なのかも知れない。　　　東京から来た島嫁～桜子の場合【了】ついにランキング２５位以内の目標を達成させていただきました。これもひとえに読者の皆様のおかげと感謝の念を禁じ得ません（感涙）。連載小説の毎日更新は本業を持つ身としてはやはり厳しいものがあったりもしますが、こうしてランキングを上げて頂くからには今しばらく頑張らせていただきますのでどうぞ今後ともお付き合いのほどよろしくお願いします。で、やっぱりブログランキングへも投票行動のほうもよろしくお願いいたします。下記の文字列をクリックしていただけるとランキングへとジャンプいたしまして、投票完了とあいなりまする。人気blogランキングへ

2006.04.02

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東京から来た島嫁～桜子の場合～その１０

　もうこれ以上は溜めておけないと言うところで桜子は夫を伴い酒場へと出向く。お洒落なＢＡＲなどは島にないから行くのは無条件に居酒屋となる。桜子にはそれがまた面白くない。はっきり言えば不愉快だ。何故島にはニューヨーク・ジャズシーンなど堪能できる店がないのか。なんでコピーペーストしたみたいに同じような居酒屋ばかりが建ち並んでいるのか。島の男はなんでみんな居酒屋では大声で喋るのか。いや、怒鳴るのか。耳痛えよ。普段は声小せぇのに。そうだ。源太パパも耳痛えよ。やかましいんだよ。なんで朝の六時に他人の家に電話するわけ？ちょっと頭おかしくない？普通は姑がやかましいの。わかる？でも島じゃ、やかましいのは男なんだもの。何それって感じでしょ。違う？そうなの。やかましいの。やかましいって言ってるだろ！そう。そうなんだよ。島の男はお喋りが過ぎるんだっつうの。なに？私のほうがお喋りだと。うるせぇ！源太、よく聞けよ。いいか、義父だけならまだしも、アンタんとこは伯父さんとか、従兄弟の父親とか、爺様の弟とか、そんなのまで説教してくるんだぞ。わかるか。なんで寄ってたかって人に説教するわけ？なんで？どうして？島の男はみんな説教魔？酔っ払って他人に説教ばっかするヤツきらい。だい嫌い。死ね。酒ばっか呑んで、死ぬほどタバコばっか吸って、時間の約束は守らない、信号は守らない、ウインカーは出さない、交差点に駐停車する、借りた本は返さない、でもって窓の開け閉めまで女にやらせて、そんなので他人に説教していいわけ？ね、源太、ね、ね、それでいいわけ？ね、いいわけ？ちょっと、返事しなさいよ。ね、どうなのよ。源太、返事しろって言ってんだろ！だから、そういうところが駄目なんだっつうの。肉ばっか食べて育つと返事できない男になるのか。そうなのか。だから私は野菜食べさせてるんだよ。わかる？私は、源太にちゃんとして欲しいの。特別なことを求めてるわけじゃないの。ただちゃんとしてほしいだけ。わかる？酒もタバコも自分の体が健康でいられる程度にして、時間の約束したらちゃんと守って、交通ルールもちゃんと守って、人に借りたものはちゃんと返して、窓の開け閉めくらいは自分でやれる人になって欲しいの。だから言ってるの。わかる？ホントにわかる？いや、アンタはわかってない。わかってないよ。わかってる奴は毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩毎晩ケータイで長話しないだろ。しないんだよ、普通。昼間も顔あわせてる友達となんで夜も長話できるわけ？やっぱ、アンタもお喋りなんだわ。そう。おしゃべり。おしゃべり男。シャベラー。シャベリーノ。シャベリータ。変なの。どうでもいいけど、明日もケータイでお喋りやったら、アンタの携帯電話、没収するからね。するって言ったらするからね。容赦しないからね。覚えといてね。なに？覚えとく自信がない？やかましい。覚えろよ。石に噛り付いても覚えろよ。石の上にも三年って言うんだよ、東京では。島にはそういう諺（ことわざ）ないのか？ナニ？意味がわからないだと。やかましい。何年東京いたんだ、アンタは。何年暮らしてたんだよ。私なんか三十年も暮らしてたんだよ。三十年だよ。それをアンタが無理矢理こんなわけのわかんない島に連れて来てさ、で、なんで私がこんなわけのわかんない苦労しなきゃならないのよ。なんでよ。なんでなのよ。答えないさいよ。ゲンタ！答えろ！答えてよ。もう、イヤ。帰る。東京に帰る。帰るって言ったら帰る。帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る帰る、かえる！」　そう叫んだあと桜子は泣き崩れる。たいそうな大声で泣き叫び、満員の居酒屋にいる酔客は皆一様に驚いて二人を見つめた。いや。見つめると言うよりは睨んだと言ったほうが適切だった。だって泣き崩れているのは、店内に響き渡る大声で散々悪態をついた女なのであるから。　　　　　　　　　(to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ

2006.04.01

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東京から来た島嫁～桜子の場合～その９

　三ヶ月間限定とは言え、夫の懐柔策を受け入れた桜子は宴席での非礼を源太の両親に詫びることでその体裁としたが、それは桜子を更なる窮地に追い込むこととなった。つまり、島に踏みとどまるという事は再教育される事と同義であったのだ。無論、再教育担当の講師陣は源太方の家族親族である。例えば桜子はバランスのとれた食事とする為に料理には肉類や油ものを抑え目にして野菜をふんだんに使うのだが、非礼事件の翌週のこと源太が風邪をこじらせて熱を出した折に源太の母が言うのである。「桜子さん、あなたが野菜ばかり食べさせるから源太の熱がなかなか下がらないのよ。あの子、最近いつも疲れた顔をしてるでしょ。何でだと思う？肉を食べてないからなの。源太にはもっと肉を食べさせて頂戴。野菜ばっかりじゃ駄目。ゼッタイ駄目。死んでも駄目。大袈裟だと思われるかも知れないけど大事なことだからちゃんと言っておくけどね、人間にはね、肉が大事なの。元気の源は肉なの。ね、桜子さん。これからは食事にもっと気をつけて頂戴。ね、ただ野菜だけ食べてればいいわけじゃないの。都会の人は野菜を食べていればそれで健康だと思ってるみたいだけど違うのよ。ね、桜子さん。くれぐれもお願いしたわよ」　都会で生まれ育った桜子には確かに初耳だった。初めて知る健康指針だった。肉食健康法とでも名付けてやろうかと思ったが、採用するつもりには到底なれないので桜子は最初から聞かなかったことにしたのである。　そして又、宿酔いなんかで源太の調子が悪そうだと今度はお義父さんから電話がかかってくる。それも早朝に掛かってくるのである。「桜子さんはどうやら嫁の役目というものをまだわかっていないみたいだな。な。そうだろ。昨夜、源太の様子を見てわしは驚いたよ。な。そうだろ。夫があんなに調子悪そうな顔をしてるのを、桜子さん、あんたは放っておいているんだよ。な。そうだろ。夫に元気で働いてもらってこそ嫁の本分なんじゃないか。桜子さん、あんたはそこんとこをちゃんとわかっているのか。考えているのかな。どうみても考えてないな。うん。考えてない。考えているといいたいのかも知れないが、わしに言わせれば桜子さん、あんたはまだ考え足らずだよ。な。そうだろ。嫁とは何かと言うことをもう一度ちゃんと考えてみなさい。な」　朝の六時に掛かってくるそんな電話を切ってから桜子は思うのである。三ヶ月間がんばるなんて無理。ゼッタイ無理。死んでも無理と。　　　　　　　　　(to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ

2006.03.31

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東京から来た島嫁～桜子の場合～その８

　二人帰り、一人たちあがり、まもなく男たちは皆帰ってしまった。片付けは明日に改めてやろうねと言い残し女たちまで帰った。かつてこれほどまでにしらけた宴は誰も知らなかった。残ったのは、帰るわけにはいかぬ宴会場の主と、その息子の源太だけだったのである。　一族の恥とまで罵倒された。女一人も教育できぬ馬鹿者未熟者と罵られた。嫁の好き勝手を許す大戯(おおたわ)けと誹謗され、両親それぞれから二時間あまり、都合五時間もの間ひたすらに説教を受け続けた源太が解放されたのは新聞販売店に朝刊が運び込まれる頃だった。　「石垣島を出ようよ。東京に帰ろうよ。ね、源太。そうしようよ」　家に戻ってきた源太に桜子はそう切り出した。それは提案というのではなく、これ以上はもう堪えられないので帰京以外に選択肢はないとも主張して頑なところをみせたのである。しかしここで嫁をお里に帰しては自分の両親や親族ばかりではなく桜子の両親や親族からも責め苦を受ける羽目になるではないかと源太もまた全力で桜子の翻意に努めるしかなかった。　夫は嫁をなだめすかし、又時折怒ったり笑ったり涙を流したりしながらありとあらゆる懐柔策を用い、そしてその甲斐あって嫁はあと三ヶ月、三ヶ月間だけ石垣島で頑張ってみるということにあいなったのである。もちろん、三ヶ月間頑張ってみても島に馴染めなければその時は問答無用で帰京するとの確約を夫はするしかなかったのだが。　夫と妻が未来を見つめて固い約束を交わしたのは既に新聞少年が朝刊の配達を終えている頃であり、夫は一睡もできぬまま憔悴しきった体をひきずるように職場へと向かったのである。　　　　　　　(to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ

2006.03.30

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東京から来た島嫁～桜子の場合～その７

　桜子が飛び出ていったあと入れ替わるように夫の源太が庭先から居間へと戻った。源太は島へと帰ってからというもの地元の友人らと携帯電話で長時間の与太話に興じるのが毎晩の日課であり、この夜も宴席などそっちのけで一時間近くもこんな具合にやっていたのである。「隣のクラスにいたラチュー覚えてるだろ。え？ラチュー覚えてないば？高校の入学式でウンコもらしたラチューだぞ。そう。そうそう。わかるだろ。そのラチューさ。あれよ、入学式でウンコもらしたくせによ、さっき見掛けたらナイチャーの女を連れて歩いてたさ。ウンコもらした奴には身分不相応なイイ女だったさ。まじにイイ女。まじだって。ホントだって。知ってるか？ラチューの月給９万６千円だってよ。９万６千円でナイチャーの彼女なんか作るのは問題だろ。大問題だろ。あれは一回死なさんといかん。な。そうだろ。な」　とか何とかほとんど内容らしき内容のない空虚な話で一頻り(ひとしきり)盛り上がったのちに気を良くした源太は友人ら他二名に同じテーマで電話をかけ、それは携帯電話のバッテリーが切れるまで延々と続けられたのだ。　都合三名の友人と合計６０分あまりにも及ぶユンタク(おしゃべり)をした後に戻った実家の居間の、そのあまりに硬直した空気は友人らとの楽しいお喋りですっかり弛緩しきっていた源太にさえ容易に感知できたのである。　ん？これは何かあったみたい…だね。何か、とんでもなくヤバイことがあった筈…だね。あれ？桜子がいない。え？もしかして桜子？桜子が何かやったわけ…うそ…　居間や台所にいる家族親族らが自分へと向けた視線には明らかに批難の色が混じっていたし、それに気づいた源太も又、すぐに硬直する。新妻桜子が一体なにをしでかしたのか。誰かに教えてほしかったが、誰も口を開こうとはしない。そこにいる者たちは皆一様に硬い表情で佇むばかりだったのである。　　　　　　　　(to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ

2006.03.29

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東京から来た島嫁～桜子の場合～その６

「桜子さんも島に嫁に来たからには、島の味をちゃんと覚えんとな。なんだったらワシが手取り足取り教えてもいいぞ。なんてな。ワハハハハ。ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」「ホントにそうだよ桜子さん。内地の味も結構だけど、これからは考えを改めないと。な。頭を切り替えて、気持ちも切り替えて、郷に入れば郷に従って、な、桜子さんも島の嫁として頑張らんと。僕らもみんなで応援してるから。な。ガハハハハハハ。がんばれがんばれ桜子、がんばれがんばれ桜子。バチバチバチバチ」　アホか、おまえら。　桜子は心の中でそう毒づいた。味付けが気に入らないと言うこの料理は私が作ったんじゃありません。残念ですがお母さんが作ったんです。何が島の味だって。ろくに味もわからないくらいタバコばっか吸っといて、どこが島の味だって。手取り足取りだと？親戚の嫁に下ネタ振るんじゃないよ。誰が島に嫁に来たって。源太に嫁いだら島に来ることになっただけで、島へ嫁に来たわけじゃないんです。そこんとこ誤解しないように。応援もありがた迷惑です。以上。　なんてことを胸のうちで反芻しているところに「ベランダの戸を開けてごらん」と義父の追い討ちがかかったもんだから桜子のなかで三ヶ月間鬱積し続けてきた可燃性の廃棄物に遂に火がついたのである。　ベランダの戸は御自分でお開けになったら如何でしょうか。お父様のすぐ後ろにベランダがございませんか。私にはそう見えるのですが。それとも私の目にベランダと映っているものは実は別のもので、私は幻覚でも見ているのでしょうか。そうなのでしょうか。　などと慇懃無礼に切り出した桜子はそこから先は、もう誰に二の句も継げさせないほどの剣幕となったのである。　三ヶ月間黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって我慢にもほどがある。私は奴隷でも女中でも介護士なければましてやホステスでもない。なんでドアの開け閉めまで命令されなくちゃならないのか。ふざけろ。馬鹿にすんな。ベランダの前に座ってる奴がベランダ開けりゃいいだろ。女だと思ってなめてんのかよ。石垣島になんかもう住みたくない。最初から私は嫌だったんだ。なんでアンタたちは時代に逆行するのか。一体なにを守ろうとしているのか。プライドか。伝統か。なんだそりゃ。男は女より偉いと思ってんなら大間違いだからな。慣習とか伝統とかそんなもの糞喰らえだ。捨ててしまえ、そんなもの。私は東京で生まれ東京で育ったから島の慣習や伝統に縛られるなんてまっぴらごめんだ。もう二度と私に命令するな。誰の命令も私は聞かない。聞くつもりもない。私は明日東京に帰ります。さようなら。　隣近所はおろか町内二区画分ほどに響き渡ったであろう大声で取り乱すだけ取り乱した桜子は泣きながら実家を飛び出すと歩いて２分の家へと帰ってしまったのである。　　　　　　　　(to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ

2006.03.28

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東京から来た島嫁～桜子の場合～その５

　そんな桜子がついにブチ切れる日が来た。源太と共に島へ来てから三ヶ月目のことだった。その日、実家で催されたとある宴席において源太の父が発した一言が引き金となり、桜子は暴走列車の如き勢いで嫁という名のレールを飛び出し、文化・習慣という名のプラットホームに激突し、様々な立場の人やモノが乗っている客車も貨車も引きちぎってそして『八重山の大家族』の看板を掲げた駅舎の一角をなぎ倒したあたりでやっと停車したのである。「この部屋、なんだか煙いよなあ。なあ、煙いよなあ。桜子さん、煙いだろ。そこのベランダの戸、あけてごらん」　この一言が桜子をこと切れさせたのである。　源太の父がそう言ったのは、居間に集まった男性十数名が一斉にふかす煙草のせいで部屋の空気が白濁していたからであり、桜子へ対する指示そのものに特に問題はない。煙った部屋の空気を入れ替えようではないかと言う提案であるからだ。勿論、ニュアンスとしては提案というよりは限りなく命令に近いものであったわけだが、桜子は命ぜられたから反発したのではなく、開けろと命ぜられたべランダの戸が、それを命じた父の背中越し３０ｃｍのところにある戸だったからだ。つまり父は少しだけ、ほんの少しだけ後ろに振り返れば手や背を伸ばすまでもなく容易にべランダの戸を開けられたのであり、一方そう命ぜられた桜子はベランダからは随分と離れた台所周辺で酒の肴を用意させられている最中だった。　更に言えば、用意していた酒の肴もそもそもは源太の父が味付けを気に入らないと不満をもらすから桜子が醤油や胡麻油なんぞで追加調味していたのだし、その際に周囲の男どもが言い放った諭し調の言説も桜子を少なからず刺激したのである。　　　　　(to be continued)小説を連載してからアクセスが増えたようです。好評なのか怖いもの見たさなのか何なのかよくは判りませんが、当ブログに訪れてくれる方が更に増えるよう書き続けますので今後もお付き合いのほどよろしくお願いします。ついでにブログランキングへも投票もしていただけると幸いです。下記の文字列をクリックしていただけると幸いです。人気blogランキングへ

2006.03.27

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あとがき・ボクは島の男になる

ボクは島の男になる ～島婿・則安の前に神は現れたのか～第６話

ボクは島の男になる ～島婿・則安の前に神は現れたのか～ 第５話

ボクは島の男になる ～島婿・則安の前に神は現れたのか～ 第４話

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東京から来た島嫁～桜子の場合～その１０

東京から来た島嫁～桜子の場合～その９

東京から来た島嫁～桜子の場合～その８

東京から来た島嫁～桜子の場合～その７

東京から来た島嫁～桜子の場合～その６

東京から来た島嫁～桜子の場合～その５

GO GO 八重山　【ウミンチュ・パート】1

狂った腹　～トウキビは全てを覆い隠す～

オポジットワールド～実録・島の日常～その３

オポジットワールド～実録・島の日常～その２

オポジットワールド～実録・島の日常～

破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その9

破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その8

破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その7

破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その6

破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その5

破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その4

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破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～　その2

破壊者　～命名不詳なるも、やっぱヤエゴン～その1

蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．12

蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．11

蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．10

蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．９

蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．８

蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．７

蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．６

蝶の館へようこそ～石垣島の夜の物語～　Ｎｏ．５

蝶の館　第二回の掲載完了

蝶の館へようこそ　掲載のご案内

『蝶の館』へようこそ　朝のアップ間に合いませんでした。

ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～第６話

ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第５話

ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第４話

ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第３話

ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第２話

ボクは島の男になる～島婿・則安の前に神は現れたのか～　第１話