四宮知子の回想 1章 3
その夜大学の文学サークルの知人関久江から電話が ありました。 「Rが東大で逮捕されたらしいよ」 「まさか!」 「今のところ確認されたわけじゃないけど、もっぱらの 噂だわよ」 「うそでしょ」 「うそだと思うなら、家へ電話してみたら」 和江は私が心ひそかにRを想っていることを かぎつけていたのでした。 受話器をおいてからも私はふるえがとまり ませんでした。 アパートの自室にもどって、サークルの会員 名簿をだしてRの電話番号をさがしあてました。 だいいちRに電話したことさえなかったからです。 Rとはサークルの仲間たちと連れ立って喫茶店に 行くことはあっても、ふたりだけで逢うことなど なかったのです。 それほど淡い間柄でしかなかったのです。 恋人以前の、ただ私の一方的な片おもい でしかなかったのでした。