深い海底
いくら素人目に見てもその傷跡は刃物によるものだとわかった。 くっきりとひとすじ細紐のようについている。 「ああ、これ?」 おばたれはいたずらっぽく微笑んで 「かれこれ30数年になるかしら、あれからもう」 遠くを見る目になった。 「もうそんなにたったのね、うそみたいね、30年以上も 時間がたったなんて。 まるで2、3日前のことみたい、いいえ、そうじゃないわ、 もうすこし前かしら、2、3年くらいかしら、ね」 おばたれはちいさくつぶやいた。 その眼は深い海底を思わせるいろである。 測りしれないほど深い、暗い海底になにがあるのか。