俳ジャッ句　　　　　

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• 一夜限りの夢

    　若狭の常神半島に常神神社というちいさな社がありましてね。 　そこの巫女、といっても一人しかいませんし、ましてやもう６０歳　近い年配なんですけれども、　その巫女が不思議な超能力があるって　聞きました。　なんでもその巫女に祈祷をしてもらうと、　過去の自分に一夜だけもどれるんだそうで。　その超能力にすがろうと、押すな押すなと全国から　人が集まってくるんだそうで。　ただし一夜かぎりなんですよ、もどりたい過去の自分に　もどれるのはね。　それでも、人間ってかなしい生き物ですよね。　過去の自分にもどりたいがために、なんと一晩３０万も払って　祈祷してもらうんですからね。　かく言う私も３０万を払って祈祷してもらおうと、金沢から　押しかけてきたクチなんですけれど。　　(続く)

  2006年10月31日

• けったいな女医の診察室　　２

    　ドクター竹田の診察室にいかにも気のよわそうな中年男が 　駆け込んできた。　｢先生、私は恐妻家なんですが、　近頃ほとほと嫌気がさしましたよ。　うちの鬼嫁が怖くって、怖くって！｣　｢そんなに怖いんですか？　困ったものですねえ｣　｢で、なんとかなりませんか｣　｢じゃあ、透明人間になるお薬を出しましょう｣　｢私が透明人間になるんですか？｣　｢そうしたら、奥さんにも見えないでしょ｣　ドクター竹田の出してくれた薬を飲んでみたら、　すこし気が大きくなってきた。　鬼嫁の顔が、まともに直視できるようになってきた。　もっとも、まだ透明人間にはなったわけではないのだが・・・　　　　　　(完)　

  2006年10月15日

• 殺すにたらぬ人

  　　　　 　　　　　　　　　秋風や殺すにたらぬ人ひとり　　　西島麦南  　私にそむいて別の男に走った女を、一時は殺そうかと　思ったほど逆上したが、しばらくたって考え直してみると、　ばかばかしくなってきた。　殺さなければならないほど、私は彼女に執着しているのかと　自分に訊いてみると、いや、そうではない、ただ男の面子が　立たないだけなのかもしれないと、いう気になってきた。　えり子は、私の親友のＫのもとに去った。　もしも、私の知らない男であったのなら、案外平静であったかも　しれないのだ。　相手がＫであったということが、私を一瞬であれ、血迷わせた　のだと思うようになった。　もしも、運悪く、あの時私の身近に凶器となるようなもの、　たとえば、カッターだとかがあったならば、私はまちがいなく　彼女の背に突き刺していたにちがいないのだ。　そう思うことで私はかろうじて自分を冷静に保つことが　できたのだ。　あんな女は殺すには価しない！　秋風に吹かれながら、私はひとり乾いた笑みを浮かべた。　　　　　　　　　　(完)

  2006年10月14日

• 真夜中の電話

        　突然の電話のベルで起こされた。　まるで闇を切り裂くような、けたたましい　音にたたき起こされたのだった。　私は枕もとのスタンドライトに手を　のばして、とにかく明かりを点けた。　目覚まし時計を見ると、１２時すぎだった。　こんな時間にいったい誰なんだろう。　半分寝ぼけまなこで受話器をとった。　「すみません、こんな夜分に。　Ａさんにたのまれまして。　ちょっとＡさんに代わりますから」　聞きなれない女の声だった。　Ａというのは、私の学生時代の婚約者だったのだ。　それで、私はすっかり目が覚めてしまった。　「俺だよ、あの頃はよかったなあ」　その声は、３年前と変わってはいなかったが、　かなり酔っ払っているのか、ろれつがまわらなかった。　私は絶句した。　死ぬの生きるのとさわいだあげくに別れた元の　婚約者から、今頃になってあまりにも唐突な　電話だった。　それも、よりにもよって、私が結婚してまだ　３ヶ月そこそこだというのに、こんな電話を　してくるなんて、どういう神経なのだろうか。　「困るわ、今頃になって」　それだけ言うと、私はあわてて電話をきった。　その当時は、携帯はもちろんコードレスも　なかったから、場所を変えて話すことが　できなかった。　「誰からの電話？」　案の定新婚の夫にそうきかれて、　「間違い電話よ」　と、とりつくろったものの、私は心臓が凍りつくかと　思えるほど、どきりとした。　それは、忘れたはずの過去からの悪魔の声の　ように、思えてならなかった。　　　　　　　(完)　

  2006年10月13日

• 夢は園遊会

   　｢もしも、もう一度結婚するなら、どんな人がいい？｣　高校の同級生のＹ子がコーヒーカップを撫でるようにして　きいた。　｢そうねえ、なにはともあれ、出世する人がいいわ。　うちのみたいに小市民的でふがいのないのは、　もう結構だわね。　定年前だっていうのに、万年課長じゃあねえ｣　地方公務員の夫を持ったＨ美が、退屈そうに言う。　｢あんたんとこは、喰いっぱぐれがないからいいじゃないのよ。　うちなんか、５０歳でリストラだもんね、民間企業はきびしいのよ。　新聞記者なんて、若いうちはいいけど、中年になったら　使い捨てだもんね｣　Ｙ子の夫は大手新聞社をリストラになって、現在は父親のやっていた　赤新聞のあとを継いで、まがりなりにも経営している。　｢私もやっぱり出世する人がいいわ、リストラ組は願い下げだわ。　Ｍ子の旦那はＯ省の事務次官だから、公用車で送り迎えだって。　それに天皇・皇后主催の園遊会にまで招待されるんだってよ｣　そこで、二人はため息まじりにうなずき合った。　｢いいわねえ、園遊会に招待されるなんて、ねえ。　女房は、やっぱり色留袖を着て行くのかしら？｣　｢でしょう、ね。　私だって園遊会に一度くらい招待されたいわ｣　女も中高年ともなれば、その程度の夢しかなくなるだ。　喫茶店の外は秋雨が涙のようにほろほろと降り続いて、　一向にやみそうもなかった。　　　　　(完)　 

  2006年10月07日

• けったいな女医の診察室　　３

    　ドクター竹田の診察室に５０代の主婦が駆け込んできた。　｢先生、私はうつ病かもしれません｣　｢どうして、そう思われるんですか？｣　｢気がめいって、生きていくのがいやになりましたよ｣　｢それはいけませんねえ。　睡眠はちゃんととれていますか？｣　｢あんまり気がめいるので、ほとんど毎日不貞寝してます｣　｢じゃあ、ハイ・テンションになるお薬をだしましょう｣　というふうに、いとも簡単に投薬指示がでた。　その主婦は４週目に薬がきれたので、またやってきた。　｢お加減はいかがですか？｣　｢おかげ様で気分がよくなりました｣　｢それはよかったですねえ。　しみ・そばかすは、すこしはうすれてきましたか？｣　｢はあ？｣　その主婦はけげんな顔をした。　ドクター竹田がだしたのは、ビタミンＣだったからだ。　　　　　（完） 

  2006年09月28日

• けったいな女医の診察室　２

    　ドクター竹田の診察室にいかにも気のよわそうな中年男が　駆け込んできた。　｢先生、私は恐妻家なんですが、　近頃ほとほと嫌気がさしましたよ。　うちの鬼嫁が怖くって、怖くって！｣　｢そんなに怖いんですか？　困ったものですねえ｣　｢で、なんとかなりませんか｣　｢じゃあ、透明人間になるお薬を出しましょう｣　｢私が透明人間になるんですか？｣　｢そうしたら、奥さんにも見えないでしょ｣　ドクター竹田の出してくれた薬を飲んでみたら、　すこし気が大きくなってきた。　鬼嫁の顔が、まともに直視できるようになってきた。　もっとも、まだ透明人間にはなったわけではないのだが・・・　

  2006年09月25日

• けったいな女医のけったいな診察

    　｢いかがなさいましたか？｣　と、ドクター竹田が鼻めがねで聞く。　｢先生、私、妄想癖があるんです｣　４０代のハイ・ミスが唇をゆがめて言う。　｢たとえば、どういう妄想ですか？｣　｢私が結婚が遅れたのは、もてすぎたからなんだとか・・・｣　｢つまり、いっときになん人もにプロポーズされたってわけ？｣　｢そうなんです、ですから誰にしたらいいのか、迷っているうちに　縁談が立ち消えになってしまって｣　｢それは、残念ですねえ、今度からは、迷う前にとにかく誰でも　いいから、一度結婚してみてください｣　｢はあ？｣　｢はい、次の方、どうぞ｣　　けったいないことを言うけったいな女医にけむにまかれて　妄想癖のハイ・ミスは診察室を不承不承出ていった。       (完)　　　えっ？　　ちっとも、おもしろくないですって？　　　　　　　　　　これは、また失礼！

  2006年09月24日

• 口は殺人の元！

    　私の近所に放送局とあだ名されている人がいる。　とにかく彼女の口にかかったら、もうおしまいである。　白いものも黒で通す威力がある。　私も彼女の口に言わせれば、認知症の姑を虐待している　鬼嫁ということになっているのだから。　つい最近まで、そのことを私は知らないでいたのだった。　が、回りまわって私の耳にも届いてしまった。　私は目の中が火を吹いたかと思えるほど　怒りで真っ赤になった。　その放送局を何度となく頭のなかで殺す方法を　考えた。　考えてみること自体が、腹いせになったからだ。　ある朝パトカーのサイレンで目がさめた。　その日はちょうどゴミ出しの日だったので、　遅れてはならないと、ゴミ袋を持って歩道橋のたもとまで　いそいだ。　すると、黒山の人だかりである。　｢なにがあったんですか？｣　二軒となりの奥さんにきいてみた。　｢Ｈさんの奥さんが歩道橋の階段の真上から突き落とされたのよ｣　｢で？｣　｢打ち所がわるくって即死ですって｣　｢・・・・｣　私は呆然と立ちすくんだ。　あの放送局が、こともあろうに歩道橋の真上から突き落とされ　たとは、私が連日頭のなかで思い描いていたとおりになった　からだ。　　　　　　　(完)　　　　 

  2006年09月23日

• うざいおばさんのいたずら

    　私の家の裏通りは、元は１メートル幅もないような　どぶ川だった。　そこをコンクリートでふさいで通路にしたのだが、この狭い道に　人ひとりも通れないくらいに植木鉢をならべているご仁がいる。　盆栽が趣味とみえるけれども、天下の往来にところ狭しと　植木鉢をならべておくのは、いったいどういう神経でいるの　だろうか。　そのご仁の庭ではないのに、壮観なほどの盆栽群ではある。　その盆栽のなかでも、とりわけ秋バラが今、盛りである。　なかでも、丹精したといわんばかりのバラは、真紅の大輪である。　その花を見ているうちに、むらむらといたずら心がわいてきて　しまった。　家から花ばさみを持ち出して、思いきり勢いよく、そのバラの首を　ばっさりと切りおとしてやった。　まるで、人の首をはねるかのように。　おまけに｢天誅！｣とでかでかとプリントした紙きれまでも添えて！　これで今日一日は、すっきりとした気分ですごせそうである。　　　　　　　　（完）　これはフィクションですので、念のため！

  2006年09月23日

• 殺すにたらぬ人ひとり

    　　　　　　　秋風や殺すにたらぬ人ひとり　　　西島麦南 　私にそむいて別の男に走った女を、一時は殺そうかと　思ったほど逆上したが、しばらくたって考え直してみると、　ばかばかしくなってきた。　殺さなければならないほど、私は彼女に執着しているのかと　自分に訊いてみると、いや、そうではない、ただ男の面子が　立たないだけなのかもしれないと、いう気になってきた。　えり子は、私の親友のＫのもとに去った。　もしも、私の知らない男であったのなら、案外平静であったかも　しれないのだ。　相手がＫであったということが、私を一瞬であれ、血迷わせた　のだと思うようになった。　もしも、運悪く、あの時私の身近に凶器となるようなもの、　たとえば、ペーパーナイフだとかがあったならば、私は　まちがいなく彼女の背に突き刺していたにちがいないのだ。　そう思うことで私はかろうじて自分を冷静に保つことが　できたのだ。　あんな女は殺すには価しない！　秋風に吹かれながら、私はひとり乾いた笑みを浮かべた。　　　　　　　　　　(完)

  2006年09月19日

• 人形供養　その２

  　 　霊能者のご託宣どおりに明日は女雛を供養に持ってゆくという　前夜のことです。　真夜中に誰かがすすり泣くような声がします。　はじめは空耳かとも思ったのですが、かすかにではあっても、たしかに　泣き声がするのです。　それは座敷のほうからきこえます。　私は母を起こして一緒に座敷へ行ってみました。　床の間に飾っておいた女雛が目から涙を流しているでは　ありませんか。　まぎれもなく顔がぬれていたのです。　私はあまりの出来事に背筋が凍りつきました。　思わず母と顔を見合わせてしまいました。　「内裏さまと別れ別れになるからやろうか?」　私にはそうとしか思えませんでした。　「あんたの身代わりになって泣いてくれたんやろ」　母は私をなぐさめるようにそう言ってくれました。　そして女雛をいたわるかのように、そっと元の木箱に納めました。　翌日私は母にともなわれて光華院へ人形供養に出かけました。　本堂の仏前に数十体もの雛人形が山積みされておりました。　我が家の女雛ももちろんそのなかに安置されておりました。　庵主さんの読経の涼やかな声が時空を超えて流れてゆく感じ　でした。　一体、一体の人形にこめられた念の深さが解き放たれて無に　帰すように思えました。　そうして私自身の業の深さも人形が身代わりとなって背負って　いてくれたのかもしれないと私には思えました。　それから半年後に私は今の主人と結婚しました。　それもこれも皆人形供養のおかげだと私は信じております。　　　　　　完　 　　 

  2006年08月18日

• 人形供養

    　人形寺といいますと、京都の宝鏡寺が有名ですが、この土地にも　あるんですよ。　正式には光華院(こうげいん)というんですけれども。　若狭湾に面した高台にある格式の高い尼寺なんです。　江戸時代の元禄年間に藩主の息女が出家して開山したお寺で　代々藩主の血筋をひく女性が住職になってきたんです。　今の庵主さんも元藩主の家柄とは遠縁の方だときいております。　その光華院では、毎年４月３日に人形供養がおこなわれていましてね。　古くなった雛人形を盛大に供養する慣わしになっているんです。　近頃では、町起こしのイベントにもなっていますから、けっこう観光客が　あつまってくるんですよ。　これは、３０年もむかしの話ですので、恐縮なんですがね。　当時私の縁談がまとまりかけるとこわれたんです。　それにはすっかり頭を抱え込んでしまいました。　祖母が心配しましてね、ある霊能者にみてもらいに行ったんです。　すると　｢あんたんとこは、むかしお女郎屋やったでしょうが｣　と言われました。　これは事実だったので、祖母はもうびっくりしましてね。　遊郭で桜木楼という店をやっていたんですね。　その霊能者が言うには、その店で抱えていたお女郎さんのなかには　ひどい折檻をされて命をおとしたものもいたはずだ、その霊がたたって　孫娘である私の縁談を次から次へとこわしているんだと。　ではどうすればいいかと、祖母がたずねますと、　｢あんたの家に代々つたわる雛人形があるはずや。　なかでも女雛だけを光華院に持っていって供養してもらうこっちゃ｣　というご託宣でした。　　　　　　　　（続く）　　　　　　　　　　　　　　

  2006年08月17日

• 復讐寺縁起　　２

    　ご祈祷はどんなふうだったか、ですって？　密教の護摩をたいてご祈祷をするんですが、まずその前に復讐したい　相手の名前を紙に書くように言われるんです。　その紙を庵主さまが護摩の火のなかにくべるんです。　呪文を唱えながら、ね。　庵主さまは聞きしにまさる美人でしてね。　なんか体じゅうから、オーラのようなものが出ていて、けおされる、　っていいますかしらね。　なんともおごそかな雰囲気がありましてね。　ご祈祷は３０分ほどでしたが、その間からだは金縛りにあった　ようになってしまって、頭のなかは真空状態って感じでした。　こういう状態になったのは、生まれて初めてです。　ご祈祷が終わって、庵主さまが静かにおっしゃいました。　｢これで、あなたの念はすべて空になってしまいましたからね｣　そうなんですよ、不思議なことに、からだがすっかり軽くなった気が　しましたから。　憑き物が落ちたっていうんでしょうかね、そんな心境になったんですよ。　ご祈祷の効き目はあったか、ですって？　もちろん、ありましたよ。　妙蓮寺から帰って半月ほどしましてね、相手の男が心筋梗塞で　あっけなく死にました。　あんまりあっけなかったもので信じられませんでしたよ。　一時はストーカーまがいの嫌がらせをしたほどの男でしたのに。　人はそんなに簡単に死ぬものなんですねえ。　半信半疑でお香典を送りましたら、奥さんから香典返しが　届きましたよ。　これでなにもかもきれいに帳尻があったわけでして。　　　　　完 　　　

  2006年08月16日

• 復讐寺縁起　　

   　縁切り寺ってきいたことはあっても、復讐寺ってきいたことは　ないでしょう？　ところが、復讐のための祈祷をしてくれるお寺があるんですよ。　いえ、冗談なんかじゃありません、ほんとうの話なんで。　そのうえ、またその祈祷がよくきくって評判なんですよ。　だから、若狭の片田舎にあるっていうのに、全国津々浦々から　祈祷をしてもらうために人がわんさと集まってくるんですよ。　ただし、祈祷料は目の玉が飛び出るほど高いっていう話ですよ。　そこの庵主さんは、なんでも公家の血筋に生まれた方で、５０歳は　とうに出た年だそうですが、ぞくってくるほど凄みのある美人だそうで。　なんでも昔は映画女優だったとか。　ほら、水尾みゆきって女優がいたでしょうが。　やくざ映画の女博徒役でならしたスターが。　その人なんですよ。　えっ？　　知っているって？　水尾みゆきなら、裏切った男をナイフで刺して殺人未遂で刑務所入り　した、そうそう、その女優ですよ。　たしか、３年ほどくらっていたはずですよ。　その女優が出家して、いまの妙蓮寺の庵主さんになっているんですよ。　実は私もそのご祈祷をしてもらいに、わざわざ千葉くんだりからやってきた　クチなんでしてね。　　　　　　(続く) 

  2006年08月15日

• 花火の夜の殺意　　２

    　｢私がきらいになったの？｣　｢いや、そういうわけじゃあないけど｣　彼は口ごもりました。　｢だけど、このまま結婚するっていうのも、新鮮味がないしなあ｣　｢だから、私に飽きたっていうのね｣　その時、目の前で乱菊のようなかたちの花火がひらき、次の　瞬間ぱらぱらと火の粉が飛び散ったのです。　私の脳裏に彼をナイフで突き刺すシーンがカメラのフラッシュの　ようにひらめいたのでした。　そして、彼の首に宿の客用の細帯を巻いて力任せにしめつける　シーンがまたもやひらめいて、私は身震いしたのです。　それは、あきらかな殺意でした。　もしも、そのまま花火大会が終わらなかったなら、私はまちがいなく　彼を殺していたかもしれなかったのです。　けれども、まもなく花火は終わりました。　それと同時に私の殺意もあっけなくしぼんでしまったのです。　以来、私は花火が嫌いになりました。　今、彼がどこで何をしているのかは知りませんし、知りたいとも　思いません。　あやうく殺人犯になりかけた、あの花火の夜のことは思い出すのも　おっくうなくらいです。　　　　　　　　（完）  　 　

  2006年08月07日

• 花火の夜の殺意　　

    　人間って怖い生き物ですよねえ。　ほんの出来心で人殺しをしたかもしれないんですよ、　この私が、です。　私がまだ大学のときのことですが、つきあっている人が　いたんです。　その相手を仮にAとしておきましょう。　そのAと一度だけ旅に出たことがありました。　卒業の前年の夏休みに、です。　Aと私は当然結婚するものと周囲からみなされていましたし、　すくなくても私はそのつもりでおりました。　学生時代の思い出に小旅行をしようとAが誘ったんです。　二人は奥能登のひなびた宿で一泊しました。　その宿はランプの宿として有名だったんです。　部屋には電灯がつかず、そのかわりにランプで明かりをとる、と　いうのがウリでして。　ちょうどその夜は花火大会がありました。　宿の二階の部屋からは花火を見物するには、もってこい　の場所だったのです。　二人の部屋は日本海に面していて、まるで海中にあるかのように　海鳴りが地響きをたてていて、それは、それは恐ろしいほどの　迫力で迫ってくるのでした。　そのうえ、打ち上げ花火が頭上であがっては、消え、消えてはあがり、　そのすさまじい響きに鼓膜が破れるかと思えたくらいでした。　花火の最中にAが突然言いだしたのです。　｢別れよう、俺たち｣　私は聞き違いかと思ったのです。　｢別れる、ですって？｣　｢そうだ、別れよう｣　ランプの薄明かりでAの顔は濃い陰影をおびていました。　｢本気なのね｣　｢ああ、本気だよ｣　Aは、もう一度くりかえして言いました。　その顔はまぎれもなく真顔でした。　　　　　　（続く）　　　　　 　　　　　　　

  2006年08月05日

• 移り香

    　沢と別れた理由は簡単だった。　人目をしのんでの逢瀬でこう言ったからだった。　｢その香水なんとかならないか。　女房が、あら、この香水の匂い、私のじゃあないわ、って　言うんだ。　君とのことがばれそうだ｣　身勝手にもほどがある。　私のつけている香水があんなに気に入っていたくせに。　本当に男って勝手だ。　そんなに女房がこわいのか。　ならば、不倫なんてはじめからしなきゃいいのに。　私を口説き落としたときの殺し文句をもう忘れたっていうのか。　｢あなたと初めて出あったとき、すれちがいざまに香水の　なんともいえない、いい匂いがして、くらくらっていきましたよ。　あなたのフェロモンの匂いなのかなあ｣　って言ったくせに。　また、こうも言った。　｢うちの女房はもう女じゃない。　香水なんてつけるのさえも面倒くさがるんだから。　女も身をかまわなくなったらおしまいだね｣　その女でない女房にばれるのを恐れて、私の移り香が　きつすぎるだなんて、いまさらそんな言いがかりをつけるなんて　卑怯じゃないのか。　ならば、私も言ってやる。　｢この香水がそんなにいやなら、もういいのよ、あなたとのこと、　おしまいにしてもいいのだから｣　それで、あっさりジ.エンドなのだ。　　　　　　（完） 　 　  　　

  2006年08月01日

• 父の恋　　２

    　父の話によると、解剖学教授の娘の多賀良子はなかなか個性的な　人だった。　その当時では飛んでいる女で、女学校時代に父なし子を産むという　今風に言えば未婚の母になったのだった。　父親の多賀教授は、娘の行く末を案じて、良子を女子医専に入れ　女医にしたのだ。　どうやら良子は正式な結婚は生涯しないままだった。　戦後良子は美容整形外科医の草分けとして、マスコミにひっぱりだこ　になった。　私も高校時代にテレビで一度だけ多賀良子を見かけたことがあった。　顔立ちは美人といえる方だったが、それよりもエキセントリックな女という　印象が強かった。　そんじょそこらに転がっているタマでないことだけは確かだった。　父はありふれた女が嫌いなんだと私は思ったのだった。 　　　　（続く）  　　

  2006年08月01日

• 熱帯夜の告白　　　時効になった殺人　１

    　こうもうだるような暑さでは、たまりませんねえ。　そこで暑さを吹き飛ばすようなお話をひとつしましょうかしら。　主人が亡くなって今年で早くも１７年がたちましたけど、その死後しばらくは　いろんな噂がたちましてねえ。　もちろん私の耳にもあれこれと入ってきましたよ。　なかにはひどいのになると、女房の私が殺したんじゃないか、　なんて陰でこそこそ言う人もあったくらいですからね。　夫の死因は溺死だったんですがね。　死んだ人のことを悪く言うのもなんですが、夫は酒癖が悪くってね。　酒さえ飲まなければ悪い人じゃあなかったんですがねえ。　酒がやっぱりいけなかったんです、雪の降る夜になにを思ったんだか　酔っ払って港へ行き、海に転落して死んだんですからね。　それと言うのも港近くに行きつけの飲み屋があったんですよ。　｢花吹雪｣っていうね。　そこの女将の幸子（ゆきこ）さんと出来ていたっていうのが、　もっぱらの噂でしたがね。　その幸子さんてのは、なかなかの垢抜けした人でね。　もっとも東京生まれの東京育ちだから、こんな北陸のさびれた港町にゃあ　もったいないような美人でしたよ。　今どうしてるって？　ちゃっかりと東京へ舞い戻って人の奥さんに納まっていますよ。　したたかといえば、したたかだわね。　私はどうしてるって？　母がやっていた派出看護婦紹介業を継いで、ほそぼそとやっておりましたが、　介護保険制度ができたのをきっかけに介護サービス業に手をのばして　今ではこれでもひとかどの社長です。　人の運って、どこでどうなるものやら、わかりませんよねえ。　　　　　　（続く）　　 　　

  2006年07月28日

• 父の恋　　１

    　父は晩酌するのが日課だった。　素面のときは無口だったが、酒が入ると人が変わったように　饒舌になった。　だからと言って大風呂敷をひろげるわけでもなく、終始淡々とした語り口を　くずさなかった。　子供のころから私はそんな父の話をきくのが好きだった。　しかし、今にしてみると父が生まれ育った京城(現ソウル)の話はほとんど　きいたことがなかったのだから不思議である。　また父は、自分がどんなふうに育ったのか、父の親きょうだいに関することには、けっして　ふれようとはしなかった。　ただ京城帝大医学部での学生時代の思い出だけは、しばしば口にしたの　だった。　なかでもとりわけ解剖学の教授 の娘だった多賀良子のことは、耳に　タコができるほどきかされたものだった。　子供ごころにも、私は父にとって多賀良子が特別な存在であることを　察していた。　　　　　　　　　(続く)  　　 　　

  2006年07月27日

• 女易者の打ち明け話　　３

    　節操がないと言ったら、専業主婦、これが一番たちが悪いですねえ。　亭主にしっかり食べさせてもらっておきながら、平気で不倫をする。　これがなによりも横着です。　ええ？　やっかみだって？　そうなんですよ、実は私、これでも元主婦なんですよ。　でもね、厳密に言えば、主婦失格なんですけどもね。　私という女は主婦の座には安住できないたちなんですよ、　貧乏性っていうんですかねえ。　なんで主婦失格かって？　これを話したら、一晩はかかりますよ、いえ、ほんとに。　だから、またの機会にするとして、主婦の不倫ね。　ひと昔前は、不倫するのにも勇気がいりましたよ。　もしも、ばれたときは潔く離婚する覚悟があって初めて不倫をした　ものだけど、ねえ。　今の主婦はそんなこと考えてみることもない。　ばれないようにやれば不倫だって不倫にはならない、　なんてけろけろしてのたまったのもいましたからねえ。　あきれてものも言えませんよ。　気の毒なのはご亭主だわね。　女房が不倫してるなんて夢にも思わないであくせく働いて、　ごていねいに女房のご機嫌までとっている。　まったく踏んだり蹴ったりだわねえ。　　　　　　　（続く）   

  2006年07月24日

• 女易者の打ち明け話　　２

    　近頃の若い娘って節操がないですねえ、二股なんて平気。なかには　三股なんてかけてケロリとしてますよ。　あんまりひどいから注意すると、なんでいけないの、おばさん、って食ってかかって　きてねえ。　だから私も負けずに言ってやるんですよ。　｢年がいったら苦労するから｣　ってね。　それでも、まだきかないのには、　｢今に殺されるわよ｣　ってね。　まったく素人娘のくせにソープ嬢顔負けのことをするんだからねえ。　恐ろしいですよ。　もちろん中学生で援交なんて常識なんですからねえ。　知らないのは、親だけですよ。　うちの子にかぎってなんて、言うのはね。　　　　　（続く）   

  2006年07月23日

• 女易者の打ち明け話　　１

    　私は２０年以上も易者をやっていますけど、そりゃあ、いろんなお客が来ますよ。　常連さんのなかには実に几帳面な人がいましてね。　私の言ったことをいちいちメモするんです。　そして言うんですよ。　｢先日、先生がおっしゃったことと、正反対のことを今日はおっしゃるんですね｣　ですって。　まったくやりづらいお客ですよ、こちらは自分の言ったことなんていちいち　おぼえちゃあいませからね。　なにしろ多いときには日に３０人はお客が来るんですからね。　誰になにを言ったなんて、おぼえているわけがないじゃありませんか。　もっとひどいのになると、私の易がはずれた、って言って怒鳴り込む　のもいましてね。　たまったもんじゃありませんよ。　　　　　　　　（続く） 　 　　

  2006年07月21日

• 躁状態の女　　２

    　｢結局、妃殿下はマッサージ師とは別れましてね、また宮家に戻って　来ましたけど、夫君の宮さんはどう考えていたんでしょうかね。　夫婦のことは他人にはよくわからないものですからね。　大叔母は女官をやめましてね、大叔父と結婚したんですがね｣　こんどは大叔母のことに話題が飛んでしまった。　｢大叔父が事業に失敗して、大叔母はとっても苦労したんです｣　私が相槌を打つ暇もないくらいに花屋の奥さんはじゃべりまくるのだ。　｢女は男しだいですからね。　大叔母は亭主運が悪かったんですよね。　４０代で未亡人になってしまいましたよ｣　｢ところで、宮さんは戦後皇族の身分をはなれてからはダンスホールを　経営したりで、ぱっとしなかったんですがね｣　次から次へと話が飛んでしまうのも躁状態の特徴なのである。　宮さんからこんどはどこへ話が飛んでいくのか、考えただけで気が遠く　なったので私はもう退散するしかないのである。　｢奥さん、ごめんなさいね、私、朝ごはんの支度がありますから　これで失礼しますわ｣　と、逃げるが勝ちだった。　それにしても朝からおかしな雲行きではあった。　　　　　　　（完）       　

  2006年07月19日

• 躁状態の女

    　また花屋の奥さんの精神状態がおかしい。　どうやら躁状態にあるらしくこんな朝早くからはしゃいでいる。　今朝もいつものように犬の散歩をさせていると、わざわざアーケードの　向かい側から私に近づいて来て話しかけたのである。　落ち込んでいる時はこちらがあいさつをしてもぷいと横を向くというのに。　｢奥さん、わんちゃんの散歩もなかなか大変ですよねえ｣　｢そうなんですよ、この子ももうお年だから、よたよたとしか歩けないんです｣　やむなく私も応じる。　｢奥さん、私の大叔母はねえ、戦前ある宮家の女官をしていましてねえ｣　と話がとんでもない方角にそれてしまうのだ。　それも躁状態にあるときの特徴なのだが。　｢ある宮家ですか｣　私は相槌を打つだけは打つことにした。　｢そうなんですよ、花園宮というんですけどもね、戦争中に跡継ぎがなくって　絶家してしまいましたけどもね。　そこの妃殿下は徳川公爵家から輿入れしてきたんですよ。　それはそれはきれいな人だったそうで。　絶世の美女っていうのかしらね｣　なんで唐突に徳川が出てくるのかはわからないが、この手の話が延々と　続きそうで私は気が滅入ってきた。　｢その妃殿下がなんと出入りのマッサージ師と駆け落ちしてしまって｣　｢妃殿下が、ですか｣　いよいよ話がおかしな方向にむかってしまっている。　　　　　　（続く） 　　　　　　

  2006年07月19日

• かくれ喪　　２

    　喪服のしつけ糸をとってから肩に羽織って姿見にうつしてみた。　地紋の露芝模様がすっきりと浮き上がって涼しげにうつった。　その昔藤野が私の和服姿に目をみはったことが思い起こされて　胸があつくなった。　その藤野が急逝したということが、いまだに現実味をおびてはいなかった。　６時半からの通夜には、十二分に時間があった。　新幹線で１時間もあれば藤野のいる町には行けるのだ。　喪服に着替えてからも私は時間をもてあましていた。　ほんの気付け薬のつもりで飲んだワインが思いのほか効いてきた。　私の脳裏をかけめぐるのは、なぜか大学時代の藤野ばかりだった。　ひと目を避けて逢うようになったのは、大学を卒業してそれぞれ結婚　してからのことだった。　にもかかわらず思い出されるのは、学生時代のことばかりなのが　不思議だった。　あれは余分だった、不倫を重ねたことは蛇足だった。　男と女の仲になったことが、そもそもの間違いだったのだ。　それさえなければ、私は正々堂々と通夜の席に出ることができるのに。　Ｙ県県会議員を４期つとめてきた藤野の通夜は当然盛大なはずだが、　それも気後れしてきたし、ましてや一度も会ったことのない藤野の妻を　今更ながら見るのも苦痛になってきた。　グラスを重ねるにつれて私は自分がみじめになってきた。 　気がつくとしたたかに酔っていた。　終電にももう間に合わない時間になっていた。 　　　　　　　　(完)  　　 　　　　 

  2006年07月18日

• 熱帯夜の妄想

    　こんなに暑苦しいのでは、クーラーもたいして効き目がない。　まして築４０年近い木造のこの家は建てつけも悪く、サッシ窓の隙間から　外の熱気がたえまなく侵入して来るのも、いたし方ないのだから。　もう４日続きの熱帯夜である。　こちらの頭のなかまでが沸騰点に達していて、とりとめのない、不埒な妄想が　たぎっているのだ。　霞ヶ関のＮ省ビルの事務次官室には、まだ明かりがついている。　そう、あの部屋には相良がまちがいなくいるという証拠である。　相良にめがけて梶井基次郎のようにレモンを爆弾に変えて　投げつけてやろうか。　いや、レモンではちいさすぎる。　せめてグレープフルーツくらいの大きさがなければ、爆弾としての威力は　ないように思える。　｢相良さん、昔あなたはこうおっしゃったのよ、私のことをあの娘はまるで　娼婦みたいに仇っぽい、ってね。　まさかお忘れになってはいないでしょうね。　まだ２３歳の女子大生の私をそう評したのですよ。　その言葉がどれほど私を傷つけたのか、あなたにはわからないでしょうね｣　そう言いながら私は力任せにグレープフルーツ爆弾を投げる。　Ｎ省ビルが木っ端微塵に吹き飛ぶ。　もちろん相良ももろともに、である。　そして私はようやく寝苦しい夜から開放されて眠りにつくことができるのだ。　　　　　（完）   　　

  2006年07月14日

• 居留守をつかう女

   　スーパーで偶然に中学校の同級生の君子に出くわした。　大学時代に東京でばったり出会ってから一度も会ってはいないから　何十年ぶりになるだろうか。　買い物の途中についつい長話をしてしまった。　｢母が心臓が悪くって入退院を繰り返していてね。　そりゃあ大変なのよ。　こんなことになるなら、結婚しておくべきだったわ｣　と愚痴を言う君子は実際の年よりも老けて見えた。　それは、おそらく上の前歯がすっぽりと抜けていたせいもあったが、　なりふり構わないといった感じがしたせいも、　あっただろう。　彼女の今の境遇がけっして幸せではないのは、ひと目で見て取れた。　立ち話ではなんだからというので、また日を改めて会う約束をして　その日は別れた。　たしか彼女は一度も結婚していないはずだった。　立ち話から母親を一人で看ているのはわかっていた。　私も認知症の母を介護していることもあって、積もる話があった。　それから１週間ほどたって、たまたま君子の家の近くまで行く　用があったので、思い切って寄ってみた。　その家は昔は米屋を営んでいたが、今では改造されていて　こじんまりとした住宅になっていた。　玄関のチャイムを何度か鳴らしたが、返事がない。　玄関脇の傘たてに埃まみれになった女物の古い傘が３本、無造作に投げ入れて　あった。　ここには住んでいないのかといぶかしげに思った。　ちょうど向かいの中年の主婦らしい人が私のほうを見ていたので　聞いてみた。　｢こちらにはお住まいになってはいないのでしょうか？｣　その主婦は声をひそめて言った。　｢住んでますよ、もちろん。　ほら、台所の窓がすかしてあるでしょ。　でもね、いつも居留守をつかうんですよ。　こんなこと言いたくないけど、なにしろ変わった人ですからねえ｣　私がその理由が飲み込めないと思ったらしく、主婦はそんなふうに　付け加えるのだった。　誰にでも居留守をつかうのだという君子の心情を推し量れば、　わからなくもなかった。　彼女は自分の境遇が不本意でならないのだろう。　その気持ちが強すぎて自然と世間から背を向けてしまうのだろう。　それはわかるにしても、私が彼女の立場だったら、　はたして居留守までつかうだろうか。　私は暗澹たる思いを胸に立ち去った。              完         　 　　　　　　　　　

  2006年07月09日

• 魔理江の妖術　　３

    　津田も私も昔のままで向かい合っているのです。　昔とちがうのは私が自分でも信じられないくらいに素直になっているのです。　「もちろん、よろこんで」　私は童女のようにあどけなくうなづきました。　昔の私は津田にはどうしても素直な自分を見せることができなかった　のでした。　若さゆえにつっぱっていたのでしょう。　「君につっぱねられるのが怖かったんだ。　で、言い出せなかったんだ」　津田もまた正直にそう打ち明けるではありませんか。　そして二人はどちらからともなく自然に寄り添いました。　キャンパスの紅葉が目に沁みます。　やがて、それは涙でかすんでしまいました。　「相手の方の、それが本心だったんですよ」　魔理江のハスキーボイスが心地よく耳に響き、私は我に返ったのです。　涙で顔がぐしゃぐしゃになっていました。　それは何十年分もの涙でした。　私がずっと後悔しつづけた涙でもあったのです。　「これで気がすんだでしょ？」　魔理江が微笑んでいます。　私はハンカチで涙をぬぐいながら、何度もうなづきました。　これで青春の落し物をとりかえすことができたのだと。　私は不思議にも冴え返った心持で魔理江に礼を述べ　祝儀袋に包んだ３万円を手渡すと、部屋をあとにしました。　これでもう昔を悔やむことはないのだとつぶやきながら。 　　　　　　　完　　 

  2006年06月28日

• 魔理江の妖術　　２

    　魔理江にうながされるままに逢いたい人の名を言いました。　すると　｢そのときあなたはいくつでしたか？｣　と魔理江にきかれました。　｢２２歳でした｣　｢いいですか、そのころのあなたに還りますよ｣　魔理江の声とともにオルゴールの音が｢イエスタデイ｣を奏でるのです。　その調べの心地よい響きに誘われて私は２２歳の自分に戻ってゆくのが　わかりました。　大学のキャンパスの木々が紅葉しているなかを私は津田とならんで　歩いているのでした。　なぜか津田は小脇にエリュアールの詩集を大事そうに抱えているのです。　それは、初めて出会ったときと同じなのです。　｢君に言いたいことがあるんだ。ずっと言えなかったんだけど｣　｢なあに？｣　２２歳の私は驚くほど素直に、あどけなくききかえします。　｢卒業したら一緒になってくれないか｣　その言葉を私は心ひそかに待ち続けていたのでした。　　　　　　　　（続く）  　　

  2006年06月26日

• 魔理江の妖術　　１

    　若狭に美浜という町がありましてね、そこに女の超能力者がいるんですよ。　なんでも昔の恋人と昔に戻って再会することができる妖術をほどこしてくれる　、っていうので、有名でしてね。　かなわなかった恋を一瞬でもかなえさせることができるっていうので　中高年の女性たちが全国津々浦々から押しかけてくるんだそうで。　まあ、いってみれば｢冬のソナタ｣ブームの再来みたいなものなのでしょう。　そういう私も若いころの恋の相手とたとえ束の間であっても再会したいと思って　金沢からわざわざやってきたクチなんですがね。　それにしても驚きましたよ。　こんな片田舎にも垢抜けた女性がいるんですねえ。　魔理江と名乗る、その超能力者は、それは都会的な洗練された　５０代の美人でしてね。　古いレンガ造りの洋館に住んでいるんですよ。　１０畳くらいの洋間の待合室で順番を待っている間に同席した　京都から来たという６０年配の女性が耳うちしてくれたんですが、　魔理江は、もとは新劇女優だったそうでして。　３時間はゆうに待たされましたが、私の番になりました。　｢次の方、どうぞ｣　という声を合図にメイプル材の扉を開けましたら、　魔理江がなんともいえない、こぼれるような笑みを浮かべて　手招きをするじゃありませんか。　同性でさえうっとりするのですからねえ、実にチャーミングな人でした。　｢あなたの逢いたい人のお名前は？｣　ビロードのようなハスキーボイスで魔理江がききました。　それからは、まるで夢のような気分でした。 　　　　　

  2006年06月26日

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