雨の日のショパン
昔から私にとってピアノは憧れのまとだった。お嬢様ではなかった私は(私にとってピアノを習っていた奴は例外なくお嬢様だ)せまい団地の一室におけるはずもないピアノを夢見て全然わからないクラシック音楽をうっとり聴きながら小・中学校時代を過ごす。(この後ロックに走るので、何十年もの空白がある)働き始めてしばらく経って間違って「クラシック喫茶」に入ってしまった私は偶然耳にした懐かしいクラシックを聞きながらコーヒーを飲んでいた。その時の決意は「いつか私もピアノを弾くぞ」だった。そのチャンスがついにやってきたのは5年前。当時仲良くしていただいた方が日本に帰国する折りに「あー、あとはピアノも売らなくちゃいけないのよねー。誰か買ってくれないかしら。」と茶を飲みながらつぶやいた。私は何も考えずに手を挙げていた。「私。私が買います。よろしく。」私の憧れのピアノがついにやってきたのだ。早速私は日系の書店に駆け込み、「こどものバイエル・上」を買って練習した。わはは、楽勝じゃないか。1週間後に大きくステップアップした私は財布をつかんで書店に走り、「こどものバイエル・下」を買い求めた。家に帰って本を開くと・・・あれ?おかしいな。オタマジャクシの数がいきなり増えている。何だか難しいぞ。どうして上から下になって急にこんなに難しくなるのだ。本をひっくり返して良く見ると「こどものバイエル・中」というのがあったのだった。こういう紛らわしいことはやめてくれ。1、2、3にすればいいじゃないか。書店には中はなかったのだ。こんなことでお取り寄せするのも何だし、と書棚を見渡していたら「大人のバイエル」というのがあった。なーんだ。最初からこれにすれば良かった。わたくしはれっきとしたオトナの女なんだから。しばらくはこの大人のバイエルで練習したものだ。でもだんだん飽きてきてしまった。こんな練習曲ばかり弾きたいわけではないのだ。基本は大事だけど、モチベーションも大事だ。と思ってたら、こどもは大きくなるし、送り迎えは忙しくなるし、離婚はするし、仕事は始めるし、で私の宝物はほこりをかぶった状態になってしまった。いつのまにか、戦意も喪失してしまったのだ。1年半前に息子にピアノを教えてくださる奇特なお方が現れて、私のピアノは再び、音を奏でるようになった。ならば、私も一緒に息子とやろうではないか。しかし、おとなのバイエルはもう開く気にならなかった。息子のピアノの先生は、「弾きたいものを弾けばいいんだよ。プロになるわけじゃないんだし、弾きたい、と思う心が大事なんだよ。」と言ってくれたので、私は念願のショパンを弾くことにした。またもや日系の書店に駆けつけた私が手にしたのは「やさしく弾ける ショパン・ピアノ・ソロアルバム」という奴だ。ショパンの名曲をやさしいピアノソロにアレンジしました、とある。なんと私にうってつけではないか。とてもむずかしいじゃないの。(涙)うそつき。でもって、ピアノの先生が、これなら弾けるんじゃない?と選んでくれたのが、「Etude Op10, No3」おお、これは別れの曲ではないか。とっても難しいあの曲が初心者向きにアレンジしてあった。じゃあ、これにしよう。それから私の日夜の特訓が始まった。初心者向きとはいえ、私はバイエルも終えてない初心者以下。音符もロクに読めないので、オタマジャクシの下にこっそりとドレミファソラシドを書きながら何ヶ月も練習したのだ。きっと前の家のお隣さんはイライラしただろうな。下手なピアノの同じフレーズが何回も聞こえてきて。でも練習の甲斐あって、わたしはとうとうその曲でリサイタルデビューも果たしたのだ。ぱちぱちぱち。あれから10ヶ月。数ヶ月の間、非常に忙しかったので、あまりピアノに触らなかったけど、時々、他の曲も練習するようになった。息子の使っているスズキの本がちょうどいい。こどもたちの上達のスピードにはとてもついていけないけど、少しずつ練習している。今の目標はショパンのPrelude Op. 28, No.4というやつ。(英語の本なのでそれしか書いてません)私にはすごーく難しいのだ。でも今夜は子どもたちもいないし、雨も降っているので外に出る気にもならず、ずっとピアノの練習をしていた。仕事が最近ヒマなのでヤバいとは思いつつ、あせっても仕方がないので、ピアノを弾いていた。美しい曲だわ、うっとり。これでちゃんと弾けたらいいのにな。私はうっとりしたいためにやっているのだ。雨音を聞きながら、ショパンを弾いている。(弾いているつもり、の間違い)夢が叶ったじゃないか。ねえ。