潮目が変わる
ある日突然、世の中がガラリと変わる・・・ということは実はそんなにないのではないか?と思う。ちょっとした変わり目があって、それが、じわじわっと効いてきて、次の変化を生み、じわっと効いて・・・の繰り返しなのではないか?と思う。それは、世の中の動きもそうだし、その「世の中」の構成員のひとりであるわたし自身もそうなんだろうと思う。「ああ、これか」と、来たときにすぐわかればいいのだけど、まだ鈍感なわたしは、少し間をおいてから、「あれだったのか」と、気づく。(まだまだだ)これは、「注意深さ」と「経験」ではないかと思っていて、そのうち、来た瞬間に、何が起きたかわかるようになり、もっと研ぎ澄まされれば、これから何が起こるのかもわかるようになるんだろうと思う。それには「準備」が必要で、いつ来られても大丈夫なようにこちらも訓練しておかないといけないのだと思う。そんなことを丁寧に繰り返しているうちに、必要なものと、いらないものの区別が自然につくようになり、どうでもいいことに執着する必要がなくなるんだと思う。・・・・・・・・・・・今年の後半は、河合隼雄さんとの「再会」が心の栄養になった。河合さんの『ナバホへの旅 たましいの風景』(朝日文庫)のなかで、ナバホの人たちの「ホッジョー」という言葉について紹介されていた。「ホッジョーとは、英語なら、beauty(美),balance(均衡),harmony(調和),これら3つの言葉を組み合わせて、どうやらやっとその真意に、ある程度近づけるような観念」であり、河合さんは、日本人の言う「和」に非常に近いものではないかと書いている。わたしが日ごろ接している「仕事」のなかに、「美」や「均衡」や「調和」や「和」を注入するのは、かなり意識的作業が必要のような気がしている。だからこそ、それらのことばを大事にしながら、仕事に臨みたいと思う。・・・・・・・・・・・・・・・・・年明けは、休むまもなくアポイントが入っている。10日には山口だし、11日は広島だ。14日は、子ども家庭福祉学会のシンポジウムを事務局としてお手伝いすることになっており、15日は、東京ウィメンズプラザで協働フォーラム。その次の週から、年金部会のワーキング検討会がどこどこ入ってくるだろう。どれも、今年の1月にはやっていなかったことばかりだ。わたしの潮目が変わってきたな。と、いかな鈍いわたしでも、痛感する。だからこそ、濃厚な自分の時間を、意識的に、しっかりと確保する必要があると思う。