私の入院体験記 21
平成8年4月14日(日曜日)入院生活24日目。登場人物は実名ではありません。 左隣から、さっきから愚痴っているのが聞こえてくる。 有馬さんは頼りにされているのかもしれないが、いくら頼りにしていても、病院に入院している人。だいぶ良くなったとしても退院の見込みは今のところ全然ない人。そういう人に5分以上もこぼし話をするのは、思いやりがないのではないか。早く退院して欲しいと願ってお見舞いに来たのなら、そんな話をするとは思えない。本人は世間話のつもりなのかもしれないが、どう聞いても、こぼし話。 有馬さんは、「…うん…うん…」 と、うなずくだけ。うなずいているので聞いてくれてると思っているのかもしれないが、いくらうなずいていても、話に乗っていない。口数の多い有馬さんなのに、全然乗っていない。有馬さんは口に出して言わないけれど、「愚痴はもういいから、早く帰ってくれ」 と心の中で言っているんじゃないか、というような、そんな感じ。そのことを相手は気がつかないのか、愚痴は延々と続き、1時間ほどでようやく帰って行った。スッキリした気分で帰ったのかもしれないが、有馬さんはスッキリしないのでは? うるさ型の有馬さんだが、どうでもいい話を延々と聞かされたのに、文句一つ言わなかったので感心。 きょうもまた有馬さんの見舞い客が、愚痴っている。 有馬さんは頼りになる人なのかもしれないが、入院患者。入院するだけでもストレスがたまるのに、退院の見込みが全然ないのでだいぶたまっていると思うのに、そういう人になぜこぼし話をするのか? 早く良くなって欲しい、早く退院して欲しいと願ってお見舞いに来たのなら、そんな話をするとは思えない。本人は世間話のつもりなのかもしれないが…。たとえ世間話だとしても有馬さんは話に全然乗っていない。相手はそれでもいいと思っているのか、一人でしゃべっている。 有馬さんはどうでもいい話をきょうも延々と聞かされたのに、きょうも文句一つ言わない。 宮下さんが、愚痴っている。有馬さんに言っているわけではないと思うけれど、「まーたそんなこと言っているっ!! そんなことを言うなってっ!! 楽しいことを考えればいいんだよっ!! 明るいことを考えればいいんだよっ!! 愚痴ばっかり聞かされたのでは、こっちまでが陰気くさくなるよっ!!」 と有馬さん。本当にそのとおり。 同室だった砂田さんは、あいさつをしないで退院された。そのことで有馬さんは、「一日に何度も何度もナースコールを鳴らして、夜中にも鳴らして、看護婦を呼んで、そのたんびに騒がしくしながら…。一言あいさつすればいいのに…」 などと、そんなことを一人でブツブツ言っていた。砂田さんのことをそんなふうに言いながら、自分のところに来る見舞い客が騒々しくても、有馬さんは何も言わない。 有馬さんは看護助手をしょっちゅうからかっている。 有馬さんはそんな人なので、「くそばあさん」だと思っていたのだが…。 結構、頼りになる人なのかも…。 宮下さんに言った言葉を聞いてそう感じるし、見舞い客が見舞いに来たというより、こぼし話をするために来ても、一つも文句を言わない。愚痴を言いたいのは有馬さんのほうなのに愚痴一つこぼさない。毎日有馬さんは、「あーあ」 と、ため息をついているが、ただそれだけで、愚痴や弱音は全然言わない。 頼りになる人なのかもしれない。心の広い人なのかもしれない。それだから多くの人に頼りにされて、こぼし話をする人が多いのかも…。 だけども、そーんなに頼りになる人が、どーして自分の見舞い客が騒々しくても、なーんにも言わないのだろうか? 一言だけでも、「うるさくて悪いね」 と言えばいいと思うのだが…。