コンドルの系譜 第六話(94) 牙城クスコ
アンドレスの父親は、彼が6歳になる頃には、既に他界していた。スペイン渡来の神父であったこと、事故で亡くなったらしいことを聞かされてはいたが、そんな父のことを聞こうとすると母があまりに悲しそうな顔をするために、アンドレスは父のことを詳しく聞けぬままに成長してきた。それでも、幼き日、その大きな胸に包み込むようにして慈しんでくれた父の温もりの記憶は、その感覚として、アンドレスの中にずっと残っていた。(父上…!!)思わず、瞳を潤ませそうになるアンドレスを、トゥパク・アマルは全く実の兄か何かのごとくに見守っている。「アンドレス、そなたの父は確かにスペイン人ではあった。だが、そなたの父が、我々インカのために、その身を捧げていたことを、そなたは知っているか?」「え!?…いえ!!」驚きと興奮の表情で身を乗り出してくるアンドレスに、トゥパク・アマルは深く頷く。「いずれ時がくれば、そなたも知ることになるであろう。アンドレス、そなたの父を、わたしは誇りに思っている。」「…――!!」アンドレスは恍惚としたまま、完全に言葉を失っている。そんな彼の方に真正面から向き直り、トゥパク・アマルは改めて目を細めた。「そなたも、そなたの父のごとくに、この悠久のインカの地を、その民を、守り抜くに足る者として相応しく、さらに成長しなければならないよ。アンドレス。」そう言って、トゥパク・アマルは、もう一度アンドレスに向かって、はっきりと微笑んだ。アンドレスの鼓動がドキンと、強く脈打った。急激に熱いものが体の奥底から込み上げてくる感覚を覚える。頬を紅潮させながら己を見上げるアンドレスの逞しく成長した肩を、やはり逞しい褐色の手で軽く叩くと、トゥパク・アマルは今までとは少し趣の異なる意味ありげな笑みを浮かべ、「では、フランシスコ殿のところへ参ろうか。」と、歩みはじめた。 フランシスコの天幕入り口で、深々と平伏して迎え入れる護衛兵たちに、トゥパク・アマルは穏やかな眼差しで頷き返し、ゆっくりと天幕の内部に入っていく。その後に続くアンドレスは、今しがたのトゥパク・アマルとのやりとりに、まだ大いに心を残しながら、しかし、今は目前のフランシスコのことに懸命に意識を戻そうとする。そんな彼ではあったが、フランシスコの天幕入り口の垂れ布をくぐると、たちまち夢から醒めるように、にわかに緊張が高まっていく。アンドレスは祈るような気持ちで、密かに固唾を呑んだ。ビルカパサは、二人を護衛しながら、天幕の入り口付近に立った。天幕の中では、フランシスコが寝台に身を横たえていたが、トゥパク・アマルの来訪に気付くと、慌ててその身を起こそうとする。「フランシスコ殿、どうかそのまま。」トゥパク・アマルは静かな声でそう言うと、寝台の傍に自ら跪き、寝台に横たわるフランシスコの目の高さに合わせた。既にフランシスコは極度の緊張に達しており、油汗を滲ませた顔面を微かに震わせ、荒くなった呼吸のもとで、「トゥパク・アマル様、そのような御姿勢…勿体(もったい)のうございます。」と、必死で身を起こそうとする。「よいのだ。さあ、楽にして。」そう言って、トゥパク・アマルは起き出そうとするフランシスコの腕を両手で緩やかに押さえた。が、その瞬間、彼はそのまま、ふと何かを訝しむように僅かに首を傾け、その手でフランシスコの腕を暫し、じっと掴み続けた。 ◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆現在のストーリーの流れ(概略)は、こちらをどうぞ。ホームページ(本館)へは、下記のバナーよりどうぞ。ランキングに参加しています。お気に入り頂けたら、クリックして投票して頂けると励みになります。(月1回有効)