コンドルの系譜 第一話(8) ビラコチャの神殿
コイユールはささやかな夕食の皿を片付けるために、席を立った。「そういえば、コイユール!」沈黙を破ったのは老婆の方だった。コイユールは皿を洗う少量の水を桶から汲みながら、祖母を振り返った。「なあに?」水は刺すように冷たく、指先にしみる。「さっきフェリパの奥様の使者が来て、またおまえに館まで来てほしいと言っていたよ。」「本当?!おばあちゃん、行ってもいい?」コイユールの表情がぱっと明るくなったのを見て、老婆は少し苦い笑いをしながら、やれやれといった様子で軽く両手を広げた。「コイユール、お前は、あのお屋敷に行くのが好きなんだねえ。ほんとに…。」「…ん。」コイユールは祖母の気持ちを察して、視線をそらし、それ以上はその話題はやめて皿をゆすぎ始めた。『フェリパの奥様』と呼ばれたのは、このティンタ郡のあたりではかなりの名家と言われる一族の奥方で、インカ族の女性だった。ただ、その夫人はスペイン人の神父と結婚していたのだった。祖母にしてみれば、スペイン人と結婚したその女性が、インカ族にとっての裏切り者と思えていたのも無理からぬことであった。しかし、もしコイユールの母親が生きていたら、ちょうどフェリパ夫人と同じくらいの年齢だったろう。彼女にとって、その優しい夫人に母親を重ねて見てしまうこともまた、とめられぬことであった。そして、フェリパ夫人の館には、もう一つの大きな楽しみがあった。フェリパ夫人とスペイン人の間にはアンドレスという混血児がいて、ちょうどコイユールと同じ12歳の多感な少年だった。フェリパ夫人と知り合って2年ほどになるが、その館でたまたまよく顔をあわせたその少年とは、なぜかとても気持ちが合った。今では、二人はまるで幼な馴染のような親しい間柄になっていた。もちろん、そんなことは祖母には言えなかったが…。(アンドレスはどうしているかしら。もう半年くらい会ってないもの…。)皿の綺麗になったことを蝋燭の灯りにすかして確かめながら、祖母に悟られないよう、コイユールはそっと微笑んだ。