コンドルの系譜 第二話(21) 邂逅
「マルセラに聞いたんだね。」アンドレスが静かな声で言った。コイユールは慌てて指で涙をぬぐって、小さく頷いた。「もう、本当に…」“驚いたんだから!”と笑顔で言おうとしたのに、むせてしまって言葉にならなかった。マルセラの先ほどの言葉がコイユールの耳に甦る。『アンドレス様は、トゥパク・アマル様の甥。つまり、インカ皇帝のお血筋をひくお方なんだよ!』胸の奥が、ずきんと痛んだ。アンドレスは、自分とは全く別世界の人だったのだ。これまで思っていたのよりも、もっとずっと遠い世界の人だったのだ。「きちんと話そうと思っていたんだ。驚かせて、すまなかった…。」コイユールは自分の中から無性にこみあげてくるものをとめられず、もう涙を流れるままにするしかなかった。自分でも、涙の意味を整理できなかった。インカ皇帝のこと、そして、アンドレスのこと…、驚きと、喜びと、寂しさと、興奮と、様々な感情が混沌と渦巻き、それらがとめどなく突き上げてくるのだった。コイユールの方をじっと見入っているアンドレスの瞳も、揺れていた。その瞳は、まだ少年のあどけなさをどこかに残している。コイユールは、アンドレスの中に二人の人間を見ていた。まだ屈託のなさを残した、明るくて朗らかで優しい少年の姿と、何かの念に憑かれたような、そして闘争的でさえあるような、激情を秘めた一人の大人へなりつつある青年の姿だった。しばらく夜風に吹かれているうちに、コイユールも何とか少しずつ落ち着いてきた。コイユールの様子をうかがいながら、慎重に言葉を選びつつアンドレスは問いかけた。「トゥパク・アマル様のことも、聞いたんだね?」「ええ…。」コイユールはもう泣いてはいなかった。そして、自分の心にも確かめるように、頷いた。「あのお方なら、この国を変えられるかもしれない。」アンドレスは燃え上がる松明の炎をみつめた。炎の光を受けるアンドレスの目元には力が宿り、その横顔にはゆるぎない強い意志と決意がはっきりと見てとれた。「だから俺は、あの方のためなら、どんなことでもするつもりだ。」ふいに木の枝が燃えてはじける鋭い音を発し、赤い火の粉が夜空にどこまでも高く舞い上がっていった。