コンドルの系譜 第十話(126) 遥かなる虹の民
扉の中は執務室のような場所になっていて、いずれも簡素で素朴なものながらも、本棚や机、ちょっとした応接セットなどが置かれている。部屋の奥には、仄明るい光の射し込む擦りガラスの窓があって、その傍に一人のインカ族の神父が立っていた。体格は中肉中背で、質素な黒衣を纏っており、年齢は40~50代位だろうか。アンドレスの知るアリスメンディよりも少し年下位の年代に見える。村の神父の褐色の顔は実直で温厚そうな表情を浮かべており、同時に、その瞳には研ぎ澄まされた知性の光のようなものが宿っている。マリオに連れられて部屋に入ってきた4人に、神父は微笑みながら、丁寧に礼を述べた。「ようこそお越しくださいました。モソプキオ村の神父を務めております、ロカと申します。この度は、私のような者のために、スペイン兵の血を流すことなく村の自警団員たちにお力添えくださいまして、誠にあり──」そう言いながら一人一人に視線を送っていた神父は、アンドレスの顔に目を留めて、ハッと大きく息を呑んだ。その視線は、真っ直ぐにアンドレスに向けられたまま、動かせなくなっている。「あっ…あなた様は……!!」「……えっ?」神父の様子に、アンドレスも、他の旅のメンバーたちも、何かを悟られたかと、にわかに緊張を覚えてグッと息を詰める。そのような急に張り詰めた空気を感じ取ってか、マリオが素早く間に入るようにして言葉を放った。「ロカ神父様、この者たちは、昨夜、村に立ち寄った旅商人たちです。トゥパク・アマル様からの書状も持っていて、あやしい者ではありません。そのトゥパク・アマル様の書状も直筆の本物でしたし、そうともなれば、信用に足る者たちだと見ていいと思います!なんと言っても、トゥパク・アマル様のお墨付きなのですからっ!ですから、神父様、どうかご安心ください」この場でも、相変わらず、マリオは「トゥパク・アマル直筆の書状」のところを、やたら興奮気味に力説している。そんな彼女の様子が可笑しくて、旅のメンバーたちの緊張感はなんとなく和らいでいく。すると、そのような空気の中、神父が静かな声でマリオに語りかけた。「いや、マリオ、こちらの御方は旅商人などではないのだよ」「え?」いきなり何のことかとばかりに、マリオがキョトンとして、神父を見上げる。一方、神父は、言葉を選ぶようにしながらも、裏表の感じられない堅実な口調で続けていく。「こちらの御方は、アンドレス様──。トゥパク・アマル様の甥御様であり、インカ軍を統べる指揮官のおひとりでもある。多分、他の方々もアンドレス様おつきの重臣たちなのでしょう」そう述べて、改めて深々と礼を払って胸で十字を切った神父の隣では、マリオがあの大きな瞳をますます大きく見開いて身動きできなくなっている。そんなマリオと同じように、アンドレスたちもまた、その場に立ち尽くしたまま凝固していた。4人共、まさかこのような小さな村の神父が、アンドレスの顔など知るはずはないと思っていたのだ。ひとキャラメッセージ「ちなみに、リアルなモソプキオ村の教会はご覧の写真の通り!奥に見えるのはミスティ山。形が日本の富士山に似てるって噂だけど素朴な村だけどいいとこだよ。ペルーに来たら、是非、立ち寄ってほしいな」byまりお♪☆写真はRepresa de Mosopuquio favorece al agro en Characato, en la región Arequipaより。【登場人物のご紹介】 ☆その他の登場人物はこちらです☆≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。40代前半。インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。≪アンドレス≫(インカ軍)トゥパク・アマルの甥で、インカ皇族の青年。20歳。剣術の達人であり、若くしてインカ軍を統率する立場にある。スペイン人神父の父とインカ皇族の母との間に生まれた。混血の美青年(史実どおり)。英国艦隊及びスペイン軍との決戦において、沿岸に布陣するトゥパク・アマルのインカ軍主力部隊にて副指揮官を務めていたが、急遽、トゥパク・アマルの密命を帯びて旅立つことになった。≪ジェロニモ≫(インカ軍)義勇兵としてインカ軍に参戦する黒人青年。20代半ば。スペイン人のもとから脱走してインカ軍に加わった。スペイン砦戦では多くの黒人兵を統率し、アンドレスの無謀な砦潜入作戦の完遂を補佐。身体能力が高く、明朗な性格で、ムードメーカー的存在。これまでも陰になり日向になり、公私に渡って、アンドレスを支えてきた。≪ペドロ≫(インカ軍)インカ軍のビルカパサ隊に属する歩兵。此度のアンドレスの旅の同行者の一人。20代後半の若さながらも郷里には妻がおり、息子思いの父でもある。≪ヨハン≫(スペイン軍)スペイン軍の歩兵。20代半ば。偶然的な事情から、此度のアンドレスの旅に同行することになった。スペイン人らしい端正な風貌の持ち主で戦闘力もあるが、性格は傍若無人なところがあり、掴みどころが無い。≪マリオ≫(インカ側)アンドレスたちが『青き月の谷』に向かう旅の道中、立ち寄ったモソプキオ村の自警団に属するインカ族の少女。18歳。≪ロカ神父≫(インカ側)アンドレスたちが『青き月の谷』に向かう旅の道中、立ち寄ったモソプキオ村の神父。40代半ば。≪アリスメンディ≫(インカ側)イエズス会に属するスペイン人の高僧。40代半ば。かつてペルー副王領でインカの解放運動をしていたが、スペイン国王から弾圧を受け英国に亡命。英国王室に接近して相談役として英国艦隊への乗艦を許可され、ペルー副王領に舞い戻った。上陸後、英国艦隊から離脱して姿を消しており動向は明らかではないが、水面下で隠れイエズス会士たちと行動しているもよう。≪モスコーソ司祭≫(スペイン軍)植民地ペルー副王領におけるカトリック教会の頂点に立つ最高位の司祭。60代前半。単に宗教的な意味合いで高位に君臨する存在というだけでなく、植民地統治においても絶大な発言力を有する政治的権力者。キリスト教の名を笠に着て、いかなる冷酷な所業をも行う一方で慈愛深げに振舞う、奇態な人物。◆◇◆はじめて、または、久々の読者様へ◆◇◆目次 現在のストーリーの概略はこちら HPの現在連載シーンはこちら ★いつも温かく応援してくださいまして、本当にありがとうございます!にほんブログ村(1日1回有効)