巨大企業の選択と集中 プロクターアンドギャンブルのケース
要約P&Gはプリングルスをはじめ、売上高成長率が社内目標値低く、 今後の経営戦略上の重点領域でない事業の積極的な売却を示唆している。事業売却は実は儲かっているときの方が従業員等も含めた企業価値に与える影響は、実はポジティブになる。赤字になってから売るのではなく、今売却するのと、ずるずる引き延ばすのと、よくシミュレーションして、戦略的な決断をすることのほうが、買収ばかりに走るよりも実は、企業価値の向上につながる。M&Aとは、決して買うことだけではない。また、大きくなって何をするのかを考えずに規模を大きくすることだけを目標にしていると、いずれ市場に見抜かれる(これは他社の事例でも紹介したい)。*************************************************** プロクター&ギャンブル(P&G)は4つの事業部門の売却可能性がある、とフィナンシャル・タイムズ紙は10月3日に報じた。Duracell batteries, Pringles chips and Folgers and Millstone coffee businessesが売却対象という。え? プリングルスも?日本人にはややRichな味付けで、少々値段の高いあのポテトもP&Gから売却されるのか。うちの子も親も大好きだったのに残念。 P&Gはこうした「低成収益部門」から、美容とヘルスケアという「高収益部門」に特化するらしいです。かつ、「ノンコアビジネス」だそうです。同社の目標の内部成長率(M&A、為替等の影響を除いた実力ベースの成長率)4~6%の売上高成長率を満たしていないそうな。パンパースが良いようです、残念。偶然にもニューズウイーク誌10月10日号に「グローバル最強企業ランキング」という特集があり、その筆頭にP&GのCEOが "どアップ" で掲載されています。怖そうな人です。同社では00年3月に業績下方修正を発表後、株価が一気に31%ダウンし、即CEOが更迭。現在のラフリー氏となった。それから売上高は390億ドルから760億ドルに約倍増した。にもかかわらず、なんと現在の売上高営業利益率は20%近くあるという(私見ながら、消費財ビジネスで日本企業における、営業利益率が20%って経験的にほとんど 「ぼったくり」 の印象あり。ちなみに花王は10%程度)。これだけ儲かっていて、「ノンコアビジネスを売却」って、そりゃないよ。と日本人的感想を述べてしまいます。ニューズウイーク誌には同社の「徹底ぶり」が細かく記されている。製品開発は自社で開発できないものは広く募るなどの外部委託もするという。必要な開発には「カネを払う」(同社CTOクロイド氏)。また、顧客調査も10億ドル(1200億円程度か)を投じて徹底するという。低所得地域なら、担当者を一定期間、そこに定住させて、本物のニーズを調査するという。これらの調査結果をウオルマートのような得意先と共有し、「何が売れているか」をフィードバックさせるなど、相互関係を強化するようだ。要するに顧客ニーズにあった品揃えを、なんとしてでも開発し、店頭に並べるというそのシンプルな対応に徹底していると理解した。ただし、同社の悩みは、株式市場では同社を洗剤や紙ナプキンの会社と思っているようで、同社の中核ビジネスが美容・香水・ヘアケア製品にシフトしていることを認知されていないことのようだ。同社はまさしくそこに収益チャンスを拡大するために売却資金(9000億円相当をメド)を活用するそうな。また、同社は05年暮れに実施した、ジレット社買収のシナジー効果に疑問符も投げかけられているようです。 (赤線はS&P500インデックス(日経225みたいなもの)です。ジレット社買収の06年1月ごろから少し「フローバック」している。一貫してSP500以下の収益率に終始している。これは、P&Gの06年度Annual Reportからの抜粋ですが、少しみにくいかも知れません。 左から、部門、純売上高、税引き前利益、純利益、減価償却費等、総資産、設備投資額とお読みください。また、各部門は上から06年、05、04年となっています(ものすごい情報開示ですね。日本企業はここまで踏み込んで開示しているのでしょうか)。今回売却対象とうわさされている部門は、Snack&Coffee部門とDuracell部門ですね。後者はジレット社を買収(これも敵対的だったはず)したときの部門だそうで、P&Gとしてはいらない事業のようです。Snack &Coffee部門は3年間で9%程度の売り上げ増加、純利益は5%の増加、06年度のROI(純利益/総資産としましょう)は18.1%となります。売上高純利益率は8.8%ですね。 (%に関してはCORPORATEという本社勘定のようなものを除外したものです。あしからず)では当社が今後の中核としたい、美容やヘルスケアはどうでしょう。Total Beauty And Health部門は売上高成長率27.5%(3年間合計)、純利益の成長率42.8%(同)、06年度の売上高純利益率は14.7%、ROIは20.2%となります。確かに、全社における売上高や純利益などの割合もPet Health, Snacks & Coffee部門は5%前後程度です。また、食品というのは他部門とそれほどシナジーがなさそうな気もします。ただし、アナリストは、これらの部門は確かに会社の設定する目標成長率には届かないものの、抱えていて企業価値を損なうこともない、と考えており、仮に売却した場合は、同社が「何をドメインとして企業戦略を考えているのか」市場に大きなインパクトを与えるであろう、と分析しているようです。言い換えれば、その目標が達成できれば、売却の必要性がなくなるかもしれません。(日本で販売されるP&G製品、やはりポテトや電池は少し趣が違いそう。)全世界で28ブランドが10億ドル以上の売上を計上し、別の18ブランドが5から10億ドルの売上高を誇る「ヒットブランド」だそうです。すごい! ちなみに花王の売上高は1.2兆円程度ですから、10億ドルブランド約半分程度にしかならない。「格差」があります。10月9日のAP通信は、3Q決算発表の席でラフリーCEOは(四半期決算でCEOが出席することは日本では少ないのではないか。株主との対話を重視する米国企業らしい)、Company Reviewing its brand portfolio.We'll continue to shift P&G's portfolio fast-growing, high-margin businesses.とCEOが発言したと報道し、フィナンシャル・タイムズの報道を事実上追認した。ただし、具体的な再検討事業名には言及しなかったが、従業員にはプレス発表前に通知すると約束したそうです。 以下は事業売却に関する私見「儲かっているのに売却はむごい」とお思いの方、私は再生コンサルタントとして売却をやったことがありますが、赤字事業なんて誰も買いません。黒字事業しか検討すらしてもらえません(ネームバリューがあったりすると別ですが、小売業など赤字店舗は絶対売れない)。ということは、「低収益部門」であっても、「売り時」を逃してはいけないのです。普通に考えれば、黒字額が大きいほど、高く売れます。また、その方が継承事業範囲も広くなるはずです。ということは従業員や取引先も新しい経営者に広く受け継がれる可能性が高くなります。ということは、株主価値・企業価値の双方に利益になるのは、むしろ黒字のうちに売却してしまうことでしょう(日立のHDD部門なんて売却対象となっていますが、IBMから買収以来ずっと赤字だそうで、大丈夫でしょうか?)。日本では、ある事業が少々不採算(多分2,3年の間営業赤字とかのレベル)になったとしても、雇用を守るとか地域を守るとか言われますが、よくその中身(経緯や早く売ることと、ずるずる引き延ばすこととのメリット・デメリットなどの比較等)を検討しないといけないかも知れません。ただし、当ケースの場合、売却の憶測と会社の方針(これは発表済み)が外部に出ている以上、当然従業員の知るところとなります。したがって、従業員の流出や士気低下などを避けるためにも、売るのなら早く売ってしまうべきでしょう。いたずらに先延ばしすれば、かえって企業価値を損なう結果になりかねない。P&Gでは従業員は従来、かなりのものが定年退職することが多かったらしいですが、現CEOになってM&A戦略が加速化し始めてから、その比率に低下傾向が見られるようです。株主主義の弊害でしょうか、P&Gも人並みの米国企業になっただけでしょうか。戦略的にマッチしなくなったビジネスを売却するということは、決して間違いではなく、経営戦略の明確化の観点から、一番企業価値を高める近道だといえます。先日も東芝が子会社をMEBOしましたが、同じメッセージを市場に伝えようとしています。 翻って日本の電機業界や小売業界など過当競争業界はまだまだありますが、ソニーでさえ、P&GやIBM(パソコン製造部門を売却しましたね)のような判断は期待できなさそうです。ソニーは不振のエレクトロニクス部門の赤字のために優良事業のファイナンスを公開の上、資金と損益を埋め合わせしそうです。M&Aといえば、買収ばかりが注目され評価される日本。「M&Aの目的」に焦点を当てて評価する必要もあるのかもしれません。売却は決して裁判所的な意味での企業価値を落とすことはないはずです。それにしてもプリングルス、どこに買ってもらうのかな。ネスレか? 日本人としてはJTあたりに期待したい。もっとおいしく・安く売ってくれるところならなお、歓迎。経営戦略として美容製品作るといっているなら、従業員も食品会社に転籍したほうがよさそうな感じもします。(注:個人的見解ですので、投資判断は自己責任で願います)P&Gの売上高・純利益・純利益率の推移 (単位百万ドル) 売上高 純利益 純利益率04 51,407 6,156 12.0%05 56,741 6,923 12.2%06 68,222 8,684 12.7%なお、06年度は05/10にジレット社を買収したことによる影響が大きく、これを除外した「本源的成長率」は7%だそうです。目標「本源的成長率(売上高)」(内部成長率)は4~6%だそうで、達成していますね。今後、花王との比較などもやってみたい。