夫の椎間板ヘルニア手術
本日(24日)無事、夫は椎間板ヘルニアの手術を終えて参りました!!夫も、病室に戻されたときは麻酔で混濁しておりましたが徐々に意識も回復し、気持ち悪さは続いたものの、すぐに水も飲めるようになりました。担当医談によりますと決して楽な手術ではなかったようですが、おかげさまで手術結果は問題なく、神経を圧迫していたにっくきヘルニアの除去に成功したようです!!ヤッター!!ブログのお仲間さんには大変ご心配をおかけし、また、温かい励ましのお言葉をたくさん頂戴いたしまして、本当に感謝の気持ちでいっぱいです!ありがとうございました!!今日はコメントのお返事をさせていただく体力的余裕がないのですが、後日改めましてコメントのお返事と、ご挨拶に訪問させていただきますねとりあえず、今日の経緯だけは書いておきます。手術室午前9時30分。夫は自分の足で4階の病室から2階のその部屋まで歩き、こちらに向かってゆっくり手を振りながら手術室の自動扉の向こうへ吸い込まれていった。なんだかリアリティがない。手術室と表現すべきその部屋には、「手術部門」と書かれていてテレビドラマなどでよくみる「手術中」のランプも見当たらない。待合室は大きな窓で明るく、16人が座れるブルーのソファが置かれていた。手術室に入ってから点滴と人工呼吸による全身麻酔を施されるが聞くところによると、たいていの人は点滴が始まると同時にすぐ意識を失うらしい。10時半。実家の母が駆けつけてくれ、二人で座って、ひたすら待つ。午後1時。手術終了を知らせに看護師の女の子がやってきた。他の手術患者の家族は、手術室の脇の部屋で説明を受けている様子だったが私たちの場合はそれとは異なり、夫はすでに元いた病室に搬送されているから病室に一緒に戻るよう、促される。担当医の説明はそこで行うと言われた。病室に戻る病室に戻ると、夫のベッドには機械が横付けされており、これからレントゲンを撮るとのこと。まもなく医師が私たちの前に現れ、手術について説明してくれた。夫のヘルニアは予想以上に大きかったらしく、ヘルニアを取るために邪魔になった骨を上下、少しずつ削ったそうだ。手術前の説明でも、骨を削る場合があると聞かされてはいた。できればそうならないことを祈っていたのだが…。しかもヘルニアは、一部、神経に癒着していたそうだ。これも、できれば避けたい事態であったのに…。ひどい場合は、手がつけられずに終わることもあるという。だが幸い、癒着部分はきれいにはずれたらしい。結果、神経を圧迫していたヘルニアは、除去することに成功。今まで夫を苦しめていた激痛からは、おそらく解放されると思われる。ただ、場合によっては足にしびれが残ったり、腰に突っ張り感を感じることもあるらしい。手術後の夫はしばらくの間、口もきけず、うつろな表情。しかしだんだん、こちらの問いかけにうなづけるようになってなんとか意思の疎通が取れるようになる。最初、首元にしっとりと汗をかいていたので「暑いの?」と聞くとコックリとうなづいたので、濡れタオルで顔や首を拭いたが、汗がひかず看護師さんに頼んで水枕を用意してもらった。そのうち酸素マスクがはずされ、水を飲むことを許可された。看護師さんが、氷水を吸い口つきの容器に入れて持って来てくれた。まだ口も思うように動かないので、最初は飲もうとしない夫だったがよううやく水を飲んだところで「まずぃ、、」の一言。思わず「…もう一杯」って言うのかと思った。が、本当にまずかったようだ。(汗)その後も頑張って何口かは飲んだが、やっぱり口をしかめる。仕方がないので、持参して備え付けの冷蔵庫で冷やしておいたミネラルウォーターのペットボトルにストローをさして飲ませた。この水は美味しく感じたらしい。(本当に味の違いがわかったのかは疑問)そのうち、別の清涼飲料水を欲しがった。こちらも冷蔵庫で冷やしてあったので、ストローで飲ませた。どうやらこれが一番、飲みたいものだったらしい。だが、麻酔の副作用らしく、ずっと吐きそうで気持ち悪いと訴え続ける。そして、今度は「寒い」と言い始めたので水枕を取り除き掛け布団を増やして首元にタオルを巻く。やや、微熱がある様子。手術後に発熱するのはよくあることなのだそうだ。麻酔が切れてくると同時に、今度は手術の傷が痛み出した。明日の朝になるともっと痛むらしい。我慢できなくなった場合、ナースコールを鳴らせば鎮痛剤を投与してくれる仕組みらしい。どうやら、ヘルニア手術患者の誰もが通る道なのか。。。明日の朝から食事が許されるのだが、一人で箸を持って食べるのは難しいそうだ。昨夜同室のセンパイ患者からいろいろ教えてもらったと、手術前に夫が話してくれた。そのセンパイ患者は、夫より更にスゴイ状況だったらしいが、他の話も絡んで長くなるので、その話はまた後日にでも。午前中はひたすら待つだけだったが、午後には義母が(孫を連れて)病院に来てくれた。私の母は安心したから帰ると言い、私が車で最寄の駅まで送った。義母も、息子の顔を見て安心し、夕食の支度があるから、と帰宅された。それからしばらくして夕方、義父も仕事帰りに病室を訪れてくださった。生憎、夫は眠りについて会話をすることはできなかったけれど明日また、自分の眼科検診のついでに病室に寄るとのことで、そのまますぐ帰られた。私は結局最後まで残ったが、洗濯物が夜風に吹かれていることを思い出し、夫も「SaLaDさん、もう帰って休んで」と言ってくれたので面会時間残り1時間を残して、夜7時に病室を出ることにした。明日(もう今日の日付だが)は、今日よりも早く病院に向かい、夫に朝食を食べさせなくてはいけない。完全看護なので、看護師さんに食事の世話をお任せしたいところだが(これもセンパイ患者談だが)ヘルニア患者は脳神経外科医の執刀。脳神経外科患者と同じ階であるが故、ここでは軽症患者とみなされるらしい。つまり優先順位は最下位で、手が足りない場合はなかなか病室に来てもらえないとのこと。センパイ患者はそれで手術翌朝の朝食が食べられず、大変困ったそうだ。体が痛くても、お腹はものすごく減るらしい。当たり前だ…。まる一日何も食べていないのだから。それを聞いたら夫もそんな状況にさせるのはかわいそうに思い、時間外面会の申請をして、朝食の時間に病院に行くことにした。明日も一日、病院で過ごすことになりそう。ちなみに私用のお弁当を持参です。(笑)おっといけない、早く寝なければ思わず長々と書いてしまいました。なんだか、ものすごく、とてつもなく長い一日でした。最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!m(__)m