小春日和またはインディアンサマーのことなど
こちらでは、ここ二三日とても暖かい日が続いている。まさに 「小春日和」 という言葉がぴったりだ。澄みきった大気は暖かい光で満たされ、樹々の葉はすでに赤や黄に色づき、風が吹くと、「金色の小さき鳥の形」 した木の葉がはらはらと舞い散る。「落ち葉が舞い散る停車場に~」 と歌ったのは、昭和の御世の奥村ちよであったか。しかし、街頭で落ち葉をはいている人たちはたいへんである。 「天高く馬肥ゆる秋」 とは、もとは北方民族の脅威にさらされていた中国の人々が、ああ、また北の方から獰猛な連中が丸々と太った馬に乗ってやってくる季節になったぞ、ということを表す言葉だったそうだが、英語のインディアンサマーについても、インディアンが襲ってくる季節という意味だという説がある。ただし、こちらのほうは異説もいろいろとあって、はっきりしたことは分からない。 最近、暇つぶしに渡辺公三という人が書いた 『闘うレヴィ=ストロース』(平凡社新書)という本を読んだが、これはこんな一節で終わっていた。 レヴィ=ストロースはインディアンたちが、多くの場合、到来した白人たちを神話に語られた祖先の礼が回帰したものとして腕を開いて迎え入れた、ということを強調している。到来すべき他者の場所をあらかじめ用意すること、他者を 「野蛮人」 とみなすばかりではなく、時には神として迎え入れる謙虚さを備えること、他者のもたらす聞きなれぬ物語をも自らの物語の中に吸収し見分けのつきにくいほどに組み入れること。 しかし、その他者が究極的には、分岐し差異を極大化してゆく存在であることを許容すること。自らの世界の中に場所を提供しつつも、対になることは放棄せざるを得ない不可能な双子、アメリカ・インディアンにとって外部から到来した 「西欧」 の存在をそこに読み取ることができる。これが 『大山猫の物語』 でレヴィ=ストロースが引き出した結論だった。 この本は今年の11月13日に出たばかり、つまりレヴィ先生が亡くなってから半月して出たことになる。まさか、レヴィ先生死去の報を聞いて急遽書き上げ、出版したわけではあるまいにと思ったら、本来は昨年の100歳のお祝いにあわせてということであったらしい。ところが、それが間に合わず、一年遅れになって、たまたま彼の死去の直後に出版されることになったということだ。これもまた、偶然のなせる業ということか。 この本では、彼が二十歳前後の学生で、フランス社会党の中心的な学生活動家だった時期の活動にも触れらていて興味深かった。彼が最初に出版した文書は、なんと18歳のときに書いた 『グラックス・バブーフと共産主義』 なる小冊子だったという。バブーフとは、フランス革命の末期、ロベスピエールらが処刑されたあとに、政府打倒の 「陰謀」 を企てたとして処刑された人だが、そこから後世のブランキや季節社にもつながる。 偉大なるナポレオンの甥っ子であるナポレオン三世は、若い頃、兄貴とともにイタリアの秘密結社カルボナリ党(「炭焼党」 と訳されることもある。関係は全然ないが、倉橋由美子の 『スミヤキストQの冒険』 はこれから名前を借りてる?)に参加していたそうだが、これもバブーフと関係がある。 レヴィ=ストロースの 『悲しき熱帯』 には、十代のころに、ある若いベルギー人の社会主義者によって、マルクスについてはじめて教えられたと書いてあって、そういやベルギーといえばアンリ・ド・マンという人がいたなあ、とか以前から思っていたのだが、渡辺によると、ド・マンがパリで講演会をしたときも、レヴィ=ストロースはその準備に当たったらしい。 アンリ・ド・マンという人は、当時ベルギー労働党で注目されていた新進理論家だが、ナチによるベルギー占領に協力したために、戦後はほとんど忘れられた。その甥っ子が、イェール学派の総帥で 「脱構築」 とかいう言葉を流行らせたポール・ド・マンであり、彼が当時、ナチを支持するような文章を書いていたことが暴露されて、一時期スキャンダルになったことは、彼の弟子(?)である柄谷行人なども触れている。 ちなみに、柄谷によれば、ポール・ド・マンと親しかったデリダに、アンリ・ド・マンのことを聞いてみたら、「だれ、それ?」 みたいな返事が返ってきたそうだ。アンリ・ド・マンには 『労働の喜び』 なる著書があり、ソレルの 『暴力論』 の新訳を残して亡くなった今村仁司が 『近代の労働観』 なる著書の中で、それについて触れているそうだが、そっちは全然知らない。 なお、ナチスの強制収容所の入口には、「Arbeit macht frei, 労働は(人間を)自由にする」 と書いてあったというのは有名な話。また、イタリアのドーポラヴォーロを真似してナチスが作った、労働者の福利や余暇についての組織の名称は、「Kraft durch Freude, 喜びをつうじて力を」(「歓喜力行団」 などとも訳される)という。 ところで、「来年のことをいうと鬼が笑う」 とよく言われるが、それはなぜなんだと思って調べてみたら、これもまた諸説あるらしかった(参照)。 仕事がない、仕事がない、とぶつぶつ言っていたら、いきなり仕事が入って忙しくなった。でも、それもあと何日かでおしまいであり、その先どうなるかはまったく分からない。鬼に笑われてもいいから、来年のことが心配である。昨年にくらべて、今年は三割近い減収になることはほぼ確定しているもので。