読み直し 森内俊雄「晒し井」3
中梶百一の目は老人の館の前にふんぞり返る椰子の木を見ていた。冬に馴染んで寒々しい雰囲気を纏う館を気に入らない西田が、消防署の前から引っこ抜いてきたものだ。椰子の実の中に蓄えられた水が火消しの象徴なのだろうか、とにかく場違いに、立っているだけではしゃいでいるようなその木を、西田が抜いた判断を百一は支持した。しかし老人の館の前に植樹したのは解せなかった。陰気くさいが風情のある館の外観を百一は気に入っていたし、ただ老人に本を読み聞かせるだけで多額のバイト料を稼げるのだから、老人を怒らせて台無しになったらどうするんだと、そう思った。俳句を嗜む村野孝二までが西田を手伝って、俳味ある館の風景を壊すことに協力しているのを、借りてきた軽トラの運転席から百一は見ていた。いつも俺は見ているだけなんだと、仲間内で自分一人孤立していることをいまさらながらに感じていた。幼少の頃から俺だけ何も違わないでいる、だから佐久美も俺にだけキスをしなかった、と、西田や村野や楢山を妬んだ。いつまでも笹尾佐久美だけは恨めないでいた。 館の中から椰子の木の乱暴な植樹を眺めていた老人は、一枚の美しい風景画のような景観の破壊者を止めることなく、それも一つの物語、とでもいう風に、動かないでいた。数日後には、椰子の木も枯れ、萎れ、老人と老人の館に合わせるように干涸らびていった。齢140を数えてもいまだくたばる様子のない老人が老け込まない分だけ、建物とその周辺が歳をとっていくようだった。それを見て西田は舌打ち一つしたが、再度椰子の木を動かそうとはしなかった。取り合わせの妙をねらった村野は残念そうに椰子の木を眺めていたが、やがてそれはそれとして愛することに決めたようで、館と椰子の句を幾つか詠んだ。百一も読ませてもらったが、どれも出来は酷かった。――君はいつも暗い顔をしているな。「他の奴らが脳天気すぎるんですよ」――あんまり自分の中に入り込み過ぎるなよ。140年生きたって適当な事しか言えないが。「よく分かりません。で、俺はとりあえず他の連中がやっていないような読みをしてきました。水について」――ああ、確かに水に関するイメージが多くあったような。「多いどころじゃありません。通底音として、物語にずっと流れ続けてるんです。この本だったかはちょっと確かめるのが大変だから分からないんですが、『聖書に横たわり続ける水のイメージ』というような文章を読んだ覚えもあります。いつまでも聖書そのものには当たらないままですが」――『晒し井』という題名自体、水と関係しているね。「それも、ただ漠然と『井戸を晒しているんだろうなあ』なんて思ってたんですが、これ、『晒井』という夏の季語なんです。この作者は作品中に俳句を引用することがよくありますけど、今じゃマイナーになってしまった季語では、ちょっと気付きません。歳時記にはこう書いてありました」「晒井(さらしゐ)」井戸替 井戸浚(いどさらへ) 夏の井戸替えのこと。底に溜まったさまざまな塵芥などを浚い、井戸を清浄にし、水の出をよくする。現在では多くの地域で上水道が整えられたので、晒井をする光景も見かけなくなった。(第三版俳句歳時記 夏の部 角川書店編 より)――つまり、物語の舞台である狭間町には塵芥が溜まっていて、晒井をした結果、人がどんどん死んだり狂ったりしたってわけかな。「『つまり』って使うの早すぎます。この町は、以前川だったところの上に道が走り、休館日が多い図書館の地下には有事に備えた貯水槽があります。煙草屋の主人沼崎友敏は、庭の古井戸を復活させようと夜中一人ポンプを押していますが、水脈はとっくの昔に断ち切られたから涸れたかして、水は出てきません」――水、水、水のイメージ、それも涸れたか使われないかした、爽やかさからかけ離れたイメージだな。そういえばジム・オドリスコールの故郷は、いつも雨が降ってそうなアイルランドだ。映画『アンジェラの灰』のイメージだけで言ってるが。「ちなみに物語の始まりは六月、梅雨時期です。最終章『夕星の歌』では、始まりからちょうど一年が経ってますが、梅雨入りの報道から始まります」――一貫して暗い水のイメージが続くな。初めて読んだ時はそんなに意識しなかったのに。「天候や舞台設定だけじゃありません。次に写すのは希代舎の社長郡山勉がドラッグを服用した後前後不覚に陥り、入院した直後の文章ですが」 郡山勉は絵を描く仕事で生きてきて、画想と命の湧水が涸れかかり、水脈の流れの豊かさ、奔流の強さを求めて薬を使ったばかりに、永らく正気を失っていた。昏冥に漂っていたあいだの記憶は、水面の薄氷の断片のように戻ってくるが、確かに捕えようとすると、実におぼつかなく、たちまち溶けて、事実であったかどうかさだかではない。 では、薬を使った以前の回想は、と云えば年代物のアルバムの写真に似ていて、正視していると情緒不安定のかたちで返ってくる。言葉の力が落ちた。 彼は対話を好んだ。気むつかしそうに見えていながら、相手が倦むまで話をする。その話法には特徴があった。ツタの成長に似ていた。からまるものがあると触手は、どんどん枝葉を拡げて行く。連想の水、会話の相手から光を得て繁茂は限りがなかった。ジムですら困惑するほどである。彼の郷里コークには、ブラーニー城があって雄弁家になると信じられているキス・ストーンがある。もともと早口なコークの人間が、郡山の弁説には、遠慮したがった。 ジムは寡黙が美徳の一つであったころの日本を知らない。郡山の世代がそうだったはずである。ところで郡山をツタにたとえたついでに云うならば、いつを境にか、その根は断ち切られていた。それでもこのしぶとい植物は貼りついた壁面から水を吸収し、世間の雑音をも光にかえて、なお生きる。 そして、絵も描けた。考えなければ歩けない、ということはないと同じく、技術の頭脳は、手首に存在していた。『方百里雨雲』「『命の湧水』『水脈』『水面』『連想の水』『壁面から水を吸収』もう、水だらけです」――この間は見落としていたけれど、郡山が薬を使った理由がはっきり書かれてるな。『郡山勉は絵を描く仕事で生きてきて、画想と命の湧水が涸れかかり、水脈の流れの豊かさ、奔流の強さを求めて薬を使った』と。「それ、沼崎友敏と同じような理由なんですよね。涸れているであろう井戸に水を求める、涸れかかった自分の井戸に水を求める、郡山勉と鳥越進介の間にあった相似形とは少し違う形で、郡山勉と沼崎友敏は似ているんです」――まだ続く?「ええ」――ちょっと休憩しよう。