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[【小説】加藤英雄無頼控え] カテゴリの記事

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  【続・加藤英雄無頼控え】この街最強６

  この街最強１この街最強２この街最強３この街最強４ この街最強５「なんだ」2人とも構えは解かない。「お前、美夕の友達になりたいんだろ。だったら俺と友達になれば良い」「はあ？」一瞬関川は驚いたが、徐々に笑い出した。「そう、そうだよな。喧嘩の理由なんて無かったんだな」「仕事人の関川だろ。前から知っている。俺は問題ないぞ」そうか、加藤英雄は金でも喧嘩はしないが、理由の無い喧嘩もしない。「じゃ、何でお前は喧嘩をするんだ？」関川は自分の心の中の問いを飛ばして英雄に尋ねた。「お前らみたいなのが襲ってくるからだろう」「逃げりゃ良いじゃないか。謝るだけでも良いんだよ」「足が遅いんだ。それに理由もなく謝れるか」それだけだった・・・英雄の息が整ってきた。「な、このままじゃ、収まりがつかないだろ」もう一勝負か？！「俺をやれって言った奴、遣りに行こうぜ」「えっ」「だからよ。仕事人なんてやってる奴を美夕に紹介できないだろう。だからお前は引退だ。そのついでに俺にちょっかい出してきた奴を遣る、と」「お前、都合良すぎるぞ」「良いじゃないか関ちゃん」調子の良い奴だ、関川は思った。ふ、ふふふふ。「ま、仕事はどうであれ、奴等をぶん殴る方が良さそうだ」「だろ。ボーナス出すぜ。出すのは奴らだけどな」物騒な2人はダウンタウンの方に向かって歩き出した。「一番強いのは美夕ちゃんだよ。助かったぜ」英雄が言った。了人気ブログランキングへくる天 人気ブログランキング

  2010/09/06

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  【続・加藤英雄無頼控え】この街最強５

  この街最強１この街最強２この街最強３この街最強４ 英雄は徹底して関川の左に回った。背中だろうが肩だろうが殴った。脚も蹴った。腿、膝、脛、踵。「くそっ」関川は距離を取ろうとした。「行かせるか、ボケ」そう言っても英雄の脚がついていかなかった。互いに一発が効かない相手も珍しい。2人は向かい合って立っていた。こっそり英雄も下がっていた。「ぜぇえ、お前が美夕に何もしていなけりゃ、ぜぇ、俺もお前に何もする気はねえよ。やる気が起きやしねえ」英雄が喘ぎながら言った。「俺もあの子の、怪我させたくない、が引っ掛かって力が出ねえ」関川もニヤリとして言った。「その割にはいいパンチ呉れたじゃねえかよ」英雄は奥歯を吐いて「どうせ虫歯だ」と付け加えた。「お前はエゲツねえ」関川も左腕を押さえていた。「ひとつ提案があるんだが」英雄が言った。つづく人気ブログランキングへくる天 人気ブログランキング

  2010/09/06

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  【続・加藤英雄無頼控え】この街最強4

  この街最強１この街最強２この街最強３どこをどう振り払っても関川の体は硬かった。英雄は打たれ強いが攻撃部位として硬いのは拳だけだった。関川の右フックが英雄の頬に突き刺さった。「あっ、ああああ」英雄はタタラを踏んだ。関川はすかさずタックルをしてきた。その時、関川の体が浮いた。これは現在の総合格闘技では見られない、単純な喧嘩技だ。英雄は関川の奥襟を左腕で掴んで、更に右手で耳を掴んで引っこ抜いた。頭突き頭突き頭突き。関川の鼻と口が切れた。英雄の口も既に切れている。関川の左フックが英雄に入った。英雄はその腕を左手で掴んでいた。そうして上腕二等筋を散々殴った。これも喧嘩技だ。「おうえええ」英雄も関川も激痛に吐き気を催した。喧嘩の最中に相手に痛みを知らせる・・・アドレナリン満タンの状態でこれは結構凄い攻防なのだ。つづく人気ブログランキングへくる天 人気ブログランキング

  2010/09/05

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  【続・加藤英雄無頼控え】この街最強３

  この街最強１この街最強２「1人で来たのは認めるよ。偉い偉い」流石の関川も痛みを感じて怯んだ隙に、かなりの意地悪い声で英雄は言った。関川は身構えた。身構えながらこうして加藤英雄という男の前に居る意味を考えた。少女がどこをどうしてきたのか自分を訪ねてきた。そうして、加藤英雄に対して喧嘩をしないで欲しいと命乞いをしてきた。本当は加藤英雄に一番で居て欲しいという。だけど怪我もして欲しくないという。この目の前に居る野獣のような男、噂だけでも相当なワルと、その少女がどうしても繋がらなかった。その時関川に物凄い嫉妬心が沸いた。最初はこの仕事の依頼を断ろうと思った。加藤英雄と自分は同種の人間だ。気に入らなければ殴る、それだけだ。自分は金にしているが、加藤英雄は金にしていない、それだけだと思っていた。だが決定的に違うのはその少女の存在だった。「会いに来たよ。そしてあんたと喧嘩をしないで欲しいと言っていた。俺はそれに妬けたんだよ」「あっ、あのバカ、何をしてい・・」英雄がビックリしていると、関川の連打が始まった。ボクシングスタイルだ。英雄は力任せに振り払っていた。蹴りも飛んでくる。つづく人気ブログランキングへくる天 人気ブログランキング

  2010/09/05

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  【続・加藤英雄無頼控え】この街最強２

  「英雄さんよ。俺は妬けたぜ。あんな無垢な少女が・・・」こいつは今で云う殴り屋。あの頃は仕事人とかって呼ばれていた。英雄は不意をつかれて何かで殴られて尻餅をついていた。英雄はまずはこいつに喋らせて時間を稼ぐ作戦を取っていた。運動神経が切れて足腰がうまく立たないのだ。残念ながら見上げる形だ。「あんたに怪我をさせたくないってよ。頼んでくるんだからな」さっきから何を言っているのだ、こいつ？もしや・・・「お前、美夕に会ったんじゃないだろうな」英雄がドスの聞いた声を出した。美夕は英雄の若い若いガールフレンド。英雄がこの街で出遭った兄貴分の娘だ。「みぃ、ひげしゃんのおよめしゃんになる」からの付き合いだ。人体は不思議だ。英雄の運動神経が繋がった。英雄の立ち上がり様、そいつは右の蹴りを入れてきた。カウンターで英雄の右フックがそいつの右膝に入った。膝と拳のぶつかり合い。「ぐっ」「どこの誰が足の力が腕の力の３倍と言ったか知らないが俺の拳は何よりも硬い。ところでお前、誰だっけ」立ち上がった英雄が言った。これは奴のプライドを傷つけたようだ。本当は英雄も知っている。仕事人の関川と言えばブランドだ。喧嘩の腕ではこの街NO.1だ。つづく人気ブログランキングへくる天 人気ブログランキング

  2010/09/04

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  【続・加藤英雄無頼控え】この街最強１

  この子に対して嫉妬した女がいた。『明後日なにしてるの。私休みなんだけど』『一番若いガールフレンドに会うんだ』『バッカじゃない。若けりゃ良いってものじゃないわよ』『少なくとも、いや、誰と比べても、もし地球上でただ一人助けなさい、と言われたら俺は迷わず彼女を助けるね』『そんなに良い女なの？若いのに』ん？女？ああ、こいつ、彼女が小学生だって知らないんだ。面白いから、『そうだ』と言ってやった。嫉妬する前に人の話を聞け。続・加藤英雄無頼控え「この街最強１」********「妬けた。妬けたよなあ。そこらの女なら良いんだよ、別に。俺だってリスク背負ってあんたと遣る気は起きなかった」一生遣る気を起こさないで欲しかった、英雄はそう思った。。「どこのヤクザか政治家か金持ちか女か分からないが、止めとけよ。あんたの名前は知っている。名が廃るぜ」英雄の口数が多い時…ピンチの時だ。「あいつらもギリギリであんたに勝てないんだよ。動物の原点であんたはあいつらに勝っている。それは良いさ。あんたの噂話を聞いてりゃ、却って痛快なくらいだった」“何だこいつ、俺を買ってるようだ。しかも結構哲学的だ。インテリで腕力を遣う奴はヤバイ。心の砕き合いになる”いやだいやだ、と英雄は呟いた。続く人気ブログランキングへくる天 人気ブログランキング

  2010/09/04

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  （Kenより）罪

  列車強盗！恋泥棒！罪が重いのはどっち？・・・俺はやはり列車強盗だと思うぞ

  2007/02/19

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• 出奔前（了）

  塩野の後ろに川中が近づいていた。そして、「菅原がパンチくれた相手なのに俺が何にもできないで倒されたんじゃ、格が合わないじゃないか。俺も一発入れさせてもらうぜ」と言った。塩野が自分の場所の利を得るために移動すると英雄たち三人も移動した。「天下の加藤英雄が泣きませんか、こういう状況は」塩野は多対一の事を言っているのだ。だが塩野はあくまでにこやかだ。「泣かない。俺とカワは一度あんたにやられている。喧嘩は負ければお終い。俺たち二人は死人と同じだからな。だから何だってするよ。ただ、あんたに止めを刺すのは英雄だ」と菅原が言った。「凄い理屈だ」塩野は笑顔ながら声に少し緊張が走った。普通なら場所を取ったらすぐに動く三人だが、誰も彼も怪我をしている。動くなら必殺のタイミングで。「英雄、作戦は」菅原が英雄に聞いた。もう三人とも作戦は分かっているのだ。しかし敢えて聞く。これは塩野に対する休戦宣言だった。「決まっているだろ。菅原、お前がおっさんを捉えろ。カワ、お前はやられるまでパンチ打ち尽くせ。後は俺がやる」英雄は朗らかに言った。「う～ん」塩野は社に上がっていた。「見事な兵法。分かりました、用件を言うだけにします」「油断するなよ」と菅原。「大丈夫ですよ、私は座りますよ」塩野は言った。英雄が菅原、川中をみて言った。「俺も疲れた。座ろうぜ」三人は距離を取って、しかも塩野を上手に囲んで座った。「最初は・・・」塩野は静かに話し始めた。「人に頼まれたのです。英雄さんをちょっと懲らしめてくれと」塩野は三人に目をやりながら話した。「その人は英雄さんを心配していました。何時かは殺されるのではと。で、私を呼びました。私はあなたには恐怖心というものがないものだと思っていました。そこで、後は推測の通りですね」「どういうことだ」と川中。「俺の周りからやって、俺をビビらせようとしたんだよ」と英雄。「はい。ところがどうも思ったようにいっていないようです。で、直接本人に会ったと。ところが私の技をうけてばかりいるじゃないですか。で、またまたおかしいな、と」「どうしてなんだ」菅原が英雄に訊いた。「まあ、お前も川中も食らったからな。俺が食らわなきゃ悪いだろう」英雄は頭をかいて言った。「それだけか」「まあ、ま、色々とな。で、続きは」英雄は塩野を促した。塩野は頷いて言った。「はい。用件を言います。あなた、私のところで修行して下さい」「えっ？」これは英雄と川中だ。「俺が拳法修行？」「はい。いえいえ別に良いのです、拳法の修行をしようがどうしようが。ただ、私と修行して下さい」「なんじゃ、そりゃ」と川中。「途中まで、私はあなたをただの乱暴者と思っていました。私に依頼をした人は良い人ですからね。どうしようもない乱暴者を懲らしめるだけだと思っていたんですよ。それがどうも違う。たしかにあの人が心配するような人だったんですよ、英雄さんは。それは菅原さん、川中さん、そしてあの喫茶店のマスターを見ても分かります。マスターは私の技をみて店内の方が有利だと思ってああ言ったんですね。店よりもあなたが好きなんですねえ」それは英雄も気付かなかった。「う～ん」英雄はうなった。菅原、川中はすっかりリラックスして聞いていた。川中に至っては、ちょっと頭が目の前の現実を認めていないようだった。菅原は実は聞いていた。「菅原さんも悩んでいますね。あなたも菅原さんもエネルギーが有りすぎるんです。特に英雄さん、あなたは社会にそのまま出たら大変でしょう。最初は懲らしめのつもりでしたがね、途中で決めたんですよ。どうですか」英雄は腕組みをして考えていた。自由に。自由に。自由。自由。英雄が望むものはまさにそれだった。拳法もいくら好きでも例外ではなく道場なんかに行きたくはない。自由にしたかった。社会に出ても自由でいたい。それだけだ。ただ、力だけでは社会では不自由なようだということが分かってきている今日この頃だった。安心。英雄は最近その言葉の重要性を感覚的に感じていた。英雄は大学の授業をやめ（と言っても単位は取っていた。論文の方は英雄が下書きをして菅原が清書した）修行に出た。仙台から出たのだ。菅原、川中とも英雄に最後に会ったのは卒業式の時。英雄はどこが変わったというわけでもなく、その時は大いに飲んだ。そして菅原と英雄との再会は数年を待った。塩野先生は英雄に何を教えるでもなく、数年後亡くなったそうだ。実は当時で70歳を越えていたという。「結局、何も教えてもらえなかったんだよ。変な先生だったな」再会した英雄は笑ってそう言った。再再会にはまたまた数年を要した。

  2006/07/05

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• 出奔前５

  「最後に聞きたいんだけど、どこのヒットマンだ」英雄はやる気になった。やる気というのはやられる気でもある。最後に聞くとはそういう事だ。「あんた位恨みを買ってればどこでもいいでしょう」塩野は肩の力を抜いて、顔も言葉の調子もすっかりリラックスしていた。「一応、聞いておかないとね」英雄はどうもこのおっさんに敵意を感じなかった。こんな相手は初めてだ。しかし息がまともにできない。「私、伝えているはずなんですけどね」塩野はあくまでにこやかだった。「あんたの事は今日聞いたよ」英雄は息絶え絶えに言った。「はあ、あかしいですね」塩野は英雄の顔を目を細めてみた。英雄はにやりとして、「ふっ。どうせ、俺の周りからじわじわ責めて、恐怖ってやつを伝えようとしていたんだろう」と言った。やっと、塩野は笑顔を止めた。「その通り」と言った塩野の声は少し低くなった。「あいつらはな、俺を売ったりしないよ。あんたの目論見は外れるんだよ、あの馬鹿どもにかかれば」英雄の息は整ってきた。「どういうことです」「弱いのからやってただろう。そいつらの動きなんかが俺の耳に入るわけは無い。俺とは関わりあいたくないからな。ただ、後の連中はあんたの行動はお見通しなんだよ」「さて、よく分かりませんね」英雄の血と呼吸が完全に戻ってきた。「あいつらはな。俺に負けたのは人には話せるが、あんたに負けたのは絶対話せないんだよ。それも俺の名前を出して明らかに俺を狙っている奴にやられたってんなら尚更だろう。男なら分かるはずだ」「つまり私に負けたのは悔しいけど、あなたに負けたのは悔しくないと」その時、「ついでによ」急に塩野の後ろから声がした。菅原のドラ声だ。菅原の肩にすがって川中もいた。「ふふっ。あいつらはな、英雄の事は嫌いでも、英雄が負けるのはもっと嫌いなんだよ！」暗闇から真っ黒の山が動いて出てきたようだった。塩野はびっくりして、「なんと！」と声をあげ、そして満面の笑みを浮かべた。「菅原、無事だったのか」英雄が菅原、川中を見て調子の整った声で言った。「おおつ」塩野はまたも嬉しそうな声を出した。「三人とも凄い回復力ですねえ」菅原が川中を置いて、どしどしと英雄と塩野の間に入った。「菅原、大丈夫なのか」と英雄。「おう、一晩寝たら治った。今ついたんだよ」菅原は必要以上に豪快に言った。こういう時の菅原はダメージがあるのを英雄は知っていた。「塩野さん、あんたもいい加減にしなよ。英雄に用件を伝えれば済むだけじゃなかったのか」菅原は呆れ顔で言った。「それとも俺たち三人相手に勝つつもりですか」菅原も塩野に敵意を抱いていないようだった。しかしその立ち姿は獲物を狙う肉食獣の形を崩してはいなかった。

  2006/07/04

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• 出奔前４

  塩野は倒れた。「表でやろうぜ」英雄が言った。「英雄君、ここでやれ」マスターが叫んだ。「駄目だ。外でやる」「いいからここでやれ」「やはり、いい勘をしている」塩野はゆっくり立ち上がった。英雄は塩野から距離をとって後ずさりをするようにして入り口に向かった。川中はまだ倒れたままだ。「行くな、英雄」塩野も英雄に従って表に向かった。実は外に出た二人は連れ添って歩いていた。「さっきはね。菅原さんに感謝して下さい」と塩野が言った。「あんた、菅原に会ったのか」「はい、強かったですよ。実は左眼と左腕は菅原さんにやられました。上手く動かないんですよ」「で、菅原も負けたんだな」「はい。凄い精神力でした。私の技が効かないのかと」「さっきの変な技だな」「そうです」「で、そんな体でやれるのか」「丁度いいハンデですよ」「言ったな」英雄はニヤリと笑った。近所の小さな神社。夜は・・・昼も誰も来ないところだった。数分後。「何で反撃してこないんです」塩野は言った。「分からん」英雄は立ち上がった。全身の血が逆流するようだった。頭に血が昇ってくる。「勘弁してくださいよ。これじゃ、私、悪者だ」塩野はあくまでにこやかだ。英雄は何とかファイティングポーズをとった。

  2006/06/20

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• 出奔前３

  「他には？」「俺とお前だけだよ」カランかラン。「弊店だよ」マスターが入り口に向かって言っているのが英雄からみれた。弊店には早いだろう。はっ！「いやあ、まだでしょう」丁寧な男の声がした。「全部無くなったんでね、丁度閉めるところだったんですよ」英雄も川中も緊張した。奴なのだ。「そうですか。でも、ちょっと入らせて貰いますよ」「ちょちょ、ちょっと」マスターがカウンターから出ようとするのを英雄が制した。「どうぞ、一番奥です」やってきたのは、50歳位の中年の男だった。「あれ？」英雄も川中も声を上げた。「やあやあ、あなたが加藤英雄さんですね」その男は痩せているようだが、締まった、そして柔軟な筋肉をしているのが分かる。身長は１７５ｃｍ位か。「そうですけど、あなたは」「私は塩野といいます」「で？」川中が、きつい目で塩野を見上げた。「落ち着け、カワ」「さっそくですが、大体終わったのでお相手をしてもらえますか」塩野はあくまでにこやかだった。「俺が先に相手してやるよ」川中が立ち上がった。と思ったら倒れた。「ち、畜生。動かねえ」灰皿が塩野の顔面に当たった。その瞬間英雄が飛び上がった。塩野の顔面に右ストレート。当たった。塩野は倒れた。

  2006/06/19

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• 出奔前2

  「よお」川中は身長が１８５ｃｍある大男だ。痩せているが異様に腕力がある。その川中がうつむいて英雄に近寄ってきた。「どうした、カワ」英雄席で英雄の前に座ると川中が口を開いた。「英雄、お前最近変わったことなかったか」「変わった事と云えば、何も無い事が変わった事だが。お前、どうしたんだ」「お前を探している男が居る」「珍しくないだろう」「いや、珍しいんだ」「勿体つけるなよ。誰だ、どっかのヒットマンか」川中は英雄から目をそらして・・・また目を見て言った。「あのな。そいつなんだが、お前が揉めた奴らを倒し歩いているんだ」「あ？」英雄はポットごと貰ったコーヒーを川中に注いでやった。「これまでお前が倒した奴らを倒しまくっているんだよ」川中はそれを一気に飲み干して呟いた。熱くないんだなあ、こいつ、と英雄はとんちんかんなことを考えていたが、すぐ話に戻った。「何でまたそんな遠回りを」「下北の野郎もやられたらしい」「あいつもか」下北とは暴走族鬼虎のヘッドだ。地元のヤクザも一目置き、県の空手チャンピオンである。これは英雄と揉めたというよりも、英雄に一方的に近寄ってきて押しかけ友人になった。「おい、菅原もやられているんじゃないだろうな」英雄は慌てた。ヒットマンが狙うとすれば自分もそうだが、相棒の菅原も危険だ。「あいつは実家だろう」川中は冷静に言った。「敵は一人なのか」「一人だ」「きついな」「きついだろう」二人とも知っているのだ。多勢で向かってくる者に対しては、全力をだせる。警察に捕まっても正当防衛が主張できるという計算もあるが、一対一では英雄はさっぱり力がだせなかったのだ。それに一人で英雄を狙うと言うのは、余程自信があるのだ。

  2006/06/01

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• 出奔前１

  加藤英雄出奔前夜。仙台の町だ。 いつもの喫茶店愛香無で英雄は飯を喰っていた。本日のランチごちゃ混ぜディナーだ。「英雄君、最近静かだねえ」とマスター。「愛香無も静かだねえ」英雄は午後一杯この店で一人きりだった。学校はどうした。「それは言わない約束だねえ」「コーヒーお代わり」「ポットで持ってけ、この野郎」英雄は不思議と一人でいる時は酒を飲まない。コーヒーで今晩過ごす気だ。片手には本。中身はさっき隣の本屋で買ったばかりの鈴木大拙著「禅とは何か」。静かに時間が流れた。「読み終わった」英雄は文庫を約一時間で読む。異常なスピードだ。「面白かったかい」「さっぱり分からなかった」「あんたにゃ、早いよ」「やっぱそうか」英雄は閉じた本の表紙をじっと見ながら呟いた。「おかしいよ、最近。事件はやってこないし、喧嘩もない。女も来ないし、そうそう、菅原君も来ない」「菅原は田舎に帰っている」「他は？加藤英雄居ることろ事件あり。それがここんとこさっぱりだし、禅の本とか読んでいるし」英雄は相変わらず本の表紙を眺めていた。「変だなあ。本当に変だ」と英雄。暫く時間が過ぎた。マスターは英雄がじっくり考えているのだろうと気を使って洗い物を始めた。カランかラン。「いらっしゃい。おっ、川中君、英雄君は奥だよ」

  2006/05/28

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ（了）

  「てめえ、吉岡」英雄は腹を押さえて叫んだ。「沙織ちゃんに嫌われるぞ」あっ？何言ってるんだ。しかし、一瞬吉岡の構えが緩んだ。そこへ、英雄のジャンピングニーパット。「汚ねえ」菅原が笑って言った。その勢いのついた膝を吉岡は体を振って直撃を避けた。「うまい」と菅原。その時、英雄の靴の踵が、吉岡の軸にしていた左足の踝と甲の間を踏みしめた。英雄の右空手チョップが吉岡の目に入った。英雄は、振り切った右腕を、今度は肘打ちに変えて吉岡の肩に入れた。そしてその場跳びのダブルキック。英雄より小柄な吉岡は吹っ飛んだ。立ち上がろうとした吉岡に、英雄は力を貸してやる形で立ち上げたかと思うと、頭の上に持ち上げて地面に叩きつけた。「もう、いいか」と英雄。大の字になったまま吉岡は「はい」と言った。「よお英雄。よく得物使わなかったな」菅原が笑って言った。「こいつ、良い奴なんだもの」英雄は肩で息をしながら言った。吉岡はもそもそと起き上がり胡座をかいた。ダメージはみた目英雄よりなさそうだが、運動神経にきていたようだ。「素手の喧嘩に付き合ってくれたんですか」吉岡は言った。「まあな。立てるか」「はい」吉岡は英雄の首に腕をまいた。「負けそうだったぜ、よう英雄さんよ」菅原は沙織をすでに離していた。「俺の負けだよ。畜生。胸糞悪い事件の後にこんな良い喧嘩ありかよ。誰か苛めないと気がすまないぞ」英雄は一際陽気な声で言った。

  2006/04/02

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ13

  「いってー」英雄のパンチが内回し受けで弾かれた。鉄パイプを当てられたように物凄く痛い。電気が走ったようだ。吉岡の前げりが飛んできた。腹筋で弾き返そうと英雄は腹を突き出した。これは両者後ずさった。「なるほどなあ」菅原は目を輝かせて二人の殴り合いを眺めていた。「乱打戦には付き合わない。カウンターで急所を的確に、と」「菅原さん？」心配そうに沙織は声をかけた。「おお、大丈夫。俺が相手を分析しているということは当然あいつもやっているって」沙織は訳が分からなかった。加藤英雄と会ったのが半日前。で、道場に来て皆おかしくなって・・・そして、喧嘩？！で、この大きな男は一体誰？何で私を抱えているの？「さあ、体がもつかね。英雄よお」沙織の肩を抱いている菅原の力が少し強まった。とにかく沙織はこの喧嘩をみているしかなかった。

  2006/04/02

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ12

  「お前、堅気になれるか」英雄は庭におりて足場を固めるそぶりをしながら吉岡に声をかけた。二人は丁度５ｍ程間をおいて対峙していた。英雄は靴を履いていた。吉岡は裸足だった。「ヤクザはこりごりです」「では、俺にやられて俺の舎弟になることだな。だったら安心だ」と英雄はニヤリとして言った。「負けません」吉岡は構えた。「あっ、琉球空手だな」と英雄は声を上げた。「知ってますか」と吉岡は静かに言った。「さっき本で読んだ」と緊迫感のない英雄。「はあ？」吉岡はこれまた緊迫感のない声を出した。沙織は英雄がそういった本を買っていた時に出会っていたので、少し可笑しかった。喧嘩を見るのは初めてだが、何となくこの二人のやりとりはこれから喧嘩が始まるという雰囲気がない。「どうした」とニコニコした沙織を見て菅原が言った。「英雄さんって面白いのね」「何だ急に。ま、面白いよな」この菅原という男も緊張感がないと沙織は思った。喧嘩とは緊張感のないものなのだろうか。「でも今日は負けるかもな。相当鍛えているぞ、吉岡ってのは」菅原はニヤニヤしていた。「そうなんですか。大丈夫なんですか」「俺が居るからここから逃げる位は大丈夫だろ。英雄もかなり奴を弱らせてくれるだろうから」「二人でやれば」「それはできない」そう言った菅原の目は急に真剣になった。

  2006/03/29

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ１１

  「お前、沙織さんが好きなんだな」と英雄が言った。「・・・」うつむく吉岡。「よし、庭でやろう」英雄は元気よく言った。「どういうことなの」沙織は自分を抱えている菅原と呼ばれた男にきいた。周りにはまだのたうちまわっている若者たちがいる。菅原は目を英雄と吉岡から離さず答えた。「なるほどな。ここはヤクザが経営しているインチキ宗教でね。教祖はそれなりに力を持っているんだろうが薬でも使っているんだろ。う～ん、一体全体どうやったらこうなるんだ。あ、俺は菅原っていうんだ、宜しく。英雄の友達だ。こんな顔をしているが安心してくれ」菅原は足がおぼつかない沙織をほとんど持ち上げて玄関まで歩いていた。

  2006/03/27

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ10

  「こっちだ、菅原。あがってこい」菅原はきょろきょろしながら入ってきた。「あっ、なんだ」頭から座布団を被って蹲っていたり、泣き出したり、地団太をふんでいたりしている光景が目に入った。何人かは、目をしっかりつぶってお経か何かを唱えていた。「この声だったのかよ、外まで聞こえるぜ」菅原は微妙に英雄と距離をとって部屋の中に立っていた。二人で全体を見回すのに最適な距離だ。さすが菅原だ。「この娘、頼む」沙織は英雄が二人居るような錯覚をした。まだぼんやりしているのだ。「こりゃあ、一体」と、菅原は沙織を抱えて言った。「種明かしは後だ。しかし遅いな」「何が。誰か来るのか」その時、吉岡が入ってきた。「お前一人か」英雄は半身に構えて言った。「俺はこの娘さえ返してもらえれば、お前らのシノギにこれ以上深入りするつもりはねえよ。どうするんだ」吉岡は目に怒りを貯めながら、しかしぐっと堪えて一度部屋を出て行って、また戻ってきた。「兄貴が、あんたらを帰していいと」吉岡は言った。「で、お前は不服なのか」英雄はいつものニヤケ顔で言った。「不服じゃねえ。俺だってこんなシノギは嫌だ。ただ」「なんだ」「あんたと勝負してえ」吉岡はうつむき、そして搾り出すような声で言った。「ああん？」「兄貴はあんたに絶対手を出さない」「兄貴の命令に背いても俺と喧嘩をするのか。俺に手を出すということはヤクザ社会じゃ兄貴の命令だと言われてもしょうがないんだぞ」「ええっ」沙織が素っ頓狂な声を出した。「英雄さん。沙織ちゃんから聞いたとき、ただの同姓同名かと思っていた。ただ、初めてあんたを見たとき凄い感じがした。本物にあえるとは思わなかった。だから」と吉岡は口篭もった。「俺と喧嘩したいのか」「したい。こんなものをみせられちゃ」まだ頭から座布団を被って蹲っていたり、泣き出したり、地団太をふんでいたり、目をしっかりつぶってお経か何かを唱えている若者達。「喧嘩の次元が違う。そういう男に力を試してみたいんだ」

  2006/03/25

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ９

  あんたねえ。悪魔だって皆に暗示かけてどうするの」英雄は呆れ顔でまた神棚の女に近寄った。今、英雄は漫画のデビルマンをイメージしていた。野獣の体、避けた口、背には蝙蝠の羽根。神棚の女は白目を剥いて倒れた。沙織は？一心不乱に手を合わせている。合わせているが口に出しているのは念仏だった。「おい、念仏唱えてどうするんだよ」英雄はにこやかに言った。沙織は目を開けた。沙織にとっては、蛍光灯の灯りをせにしてるせいか、英雄が物凄く神々しいものにみえた。「君なら一人でやっていける。こいつらと同じになっては駄目だ」英雄の手にすがって沙織は立ち上がった。「これはなんなんですか」沙織はまだぼんやりしているようだった。「教祖様がな。この道場の連中は間違っているといったんだ」「えっ、でも」「ここに掲げてある教祖様はな。明治時代に亡くなってるよ。知らなかったのか。ここは、あの女教祖が勝手に道場にしただけで、本当の宗教じゃないんだよ」「どういうことですか」「種明かしは後だ。しかし遅いな、どっちも」バタン。車のドアが閉まる音だ。「こっちが早く来た」英雄がそういうと、間延びした声で、「こんばんわー。こちら加藤英雄君がお邪魔しているはずですけれど」菅原だった。英雄は苦笑した。こいつって、本当に愛想が良いのな。

  2006/03/23

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ８

  英雄は、神棚の女に替わって瞑想の中心者になったのだ。英雄は普段でもただならぬオーラを発している。更にその風貌は、本来なら忌諱されて徐々に慣れなければならないのに、ここの若者達は最初から受け入れようと努力した分、神棚の女より、この場の精神世界を制御したのだ。英雄は、皆が瞑想に入った瞬間に、神棚の上にあった教祖の顔を強烈にイメージし、説教をさせた。「薬をやめろ」と。そしてそれに反応したのは、薬物を瞑想に使っているのではないかと薄々疑っていた、つまり完全に洗脳されていなかった若者達だった。英雄はこの方法を気功の先生たちに聞いていたし、実際にしたりされたりもした。しかしながら・・・「こうまで効果があるとは」とは英雄の独り言だった。「さて、お嬢さんよ。教祖様を悪く言った理由はなんだ」実はこれは英雄流の暗示なのだ。別にこの女、教祖を悪く言ったわけではないが、言葉尻を捉えられ、それをずっと言い続けているだけだ。但し、ここに居る若者たちは薄々不信感を持っているので、それが最初からそうだったように感じてきているだけだ。「私は言ってない」神棚の女は後ずさった。「まだ出てこないのかな」英雄は待っていた・・・・。「皆、この男は悪魔の使いだ」女は言った。おっ、アクションか。英雄は振り向いた。妙に体が軽い。気功をやった後みたいだ。「ひいい。悪魔だ」今度は半数以上の若者たちが叫びだした。そして座布団を頭から被って蹲った。

  2006/03/22

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ７

  今度は見えなかった。先ほど、沙織は教祖の顔を強烈にみた。目でみたのではない。心に浮かんできたのだ。物凄く怒っていた。信仰を侮辱する者と頭の中で叫ばれた。「皆さんが見た教祖は、悪魔が変化したものです。惑わされてはいけません」神棚の女がそういうと、不思議にのたうち回っていた若者達が静かになった。「ほほう。ここは道場でしょう。道場といえば神社みたいなものだ。そこに教祖の顔を真似た悪魔が入って来れるものなのですかね。あなた、信心が足りないんじゃないですか」英雄は落ち着いた声で言った。「何を訳の分からないことを」「訳が分からないのはあなただ。教祖を悪魔と呼んだんだよ」「私は言ってない」「確かに言っただろう。皆が知っている教祖は悪魔だと」「見た者は、と言ったのです」「だから、ここはあんたらの宗教から言えば教祖のための神社だろう。そこに悪魔が入ってこれるのか」「・・・」若者達は二人のやり取りをただみていた。その顔は正気に返ったような顔をしていた。「もう一度、さっきの集団瞑想をやってみろ。教祖様が何を言いたいのか全部聞かせてやる」英雄は立ち上がって神棚の女に近づいた。英雄は実は体の右半身にだけ物凄い汗をかいていた。これは精神に介入された分のダメージだった。自律神経を一瞬おかしくされたのだ。集団瞑想ではよくあることで、瞑想の中心になっている者のイメージが、一気に対象の人体に影響を及ぼす。集団瞑想とは結局無意識をひとつにすることで、その無意識が及ぶ範囲の個々の人体や対象となるものにイメージを投影して影響を与えるものなのだ。自律神経の回復やアレルギーの治療なのに利用するならまだしも、金儲けの道具や、または元気な悩み盛りの若者の悩みを半端にとるなんて事をされては、古人の叡智もへったくれもない。

  2006/03/21

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ６

  中に入ると、何人かの若者が屯していた。「ああ、どうぞどうぞ」一人、若いが落ち着いた感じの女性が出てきた。他の皆は、一様に微笑していた。英雄は、奥の神棚と、教祖らしい男の顔写真が掲げてある部屋に通された。その写真は教科書に出ている夏目漱石のようだった。麻原ナントカとはイメージが全く違う。「まずは、体験してみるのがいいですね」その女性は、自分は神棚を背にするようにして、英雄を自分の前３ｍ程に座らせた。その部屋は２0畳ほどもあるだろうか。英雄はほぼ真中に座るようにして、他の若者は英雄を囲むように座った。吉岡はいない。沙織は英雄の右横にいた。皆、目をつぶって手を顔の前で合わせている。「加藤さんも同じような形をして下さい」神棚の女が言った。「美人ですねえ」と英雄は言って彼女の顔をみつめた。「ありがとうございます」と彼女は言って自分も手を合わせてめをつぶった。英雄は5回ほど深呼吸をすると、膝をついていた足を胡座に戻し、手を丹田のところに瞑想をするように持っていった。2秒。「ううー」数人の若者がうめき始めた。神棚の女は目を開けてニッコリ笑った。「形が違いますよ」「すいません、どうも」「あなた、何かをやってますね」「別に。ただ、あそこの写真の教祖様が俺を通して言いたいことがあるみたいですよ」うめいていた若者達はのたうちまわり始めた。「薬は止めたほうがいいな」「どういうことかしら」「教祖様は知ってるのか」沙織は二人のやり取りをみていたが、やがて手をしっかりあわせ、また呪文みたいなものを唱え始めた。のたうち回っている若者を取り押さえるのに倍の人数を要していた。今度は見えなかった。

  2006/03/20

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ５

  夕方、愛香夢に沙織は迎えにきた。雨は上がっていた。そして連れの男がいた。英雄より一回り小さいが筋肉質の男だ。英雄は一旦アパートに帰って着替えをしていた。「さ、行こうか」と英雄は言った。連れの男は愛想笑いを浮かべていたが、英雄に対して猛烈に警戒していた。英雄は、その男に拳だこがあるのを見逃さなかった。「マスター、行ってくる。そうそう、菅原がもうじき来るだろう。あいつが今晩車できたら迎えに来てもらいたいんだ」「おっ、そうか」マスターはニヤリとした。「8時に頼むよ」「分かった」三人で外に出た。雨上がりの乾燥はなく、無質さが増していた。蒸し暑いと英雄は不機嫌になる。異常な汗かきなのだ。地下鉄を降り、道場に着く頃に、連れの男が口を開いた。「加藤さんは何か武道でも」「別に。ああ、友人に頼まれてガッコのなんとか空手の主将にはなってるけど」「はあ？」「あんたは・・ええと」「吉岡です」「吉岡さんは、何か」「空手です」「極真？」「ええ、まあ」「強いんだね」「そんな」吉岡は何故か満足そうな微笑を浮かべた。沙織は、二人の会話を微笑を浮かべてみていた。この男、吉岡といる時は英雄の顔も吉岡の顔も直視できるようだ。広い庭のある平屋の旧家だった。古くからある道場だということは分かった。時間は午後7時。

  2006/03/19

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ４

  英雄の言葉に沙織はびっくりしていた。マスターも聞かない振りをして聞いている。そしていつもの通り菅原（俺）を呼ぶかどうか、英雄に電話をする手振りで伝えた。英雄は少し首を横にする仕草で、まだいいと答えた。この二人、妙にコンビネーションが良いが、後で聞いたところによると、英雄はここを事務所代わりに何でも屋をやっていたということだ。マスターはマネージャーみたいなものだ。どっちにしろ、二人ともたいした金を貰ってたわけではないだろうけどね。「宗教だな。勧誘だろ」「はい」「じゃなきゃ、俺に声をかける女性はいないもんな」英雄は笑って言った。「気とかに興味のある人だからと思って」彼女はすまなさそうにうつむいて言った。「俺は武術に興味があるの。君は武術は」「しません」「では、これで話は終わりだな」「ええ」その時、彼女は少し目の焦点が合ったように思われた。英雄はその隙を見逃さなかった。「でも、良ければその宗教の話をしてくれても構わない。今日は時間があるんだよ」「良いんですか」ここでやっと彼女は英雄の顔をみて目を合わせた。「それに、遊びに行ってもいいよ」「本当ですか」「場合によってはね」沙織の言う話はこうだった。その宗教は「明妙真理会」という面白い名前で、仏教系と神道系がごっちゃになったような感じ。ヨーガなんかも含まれている。「信じている神様は？」「・・・」「教祖を信じているのか」「はい」「修行の仕方を教えてくれ」「う～ん、一度来ていただければ」ここでまた彼女は目を合わせなくなった。「そこでは友達ができた？」「できました」まだ目を合わせない。「自分が変わった？」「はい」「どのように」「前向きに生きれるようになりました。これまで引っ込み思案だったんですけど」「君の教祖は、俺たちの出会いをどう解釈すると思う？」「きっと、英雄さんが私達の仲間になるために出会わせてくれたと思います」彼女はもう目を合わせない。でも微笑んでいる。「本心からそう思う？」「はい」・・・・「分かった。決して君らの宗教とは合わないと思うけど、一度顔を出そう。ノルマがあるんだろう」「・・・」「冗談。ま、夜に迎えに来てくれ。ここで晩飯を食べてから一緒に行こう」「わかりました」沙織は英雄にお辞儀をして店を出て行った。替わりにマスターが席にやってきた。暇な店だ！「マスター、どう思う」「ありゃ、洗脳だな」「顔色もおかしいし、薬もやってるな」「どうする気だ」「う～ん、信じている神様があれば何とかなるんだけどな」「なるのか」「ほれ、この間一緒に来た気功の先生がいるだろう。ちょっと教えてもらったんだ」「なんだよ、それ」「まあ、何とかなる」「彼女さあ」「なんだい」「英雄君に助けを求めているみたいだったな」「多分そうだろうね。あれは、今の暮らしが本心では辛いんだろうな」「可哀相だな。俺、時間があるから調べられるだけ調べてみるわ」「頼むよ」「菅原君は連れて行くのか」「今回は、あいつは向かないだろう」「怒るぜ」「多分な」

  2006/03/18

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ３

  英雄はいつものジャンボマグカップでコーヒーを飲んでいた。彼女の名前は沙織と言った。気の話を諄々としている。それとヨガとか仏とか。この店の名前「愛香夢（アイカム）」だが、その名に似つかわしくないマスターは、何故か電話のついてる窓際の一番奥の席を英雄に与えていた。5人は座れるボックス席だが、大概は空いているので英雄の席だ。で、出てくるのは食事以外ではジャンボマグカップコーヒー。水は大ジョッキ。値段は普通のブレンドと同じ。「一杯毎に作るでしょ。ちょっとずつ余るじゃない。それをポットに入れて英雄君に飲ませてるんだよ。ハハハ」とはマスターの言葉だ。英雄はジャンボマグで独特の飲み方をする。まず始めにブラックで、半分ほどでミルクを入れる。更にそれが半分になると砂糖を加える。通常のブレンドが三杯以上入るのだから、大体合っているか（何が？）。そして英雄がまだ居るようならマスターはコーヒーを追加する。その時は「まだあるぞ。持ってこい」とマスターが声をかけるのだが。丁度、砂糖が追加された時に、英雄はその違和感に気付いた。彼女は目の焦点がなんとなく合っていないのだ。そして何かを語る際には、特に英雄と目を合わせない。「沙織さんよ。ちょっと訊いていいか」「何ですか」「あんた、薬やってるか」こういう話をするから英雄を奥にやっているんだ、ともマスターは言った事がある。「やってませんよ、何言うんですか」と沙織は慌てて言った。「いやな。あんたの顔をみていると、シンナーとかシャブにやられた奴を思い出すんだよ」

  2006/03/17

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ２

  「雨だなあ」英雄はぽつりと言った。雨は憂鬱だ。憂鬱だが、粒の太いゆっくり降ってくる雨は英雄は好きだった。今日の雨はそんな感じ。英雄は別にこんな雨は気にしないで傘なしで歩き出すものだが、この時は行きつけの（？）本屋の軒下で雨を眺めていた。その時、「すいません、ちょっとお話ししませんか」小柄な可愛い子だ！（まあ、俺に文才を期待するな。英雄の証言のまま）英雄は胡散臭そうに彼女をみた。女に昼間声をかけられる事があるはずない。「お話しねえ。お嬢さん、人違いしてないか」「さっきその本を買われていたものですから、お話し合うかなと思って」ん？と英雄は自分の買った本をみた。‘気と武術’「嬢ちゃんは何か武術やるのか」と英雄は聞いた。この小柄な体に秘められている技に英雄はわくわくした。英雄は体型上、どうしても自分より強い奴ややばい奴（結果、英雄自身が一番強くてやばいんじゃないかな？）としかやらない。だからこの小さな無筋肉の体にある技にもの凄く興味が湧いた。女の子はちょっと微笑んだ。「気の方です」「ははあ」少しがっかりした。英雄は何人か気功を使う人を知っていた。英雄はそういう人たちからみると、かなり「気」が強いらしい。「お兄さんはとても気が強そう」と彼女は言った。その時英雄は彼女の表情に違和感を感じた。その違和感が事件の匂いを発し、英雄の冒険心をかきたてた。「じゃ、俺の行きつけのサテンでいいか」本を買って金はなくなったがあそこならツケがきくしな、ということでその本屋の近所にある愛香夢に行った。

  2006/03/15

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• 真骨頂無頼控え～神も仏もぶっとばせ～1

  怪談無頼控えで単純な怪談を書いたことはあるが、今度は神や仏が出てくる話だ。これまで書けなかったのは、英雄がどうしてそのような行動をとって、どうしてそういう状況であれたのかということが、今ひとつ、というか、さっぱり当時は分からなかったから。話を聞いたばかりのときは、まずは嘘だと思った。というか、現実感が全く無かった。それが最近の意識の世界の研究の成果（別に本格的に研究しているわけではないが、たまたま類似した話が載っていた本を読んだこと）によって、なんとなく書けそうな気がした。これまでの何篇かと同じで、俺（菅原）は事件には携わってはいない。英雄が酔っ払って話した事から物語を再構築したものだ。ビュン、ビュッ、スー。英雄の安アパートに遊びに行くと駐車場で英雄が木刀を振っていた。ここ一ヶ月ほど、英雄は近所の農家のおばさんから貰った鍬の柄を、「普通の木刀じゃ軽いんだよ」ということで、通常の木刀の1.5倍ある鍬の柄を太いほうじゃなく先のほうを持つようにして木刀代わりに振っている。まず腰に据えた木刀を抜刀してビュン。そのまま大上段に振り上げ振り下ろしてビュッ。それを斜め正眼に腰を落としてスー。何故かそれを左右交互にやっている。左右交互・・・当然自己流だが、元々いろんな拳法や格闘技をかじっている（ご存知のように対抗策として）英雄は、何となくこなれている感じがする。英雄が木刀振りを始めた頃、「お前、喧嘩は素手じゃなかったっけ」と俺がからかったら、「別に自転車でもビールのジョッキでも良いんだけどな」と英雄は変な答えを返してきた。「そりゃ、お前の加藤流自転車術は凄いからな」とにかく自転車は凸凹しているので、ぶつけられた方は必ず怪我をするという優れた武器だ。というか、それを普通の武器並に振れる英雄の力は半端ではない。しかし、木刀を振っている英雄には、何となく力が入っている感がしない。「今度は武器術とやるのか」と、俺ははっと気付いて言った。もう木刀振りを止めて英雄は俺を部屋に誘いながら言った。「そんなことはないと思うけどな」

  2006/03/13

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• 再会無頼控「女の時代」(了)

  土曜の晩。凄いドンちゃん騒ぎ。そこに俺は居た。昨日から今朝までかけて仕事を終わらせて、夕方ここについたのだ。「菅原、この野郎」といつもより酔いの激しい英雄。俺も酔っていた。裕子が歌っている。「英雄もこれだけの女達に囲まれていたら形無しだな」「全くそうだよ。しかし裕子のボーイフレンドが警察だったとはな。あれがモデルガンで良かったよ」「完全警戒体制をとってくれたし。朝には手打ちが終わったし」「ああ。それもこれも徳田が普段からちゃんとしていたからだよ」その時徳田組の若い者、佐藤が話しに入ってきた。「自分もつくづく思いました。普段から町の人に良くしていれば、こういう時に味方になって貰えるんですね」「警察も、どうせ居るものなら性質が良い方がいいだろ。それにお前らは普段から餓鬼どもや不良外国人をぶん殴っていたからな。そこが認められていたんだよ」「さっき、親分にも話してきました。まだ全然起きれませんがね。喜んでいました」「徳田は良い奴だよ。組を持たなくてもやっていける奴なのに、お前らみたいな盆暗のために組構えているんだからな。分かるな」「はい。伯父さんにもお世話になりました」「少しでも引いたらこういう目にあうんだ。親が倒れたからって引くんじゃねえぞ」英雄が話し続けようとすると、「こおら、加藤英雄」と百合子がやってきた。「あんた。この中からお嫁さん決めなさい」三人が得意のポーズを決めて英雄の前に立っていた。「菅原、逃げよう」英雄が俺の腕を握る。「駄目だ」俺は喧嘩に参加できなかった鬱憤を英雄で晴らすことにした。

  2006/03/12

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• 再会無頼控「女の時代」(上）

  「本当によく来てくれた、と言いたいところだが」英雄は不機嫌だった。「あんたが呼んでいるって言うから来たんじゃないの。何か文句あるの」赤いワンピース姿の、しかも口紅も真っ赤で髪も真っ赤な派手な女、百合子が言った。「そうよ。その顔は失礼ね。失礼といえば太ったんじゃないの、加藤さん」これまた負けない背の高い黒のスーツ姿の派手な女、彰子が言った。ここは、徳田組の事務所。組長の席に英雄が座っている。周りでは徳田の子分達が見守っていた。「俺が呼んだのは、半田と菅原と川原なのに、何でお前らが来るんだ」「こっちはね、裕子ちゃんも来るわよ。皆仕事で来れないんだって。薄情よね、男って」と百合子が言った。彰子はタバコに火を点けながら、「菅原さんは土日で来るって。あの人、ちゃんとサラリーマンしていたんだ」と言った。「皆亭主居るんだろう。こんなところに来るなよ。今、俺の周りは危ないんだって。それになあ・・・」「何よ」と百合子。「何？」と彰子。「何でお前ら一緒なんだ」二人は英雄の台詞に笑った。そして百合子が話し始めた。「あんたね。別な町に行くからって急に別れて私達がそれで終わると思う？一応探すのよ。そうすると次々女の輪ができるってわけ。今回ここに来るのは安心して。皆独身だから。私はバツ一の独身だけどね」「あ、来た」と彰子。「何だ」「裕子ちゃんから携帯よ。はいはい。駅についた。良かった。タクシーで徳田組って言えば分かるから。はい。はい。気をつけてね」「こりゃ。喧嘩の前に俺が殺されちまうよ」と英雄は机に突っ伏した。「で、作戦はどうなの」一番年かさの百合子が仕切るように話した。「とにかくだ。菅原が来てからだ。そうしよう」「駄目よ。先手必勝・電光石火の英雄流じゃなきゃ」「久々に男をぶんなぐれるわ」彰子が指を鳴らした。英雄は一度彰子のパンチで膝をつかされたことがある。その時、これまた派手なのが入ってきた。「ヒデちゃんヤッホー」「よ、よお」裕子だった。「さ、こっちは良い女３人とあんた。そして使えなさそうな馬鹿５人よ。どうする？」英雄は苦笑した。揃いも揃っておっかない女達だった。特に百合子はヤクザの女房だった。亭主は確か死んだらしい。「９人も居ればいいか。しかしこれじゃ、柄の悪いチャーリーズエンジェルだな」と英雄は笑った。「ヒデちゃん。私ね、お友達から借りてきたものあるの」と裕子が言った。「何だ」「ほら」テーブルに、スタンガンとヌンチャクは良いとして・・・拳銃はないだろうよ。「お前またそんな男と」「違うって。お店のお客さんよ」「平気で貸す奴が居るか」「彼、私の事大好きなんだ」「おかしいだろ。好きならこんなところに女よこすか」「何でお説教するのよ。ちゃんと彼も来てくれるから」「何？どういうことだ」「あっ、電話だ。彼からだ」裕子は楽しそうに電話に出た。金曜日の夕方のことであった。

  2006/03/11

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• 修学旅行編（了）

  便所の前には不良が溜まっていた。そこに行くまでも通路に足を出して英雄と三沢をからかって来る連中はいたが、英雄はそいつらの足を全部ふんずけて歩いていたという。体重がないころだからやったんだろうなと俺はふいに思った。英雄はその中の一人を掴んで「中西ってのはどいつだ」と聞いた。便所の前にいる奴らはまだ通路上のことを理解していない。「あそこにいるでっかい奴だよ」と英雄に絡まれてた少年は言った。英雄は便所の前に近づくと「中西ってのは貴様か」と言うが早いか頭突きを食らわした。中西は便所の中に英雄と一緒になだれ込んだ。二発三発四発と頭突きが中西の胸、顔に決まっていく。「あれは強烈なんだよ」と三沢が言った。「相撲大会なんかあってさ。みんなでやるだろ。あいつ体が小さいのにきついんだよ。でも掴まれたらおしまいだったけど」凄い頭突きの連発だったという。とにかく相手がよろければ顔、自分が崩れればそこから足といわず尻といわず金玉といわず頭突き頭突き頭突き！中西が視界を失った時に鼻の穴に指を突っ込んでの一本背負いを決めた。「えげつなくて誰もしないような技を使うんだよ、あいつは」と三沢が言う。「その時あなた方はどうしてたんですか」と俺は聞いた。「そりゃ、周りにいる奴らを抑えてたよ。まあ、あまりに一方的だったから誰も動けなかったけどな」「英雄に飛びゲリくれた奴がいただろう」と藤波が入ってきた。「そうだったな。その勢いを借りてとうとう中西を便器に突っ込んだんだよ、英雄はよ」と三沢が笑って言う。「で、便所の水を流しながら『血ぃ洗ってやるよ、中西。俺は梅田中学校（仮称）の生徒会長の加藤だ。もう悪戯はしねえな』なんて言うんだよな。どこの生徒会長だよって。思わないか」「確かに」俺も頷いた。ある人からは凶悪そのもののつらがまえ、別の奴からは情けのかけらのない非情な男、とても恐ろしいやつという噂も、凄く気の優しい奴という噂も、そういうばらばらを通り越して滅茶苦茶な評判だが、もしかして英雄が一番普通じゃないかと思わせる時がある。こうして年を取ってみると何故かそう思うときがある。あいつを認める事は俺を含めて一般人とか常識人と言われる社会人すべてを否定することになるのだが、そういった何のジャンルにも縛られず、奴を語るすべての人間が楽しい思い出も酷い思い出も笑って話せるというのは、皆英雄という男が好きで、そして憧れていたのではないだろうか。「その後だけどな」と三沢が語り出した。「俺達とあっちで同盟を結ぶ事になったんだが、それを俺と中西で話して決めて英雄に報告に行ったら、『馬鹿野郎。同盟ってのは何だ。あいつらが俺達の風下に立つんだろう。喧嘩し直してこい』って怒鳴られたよ。あいつが一番不良だったんじゃないか。ガハハハハ」「で、どうしたんです」「俺達はどうでもよかったんだけど英雄が怒り出したから中西達が来て皆詫び入れてたよ。先生たちもびっくりしてたな。あいつ先生に『こいつらが修学旅行中は俺達を守ってくれますから先生からもお礼を言って下さい』って言うんだもんなあ。変なところで生徒会長なんだよ。あいつらもオッスとか言ってよ」「なんか、綺麗な女の子も来てたな」と藤波が言った。「それがデッキの彼女だよ」「ふ～ん。知らなかったよ」

  2006/02/26

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• 修学旅行編５

  「でも英雄はあんたの言うような大男ではなかったなあ」と藤波は語る。「並んでも前の方だったぞ」「だってあいつは２ｍもあるアメリカの兵隊とやっても見劣りしなかったんですよ」と俺は言った。「中学出てからでかくなったんだよ」と三沢が言った。「藤波は中学を出てから英雄と入れ違うように町を出たり戻ったりしてたから分からないんだ。俺は２０歳くらいの時に会っている。でかくなってたなあ」「俺もそのころですよ。英雄と遊んでたのは」さて喧嘩の続きだ。三沢は何とか仲間を集めようとしていたが、英雄はおかまいなしに現場に向かって歩いている。その便所というのは実は英雄は不良の検問があるのも気付かずに行っていたのだからすぐむかえた。「おい、英雄。人数集めようよ」と三沢が声をかけた。「相手は中西だけだろ」英雄は彼女に感謝していた。小学校の小さい頃、苛められていた英雄をいつも助けてくれたのが彼女、ユカちゃんだった。ユカちゃんは様々な不幸が重なり英雄が転校した後にすぐ転校していたのだった。それがこんなところで再会するとは。そしてまた英雄を助けてくれるようなヒントをくれるとは。「無茶いうなよ」と三沢は思ったという。俺は知っている。昔まちの不良ともめた時に相手がやくざの名前を出してきて俺達皆が引いてたが、たった一人「そいつの所に行こうじゃねえか」と言ってそのやくざがいる雀荘にぼこぼこにした不良と一緒に行ったのは英雄だった。そのやくざが組の名前を出すと「じゃあ、あんたをやったらあんたの親分をやらなけりゃならないじゃないか」と言ったという。さすがに向こうも男で、大笑いして「このガキが悪さしたんならあんたに説教されて良かったよ」と言って飯をおごってくれたという。

  2006/02/25

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• 修学旅行編４

  「ヒデちゃんは相変わらず優しいね」「俺はいつも君に守られていたからな。これからは少しは助けてあげられると思うよ」「逞しくなったんだ」「いつまでもひ弱なヒデちゃんじゃないよ」「あたしはひ弱でもいいと思ってたよ」なんていうやりとりを三沢は聞いてしまった。大事な用事があったのに声をかけそびれたが丁度きりがよいところで声をかけた。時間がないのだ。「英雄。おい」「なんだ。三沢か」三沢の後ろにはさっきの三沢の連れの女もいた。「じゃ、ヒデちゃんまたね。また会えたらいいね」彼女は揉め事を避けようとしたのか別れの挨拶をした。　「会えるさ」と英雄は彼女の肩に手をかけて言った。「あたし、来週から東京に行くのよ」二人に沈黙。三沢はばつが悪かったという。「そうなのか。あっちでも元気でね」と英雄は自分たちには見せた事もない優しい顔で言ったという。「ヒデちゃんも」二人は握手をして分かれた。別れ際に「ヒデちゃん。うちの学校の奴等と揉めるなら頭は中西健介って言うから、そいつを叩けば大丈夫よ」「ありがと。何も気にするなよ。俺はいつも君の味方だ」「わかってる。最後にヒデちゃんが強くなったの見せてね」「まかせといて」三沢は二人のなんとも言えないやりとりに立ちすくんでいた。「喧嘩なんだろ」と英雄がふいに言った。「あ、ああ。あいつらが便所の前で検問なんかしやがって、誰も便所に行けないんだよ。お前も生徒会役員なんだから手伝ってもらおうと思ってな」「仕方ないなあ。生徒会役員は生徒の皆のために頑張らなきゃな」「頼むぜ」「行くぞ」

  2006/02/23

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• 修学旅行編３

  （待ってましたの激闘編１・・・淡い再会）まったく英雄のことを訪ね歩くのは疲れる。色んな人間に会わなければならないからだ。大体が一人の人間の周囲は同じ匂いを持つものが集まるものだが、英雄のジャンルのないことないこと。でも俺が期待している英雄はやっぱりこうでなきゃという話が出てきた。「俺達は別に不良学校だったわけではないからね。集団で何かするわけでもなかったし。英雄なんかは頭が良い方だったんだけどよく遊んでたしな、俺達とも。でもカラだが弱かったからナイフを持っていたと思う。使ったのは見たことなかったけど」こう言うのは、藤波の横に座っている三沢正平（仮名）だ。体は大きくこの年でも目つきが異様に鋭い男だ。「あいつすぐぶん殴るんだよな」と三沢は笑って言った。「修学旅行って言えばよ。よそのガッコなんかは集団で（不良が）来るだろう。でも俺達はそういうことでまとまることはなかったからね。相手にまとまって来られるときつかったんだよ」と藤波は言った。「そうそう。フェリーの中で検問なんかはられてな」その時の話はこうだ。フェリーの中では不良学校の連中と一緒になったという。英雄はそこでぽつんとデッキにいる一人のおんなの子と話をしていたそうだ。「ねえ、その女は敵の女なのよ」と三沢の当時の女が英雄に言った。「幼馴染と話をしていて何が悪い」と英雄はにらみ返したという。その迫力には三沢になれているその女も引っ込んだ。変わりに三沢が来た。その時英雄に声をかけようと思ったができなかった。

  2006/02/20

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• 修学旅行編２

  「五稜郭についた時だったかな。雨が降っていてね。ガイドさんは俺達不良がたまっているところにやってくると、『英雄君、傘に入れてくれない』なんて言って腕を組んで二人で歩いていきやがったよ。そうだなあ、あのころから英雄は新撰組に興味を持ったようだったな。時間一杯まで二人っきりでどこに行ってたんだか。俺達とはすれ違わなかったな。最後に俺達と別れるときにガイドさん英雄の手をとって泣いてたんだよな。あれは分からねえ」「そりゃ、あんたらが滅茶苦茶すぎて、英雄がそれを止めたりしてたからじゃないかな」と俺が言うと藤波は「そうだろうな」と照れ笑いをしていた。「でもあんたらも狙ってたんだろ。ガイドさんを」と俺が言うと「いやあ、無理無理。あのころの俺達ってのは大体力がすべてだから何度か英雄を袋にしようとしたけど、あいつ隙がなかったんだよ」と藤波は笑って言った。

  2006/02/18

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• 英雄修学旅行編

  英雄の中学校は修学旅行に北海道に行ったという。そのころの英雄は喘息がひどく、旅行などには行きたくなかったが、注射をぎっちりうって、薬と吸入器を大量に持って行く事になったらしい。何と言っても驚きなのは英雄は生徒会の役員だったからだ。準備だけして見送るわけにはいかないということになったらしい。当時の英雄の体格は俺たちが出会った時よりも随分小さかったという。当時の友人から聞いた話を載せる。（修学旅行もてもて編）「英雄はねえ。バスガイドさんにもててたな」そう語るのは当時同級生だった藤波力（仮名）である。大体が英雄が生徒会役員をやるくらいなのだからとんでもない学校とは想像がつくだろう。バスガイドが何と言おうが言うことなんかお構いなしの連中だ。とにかくうるさい。肝心な歴史の説明などは寝ているだけ。「あいつだけは、誰にも関係ないという顔をしてバスガイドの話しを聞いていたな。そのバスガイドというのが、あのころの不良がまた好きになるタイプだったんだよ。当時としては珍しく髪が変色していてスタイルが良くてね」とは前に出てきた藤波である。「そうだね。俺も含めて当時の不良たちが騒いでいたのはガイドさんに気にしてもらいたかったんだろうね。そこは英雄だよ。じいっと見て話を聞いてるんだな」何でそれに気づいたかを尋ねると、だんだんガイドさんの視線が一定になり、英雄だけを見ていたのに気づいたというのだ。

  2006/02/15

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• 己の牙を研ぎ澄ませ！（了）

  英雄は翌週突然課長になった。洋子も係長になった。たった二人だけの課だったが。好きにいろいろな仕事をした。不可能はないように思えるほどとんとん拍子に行った。１年後、英雄は突然辞表を出した。「加藤さん・・・」洋子の言葉は後は涙声だった。「仕事は覚えただろう。今度は洋子ちゃんが課長で、部下に仕事を教えていくんだ。人数増えて、もっと仕事が楽しくなるぞ」英雄に迎えの車がきた。「かとちゃん。いくで」本宮が車中から声をかけてきた。「うっす」「加藤さん・・・」「ではな。また会おう」「かとちゃん。可愛い子やないの」と本宮。「かかか」「よう来てくれた」「所長のお陰で、仕事が回りました。もう、実力だけで仕事が取れるようになりましたからね。今度は私にできることなら、所長にお返ししますよ」「かとちゃんにはちゃんと表を歩いてもらうから、安心してや」「緊張します」英雄は東京に行った。本宮はその２年後不慮の死を遂げた。英雄は恩返しが終わったと、またどこかへ行った。その時には背中と腰に大怪我をしていた。

  2006/02/12

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• 己の牙を研ぎ澄ませ！7

  「加藤君、君ねえ」「何ですか、部長」英雄が英雄らしくちょっと怒鳴り声で言った。「いや、落ち着けよ」部長は怯んだ。「落ち着けじゃない。いいですか。あんたの言いたいことは分かる。三田のことだろ。あれはな。ああしないと、三田がやられるんだよ。俺と本宮の間に五分の男の関係をつくるのに、あの三田の態度があっちの負い目になるんですよ。分からないのか、そんなことも。おろおろして、俺にしかもの言えないのか。しっかりしろよ。何をしようとしてたんだ、あいつらと。おい、読めるぞ、俺は全部」「分かった。落ち着け」「俺は落ち着いている。今一番頭が冴えているんだよ。いいか、部長。あんたは危なく全部会社を飲まれるところだったんだ。今回の事は社長は知っているのか」英雄は部長の肩を抱いて、顔を近づけた。「一応耳には入れている」「嘘だな。では俺は必要なかったはずだ。この件は黙っていてやる、条件付きで」「な、なんだ」「これから俺は本宮と飲まなければならない。本宮との飲み会では会社で金を出せ。俺が定期的に会わなければ、向こうは会社を狙ってくるんだよ。そんなことも分からないのか。それと俺があいつらと関わってしまった落とし前はきっちり考えて、明日まで答えろ。いいか、俺はこれであいつらと関わりをもったんだからな。折角堅気にくらしていたのに」「か、考える」「とにかくだ。向こうがマークしなくなるまでは俺はこの会社に居てやる。いいな。お前の命を守っているのは俺だからな」「本当か」「馬鹿だなあ。本宮さんのボディガードがついてきているんだよ。気付けな」部長が振り向くとそれらしい男が二人いた。「それと、女関係なんかも気をつけろ。とにかく、あんたが入れる世界じゃないんだから。俺が辞表を出すまでは自分は危ないと思っていろ。この町でふらふらしている連中と彼を一緒に考えるなよ」「わ、分かった」英雄は部長の肩を離して、明るく言った。「洋子ちゃん、次の人事で昇格させろ。分かったな」「分かった」

  2006/02/11

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• 己の牙を研ぎ澄ませ！6

  本宮は満面の笑みを浮かべて、「よく、分かりました。三田はんには中身をよく含んでおきますわ。今日の件で、役所が加藤さんらに迷惑をかけるようなことがあれば、それこそ私の顔がたちません」「宜しくお願いします。さ、部長帰りましょう」英雄はすくと立ち上がった。「えっ、しかし」部長は三人の顔を交互に見ている。「帰り時ですよ。早く」そう言って英雄は部長の腕を掴んで立たせた。二人が座敷のでがけに「加藤はん」と本宮が声をかけてきた。「今度は二人で」英雄も振り向きざま「はい。その時は本宮さんの面白い話を一杯聞かせてください」と言った。

  2006/02/09

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• 己の牙を研ぎ澄ませ！5

  二人が話をしている中、三田が割り込んできた。「所長。そろそろお話を」「三田さん、この話はなしや。あんたも汚いことにこれ以上首突っ込まないほうが良い」鋭い眼光で本宮は三田を睨んだ。「どういうことです」三田は怯んだ。部長はぽかんとしたままだ。「三田さん。あんたがこの人を嫌っているのが何よりの証拠や。この人は絶対になびかん。乗ってこん」英雄はむしゃむしゃと自分の前の料理を食べている。「所長」英雄が口を開いた。「私は、あなたまで到達できませんよ。その前に消されるでしょう」「一回でしそこなったら、私の負けや」二人は睨み合っていた。というかみつめあっていた。「私もたまにここにきます。今度は二人で飲みたいですな」と本宮が言った。「恐縮です」「この町は、あんたに狭いでしょう」本宮は英雄に注がれた酒をひと飲みして言った。「自分の田舎ですから」英雄は苦笑いをして答えた。あらかた英雄は料理を食べ終わった。「本宮所長。私はか、か、帰ります」三田がそう言ってカバンを引き寄せ立ち上がろうとした時、「まちなさい」と英雄が言った。「なんだね、あんたは。なんだね」と三田。「いいから座れ」英雄は少しドスをきかせた。三田はしぶしぶ座った。「あんた、俺の名刺を受け取りなさい。そして俺にたいした無礼を謝りなさい」「な、な、なんで」「いいから」英雄は立ち上がって名刺を取り出し、三田の前に座り「加藤英雄です。宜しく」と言って、三田に名刺を渡した。「さあ、言うんです。先ほどはすいませんでした。私は三田です、と」「く、く、く」三田は真っ赤になった。が、言われたとおりにした。「加藤君、失礼だよ」部長がやっと口を開いた。英雄は部長の言葉を無視して席に戻り「本宮さん。これで三田さんを許しました。この人はこの町に多いタイプだ。というか、これでこの町は普通なんですよ。世間を知らない。情けないことですがこれが現実です。私も最近慣れましたがね。これであなたと私には貸し借り無しですから」

  2006/02/08

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• 己の牙を研ぎ澄ませ！4

  「そうおっしゃらずに。ほら、加藤君も謝って」「はあ、すいません。何とかひとつ座っていただけませんか」こら、英雄。お前は加藤君なんだな！なぜ謝る。殴るの間違いじゃないのか。「仕方ないなあ。やだなあ」そう言いながら、三田は英雄が差し出した名刺も受けとらず対角線のところに座った。次に来たのは、金のかかったものを身にまとった小柄な男が入ってきた。「お待たせ、お待たせ」そう言って、案内をしてきた女将に「酒出してや」と伝えた。「ほう、面白そうな方がいらっしゃいますな」「うちの社の加藤と言います」「加藤です。宜しく」今度は名刺を受け取られた。英雄が受け取った名刺は本宮経済研究所所長本宮英雄となっていた。4人はゆっくり卓に座った。「ふ～ん。加藤さん。なんかあんたとは二人で飲みたい気分ですわ」「そうですか」「遠慮せんと飲んで」「はい」「喰って」「はい」「どこかで会いましたか」「さあ」英雄、本宮に注がれるまま飲み、もくもくと食う。

  2006/02/08

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• 己の牙を研ぎ澄ませ！3

  洋子じゃないが、俺達もこんな英雄は信じられない。なにが、「ネットで取っていてくれる」だ。気持ち悪い。さて、接待会場に行く前に部長と打ち合わせだ。「今晩お会いするのは、文化振興局係長さんだ」「部長。酒を飲むのは構わんのですが、何で私を連れて行くんですかね」「もう一人、前にもお会いしたことがあるんだが・・・」「はあ」「とにかく君は静かにしていてくれ。居てくれるだけでいいから」ちょっとした料亭だった。座敷に通される。部長が座ろうとすると、「部長、そちらは主賓席。私達はこっちですよ」と英雄が手前の方の席を指差した。「分かってる」しばらくすると、文化振興局の係長、三田がきた。背の高い筋肉質の押しの強い感じの男だ。「吉井部長、困りますね。そんな人を連れてきてもらっては。気分悪いなあ」「いや、うちの部下の加藤と申します」「加藤です。宜しく」「いやだなあ。僕は帰りますよ」こういう半端に押しの強い男は英雄を嫌がる。自分の小権力が通じないことが本能で分かるのだ。

  2006/02/07

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• 己の牙を研ぎ澄ませ！2

  洋子は英雄とよく飲んでいた。そこで、英雄からよく仕事の話や業界の話、表から裏までのいろんなエピソードを聞かせられていた。実際業界の実力者などとばったり会ったときに歓談している英雄も見ているし、ヤクザが挨拶しているのもみている。一度は洋子に絡んできた酔っ払いに殴られて、殴った酔っ払いをどうしたものか吹き飛ばしたのも見ている。英雄は洋子がこれまで出会ったどの男にも似ていなかった。パソコンを打っている英雄の横顔を見ながら洋子はそう考えていた。「できたっと」英雄はそう言って書類を持って部長のところへ行った。今度はすんなりいったらしい。「お疲れ様」と戻ってきた英雄に洋子は言った。「ああ。内容は同じなんだけどね。結局部長は技術畑だからね。ビジネスの意味が分かってないんだよ。だから横文字の技術用語を多く使ってやっただけだ。相手をみて企画書を変えるのも手なんだよ」「ふ～ん。さすが元営業マン。でも技術用語ってどうやってすぐ書けるの」「そこはインターネットさまさまだな。大学の論文をパクればいいんだよ」「加藤さん、やる」「そう言ってくれるのは洋子ちゃんだけだ」さて、加藤さん。加藤英雄さん。あんた暴力がひとつも出てこないどころか、もの凄くちゃんとしているじゃない。25行も使って何にもしていないだろ！どうしてしまったんだ。「おい、加藤君行くぞ」と部長が英雄を呼んだ。「はい。じゃ、洋子ちゃん、また明日ね」「何かしておくことある」英雄はしばらく考えて、「じゃあさ。部長がさっき電話で話していた吉田興産って会社の資料をネットで取っていてくれる」「了解」「じゃ、明日」

  2006/02/05

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• 己の牙を研ぎ澄ませ！1

  「加藤君、こんなことも分からければ困るねえ」禿げ上がったでっぷりした男が椅子でふんぞり返って、デスクの向こうにいる男、我等が加藤英雄に言っていた。「はあ、すいません」おいおい英雄さん。あんたおかしいよ。どうしてしまったんだい。「まあ、今晩の接待には君も連れて行くから、それまでに全部調べ直しておきなさい」「はあ、分かりました」英雄が巨体を揺すって自分のデスクに座ると、隣の洋子が話しかけてきた。「加藤さんが悪いわけじゃないでしょう。部長が言った通りにしたんだから。何で言い返さないの」「くりっとした可愛い目で睨むなよ。別に良いじゃないか」「良くないでしょう。だって加藤さん悪くないんだから」「まあまあ洋子ちゃん。部長に聞こえるよ」「聞こえても良いわよ、もう」

  2006/02/04

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• 怪談無頼控え２「共同生活」

  怪談話は夏の風物詩。しかしながらこの男、加藤英雄の場合は少し勝手が違うようだ。俺は奴の学生時代を良く知っているが、どんな変な話でも実話だから仕方がないだろう！と言いたくなる事がよくある。それはこの怪談話にならない怪談話にも言える。先に怪談無頼控えを書いたが、その続編だ。しかも日中の話。どうでもいいんだよな、幽霊は。俺たちが英雄の部屋にたまっていたときだ。奴は墓場裏の部屋にいたが、二階（最上階）の端部屋なんだな。ここが問題だ。英雄が居ようが居まいがたまっている俺達。その日も（っていうか結構あったけど）２・３人はいたか。ドスドスドス。「ああ、あれは朝雄だな」と英雄が言った。古い木造の建物で、二階には一度靴を脱いでからあがるんだが、廊下を歩いてくる音で大体誰か分かる。しかも端部屋なので英雄の部屋の前では足音が止まるわけだ。そして誰もノックなどしないで入ってくる。「おおっす」「よお」「うっす」皆が勝手なことをしている。本を読んでいる者もいれば鉄アレイで体を鍛えている者もいる。またしても足音がした。ドンドンドンドン。「知らない足音だな」と英雄。初めて聞く足音だったようだ。皆も頷いた。英雄はそうしている間にも新しく絡んできた髪の毛を取っている。ドンドンドンドンドンドンドンドン。「おい、通り過ぎたぞ」と英雄が言った。「なんだなんだ」と朝雄と俺。「俺、ちょっとみてくる」隣の部屋のともみ（男）が言って部屋のドアを開けた。「やっぱり誰もいないぞ」「くくくく」と英雄が笑った。俺たちはぞっとした。「な、幽霊はいるだろ」と英雄は高笑いだ。

  2006/01/09

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• 怪談無頼控え・・誰でも殴る！俺は殴る！

  これは三千世界を～の英雄よりも5年以上昔の話だ。むしむしむしむし。じめじめじめじめ。「うう～」情けない唸り声をあげているのは我等が英雄だ。まあこの話も英雄から聞いた話を俺が面白おかしく書いているだけだがね。「いてててて。また来たのかよ」とこれは英雄の心の声。英雄は金縛り真っ最中。隣には遊びに行ってそのまま泊まっていた俺。この頃の英雄は、丁度墓場の横にあるアパートに住んでいた。俺も何度か泊まりに行ったことがあるが、とにかく年がら年中湿っていて（これは後から知ったのだが幽霊が出るところは異常にい湿るらしい）、窓を開けると目の前い墓が一杯ある。そして春にはとても綺麗な桜を見ることができ、俺たちは似合わないのを承知で桜餅とお茶で花見をしたものだった。しくしくしくしく。うんうんうんうん。何時もの女の子の泣き声（実際には聞こえないらしい。そう感じるのだと英雄は言っていた）と、部屋の隅で正座して頷いている男。今日はそれに強敵が来た。「いて。いて。いてててて」声が出た。金縛りどころの苦しさではなかったという。英雄は腹が引っ込んでいく感じがした。見ると昔の侍が履いている具足が英雄の腹を踏んでいた。「くっそ」と言って英雄は目を上に向けると、丁度顔があるだろうと思われるところに、赤い口だけがにやりと笑っていた。「あっ。この」英雄は戦慄した。ボクサーに殴らせて鍛えた腹筋が役に立たない。息ができない。だんだん敵の輪郭がはっきりしてきた。でかい血だらけの武士だ。理解不能の恐怖とともに、自分の筋力が全く歯が立たないことにも恐怖を覚えたという。しかしながら毎晩のように幽霊に出てこられた英雄は呪文などを研究しはじめていた。だが、「どれもきかねえ」と。息も続かない。「俺も終わりか」とも思ったという。刀の鞘のようなもので喉を押された。喉仏が気道を圧迫する。その時、首から上のシルエットしかないポニーテールの女の子がその武士に向かって何かを語った。英雄には会話は分からない。分からないがその女の子（の幽霊）が、飛ばされたのは見えたという。その瞬間、英雄の闘争心に火がついた。「この野郎！ぶっ殺す」英雄は心で思い切り叫んだ。というか「ぶっ殺す」は実声が出た。一瞬武士（の幽霊）が怯んだ。英雄は自由になった腹筋を使って、瞬時に立ち上がった。相手の顔はここらへんだ！と思ったところにパンチをぶちこむ。「幽霊に当たるかよ。それにぶっ殺すって台詞も可笑しいよな」暢気に英雄はそう思ったらしい。しかし。当たった気がした。そしてパンチのフォロースルーが終わった瞬間、今まで真っ暗だった部屋に弱い日が差してきた。「朝になっていたのか」振り向くと、また部屋が急に暗くなったかと思うと、窓の外は真っ赤になった。「くっ」英雄は身構えた。こうなったら喧嘩だ。すると首から上のシルエットしかないポニーテールの女の子（の幽霊）がまた出てきた。きょろきょろしている。「俺がみえねえのか」まだきょろきょろしている。「声も聞こえねえか」彼女の首が止まった（首だけだからね）。「ありがとう。助かった」今度は彼女は頷いていたという。「礼としたい。もし何か思いが残っているのなら俺でできることならしてやりたいが」彼女はまだ頷いていた。「俺に霊能力があればなあ。すまんなあ、何言ってるか分からないよ」彼女はまだ頷いていた。「丁度俺振られたばかりなんだ。良かったら俺と付き合ってくれないか。幽霊と付き合った男なんて歴史上あんまりいないだろう」その瞬間、また部屋が明るくなった。「消えてしまったか」英雄はまだ痛む腹をなでて言った。そして「起きろこの野郎」と言って暢気に寝ている俺を蹴飛ばした。「何するんだよ」と俺。で、この話を聞いたわけだ。俺は半信半疑だった。幽霊？何だって感じだった。しかし「英雄、お前、腕。腕」英雄の腕に女性の長い髪がぐるりと巻きついていた。その髪は昼となく夜となく、英雄が捨てても捨てても英雄の腕に何時の間にか巻き付いていたのは俺達が見ていた（あいつ、灰皿に捨てるから何時も部屋中髪の焼ける匂いがしていたなあ）。数年後のある時の夏。お盆の頃だったか。英雄から電話がきて「おい、久しぶりの彼女が会社に来たぞ。きっちり腕に巻きつけていった」と言っていた。あいつはどのジャンルでも喧嘩と女には不自由してなかったんだなあ。

  2005/12/29

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• 教養控「武士道解題」

  「よう、英雄」俺は、久々に英雄の家に行った。最近は何をしているんだか、別に聞きもしないが奴は部屋にいた。「おう、菅原か。酒持ってきたか」「持ってこないよ」英雄は横になって本を読んでいた。相変わらず本だらけの部屋にいる。こいつは見かけによらず、本が大好きなのだ。「何読んでいるんだ」俺も横になって、そこいらの本を手にとった。ローマ人の物語。「はああ」「シーザーってのは、凄い男だな」と英雄は俺の顔も見ずに言った。「そうだな。曹操と対をなすな」俺がそう言うと、振り向きざまニヤリと笑って「本当に曹操好きなのな」と奴は言った。俺達は何故か部屋で会うと無口になる。本のせいもあるだろうが、何となく話しをしなくて良い気分になるのだ。しばらく時間が経った後、俺は英雄の本棚に「武士道」があるのを発見した。五輪の書、孫子・呉子・諸葛孔明・葉隠などなど兵法書が並ぶ中、小さく文庫版の新渡戸稲造著「武士道」があった。「お前、武士道分かったのか」と、俺は聞いた。俺はさっぱり分からなかったのだ。「まあ、コツが分かったら理解できたよ。言われる前に言うけど、頭で理解できたのと実行できるかは別だ」別だと言われても、別段突っ込む気もなかったが、英雄の不機嫌な顔が可笑しかった。「ちょっと解説してくれよ」「なんだ、珍しいな」と言って、英雄は起き上がった。「分からないんだよ」と俺は頭をかいた。「まあ、俺も経験があるからな。どうせ、武士被れをして、子供の時に読んだんだろ」「ああ、１５の時だった」「これはな、西洋の知識人が持つ一般的な教養を元に、武士道を解説しているんだよ。新渡戸先生は天才だな」「ふむ」「だから、中学生あたりじゃ分からないんだ。ギリシャ・ローマなど西洋の知識がある程度分からないとな。今なら読めるんじゃないか」「なるほどなあ」「まあ、日本人なら読むべきだと思う」英雄にしては神妙にうつむき加減に言った。「元々、何々道とか、何々教とかってあるけど、どうも人の生きる道というのは一言で表すものではないようだな。俺はこの武士道を読んでから、不思議と聖書のイエスの行動がぼんやりと理解できるようになった。ぼんやりというのは、俺はやはりイエスほど徹底できないし、超能力もないからな」「ははあ。お前、大丈夫か」パンチが来た。「まあ、聞け。孔子も孟子も老子も誰も彼も例え話しかしてないだろ。こういう人は義の人であるとか、こういう時に現れる気持ちが仁だとかな。そういう点では、武士道は日本古来の日本人の魂を西洋の事物をもとに例え話で理解しようとしている。これは凄いぞ」英雄は少し興奮してきたようだ。「なあ、俺達は遅かったな。こういう本の読み方を教えてもらえなかった。人の生き方は、素晴らしいと思われている人の行動でしか分からないんだよ。言葉では一言で表せるものではないのだな。この結論を得るためにどの位かかったのだろう」「ふうん。お前は行動と結論の男だと思っていたがな」「それは武士道でいうところの義を勇でもって実現した。その思いの根底は仁であり・・・などと、武士道は立体的なのだな。瞬間的に立体的なのだ。人生はその連続なのだな。読んでみろ。編集も分かりやすい」「まあ、それ程いうなら。じゃ、借りるぞ」「持ってけ」この会話が行われた後、英雄はある事件を起こすことになる。しかし、今はまだ関連する人々が健在である故、書くことはできない。

  2005/12/24

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• 熊は生まれながら熊

  英雄は英雄でどこにでもいる普通の学生だと自分では思っていたようだった。確かに彼は文学を愛し、音楽を愛し、映画・演劇を愛し、そういうものの専門家がいると聞けば会いに行き話を聞いて、また自分の意見を聞いてもらったりしていた。特に文学・演劇ではシェイクスピアに興味を持っていた。音楽は自分でもやっていたように思う。その練習は凄まじいものがあって、誰も歌の練習をしているとは思えないハードな練習をしていた。映画は妙なところで勝新太郎が好きで、これも今東光和尚の原作「悪名」を読んだ影響だったが、すっかり勝新悪名にはまっていた。また、マシーン、特に車を愛していた。たまに公道レースをしたるするくらいだったが、市内では無敵の存在だった。そうでありながら暴走族dもなく、本物のレーサー達とスピードについて語り合ったりしていた好奇心旺盛な若者だったと思う。専攻は国際経済。ここまでだったらただの学生だろう。わかるな。しかしそんな英雄には本人には不本意なもう一つの顔があった。喧嘩屋。今はどこで生きてるかは知らないが、喧嘩屋としての英雄はその町のヤクザの大幹部が惚れこむほどだった。町中のヤクザや不良がバブル華やかなあの時代に流されている中、時代を完全に逆行していた英雄は腕と度胸で暗黒街を練り歩いていたもう一つの顔を持っていた。「昔は英雄みたいなヤクザが結構いたんだけどねえ。あの頃からはさっぱりだったと思うよ。今はもっとひどいね。あのこは何か本当に懐かしいねえ」「英雄はヤクザじゃなかったですよ」「馬鹿だねえ。ヤクザと喧嘩できるのがヤクザなんだよ。あれは本物のヤクザさ」「そんなもんかなあ」「あのこが初めてこの店に来た時はそりゃビックリしたもんだよ。虎とか熊とかが入ってきた感じだったね。話せばあんなに可愛いのに」「ああ、そうですね。確かに獣じみていた」「今は金さ。男気を売る時代でもないしね。英雄はあんなに若かったのにどうしてああだったのかねえ。確か20歳位だったんだろ。でも可愛いところも一杯あったけどね」とはこの町で古くから店を構えているママとの会話である。そのママはここらへんの極道に顔が利くらしく、あるパブのマスターである先に出てきた大幹部とそのママが、どうも英雄を陰で守っていたようだった。「あのこの喧嘩にはねえ、華があったよ。歌舞伎をみてるようでさ」全然別な時に出た英雄の言葉だったがふいに思い出された。「虎や狼は訓練して虎や狼になるもんじゃないんだよ」

  2005/12/20

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• ありがとう。誰も相手にしてくれなかったんだ

  奴がまだ２０歳前後の頃は・・・英雄は喧嘩相手がいなくなるのが困るという理由から多くの名前を使っていた。鈴木、佐藤、田中・・・。俺達にも今日は「鈴木な」とか言って。最初は喧嘩が嫌で嫌でたまらなかった英雄はそのころになると慣れてしまってむしゃくしゃすると街へ出て喧嘩を売ってもらうことにしていた。しかしあれほど目立つ男である。もうこの町には喧嘩相手はいなくなってしまった。「よう、喧嘩売ってくれるか」「いや、今日はいいです」「じゃあ、またな」なんて会話が挨拶なんだから街の不良達はたまったものではない。ある時だった。英雄より一回りでかい入道のような男が英雄にぶつかってきた。英雄はいつも以上にむしゃくしゃしていた。溢れるエネルギーの行き場を探していた最中だった。「コラ、手前。人にぶつかって挨拶なしか」と入道は言った。「みいんな、同じこというのな」と英雄はへらへら笑って言った。入道のお付の二人組みも身構えていた。「おおい。英雄が喧嘩するぞ。壁作れ」街の不良の誰かが言った。「ありがとう。誰も相手にしてくれなかったんだ」英雄はそういうと、入道の手を握って頭を下げた。すると、「頑張れよお、ハゲ」「英雄。今日やられちまえ」「流れもんの兄さん。あんな奴やっちまえ」とギャラリーからの野次が飛ぶ。「英雄よお。負けんなよ」「おめえにぶん殴られた俺達のことも考えろよ」などとも。あっけにとられている入道に「おい、早く来いよ。ほら、ファイッ、ファイッ」と英雄はファイティングポーズをとって言った。「許してくれ」急に入道は頭を下げた。「はあ？」英雄とギャラリーの声。「馬鹿野郎」英雄のドロップキックが入道に炸裂した。英雄は怒りにまかせて野次を飛ばしている不良どもを蹴散らして歩いていった。

  2005/12/18

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• 男を磨きすぎたからな

  加藤英雄と藤原裕明は赤ちょうちんで飲んでいた。「なあ加藤よ」と藤原はデカ酎ハイを右手に持って赤い顔で言った。「お前よ。どうして行く先々で女ができるのよ」英雄は焼き鳥を二本まとめて咥えていた。「ほりゃ、おめえよ、いてて」串が刺さったらしい。「そりゃあ、お前、男を磨いたからだろう」「でもどうして別れるんだろうな」「そりゃ、男を磨きすぎたからな」

  2005/12/17

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• 子供の拳・・・英雄のスイッチは何だ？

  俺が英雄に呼ばれて行った先は奴のアパートの近所の小さな公園だった。はっ！？ベンチに子供の山がある。俺は走った。「こら、降りろ。こら」近づくと、子供の山の中から英雄の声がした。「英雄か」と俺は声をかけた。「おお、菅原。この子供達を降ろしてくれ」「何やってんだよ」英雄に子供達5人が登っていたのだった。俺はその子供達を引っぺがすように外して降ろした。全員を降ろし終わると「ふーっ、助かったよ」と笑顔の英雄が現れた。俺が英雄の隣に座ると、子供達がだっこだっことせがんできた。「何をやってたんだ」と俺は子供を持ち上げた。「本を読んでいたら、子供達が登ってきたんだよ」汗を拭って英雄は答えた。英雄も子供達を次々だっこしている。「この子達は何なんだ」俺も２巡目に入った。「あそこの施設の子供達だと思う。でも先生が居ないなあ」「思うって、知らない子達なのか」「いや、何人かは顔見知りだ。挨拶もよくしてるよ」施設・・・ＤＶなどで家にいられなくなった子供達が暮らしているところだ。「お前って、不思議と子供に好かれるのな」俺はその時・・・・あの大雨の日を思い出した。「死ね、この野郎」英雄の本気のパンチが相手の首に入った。「勘弁してえ」「女子供は殴れても俺は殴れないか。あ」英雄の本気のパンチをくらって動く相手にもびっくりしたが、英雄の本気に俺は慌てた。「止めろお、英雄」俺は救急車を呼びに行っていた。その時、首が飛ぶかと思うようなけりが入った。「許してえー。えっ、えっ、うぐ」俺がみた英雄のパンチが効いた相手が屈んだところが、丁度英雄のミドルキックのところだったのだ。最後は崩れて動かなくなった。殺したか？！「英雄」「ふーっ、ふーっ。菅原、救急車は」「すぐくる。こいつ死んだんじゃないか」「殺してやりてえ」そう言って英雄は、１０ｍ程後ろで倒れている母子に駆け寄った。俺は倒れている男の脈をとって正常なのを確認し、英雄の後についた。「由香、由香ちゃん。大丈夫だぞ。お母さんはどうだ」由香ちゃんは倒れているお母さんの手を握っていた。お母さんには英雄と俺のジャケットをかけてある。俺達はともにデカイ。だから小柄なお母さん（と言っても俺達と年はあまり変わりないが）の全体を包み、雨から守った。「お兄ちゃん。お母さん、動かない」「お母さんは暖かいか」「うん」「じゃあ、大丈夫。今救急車がくるから」「お父さんは」「静かになったよ。今、寝ている」「ヒデさん」と、か細い声でお母さん－里香さんという－が薄目をあけた。口から血を出している。「おおっ、意識が戻ったか」「背中痛い。動けないよ」「ああ。無理に動くな。今、救急車がくる」「あの人は、由香は」「彼は寝ている。由香ちゃんは無事だ」「背中も頭も口も痛いよ」英雄が出血した場所をみていた。「菅原。これ歯が抜けているな」「ああ。ちょっと代われ」俺はそう言って彼女の頭を固定すると、抜けかけていた歯を押し込んだ。入った。「もう痛くないでしょう」と俺は言った。彼女は頷いた。救急車が来た。俺が気配に気付いたときは、英雄に一升瓶が振り下ろされていた。この大雨のせいで男が意識を取り戻して、近くにあった酒瓶を持って殴りかかってきたのだ。少々の雨なら人の動く音は分かるのだが、この大雨では人の足音も消していた。英雄に一升瓶が当たった瞬間俺は動いた。「くっそー」英雄ほどではなくとも、俺のパンチも威力はある。顔面に伸び上がりざま入れたが効かない。俺も英雄も１８０ｃｍあるのだが、奴は更に見上げる。空とは言え、一升瓶をぶんぶん振り回してくる。よくやったよ、英雄の奴は。しかし今は俺しかいない。ごん。両手でブロックしても一升瓶は効く。俺の前げりも、相手の腹筋をなかなか破れない。「菅原、引け」英雄の声がした。俺はその声にあわせて引いた。英雄が前転をして俺と奴の間に入った瞬間、英雄の必殺の抜き手が奴の股間に入った。「きゅっ」変な声を出して奴は屈んだ。座ったままの英雄はその髪をつかみ地面に奴の顔面を当てた。ゴン、ゴン、ゴン。三度ほど入れると、奴は動かなくなった。救急隊員は里香さんを搬入すると同時に、もう一台を要請して更に警察を呼んでいた。「あなたも早く」救急隊員に、座ったままの英雄も促された。「俺よりも、こっちが先だよ」英雄は横で倒れている男を指差した。救急隊員は奴の脈などを診ている。「さっき見ましたけど、あなた、運動神経が麻痺しているでしょう。凄い衝撃だったはずです」なるほど、さっきから英雄が座っていたのは足にきていたのだ。って、それだけかい。「俺は大丈夫なんだよ。当たったのは肩だ。衝撃が強すぎて足にきていただけ」「わかりました。でも、そのままで居てくださいよ」「すいません」と、警察、救急、消防隊員には優しい英雄だった。もう一台の救急車がきた。里香さんを乗せた車は出発した。警察もきた。「菅原、逃げよう」英雄は言った。「由香ちゃん、どうするんだよ」「じゃ、お前付いてやれよ」「俺も警察は苦手だよ」「行くか」「行こう」俺達はスコールのような雨に紛れて、こっそり現場を抜け出した。俺も英雄も若かったのだ。若者は警察が苦手だ。これはＤＶが社会問題になる以前の話だ。英雄の近所に住んでいた由香ちゃんは、休日に読書に公園に来ていた英雄と友達になった。友達も帰って一人で遅くまで居る由香ちゃんに付き合って、英雄は何度目かにお母さん、里香さんと会った。彼女の歩き方に不自然さを覚えて聞いたところ、亭主の暴力が酷いことが分かった。亭主は酒を飲んでは暴力をふるい、自分が少しでも逆らうと由香ちゃんにも手を上げるというのだった。俺が酒を飲みながらその話をきいた矢先の事件だった。二人で街から帰ってくると、パリンパリンと変な音がして、そこに駆けつけたときに起こったことだ。後から分かったが、里香さんは頚骨骨折寸前だった。当時では、ＤＶは家族の問題だと刑事事件にはなり辛かった。しかし、亭主は告訴された。英雄が警察に手を回したのだ。友人の刑事部長を説得したのだ。その後里香さんは亭主を訴えないと始まったらしい。英雄は由香ちゃんがどうなってもいいのかと説得したらしいが、里香さんは告訴を取り下げた。被害届のないところに事件はない。里香さんの「それが夫婦なの」という台詞に、英雄は怒りを覚えたという。自分に酔っているだけだと。由香はどうなるのかと。その後英雄は町を出た。別にこの事件がきっかけだったわけではないが、彼にとってこの町での一番嫌な思い出だと思う。その親子のその後のことは、この町に更にしばらく住んでいた俺も知らなかった。近くを通るが、うちまで知らなかったし。公園にも行ってみたが。１０年ぶりに、お互いいろいろなところを巡って、英雄と俺はまたこの町で再会した。「ここってよ。由香ちゃんと遊んだところなんだよ」と英雄は言った。「お前も思い出していたんだな」子供達は俺達に飽きたらしく、砂場に行って遊んでいた。「あの子どうなったんだろうな」「俺もしばらく気にしてたけど」「無事ならいいけどな」「そうだな」二人でぼ～っとして側の砂場をみていると、子供達が水鳥の群れのように一斉に首を上げた。「姉ちゃん」「由香ちゃん」口々に言って、公園に入ってきたジーンズ姿の少女に走りよって行った。「何してんのよお。園にある砂場で遊べばいいでしょう」その声は、少し低くなったが、俺にも覚えがある由香のものだった。「ヒデ、英雄」「分かってる」英雄の目は輝いていた。「お姉ちゃんが園にいないから、ここに居ると思って皆で来たんだよ」女の子の一人が自慢気に言った。「おじちゃん達に遊んでもらった」男の子が言った。由香はベンチに座っている熊人形二人組に目をやった。「すいません」綺麗な少女に育った由香が近づいてきた。目には涙が一杯になっていた。「間違ってたらごめんなさい。お兄ちゃん？」「おじちゃんだろ、もう」英雄は笑って言った。「ずうっと、待ってたんだよ。どこに行ってたのよ」「元気だったんだなあ」英雄は立ち上がって由香をそれこそ高い高いした。「もう子供じゃないよお」由香は涙を拭いながら笑っていた。子供達はそれを見てまた俺に駆け寄ってきて、だっこだっことせがんだ。「英雄、子供は可愛いなあ」と俺は言った。「無事だった。生きていた。でっかくなったなあ。綺麗になったなあ。重いぞ由香」と英雄は由香を挙げたままくるくる回った。 （登場人物は一部仮名である。事件後由香は、今度は両親からのＤＶにより児童相談所経由で今の施設に入ったそうだ。中学校三年生になっていた。小学校の時は集団登下校していた。中学校に入って自由に出歩けるようになってから、毎日この公園に来ていたという。彼女は言った。加藤英雄との思い出が彼女を支えていたと。自分のために命をかけてくれた人が居たという思い出・・・一部お母さんに教えられたことだと言うが・・・が今を明るくさせていたというのだ。子供には良い思い出を。本気の愛情を）

  2005/12/10

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