[モリの大冒険～金曜の夜と土曜の朝～(完）]の記事一覧

追記

もりのパスポートはロシア空港にあったらしい。「君のだろう」と空港の責任者が引き出しから出して手渡されたときは社会主義を憎んだという。最初の電話で済んだはずだったのだ。一緒にロシアに行った王子はロシア人（国籍だけ）の詐欺師。というか、実際王家の血筋があったのかなかったのか。とにかく皆が王子とは呼んでいたらしい。ひたすらもりに「良い金儲けがあるんだ」と仲間にしようとしていたらしい。今もりは旭川で頑張っている。

金曜の夜と土曜の朝完結

一睡もできないもり。もりに付き合って一睡もできなかった集団、そしてイタリアン。「朝食が買えるぞ」とイタリアンスガワラが言った。時間は土曜日午前７時。鉄格子の向こうからかごを引いてくる男がいる。「パンくらい食べようかな」もりはそう思ってリュックからまだ換金していないドル紙幣を出した。「うおー！」喚声が上がった。「ピンのドルだぜ」誰かが言う。「ジャパン。お前は凄い奴だ」「ジャパン、お前のシノギはなんだ」何時の間にか悪のスーパーエリートになっているもり。「食え、食え」パンとコーラが仰々しくもりに手渡される。食えねえよ～。目の前の男にパンとコーラをあげた。イタリアンスガワラの次の地位を手に入れたもり。これが体育会の後輩達なら威張れるもりも、バズーカ、マシンガン、手榴弾、麻薬の世界では少し荷が重すぎたようだ。時間は刻々と過ぎていく。もうじき９時だ。目と目が合った奴等が微笑み返してくる。思い返せば良い奴等だったなあ、な～んて余裕も生まれてきてる。とにかく９時になれば業務が始まる。そうすれば誤解も解けて、砂漠、ピラミッド、夕陽、ロマンがまっているよ。そうそうレスリング部のやつにも会える。それが最初だ。エジプト版菅原さんがきたよ、大勢仲間を連れて。「２３．２４.２５．２６番・・・」番号でどんどん呼ばれている。僕の近くにいた人達だよ。この人達もこれから取り調べか。おっと僕は取調べじゃないよ。なんて暢気にしているもりの前に驚くべき光景が！ガチャン、ガチャン、ガチャン。彼らは鉄格子から出ると次々に手錠をかけられバシ！、バシ！、バシ！エジプシャンスガワラに殴られている。エジプシャンスガワラの周りの男は銃を出している。鉄格子の中のイタリアンスガワラと外の男達が目を合わせてうなづいている。エジプシャンスガワラの一行は歩いて行った。部屋の中はあっという間に半分いなくなった。「ちょっと。僕はどうなるの。僕は違うって。僕はパスポート忘れただけなんだから」またもりは叫んだ。「ジャパン。心配するな」と横のイタリアンマフィア、じゃなくカメラマンはニコニコして言う。「本当に僕はパスポートを忘れただけなんだから」もりは必死にイタリアンスガワラに言った。「とにかく落ちつけ。いいか、あいつ等は密売人でしかも反体制ゲリラだ。今日の昼には銃殺だよ。だが、お前は日本人でどう見てもエージェントにも見えない。大丈夫なんだよ」「今、銃殺って言いました」「そうだ。あいつらは今日の昼には死ぬんだ。でもなあ、最後にお前みたいに気の良い奴と出会って、しかも女の水着姿も見れて幸せだったと思うよ」「そうだったんですか」「うん。まあ、体制とか反体制というだけで、お互い殺し合ってるなんて変だと思ってるだろ。特にジャパン、お前にとってはな。あんな気の良い奴等もあっという間にあの世だし、あいつ等が気軽に運んできたブツが簡単に人の命を奪うんだからな」「そうですね。僕には実感できません」「次の迎えがお前の番だ」「何で分かるんです」「いかがわしいのから順番だからな」「それじゃ、僕も銃殺！」「馬鹿。そうそう銃殺するか。お前ははなから相手にされてないから大丈夫だ」「そうですか」なんだか分からないうちにもりはエジプシャンスガワラに連行された。イタリアンスガワラは鉄格子の中で笑って手を振っていた。もりはさっきの話をまだ反芻していて、ぼうっとしながら手を振り返した。さて取調室。「君はどういう目的でエジプトに来たのかね」今度は痩せたエジプト人が聞いてきた。「観光です」「まあ、パスポートがないんだからここから強制送還される事になるから」「そんな。ロシアでは確かにあったんですから、ロシアに問い合わせてくださいよ」「では、してみなさい」もりはロシア空港に電話をした。ここからはパスポートがあったかなかったかのやり取りが行われたらしい。そして結論はなかった。エジプトの空港管理官は電話が終わるとすかさず言った。「不法入国者は直接帰ってもらうよ。自費で」「日本大使館に連絡をとりたいんですが」「では、してみなさい」もりは日本大使館に電話をした。土曜日午前９時半。「本日はお休みです。御用の方は月曜日朝9時におかけ下さい」これじゃ、何のための大使館じゃあ！というのは俺の言葉。まったく外国での日本政府だという意識がない。カナダやフランス、イギリスの大使館を見習え！「25万円だよ」とエジプトの空港管理官はまたすかさず言った。もりは諦めた。しかしかつての日本代表の意地にかけて、菅原の後輩として、もりはここで引き下がるわけにはいかないのだ。浅草の買い物での菅原の猛烈な値引き、ダフ屋を脅かしてただ同然でチケットを買う度胸。今こそもりの魂に菅原が乗り移った。「もういいや。帰りのチケットはあるからこれで帰る」もりはそう言い放った。「君はロシア経由のディスカウントチケットだから、それで帰すわけにはいかないんだ」管理官はもりの態度の急変にたじろぎながらもそう言った。「それでもこれで帰る」ソファーにふんぞり返ったもり。「・・・・」管理官はエジプシャンスガワラをみた。エジプシャンは肩をすくめてみせた。「よし分かった。君をひとまずロシアに送ろう。後はロシアでなんとかしなさい」もりは勝った。たとえテロリストとはいえ、一宿した仲間たちは今日死ぬのだ。もりは一矢を報いた気分だった。「ではロシアへ」もりはそう言って立ちあがった。今度はエジプシャンスガワラに連行されるのではなく、エジプシャンスガワラを引き連れているのだ。「どこへ行く、ジャパン。こっちだ」エジプシャンスガワラは言った。「あ、ごめんなさい」もりにちょっと笑顔が戻った。「この男と一緒にロシアへ行くんだ」そこには綺麗にターバンを巻いた男がいた。「ムジャール王子だ」とエジプシャンスガワラは紹介した。周りにはエジプシャンスガワラに負けない屈強な男達がいた。「よろしく、ジャパン」「ああ、よろしく」もりは差し出された手を握った。その時もりが見たものは。手錠だった・・・・。

土曜日５：００～

「ジャパン、ジャパン。リラックス、ジャパン。カム。シット・ダウン・ヒア」イタリア人はもりを呼びよせた。鉄格子が後門のイタリア人を身近に感じさせた。それにも増して腹が立つのが今まさに寝ているであろう日本の菅原だ。もりは仕方なくすでにもりの定位置となったイタリア人の隣に座った。あと４時間ある。しかし話をするのは物騒だし、隣のイタリア人だってどう考えてもこの集団のボスにしか見えない。何事かを黒の集団に話しかけるイタリア人はカメラマンの雰囲気はひとつもなかった。もりはリュックから本を出した。スポーツ好きのもりはＮｕｍｂｅｒを取り出した。「水の妖精達」という題名だったかどうかわからないが、女性スイマーの特集だった。「うおー」という声とともに、Ｎｕｍｂｅｒは引っぺがされた。ビリビリ。ビリビリビリ。何？何？何事？？そう。ここはイスラムの国。女性の水着姿など、誰も見た事がないのだ。おいおい、ここでは数少ない頼れるイタリア人が横でこれもまた菅原さんにそっくりな顔で笑ってるよ。あちらこちらでＮｕｍｂｅｒが千切れている。ああ、僕の運命だろうか。そう思ったか思わなかったか。「ジャパン。お前が悪い」イタリアンスガワラがばしばし背中を叩いてくる。「‘！＄％＆’￥＆％」興奮して何人かの犯罪者が詰め寄ってくる。「おい、もっとないかだとよ」と何故か言葉を解すイタリア人が通訳する。「ない、ない、ないない」もりは身振り手振りでリュックをしっかり抱きながら答えた。それを収めたのはまたもやイタリアンスガワラだった。「やっぱり菅原さんは頼りになるなあ」と思ったかどうか。さて、なぜか皆もりに対し優しいのに気付いた。ここで菅原さんなら一曲歌うだろうな、などと想像しながら「ジャパン。テイク・ア・シャワー」という声で我に返ると、皆ニコニコしてシャワー室までの道ができていた。「僕はいいです」ともりは言った。「ジャパン。行った方が色んな意味でいいぞ」とイタリアンスガワラが言う。もりは周りをきょろきょろして決心して“リュックをしっかり持って”シャワー室に行った。しかしその間、一刻も緊張の糸は切れなかった。しかし過ぎてしまえば「みんな、優しかっただけだったかもしれません」と述懐するもりであったが、その時はそうは言えなかった。バズーカ、マシンガン、手榴弾、麻薬の世界なのだから、この鉄格子の中は。シャワーを浴びてさっぱりしたもりに新たな試練が待ちうけていた。今は土曜日午前６時。カラ～ン。カラ～ン。カラ～ン。ザザッ。ザザザッ。「何？何が起きたの」ともりはイタリアンスガワラに訊いた。皆陽が指してきた窓に向かって座りなおしている。「お前もやらないとどうなるかわからないぞ」とスガワラが笑って言う。「アッラー」大合唱が始まった。「ジャパン。ジャパン」黒い集団の誰かが言う。ええ？ええ？「ジャパン。ジャパン」「はやくしろ！」とイタリアンスガワラ。とにかくもりは真似た。一所懸命真似た。必死に「アッラー」と言った。イタリアンスガワラはげらげら笑っている。洒落になんねえよお～。今日だけイスラム教のもりであった。まだまだこんなものではないもりの大冒険。エジプトのピラミッドやいかに。砂漠は、夕陽は、そしてロマンは！！次回「金曜の夜と土曜の朝」完結

土曜日３：００～

ここからはちょっとだけ俺によく似た警官の気持ちも含めて。「なんだよこの小うるさい奴は」と俺、じゃない警官は思ったかどうか。「ここはどこですか」ともり。薄暗い通路を通ると、段々とかび臭い、そしてその中に人の汗の匂いが混じっている。「明日の朝になったら取り調べるからここに入ってろ」さて、もりに帰ると「ここ、牢屋じゃないか。僕はただパスポートをなくしただけだろう」と大騒ぎ。その時暗闇から少しずつ小さな白い光が浮き上がってくる。人の目だ。20畳くらいのところに人がぎっしり詰まっている。「明日の朝９時から取り調べるから、ここでおとなしくしてろ」と俺、いや、警官は言った。「ちょっと待って。僕はパスポートを忘れただけなんだから。何で牢屋に入るんですか」もりはあせった。その時の心境を後にもりは焼肉を食いながら語る。『勝新だって、マリファナでハワイで捕まった時に個室の良い部屋に入ってたでしょう。僕はパスポート忘れただけじゃないですか。何で牢屋なんだと。でもその後がもっと怖かったったんですよ』「小うるせえガキだぜ、まったく」と言ったかどうか分からないが、警官はもりを牢屋に入れた。もりもその怪力に押されて中に入ったが、皆真っ黒、ここでは外人のもりだけが目立った。「やっぱりここは僕のいるところじゃない！出せ、出せ」もりは力一杯叫んだ。そうするたびに、他の皆の目がもりに集中した。50人位いたらしい。皆安座して寝ていたのだ。「ヘイ！ジャパン。ジャパン、ヒア」もりはその声に振り向くと、一人だけ色の白い男がいた。「あれ、菅原さん」とまたもりは思ったらしい。「ヘイ！ジャパン。ジャパン、ヒア」手で自分の横を指している。さっきまでいも洗い状態だったのがその男の横が空いていた。もりはとにかく異国での俺との再会に似た懐かしさを感じたらしく、呼ばれるままそこに座った。まるで牢名主みたいだった。「金髪の菅原さんだ」遠目にそう思ったらしい。どこまでも暢気なもりである。座ってみると、日本にいる俺よりも一回り大きく、眼鏡もかけていない。「ジャパン、どうしたんだ」しかし話し方がなんとなく菅原さんににていた。英語のレベルもにたようなものだ、と思ったという。「僕はパスポートをなくしただけなんです」「本当か」「本当ですよ」「じゃあ、明日の朝には出られるよ」「そうですかね」「大丈夫だ」この変な自信も俺に似ていたらしい。もりは少し落ちついてきた。もりが騒いだお陰で皆目を醒ましたらしく、もりと俺に似た牢名主を見ていたという。「あなたは何をしてる人なんですか」もりはその男に訊ねた。「俺はイタリアから来たカメラマンだ」はあ？・・・・レスラーの間違いじゃないのか。いやいや、あの菅原さんもテレビカメラとかスチールカメラをやってたって言うからな。「何でつかまったんですか」「知らねえな。でも俺はもう二週間になるぞ。おい！」急にその男が目の前にいる男を指差した。「勝手にジャパンの荷物を触るな」はあ～、やっぱり牢名主だ、ともりは思ったらしい。牢にいる皆はすっかり目を醒ましてしまった。この時、日本時間で午前3時を過ぎていた。ちなみに本物の俺は家でプロレスを観て寝ていた。もりもリラックスしてきたらしく「皆は何をしたの」と聞いた。カメラマンの牢名主は「よし、お前から言え」と目の前の男を指差した。「俺はバズーガ砲を持ってきた」と指差された男は言った。「次」「俺は麻薬を密輸した」「俺はマシンガンだ」「俺もマシンガン」「俺は逃げてきた」もりは呆然とした。そしてすっくと立ち、格子のところに行くと「やっぱり間違いだよ。僕はただパスポートを忘れただけなんだから。出せ、出せ、出せ」何度も何度も叫んだ。「うるさいぞガキ」さっきの警官が来る。前門のエジプト人菅原、後門のイタリア人菅原。日本の菅原が一番良い！！嫌いだって言ってすいません。デブってもう言いません。しかしそのもりの叫びは俺には届かず、日本の俺はすっかり眠っていた。次回土曜日５：００に続く。

金曜日１３：３０～

もり（盛川のこと）は飛行機の中。ご機嫌だった。ビールは一杯だけなんだけど「ワンモア」だなどと格好つけてもう一杯。大学時代の友人とともにロシア経由でエジプトまで。ちょっと時間はかかるが安いしいいだろ。ロシアで乗り換えだ。金曜日はまだ終わらない。いつもなら菅原と飲みに出始める時間だ。「菅原さんは六本木あたりで飲んでるのかなあ。あの人外人に間違われるから面白いんだよな。でも僕は本当の外国。エジプトで砂漠やピラミッドを見てあのデブに自慢してやろう」と思ったか思わなかったか。ロシアは夏でも涼しいね。無愛想な手続きを終えてエジプト行きの飛行機に乗り換え。「菅原さんは酔っ払ってるな」と思ったか思わなかったか。一路エジプトで夜中に着いて朝から観光だよ。ええ、その頃には菅原は寝てるだろう。電話でもしてやろうかな、でも電話代がもったいないか、だと。あの野郎。日本を離れて12時間。真っ暗なエジプトだ。「この下に砂漠、ピラミッド、ロマンかあ。く～」まったく、その後盛岡に来た俺に何度も会いに来るくらい寂しがり屋になるくせに。空港についたもり。「パスポート・プリーズ」「オッケーオッケー」あれれ、パスポートがない。ない。ない。ない。狭い通路で露天を開くのか、もり。と俺がいたらつっこまれるように荷物を全部だすもり。「ヘイ・ボーイ。カモン・ヒア」「あれ？菅原さん」と言うくらいそっくりな警官がもりに近寄ってきた。もりは俺みたいなタイプは苦手らしいんだよ。いるはずないだろ！俺が。「ホワット？」とその警官。「ちょっと待って。僕はロシアでは確かにパスポートを出したんだから。必ずあるって」「ホワット？」「ジャストアモーメント。ジャストアモーメント」「カモン・ボーイ」なんだよ、このエジプト版の菅原さんはと思ったか思わなかったか。「もり。大丈夫か」と友人のこれも日本代表クラスのアマレスの選手だった男（もりも日本代表クラスのホッケーの選手だった）。「大丈夫だよ。先に行ってて」「わかった。必ずこいよな」「大丈夫。この人は俺の知ってる人に似てるし話せば分かるよ」関係ないだろ、俺は。しかしこの後もりを待っていたのは。次回土曜日３：００に続く。

イントロ

盛川。今から10年ほど前だったかな。会社でよ。盛川は徹夜予定。俺は最終で帰るときだったかな。「菅原さん。僕、来週一杯エジプトなんですよ」「おお。もりちゃん、凄いな」「ええ、だから今の仕事を徹夜で仕上げて頑張るんですよ」嬉々として疲れを知らない、もとアイスホッケー日本代表クラスの選手。「そうか。俺は帰るからね。無理するなよ」「はい」その翌日、午前中までぎりぎり仕事をした盛川は、11時頃に、「いやあ、13時の飛行機ですよ。じゃあ、いってきます」と走り出す盛川。「気をつけてな」その頃俺は週末も趣味のように仕事をしていたから、お客さんのいる浅草に朝からだべっていた。盛川がエジプトなら、俺は外国人の観光地である浅草でも楽しむかってなものでな。その日はそのまま浅草で飲んで、日曜日は浅草で起きてぶらぶら。そして月曜日。俺は朝が早かったんだよ、当時は。いつも俺と掃除のおばちゃんだけ。　だけど広いオフィスの向こうの方に人影が。「あれれ、もりちゃん」俺の声は響くんだよ。響きが終わらないうちに俺は盛川の側に行った。「ああ、菅原さん。おはようございます」「エジプトはどうした」「とんぼ返りですよ」うつむき加減にそう言った盛川。その時俺はなぜかこれ以上聞いてはいけないと思い、「まあ、無事で良かったな」とだけ言った。その事実を知ったのはそれから3年後。盛川の度胸と不幸の旅行記をきかされるまで、つまり奴自身が消化するまでそれだけ時間がかかった事件があったのであった。